冷たい触覚1
私の指先は、いつも少し冷たい。体温が低いのかもしれないし、あるいは、心の温度がそのまま伝わっているのかもしれない。どちらでもいい。この冷たさが、私にとっては日常だった。
部屋の電気はつけない。窓から差し込む、街のネオンがぼんやりと壁を染める、その薄明かりが好きだった。テレビの音も、音楽も、ない。ただ、冷蔵庫の低い唸りが、部屋の静寂に細く長く響いている。それだけが、この空間に私が生きていることを証明する、唯一の音だった。
カーペットの上に無造作に脱ぎ捨てられたスウェットの感触を足裏に感じながら、私はいつもの場所へ向かう。バスルーム。タイル張りの床は、今の季節、素足にはひどく冷たい。その冷たさが、なぜか少しだけ、私の意識をはっきりさせた。
湯船にお湯は張らない。それはもう、ずいぶん長い間の習慣だった。お湯を張るための時間も、その温かさも、今の私には必要のないもののように思えたから。代わりに、私は浴槽の縁に腰を下ろす。ひんやりとした陶器の感触が、太ももの裏にじわりと伝わる。
そして、儀式が始まる。
浴槽の硬い感触が、私の肌に食い込む。ゆっくりと、体重を預け、一番敏感な場所を、その冷たい陶器の角に押し付ける。最初は微かな痛みと、それから、じわじわと痺れるような熱が込み上げてくる。目を閉じると、過去の断片が、万華鏡の模様のように脳裏を過っては消える。あの男の蔑むような目、友人たちの嘲笑、薄暗い部屋の天井…。それらを振り払うように、私はもっと強く、もっと深く、体を押し付ける。リズムを速め、呼吸が荒くなる。
思考が真っ白になり、体だけが純粋な感覚の渦に飲み込まれていく。
それは、ほんの束の間の、痛みを伴う逃避だった。虚しさを、別の種類の虚しさで上書きするような、不毛な儀式。でも、これしか知らない。これしか、私には残されていない。
終わった後、いつも深い脱力感と、それ以上の虚しさが私を包む。浴室の冷たい床に座り込み、膝を抱える。荒い呼吸が少しずつ落ち着いていくと、またあの静寂が戻ってくる。ただ、さっきよりも少しだけ、心臓の音が大きく聞こえる。それは、生きている証なのだろうか。それとも、ただの肉体の反応なのだろうか。
分からない。分かりたくもない。
シャワーを浴びる。熱いお湯が、火照った肌を刺すように感じる。汚れを洗い流すように、ゴシゴシと体を擦る。でも、本当に洗い流したいものは、体の表面にはない。もっと奥深く、心の底にこびりついている何かだ。それは、どんなに熱いお湯を浴びても、どんなに強く体を擦っても、決して消えることはない。
濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら、バスルームを出る。部屋の空気は、さっきよりも少しだけ重く感じる。私はそれを吸い込み、また、冷たい指先で日常の欠片を拾い集め始める。何事もなかったかのように。