表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

第9話 対価の理由

 いつも通り散歩がてら、森へ足を運んでいただけだったと大妖精は思う。森を歩いていたら、突然として魔物が大量に襲ってきた。

 もちろん、結界はあるが自分はそれを抜けられる術を持っていた。だから、いつもなら魔物は襲ってくることはなかった。なのに、襲ってきた。そのことに動揺を隠せなかったが、大妖精は問題なく対処した。


 そうなった原因は何だと大妖精は探し始めた。術はいつも通り起動している。なら、別の何かが森に入ってきたのだろう。大妖精は魔物を殺しながら、周囲を探す。 

 

 探してからそこまで経たない内に、大妖精は見つけた。倒したであろう魔物のそばで、呑気に休んでいる金髪に紅い瞳の冒険者。いかにも、最近冒険者になりましたという顔立ち。


 その顔を見た大妖精は非常にムカついた。大妖精にとってこの森を歩くことは、唯一の楽しみだった。外には出られず、何も変わらない世界においての退屈しのぎだった。


 それを台無しにされたのだ。一発、ぶちかましてやりたいくらいであった。何も気づいていない様子で、行こうとするのを大妖精は引き留める。

 別に心配だったというわけではなく、これ以上邪魔されたくないからだ。


★☆★☆★


 あいつは正気なのだろうかと大妖精は思う。後ろからこっそりと大妖精は、エドガーを見ていた。一応、周りを警戒しながら歩いているが、どこか抜けている。

 

 あの様子じゃ、きっとこのまま野垂死ぬ。本人も危険なのは分かっている様子だった。それでも、一番危険な道を選んだ。そこまでする意味が大妖精には分からない。


 ソドムって人がエドガーとどのくらいの関係かは、大妖精には詳しく分からない。ただ、そこまで親しくないのはあの口ぶりから推測できる。だというのに、そこまでして命を懸ける理由がわからない。


 ふとエドガーの方へ、魔物が襲い掛かってきた。種類は、魔犬。個体としてはそこまででもないが、数が多い。十は超えている軍団をエドガーは1人で相手しなければならない。


 四方八方から魔犬が襲い居かかる。その度に、エドガーは魔犬の喉元、胴体を次々と斬っていく。再生する様子はない。


 おそらく、まだ侵食を受けていない個体だと大妖精は推測する。人面樹はこの遺跡の木々の根を使い、定期的に人が眠る夜を使い、森にいる魔物を引き込む。引き込まれた魔物は徐々に木々の根や茎、蔓に侵食されるのだが、来た日が浅いとそうはならない。


 例外もあるが、侵食されていない個体は全体的に、侵食されている個体よりも弱い。だからだろう、エドガーが余裕で魔犬をいなしているのは。


 最後の個体を倒し、エドガーは足を再び進めた。特に疲弊していない様子に大妖精は、少しエドガーを見直す。

 どうやら、魔犬をいなせるくらいの能力はあるらしい。とはいえ、その程度ではこの遺跡を攻略するのは厳しい。ましては、1人でなど。


 大妖精は引き続き、エドガーの後を追う。勝手に野垂れ死ねばいいと思う反面、自分が教えたルートで死なれるのは決まりが悪かった。


★☆★☆★


 ジュナベル樹海遺跡は来訪者以外に、意思のある生物は少ない。ほとんどの生物は侵食され、人面樹の意のままである。それは、遺跡の中心部にある城に近づけば近づくほどだ。


 そんな遺跡にも自分の意思を持っているのがいる。その1人が滞在しているのが、住宅都市と中央都市を遮る門にいる、大狐のシージルだ。

 魔法生物は基本人間語を喋ることはない。だが、まれに喋ることがある。そして、それらのほとんどが知能が高いのだ。


 大妖精は、シージルのことが嫌いだった。かつての王国が地下に沈むときにたまたま居合わせてしまっただけであり、被害者ではある。それは分かっているのだが、あの底意地の悪い性格がどうも好きにはなれないのだ。


