第7話 ジュナベル樹海遺跡
落ちる。
落ちる。
落ちる。
地下へとエドガーは落ち続ける。彼が落ちた場所は、すでに木の根に塞がれており、もう戻ることはできない。
地上がどんどんと遠くなっていく。本来なら真っ暗なはずであるのに、視界が明瞭だった。天井は一面が、蔓と根、茎で覆われている。その周辺に、小さな光の塊が無数に存在している。それが、この地下空間の光となっているのだ。
光があるのは嬉しいなぁ、と呑気なことを考えながらもエドガーは落ち続ける。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ち続けている。どうにも出来ない状態で、尖った所に落ちないと良いけどとエドガーは思う。そういう所じゃないければ、最悪何とかなるからだ。
そして、天井も遠くなった所で、落ちるのが止まった。代わりに来るのは、後頭部への痛み。頭をさすりながらも、エドガーは上半身を上げる。
エドガーの視界の映ったのは、かつての王国だった物だ。国を囲むように高々と築き上げられた城壁。その中には、人が住んでいただろう都市の数々。
都市の大きさは、魔道国や帝国とは行かなくても、ギレシアよりは圧倒的に広い。その中心には、かつての権威を象徴するように、天井を突き抜けているの城が建っていた。
その全てが、木、それと蔓や木々の根によって覆われていた。建物が、かつてどんな色をしていたかは、今ではもう分からない。
どんな魔術をしたら、こういう風になるんだろう? とエドガーはこの光景を見ながら不思議がる。
エドガーとしても、魔術はやり方によっては大惨事になることは、養成学校やリネスから、何度も教えられていた。ただ、それでも彼にとっては、目の前の惨状が、どうしてそうなったのかが理解が出来なかった。
エドガーは起き上がり、下を覗き込む。彼がいるのは、かつて家だった建物の屋根である。道もほとんどが、樹木の根や茎、蔓で覆われていた。かつてどんな姿をしていたのかは、もう分からないくらいに。
確認した後、エドガーは荷物を見る。リュックの中には、リネスからの魔法薬が4本、予め買っておいた回復用の魔法薬が5本、いくつかの保存食と水、煙玉3つ。手には剣を持ち、服はサキュラから貰ったブローチがついていた。
リュックを閉め、下に飛び降りる。衝撃が来ないように着地をし、辺りを見回す。明るさは、天井にある光の塊で見えるが、地上よりは薄暗い。
慎重に足を進めているエドガーの脳裏に浮かんだのは、引きずられていたソドムのことだった。彼もこの遺跡どこかにいるのだろうか? 気を失っていたとはいえ、まだ死んではない。
おそらく、あの木々の根は、この樹海のものだろう。ソドムもこの遺跡にいる可能性が高い。なら、助けに行こう。そして、脱出を目指そう。
ジュナベル樹海遺跡は、依頼ランクで言うならB相当。今のエドガーでは、いつ死んでもおかしくないのである。だが、それを承知でエドガーは進む。
どんなに危険があろうとも、助けられる可能性があるなら、挑んでいくのが彼の信条だったからだ。
★☆★☆★
ジュナベル樹海遺跡に落ちてから、30分が経過した。エドガーは都市部を離れて、森にいる。正確に言えば、ここもかつては都市の一つであった。蔓や茂みの奥から覗いている、建物一部がそれを物語っていた。
周囲の音を聞き逃さないよう、耳を澄ませながら、歩き続けている。30分間、休むことがなく進み続けていた、エドガーは拍子抜けしていた。
というのも、人はおろか魔物すら出ないのだ。森に突入した瞬間、木々の根が襲ってくるのを覚悟したが、そんな気配は現在にいたるまでない。
30分の間、エドガーは特に苦労なく遺跡を進むことが出来た。もちろん、エドガーにとっても有難い状態である。あるはずなのだが、どうも嫌な予感がした。
本来なら、『黄』や『翠』、『碧』などの中級冒険者も苦戦するような場所だ。それなのに、こんな簡単に進めるのだろうか?
