第5話 初任務②
ふとエドガーは目が覚めた。時計を見ると、時刻は7時を過ぎている。まぁ、いつも通りの時間に起きたなと思いつつ、エドガーは服を着替え、準備を始めた。
彼が借りたのは、二階の部屋の一番奥。割と安めの宿であるが、その中でも特に安い部屋だ。というのも、彼が借りた部屋はほかの狭く、かなり暗い。ほかにも部屋は何部屋か開いていたのだが、値段を安くしたかったエドガーは敢えてこの部屋を借りた。
実際に借りてみて、問題なく寝れたので、エドガー的にはこれで十分だった。寝ぼけた目を擦りながら、エドガーは準備を終え、外に出た。
階段を降り、レストランに向かう。この宿屋はレストランもついており、食事の値段も安い。とことん金を節約したいエドガーにとって、値段というのは重視すべき項目なのだ。
「いらっしゃーい」
エドガーがレストランに入ると、思ったより席が埋まっていた。見たところ、ほとんど冒険者が多い。しかも、中には酒を飲んでいる者もいる。朝から酒、飲むのかよと思いつつ、エドガーは空き席を探し始める。
が、中々見つからない。エドガーは仕方ないと思い、部屋に戻ろうとする。その時、後ろから声がかかった。
「よう、兄ちゃん。席、探してんのか?」
「えぇ、中々見つからなくて」
声の主は、大振りの剣を持つを男だった。円卓状の机に座っており、彼のほかには槍をもったピンク髪の女性、髪を刈り上げた小刀を持つ男性だった。たぶん、彼らは冒険者パーティーなのだろう。エドガーはそう推測する。
「じゃあ、俺たちの席に座れよ」
「いいんですか?」
「おぉ。時間があるなら、話そうぜ」
「じゃあ、失礼します」
エドガーは、大剣を持つ男性の元に座り、荷物を降ろす。そして、エドガーは彼らと話し始めた。
★☆★☆★
「へぇ、それじゃあ兄ちゃん。ソロで冒険者やってんのか」
「はい」
「すげぇな」
関心するように言う大剣を持つ男性、ソドム。彼は、この冒険者パーティーのリーダーだそうだ。
「あんた、冒険者歴何年なの?」
「今回の依頼で初です」
「マジか!?」
「よく見たら、こいつ養成学校のエドガーじゃね。協会からの情報誌で見たことがある」
「あっ、そうです」
エドガーが肯定すると、小刀を持つ男性リガンと魔術師の女性サラは驚いたように、エドガーの方を見た。
エドガーはそちらを見つつ、運ばれた朝食を食べる。朝食はトマトの煮込み、硬いパン、サラダだった。シンプルに味付けされる料理を口に運び、美味しいなとエドガーは思う。
「どんな依頼を受けたんだ?」
「一定の時間、子供の面倒を見てほしいという依頼です。そちらは、どんな依頼を受けたんですか?」
「あぁ、ジュナの森の偵察だよ」
ソドム曰く、近頃ジュナの森にいる魔物がいつもより増えているらしい。そろそろイーロス祭もあり、この村に来る人も増える。そこで、様子を見てきてほしいと頼まれたそうだ。
その話を聞きながら、エドガーはナミとナルが話した、魔物が侵入してきた話を思い出す。あの時は、たまたまいた推定リネスさんが解決したが、次はそうなるかは分からない。まぁ、警戒した方がいいだろうとエドガーは思う。
「それって、ほかの冒険者パーティーもいるんですか」
「あぁ。俺ら以外は三つ。どれも平均ランクは碧くらいか」
エドガーはその話を聞き考える。ほかのパーティーの人数は分からないが、少なくとも多くはないと思う。なら、時間が大丈夫なら手伝った方がいいのではないか。
「偵察の時間っていつですか?」
「だいたい、18時~24時と24時~6時だ。それを二つのパーティーでやる。俺らは、後半だな」
前半は無理だが、後半は行けそうだなとエドガーは思う。寝るのは、終わったらでいいし、何とかなるだろう。
