第20話 2人の時間
眠れなかった。エドガーは一睡も眠れなかったのだ。その理由としては、今エドガーの身体に抱き着いているリネスである。リネスの身体がエドガーの身体に密着しており、ほぼ真下にリネスの顔がある。
リネスの寝顔を見るのはエドガーも久しぶりだった。小さい頃はよく見ていたが、この歳になると酒で酔っぱらって爆睡している時しか見ない。
いつ見ても寝顔が可愛らしい。エドガーはどのリネスも可愛いし、綺麗だと思っている。ただ久しぶりだったので、より可愛く見えた。
「うーん」
リネスのうめき声が聞こえる。まずい、そろそろ起きそうだ。おそらく、エドガーに抱き着いているのは無意識だ。この状態を見たら、間違いなく混乱する。抱き着かれているエドガーも大分混乱しているからだ。
エドガーは慎重にリネスの身体を動かそうとする。まず、手を動かそうとした時だった。リネスの目が開いたのは。
「あっ」
やべっとエドガーは声を漏らす。どうしようかと悩んでいると、リネスが突如エドガーを突き放す。が、そこまでの力はなく、そこまでエドガーが動くことは無かった。
「ふぇ、ひぃあ、あわっ、 違う違う違う違う違う。違うっ…、違う」
「落ち着いてください」
飛び跳ねるようにベットから出たリネスは、頬を赤くしながらそう口走っている。何が違うのかがエドガーにはさっぱり分からないが、落ち着かせるために何を言おうと考える。
「抱き着いていたのは、その、その、その、その………、私じゃなっ……」
「無意識なのは分かってますから」
「そう! むっ無意識。私、違う。違う!」
「分かってますよ」
何が違うのかはやっぱり分からないが、それでもエドガーは必死で宥めようとしていた。その時だった。
「そろそろつきますよ」
運転手の落ち着いた声が聞こえる。その声でリネスは冷静なったのか、顔も落ち着きながらエドガーに言う。
「降りる準備をしろ。忘れ物はするなよ」
いつもの調子に戻ったリネスに苦笑しながら、エドガーは荷物を取る。その後、リネスの周囲を見渡した。自分の忘れ物はないが、リネスさんが何か見落としてないか。そう探す。リネスが少しおっちょこちょいな所があるのをエドガーは知っていたからだ。
何も無さそうなのを確認した瞬間、ペガサス便が着く。扉が開き、リネスがエドガーに急かすように見る。エドガーもその後を追い、ペガサス便を降りた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
リネスとエドガーは運転手にお礼を言い、そのまま冒険都市に入った。数日前にいた時よりもどこか落ち着いている。まぁ、だいたいの新人冒険者が活動を始めたからだろう。
「まずは冒険者協会に行くぞ」
「冒険者協会ですか」
「そうだ。私が先に報告したとはいえ、一度はお前も行くぞ」
確かに行ったほうがいいなとエドガーは思う。リネスさんが報告してくれたみたいだが、初任務の方の報告もあるし、一度自分の口からも話したほうがいいだろう。そう思い、エドガーは早足で歩いていくリネスの背中を追う。
「冒険者協会への報告が終わったら、一緒にどこかへ行きません?」
「どこか?」
歩いている中でエドガーはそう提案する。その言葉にリネスは若干、不思議そうにエドガーを見返した。
「はい。時間的に朝ですし、どこかで朝ごはんでも」
「…………」
リネスはややむすっとしていた。まるで、エドガーの提案が嫌かのように。その様子を見て、エドガーは不安になる。もしかして、リネスさんは俺と食事するのが嫌のではないかと。
「何か用事でもあります?」
「ない」
「あー、俺と食事するの嫌ですか?」
やや申し訳なさそうにエドガーは聞く。そんなエドガーの様子にリネスは驚いたようにした。そして、そのまま否定するかのように勢いよく首を振る。
「そうじゃない。ただ………」
「ただ?」
「ただ………」
リネスは表情が見えないように俯いている。必死で言葉を探しているようにも、言葉を絞りだそうとしているようにもエドガーには見えた。
「家に帰りたいんだ」
「?」
「家だ。一回、帰ってそこでご飯を食べたい。まずは、帰りたい」
リネスとしてはエドガーとご飯を食べることは嫌ではない。ただ、それでも家に帰りたかった。そこでエドガーと一緒に過ごしたかった。家という場所で誰にも邪魔されず、2人だけで過ごしたかったのだ。
「わかりました! 報告したら、一緒に帰りましょう」
その言葉にエドガーは嬉しくなる。エドガーとしては、リネスとご飯が食べられるなら外だろうが、家だろうがどこでもよかった。一緒に食べることを嫌がられていないだけど、エドガーは良かったのだ。
「じゃあ、まずは冒険者協会に行きましょう」
「ついてこいよ」
リネスに言われるまでもなく、エドガーは追いかける。その姿をリネスはエドガーに気づかれないように見る。エドガーの嬉しそうな姿を見て、リネスも少し笑みを浮かべた。
*****
「今回の任務の報告は以上ですね」
「はい」
冒険者協会につき、エドガーはすぐに報告をした。まずは、本来の任務について。重要度は遭難の方が高いだろうが、正式な任務ではないのでこちらを先に報告した。
