第8話 大妖精
「あんた、何無防備に行こうとしてんのよー‼」
翠の色の髪を持ち、背に羽がついている少女は、指を差しながら叫んだ。突如として、大声で叫ばれたエドガーは困惑する。
「えっ…と、あー、すみません」
「あー、もう‼ こっち来て!」
困惑しながら謝るエドガーの手を、その少女は掴み、引っ張る。何が何だか分からないまま、エドガーは少女にされるがままだった。
少女に引っ張られ、森を抜け、都市部に戻った。依然として困惑しているエドガーを放置して、少女は木の根を変形させ、椅子を作る。
「あんたも、座りなさい」
「あっ、はい」
目の前に現れた椅子に、言われるがままエドガーは座る。ちょっと硬いが、座り心地は悪くなかった。
「あんた、外の人間でしょ」
「そうです」
「外からなんて、何百年ぶりよ。来たのが、いかにもあほ面晒しそうな奴だとは思わなかったけど」
若干、罵倒を含んでいる物言いにエドガーは苦笑いする。そんなアホのように見えるのかなと思いつつ、エドガーはふと考える。
この少女の物言い的に、おそらくソドムさんはここら辺にはいないのだろうと。となると、いるとしたら地上のどこかなのだろうと。
「あんた、何でこの遺跡に来たの」
考えこんでいると、少女が聞いてきた。相も変わらず、どこか不機嫌そうな物言いで。
「えっ」
「冒険者だろうけど、どう見てもここに適したレベルじゃないでしょ、あんた」
「あー、そう見えますか?」
「えぇ。いかにもって感じ。ここに来るレベルだったら、森の罠に気づくわ」
「罠?」
「そーいうところ」
やれやれと溜息をつく少女。何のことだか分かっていない様子のエドガーに、出来の悪い生徒に教えるように、話す。
「あの森は結界があるの」
「……?」
「その結界は、あの森に入った人がいるって森にいる生物に知らせるの。来た者を獲物と捕らえて、来ないなと思わせてから、襲う。あの森に住む生物は、魔物と同等レベルで人を襲うから」
その話を聞いて、エドガーは納得する。あの森に入って最初の方、魔物に襲われなかったのは油断させようとしていたのか。
魔物自体は個体差によるが、全体的に知能が低いはず。それにしては、ここの魔物達は知能が高い。ここの遺跡の影響なのだろうか。そうエドガーが聞くと、少女は肯定した。
「そっ。ここにいる歴が長い奴はだいたい地上の魔物より知能と能力が高いのよ。理由は明快。弄られてるのよ、ココが」
そういいながら、少女はエドガーの頭を指さす。どういう意味か、エドガーは一瞬で理解した。
「脳が……」
「まっ、全員じゃないけどね」
脳を弄るというのは、かなり高度な事だ。それは魔術にそこまで詳しいとは言えないエドガーでも理解している。人間の脳を弄るというわけではないにしろ、高度な技術を持つ人間がこの遺跡にもいるのだろうか?
エドガーの懸念を読み取ったように、少女は首を横に振った。
「あぁ、それをやったのは人間じゃないわ。魔術でもない」
「じゃあ、誰が………?」
「人面樹。まぁ、正式な呼び名はないんだけど、私が勝手にそう言ってる」
「人面樹………」
魔物の類だろうか? エドガーは少女の言葉に、大木に人の顔が映っている姿を想像した。
「まぁ、あんたがどんなのを想像したのかは何となくわかるわ」
「魔物の類?」
「魔物って言われたら、まぁそうね。ただ、どっちかっていうと合成獣の類だけど」
「つまり、人の手で創られたってこと?」
「その通り。そいつが、いわゆるこの遺跡の支配者よ」
元々、この遺跡は魔術によって生み出された。その人面樹が人の手で創られたのも不思議ではない。とはいえだ。なんで当時の魔術師達はそんな明らかに危険な生物を作り出しちゃったのか。
魔術師が、魔術の研究に邁進しすぎる面があるのを知っているとはいえ、エドガーは不思議で仕方が無かった。
「今も昔も、魔術師ってろくでもないでしょう?」
「まぁ、それが全てなわけじゃないよ」
エドガー自身、ろくでもない魔術師が身近にいたことがあるとはいえ、それが全てではないことも知っていた。
「どーだか」
この少女は、よっぽど魔術師に悪い印象があるらしい。そういえば、とエドガーは思う。この少女は何でこの遺跡にいるんだろう。
「そういえばさ、君は何でここにいるの?」
「居たくているわけじゃないわよ」
ただ、出れないだけ。そう、どこか寂しそうな顔をしながら少女はそう呟いた。本当は彼女も地上に出たいのかとエドガーはその様子を見て思う。