 エドガーはちょうど今、シージルの所についたばかりである。エドガーは人間の中では高い方だが、シージルはそれよりも大きい。一軒家一つはある巨体で、エドガーを見下していた。


「ほぉ、久しぶりの来客か」

「俺以外に来ていないんですか?」

「人間の来客は、200年ぶりくらいかのぉ」

「そうなんですか」


 底意地の悪い笑みを浮かべているシージルに対して、エドガーは舐められそうな笑みを浮かべながら話している。その様子を見た大妖精は、何呑気にやってるのよと呆れた。


「さて、おぬし。ここを通りたいんじゃな」

「はい」

「だが、ただでは通さんな」

「それは、貴方を倒さないといけないということですか?」


 口調は穏やかでありながらも、剣を抜くしぐさは一切の戸惑いがない。話す口調は穏やかで、どこか舐められそうなまである。なのに、自身の目的のためなら、戦い、命の危険に晒すことも厭わない。

 新人にしか見えず、実力は下でしかない。だとしても、そこだけはかつて自身が見た冒険者らしいと、大妖精は思う。


「ははっ、早まるな」


 物騒な言葉にシージルは、何とも無さそうに笑う。その態度は、この冒険者なんてすぐに倒せるという余裕の表れにも大妖精には見えた。


「儂は争いは好まん」

「そうなんですか」

「おぉ、だが対価がほしい」

「対価ですか?」

「そう、珍しい物がほしい」


 シージルは珍しい物を好む。まだこの遺跡が地下に沈む前に、大妖精はシージルの家に行ったことがある。


 気はのらなかったが、いざ行ってみると驚いた。長く生きている大妖精ですら見たことのない物が多くあった。魔道具から本まで、様々な物が彼の家には置かれていた。それらを見ている目はいつもより嬉しそうだった。


 シージルの家は遺跡にはない。もう何百年も彼は、その大切な物を見れていない。大妖精は、シージルのことを好きではないが、そこだけは同情していた。


「お主が今持つ物の中でもっとも、珍しい物を見せてみろ。それが儂が欲しいと思えるものだったら、実際にもらう代わりにここを通させてやる」

「逆に欲しいと思えなかったら、通させてくれないんですね?」

「もちろんだとも」


 当然だと言わんばかりに頷くシージル。エドガーはリュックサックを開ける。迷う様子なく、何かを探している様子に大妖精は何を出すんだと興味深げに見ている。

 そして、エドガーは魔法薬ポーションを出した。


「これはどうですか」

「これは魔法薬ポーションか?」


 一見、大妖精ですらどこでも見たことのある魔法薬ポーションに、シージルはつまらなそうに見ていた。対して、エドガーは自身ありげ。その自身がどこから来ているのかは、大妖精には分からない。


「確かにそうです。でも、普通の魔法薬ポーションとは少し違いますよ。それは、瓶のラベルに書かれている材料を見れば、わかりますよ」


 その言葉にシージルは、瓶を手に取り、訝し気に見る。そして、数秒も経たずに飛び跳ねそうになった。

 本当かどうか何度も確かめている様子に、大妖精は気になり、術を使って、ラベルを見る。材料が書かれている所を見つけると思わず声が出そうになった。


 そこに書かれているのは、全て大妖精が生きた当時ですら希少な材料だった。生で見たものはいくつあるのだろう? そう思えるレベルで見ることすら難しい材料。新人冒険者でしかないエドガーがなぜ、これを持っているか分からなかった。