「なら、後半の方は俺も手伝いましょうか。時間は大丈夫ですし」
「いいや、気持ちは嬉しいが大丈夫だ」
「ですが……」
「兄ちゃんは、別の依頼があるんだろ? なら、それに備えてしっかり休んだ方がいい」
「生き急ぐのはダメよ」
エドガーを諭すように言った後、ソドム達は食器を片付け、部屋に戻った。ソドムの言葉に、まぁ確かに休んだ方がいいかと思い、エドガーは朝食を食べ続けた。
★☆★☆★
エドガーは宿を出て、村を歩いていた。エドガーも最初は、宿でのんびり過ごしていたのだが、暇になってきたのだ。
昨日、ナミとナルに教えてもらったパン屋を思い出し、エドガーはそこへ向かう。時刻はそろそろ昼になる頃、昼食にもちょうどよかった。
パン屋に着き、エドガーは中に入る。トングとトレイを持ち、パンを選び始めた。
まず、エドガーが最初に選んだのは、苺のジャムパンとチョココロネ。ナミとナルが進めていたパンである。
取り終えた後、エドガーは総菜パンのコーナーに足を運んだ。昼食なので、もう少しガッツリした物を食べたかったからである。
総菜パンのコーナーにあるのは、そこまで多くはない。だが、卵のサンドイッチやソーセージパンなどの定番の物はしっかり揃っていた。エドガーは慣れ親しんでいる、卵のサンドイッチを取る。
もう一個、何か食べようと総菜コーナーを探す。様々なパンの中である気を引く物を見つけた。
魔猪のステーキサンドという、サンドイッチだ。名前の通り、魔猪のステーキを挟んであり、中には如何にも濃そうなソースがたっぷりある。
冒険都市では見かけたことがないし、食べたことはない。この村限定かは分からない。だけども、全く食べたことの無いサンドイッチに、エドガーは興味を惹かれた。
ステーキサンドを取り、エドガーはレジに並んだ。
★☆★☆★
エドガーは昨日の広場のベンチで、買ったパンを食べていた。既に、ほとんどのパンを食べ終えて、最後に卵のサンドイッチを食べている真っ最中であった。
どのパンも美味しかったとエドガーは思う。
苺のジャムパンとチョコパンは甘かったが、くどくなく、ちょうどいい甘さだった。魔猪のステーキサンドは食べたことが無かったが、新鮮な味だった。歯ごたえがあって、味は濃かったけど美味しかった。
リネスさん、こういう味が好きだろうし、今度紹介しよう。エドガーはそう思いながら、最後の一口を食べ終える。
ゴミを近くのゴミ箱に捨て、一回宿屋に戻ろうとエドガーが考えていた時だった。
中年の男性が、かなりの荷物を持って、エドガーの前を通り過ぎた。ちらりと見える箱の中身から、おそらくイーロス祭の準備だろうとエドガーは推測した。
ひぃひぃと言っている男性を見て、辛そうだとエドガーは思う。そして、そのまま男性の元に駆け寄った。
「よかったら持ちましょうか?」
「あぁ、すまんな」
男性は、有難そうにしながら荷物を降ろす。降ろされた荷物を、エドガーは実際持つ。思ったより重くなく、エドガーはこれくらいなら、普通に行けそうだと思った。
「どこに運べばいいんですか?」
「えっとな、村の一番奥にあるステージだ。この中身は、イーロス祭でのショーに使うんだよ」
「あぁ、なるほど。ちなみに、どんなのをやるんですか?」
エドガーは、荷物を運びながらも興味津々に男性に聞く。男性は汗を拭きながら、ニヤリと意味深に笑みを浮かべた。
「そりゃ、兄ちゃん。当日のお楽しみって奴だ」
「それはそうですよね」
「まぁ、今年は例年よりも派手にやると言っておこう」
「そうなですか? イーロス祭、初めてなんです」
「だったら、余計楽しみにしておくことだな」
「はい!」
エドガーは祭りというのを、見ることが好きだったこともあり、心を躍らせながら、荷物を指定の場所まで運んだ。