「ちなみに、あんたもここから出れないわよ」
「えっ」
少女の言葉にエドガーは口を開けた。エドガー自身、ソドムがいるかを確認したらとっとと出るつもりだったからだ。まぁ、探検したい気持ちもないと言えば、うそになるが、単純にここにいるのは実力不足だったからだ。
「人面樹が出入り口を占領しているの。こいつ、倒さなきゃまぁ無理ね」
「……じゃあ、君はどこから入ったの?」
「元から住んでいたのよ。ここに」
「ここに……」
「あっ、分かっていると思うけど、あたし人間じゃないから」
さすがにそれはエドガーにも分かっていた。背中についたダイヤのように綺麗な2枚の羽根。それは、古代に滅んだと言われている妖精族の特徴だった。リネスから貰った図鑑でしか見たことの無い存在、初めて気づいたときはエドガーもさすがに驚いた。
「妖精族だよね?」
「まぁ、正解ね。でも、私はただの妖精じゃないわ」
「違うのか?」
「私は、大妖精。妖精の中でも、特別な存在よ」
大妖精は誇らしげに胸を張っているが、エドガーはイマイチピンと来ない。普通の妖精と何が違うのか分からないからだ。
「あー、ピンと来てないわね」
「うん」
「ほら、エルフでいう王族みたいなもんよ」
「ようは、血統が特別ってこと?」
「そっ」
ようは、リネスさんみたいなもんかとエドガーは思う。どこの種族もリーダー的な血統があるというのは聞いたことがある。なら、大妖精というのは妖精族の中でも特別な一族を差すのだろう。
そう考えていると、エドガーの脳裏にリネスの顔が思い浮かぶ。今頃何をやっているのだろうか。ソドムがいるか確認して、こんな遺跡さっさと抜け出そう。そう改めて決意を固める。
「そういえば、あんたどうしてここにいるのよ」
エドガーは大妖精の見たところ、いかにも新人冒険者といった感じだ。あの森の罠には全く気付いておらず、この遺跡を冒険するのに適した実力は持っていない。それに、本人の様子を見ても望んで来たわけでも無さそう。だから、純粋に気になったのだ。
「あー、それはね」
エドガーは今までの経緯を軽く説明する。その説明を聞いた大妖精は、驚き半分、呆れ半分といった具合だった。
「じゃあ、あんたそのソドムって人がいるか探しているのね」
「うん。大妖精さんは見かけた?」
「いいえ、今日会ったのはあんただけだわ」
「そっかぁ」
やっぱ、ここら辺にはいないのかとエドガーはがっかりする。地上にいてくれるのが一番良いが、もし遺跡にいるなら近くにいてくれた方が探しやすい。そう簡単にいかないのはエドガーも分かっているが。
「まっ、ソドムって人は人面樹の所でしょうね」
「何で?」
「あの化け樹はそろそろ寿命がつきそうなのよ。もっと長く生きるために、人間や魔物の魂が必要なの」
「なら、ソドムさんは………」
「いいえ? 魂を取り込むってのはかなり大変だからね。あの化け樹も相当の準備と時間が必要よ。だから、まだ死んでいないでしょうね」
その言葉にエドガーは安心する。もちろん、準備が終えたら死んでしまうが、それまでに助け出せればいい。そうと決まれば、さっそく行かなくては。そう思い、エドガーは大妖精に聞く。
「その人面樹がいる出入口には、どう行けばいいの?」
「ここの住宅街を真っ直ぐ行って、王国の城まで行く。城の最上階が出入り口で、人面樹がいるわ。このルートが一番早いけど、あんたじゃ余裕で死ぬわね」
「そっか、ありがとう」
そういうと、エドガーは大妖精の元を離れる。自身が教えた道に行こうとするエドガーに、大妖精は慌てて声をかけた。
「ちょっと、あんた、本気!?」
「うん」
信じられない物を見るかような目に、エドガーは不思議そうにする。一番、そのルートが早いならそれが一番だと思っているからだ。
「死ぬわよ‼ あんた実力じゃ‼」
「でも、この道が一番早いんだろう?」
「そうだけど‼」
「人命が助かる確率が少しでも早い方がいい。それに………」
ソドムさんが助かる確率が一番高いのはおそらくこの道だろう。その道が危険なのはもちろんエドガーもわかっている。死ぬ可能性だって大いにあるだろう。
だけども、冒険者という物は危険がつきものだ。いつか来ると思っていた物が今来たというだけの話だとエドガーは思う。それに、ほかの道を選んでもきっと危険なのは変わらない。なら……、
「あえて危険な道を選ぶのが、冒険者らしいでしょう?」
そう大妖精に笑いかけながら、エドガーは冒険者として樹海遺跡へと挑んでいく。