剣を握り直し、警戒を強める。呼吸を整え、周囲の音をよく聞く。すると、
ザザッ
後方から物音がした。エドガーは一旦、木の裏に隠れ、そちらの方を気づかれないように伺う。視線の先には、確かにいた。
頭は獅子そのもの、首には三体の蛇、身体には木々の根が侵食し、羽に巻き付いている。赤い瞳には敵意が満ちており、獲物を探しているように見えた。
合成獣。様々な生物を混ぜ合わせた生物。自然には決して生まれることない、人の手によって生み出された存在。
エドガーも始めてみる存在。戦闘にならなきゃそれでいい。というか、なるべく戦闘になりたくない。これから、エドガーはソドムの行方を探す。なので、体力の消耗や怪我などは最小限にしたかった。
合成獣がその場を立ち去るまで、身を顰めよう。そう思い、気配を消し、息を殺す。木の陰から、合成獣の動きをエドガーは見ていた。
合成獣は誰もいないと判断したのか、諦めたようにその場を立ち去ろうとする。その時だった。
パキッ
何かを踏んだような音がする。エドガーがおそるおそる足元を見てみる、小さな木の枝が割られていた。
エドガーは戦闘態勢に入る。人間なら見逃してくれたであろう小さな音。だが、それを合成獣は見逃さなかった。
魔猪を思わせる速度で、合成獣はエドガーへと突進する。エドガーは横に飛びながらも、合成獣の胴体めがけて、斬撃を浴びせた。
正確に捕らえられた一刀が、合成獣の脇腹を斬る。通常なら、それだけで致命傷になってもおかしくはないほどの深さ。
だが、その傷はすぐに塞がれてしまう。合成獣の肉から、木々の根が生え、それを強制的に塞ぐ。
常識を超えたその光景に、エドガーは絶句する。
「ギィアアアアッ」
思わず立ち尽くしているエドガーに、合成獣が再び跳躍する。襲い掛かる爪を剣で逸らしながらも、エドガーは横に飛ぶ。
強襲を交わすことが出来た。だが、合成獣は容赦しない。三体の蛇によって吐かれた火の球が降り注ぐ。それを紙一重でかわしながらも、どう倒そうか考える。
先の木々の根を見る限り、生半可な攻撃ではすぐに塞がれてしまう。だから、肉体全てを消す必要がある。
一番良いのは火だろう。火なら、塞いでくる木々の根ごと燃やすことが出来る。ただ、エドガーはあまり火炎魔術の扱いは上手くはない。エドガーよりも大きい合成獣を全て燃やしきれる自信はない。
なら、氷にしよう。そう考えたエドガーは、斜めに振り下ろされる爪を弾き、合成獣の目をめがけて、呪文を唱える。
「閃光」
強烈な光が、合成獣の目に降り注ぐ。合成獣の顔の部分である獅子は、どの個体も目がいい。獲物を狩るために、見えやすいように成長した。
だから、その逆に光に弱い。
エドガーが放った閃光は、合成獣を傷つけられる物ではない。が、その動きを止めることは出来る。余りの眩しさに、呻いている合成獣の後ろに回り、エドガーは再び魔術を放つ。
「氷結撃」
剣から放たれた氷の光。その光は、合成獣を包み、そして全身を凍らせた。合成獣は内部の筋肉から、心臓に至るまで氷で包まれている。
もう永久に動くことのない合成獣の姿を見ながらも、エドガーは一息つく。そして、少し休もうとした。
が、その時。突如、電撃が襲い掛かる。
辛うじて、エドガーは剣で電撃を逸らし、斬撃を出す。犬の悲鳴が聞こえ、エドガーは魔犬がいると判断する。
とはいえ、魔犬は基本的に特殊な能力は持たない。つまり、魔犬以外に敵意を持った生物がいる。
剣を構え、戦闘態勢に入る。先に動いたのは、魔犬だった。
魔犬は魔物の一種である。魔猪ほどの大きさはなく、特異な能力も持たない。が、魔犬の最大の特徴はその牙である。獅子すら超える顎の力は、一度噛みついたら絶対に離さない。小柄ですばっしこく、人間にとって警戒すべき生物である。
魔犬は草陰から飛び出し、エドガーへと駆ける。
「電撃」
剣先から出された電撃を避け、魔犬はエドガーの喉元を喰らいつこうと跳躍する。エドガーは後ろへと飛ぶことで、それを避け、再び呪文を唱える。
「烈風」
風で魔犬の身体を吹き飛ばし、先より距離を開ける。エドガーは息を整え、魔犬を見る。ふと、ある個所が目についた。魔犬の右足。そこに、深く切り傷があった。形状からして、おそらく、エドガーが飛ばした斬撃で傷ついた物。
だからこそ、エドガーは疑問に思う。なんで、先の合成獣のように、塞いでないのだろうと。
その疑問の答えを出そうとする。が、そんな暇はなく、エドガーに雷撃が降り注ぐ。四方八方に降り注がれた雷撃。凄まじく早い速度で降り注いでくるのを、エドガーは避けていく。
茂みの方に何かがいる。
そう感じながらも、エドガーは雷撃を避けるのに攻撃が出来ない。その隙を狙って、魔犬は再び背後から跳躍した。
首元を狙って、噛みつこうと牙が向けられる。何とか剣で防ぐも、魔犬の牙が剣に嚙みついた。
動けずにいるエドガーに目掛けて、電撃が再び降り注ぐ。魔犬の腹部を蹴飛ばし、何とか引き離し、そのまま電撃を避ける。
「氷結撃」
茂みの方へ、エドガーは斬撃とともに青白い光を放つ。刹那、茂みの奥で悲鳴は聞こえた。蛇のような声を聴きながら、エドガーは魔犬の方へ目を移す。
魔犬は苦しそうに呻きながら、再びエドガーに飛び掛かる。エドガーは、跳躍した瞬間、右足にある切り傷めがけて、剣を降ろす。
右足を斬り降ろされた魔犬は、着地に失敗し転倒する。そして、その隙をエドガーは見逃さない。立ち上がろうとした瞬間、魔犬の首めがけて剣が振り下ろされた。
地に転がっていく魔犬の首を見た後、エドガーは茂みの方へと駆ける。そして、剣を構えながら、茂みを除く。そこには、いた。三体の魔光蛇が凍り付いていた。
息をしてないのと、周囲に敵意がないのを確認し、エドガーは今度こそ、一息をついた。
木の根元に座り、身体に流れる魔力の量がそこまで減っていないことを確認する。そして、エドガーは再び立ち上がる。本当はもう少し休みたいが、ソドムのことが心配だった。
どこにいるか分からない人物を探すため、エドガーは歩き出そうとする。その時だった。
「あんた、何、無防備に行こうとしてんのよー‼」
後ろの方から、キレたような声がした。エドガーはびっくりしたように振り向く。
そこにいたのは、子供くらいの背丈に、翠色の髪。可愛らしい顔立ちをもつ少女。そして、その少女の背には2枚の透明な羽がついていた。