★☆★☆★
時間になり、エドガーはシルバ家に行った。門の前には、すでにナミとナルが待ち構えており、エドガーが来たのを見て、嬉しそうに声をあげた。
「よう! エドガー。今日も魔術見せろよ」
「こらっ、ナル。もう少し丁寧じゃなきゃダメだよ」
「大丈夫だよ、ナミちゃん。それより、昨日2人が進めてくれたパン。どっちも美味しかったよ」
「本当か!?」
「やったぁー!」
笑顔を見せているエドガーの言葉に、ナミとナルは嬉しそうに飛び跳ねる。
「お母さんとお父さんは?」
「もう、出かけた。エドガー君によろしくだって」
「あんまり迷惑かけないようにって言われたよ、ナル」
「俺の方、見んなよ」
ジト目で見てくるナミに対して、不貞腐れたようにナルは口を尖らせた。そんな二人をまぁまぁと、エドガーは宥める。
「じゃあ、庭で魔術を見せるよ」
そういうと、ナミとナルは嬉しそうに飛び跳ねる。彼らは今までの時間、どんな魔術を見せてもらうか話し合っていたのだ。わくわくとしながら、二人はエドガーの手を引っ張っていく。
ナミとナルに引っ張られながらも、エドガーは自分の出来る魔術であることを祈っていた。
「じゃあ、何の魔術が見たい?」
エドガーは庭に着くと、ナミとナルの目線に合わせ、聞いた。二人は、ちょっとタイム!とエドガーに言った後、顔を見合わせ、真剣に話し合う。
やがて、お互い頷きあった後、エドガーの方を向いた。
「水出して!」
「水?」
「うん、水」
水でいいのかとエドガーは思ったが、ナミとナルのキラキラとした目を見て、張り切る。
短杖を出し、魔力を杖の方に流す。そして、呪文を呟いた。
「水」
杖先から、手のほどの水が2つ出てくる。空中上で丸い形になったそれは、ナミとナルの手に収まった。
ナルが指で弾くと、水が崩れる。ナルの手に冷たい感触が確かに伝わった。
「すごい!」
「本物だ!」
その光景を見た、ナミとナルは興奮する。ナミもナルと同じようにし、実際に水であることを実感した。
「もっと、やって!」
「じゃあ、ほかには何をやってほしいかな?」
「あれっ! 光の球」
「ピカピカ光ってる奴!」
「任せてよ」
エドガーはそう言い、もう一度短杖に魔力を流す。
「光球」
呪文を唱えた瞬間、杖先から手のひらサイズの光る球が出てきた。子供の目に優しい光は、夕暮れの中、静かに照らしている。
「「きれーい」」
光球を見つめて、感嘆しているナルとナミを見て、エドガーはほっとする。光の眩しさが、しっかり調整できてるか不安だったのだ。
「じゃあ、次は何にしようか?」
エドガーはナミとナルに聞く。今度は、ナルが何か言おうかした時だった。
「オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォ」
東の方、ジュナの森から悍ましい声が聞こえた。耳から身体を痺れさせるような声に、エドガーは怯えている2人を庇う。
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォ」
それは魔物と言うのには、余りにもおぞまし過ぎる声であった。一つの声というには、入り混じりすぎている。心の奥底から震えさせるように、叫んでいる何かがいる方向をエドガーは睨みつけた。
「えどがぁ~」
「2人も、家の中に戻ろうか。ほら、本でも読んでいようよ」
恐怖で震えながら、今にも泣きだしそうに見つめているナミとナルの手をつなぎ、エドガーは家のドアへ向かう。
ナミとナルを先に、家の中に入れ、ふとジュナの森の方を見た。先ほどの声はもう聞こえない。そのことにほっとしながらも、得体のしれない胸騒ぎがエドガーの中にはあった。