「どうですか? 地上でも手に入れることが難しい魔法薬ポーションです。これなら、通れますか?」

「なっなぁ、おぬし」

「何ですか?」

「これ、全部で何本ある?」

「4本です」


 素直に答えるエドガーに大妖精は思わず頭を抱える。そんなこと言ったら、シージルはもっと要求してくるに決まってると呆れながら、事の成り行きを見守る。


「ならば、もう1、2本くれないか?」


 ほら言ってきた。予想通りの言葉に大妖精を顔をしかめる。彼女の知っているシージルは欲深い男でもあった。


「じゃあ、そうですね……」


 ふとエドガーは考えている様子でこちらを見てくる。彼と目が合い、気づいていたのかと大妖精は驚きを隠せない。


「これ、全部上げます」

「良いのか!?」

「はぁっ!?」


 なんともなさげに言うエドガーにシージルは嬉しそうに声を上げる。それを聞いた大妖精は、意味が分からないと言わんばかりに思わず声を上げた。


「その代わり」

「その代わり?」

「後ろにいる人もここを通らせてくれませんか?」


 シージルはエドガーの言葉に、大妖精の方を見る。あんたも気づいてたんかいと思いつつ、とんでもない提案をしたエドガーを大妖精は呆然と見つめていた。


「まぁ、いいだろう」

「ありがとうございます」


 シージルは巨体を動かし、門を開ける。エドガーはお礼をし、門の奥へと向かった。大妖精はそれを追う。


★☆★☆★


「あんた、気づいてたの?」


 警戒しながら歩いているエドガーに、大妖精は話しかける。さっきと同じように穏やか笑みで、エドガーは振り返ってた。


「うん」

「いつから?」

「ほら魔犬と戦った後。あの時は一段と周りを警戒していたからさ。なんで、ついてきてるかは分からなかったですが」


 その答えに大妖精は納得する。戦闘が終わった後は、誰だって警戒する。まぁ、仕方ないと思い、話を続けた。


「あんた、何であの魔法薬ポーション、全部売ったの?」

「大妖精さんが通れるように」

「それが何で?」


 大妖精は純粋に意味がわからないのだ。あの魔法薬ポーションは材料的に、かなりの効果がある。それを一本でも持っていれば、心強いし、死ぬ確率も少なくなる。それをむざむざ捨てた理由が分からないのだ


 エドガーは何ともなさげに、笑みを浮かべながら答えた。


「だって、大妖精さん。俺を助けてくれたじゃないですか」

「はぁっ?」

「それに、この道を教えてくれたし」


 エドガーを助けた覚えは、大妖精にはない。ただ自分の散歩に邪魔だったから、そうしただけだ。この道を教えた件に関しては、むしろ危険に晒したと言っていい。

 そのお礼として、渡したのだろうが、大妖精には理解が出来ない。


「改めて、ありがとうございました」


 そう言って、エドガーは再び歩き出す。その背中を大妖精は追いかけ、隣を歩いた。驚いたように見てくるエドガーに、大妖精は上機嫌になる。


「ここを出るまで、あんたについていくわ」

「何でですか?」


 このままエドガーを1人で行かせたって何の問題はない。だけども、大妖精は一緒に行くことを決めた。

 大妖精にとって、エドガーが言った理由は対価になっていない。助けたつもりはないし、危険な道を進めた自覚があった。だから、その代わりとして大妖精はついていく。それが彼女に出来るエドガーに対するお礼だった。


 それに、もしかしたら外に出られるかもしれない。そんな淡い期待もあった。


「しいていうなら、自分のため。危険だと思ったら、見捨てて逃げるから」

「そうですか。なら、よろしくお願いします」


 不思議そうにしながらも了承したエドガーに、大妖精は呆れる。もう少し警戒でもしなさいよと思いつつも、そういう所は嫌いではなかった。


「そうだ」

「何」


 エドガーがふと思いついたようにする。大妖精は、訝し気にそちらを見た。


「自己紹介しません? 俺ら、お互いの名前、知りませんし」

「そういえば、そうね」


 おそらく短時間の仲になると大妖精は思う。短い間とはいえ、名前を知っておいた方が便利だ。そう思い、エドガーに話すように促した。


「俺はエドガー。最近、冒険者になったばかりです」

「私は、リーズ。昔から生きている大妖精よ」


 どこか気が抜けたような笑みにリーズはおかしくなる。気が抜けてる癖して、冒険者らしい奴。とはいえ、エドガーに悪い印象はない。なら、少しの間一緒にいていい。そう思いながら、リーズはエドガーと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