報告自体は始めてだったが、今までリネスが報告していたのを見ていたのでスムーズに出来た。報告を終えても、特に言わない。たぶん、遭難の方を早く聞きたいのだろう。なので、エドガーもそちらの報告に移った。
「では、ジュナブル樹海遺跡についてですが」
「お願いします」
エドガーは落ちた経緯から地上に戻るまでの経緯を一通り説明する。協会の人もそこまで驚くことはない。リネスから一通りの経緯を聞いているからだろう。すべてをエドガーは話し終えた。
「ありがとうございます」
「これで大丈夫ですか?」
「はい。何かあったら、また連絡します」
「わかりました」
エドガーはお礼をし、部屋を去った。しばらく歩き、広間を出る。するとそこには、ルクレと会話するリネスの姿が見えた。2人とも帰ってきたの気づき、エドガーの方に顔を向ける。
「あっ、エドガー君」
「こんにちは、ルクレさん」
何日かぶりであったため、エドガーは挨拶する。そんなエドガーに対して、ルクレは心配するように駆け寄ってきた。
「エドガー君、大丈夫だった?」
「えぇ。怪我は治りました」
「もっとも、まだ依頼を受けられるようではないからな」
心配させないように笑みを浮かべるエドガーに、釘をさすようにリネスがそういう。実際の所、治癒魔術で治ったとはいえ、もう少し安静していた方がよかった。エドガーの怪我がかなりの大けがだったのもある。
「そうなの? なら、しばらくは依頼受けること出来ないわよね」
「そうなんです………」
エドガーとしては、早く次の依頼を受けたかった。焦るのが良くないことも分かっているが、それでも少しでも早くランクを上げるために依頼をたくさん受けたいのだ。
「どのくらい、安静した方がいいですか?」
「大体、一週間だ」
「一週間かぁ………」
「依頼、受けるなよ」
「分かってますよ……」
「大丈夫です! エドガー君が受けそうになったら、私が止めますから」
2人の会話を聞き、エドガーは目を逸らす。実を言うと、こっそり軽い任務を受けるつもりだったのだ。リネスさんが依頼で家にいない最中を狙って。だが、これだとしばらくは無理そうだなと諦める。
「じゃあ、帰るぞ」
「あっ、はい」
リネスは立ち上がり、エドガーの手を引っ張る。そうして、そのまま2人は冒険者協会を出た。
*****
「久しぶりですね」
「本当だ」
エドガーとリネスは家についた。何日も家に帰っていなかったので、エドガーは懐かしくなった。
「これから、この家に帰る度にこんな感覚になるんですかね」
「お前がランクを上がらなければ、そうはならないだろうな」
リネスの言葉にエドガーは苦笑した。リネスが自分が冒険者になるのをよく思っていなかったため、あんまランクが上がってほしくないのだろう。が、エドガーはランクが上げていくつもりだ。だから、この感覚が来てほしいなと思う。
そんなエドガーをリネスは複雑げに見ていた。
「ご飯を作る」
「俺も手伝いますよ」
「大丈夫だ。自分の部屋で休んでろ」
睨みながらそう言われたので、エドガーは仕方なく階段が上がった。リネスの事を手伝いたかったが、まぁ仕方ない。とりあえず、荷物を片付けよう。そう思いながら、部屋に戻った。
時間が一時間は経った。エドガーはやっぱり大丈夫かなと不安になる。やっぱり、手伝いに行こうと思い部屋から出ようとした時だった。
「出来た」
リネスがドアの外から声をかけてきた。エドガーは慌ててドアを開ける。そこには、エプロンを着たままのリネスが立っていた。
「ご飯、冷める」
「あっ、じゃあ行くよ」
階段を降り、ダイニングに行く。そのまま、椅子に座り、並べている食事を見た。焦げている目玉焼きにウインナー、コーンスープやパンがある。エドガーはフォークを手に取り、食べ始めた。
「大丈夫か?」
「うん」
エドガーはリネスが作ってくれたというだけで、嬉しいのだ。だから、どんな味だろうと喜んで食べる。エドガーが牛乳を飲んでいると、リネスがふと口を開いた。
「しばらくは家にいる感じか」
「あー」
この感じだと依頼を受けることは出来無さそうである。とはいえ、ずっと家にいるのも身体に悪い。だから、どこかに出かける予定だった。
「まぁ、冒険都市のどこかには出かけるよ。あぁ、そうだ」
「?」
「剣買わなきゃな」
エドガーの剣は最後の方で壊れた。このままでは、剣がないと任務を受けることも出来ない。なので、どこかで買う予定だ。
「どこで買うつもりだ」
「冒険都市のどこかですね」
「そうか。ところで、一週間開いてるか?」
「そりゃ、空いてますよ」
エドガーの言葉にリネスはそうかと頷く。急にどうしたんだろうと思いつつ、エドガーはそんなリネスを見ていた。
「明日、ドワーフの秘境に行くぞ」
「はい?」
「そこで、剣を作ってもらう」
「はい?」
「武器が壊れたんだろう?」
「まぁ、そうです」
「だから、新しい剣を作るんだ。しかも、もう壊れないような代物を」
突如話が進んでいくことについていけないまま、エドガーは呆然としていた。そんなエドガーを気にすることもなく、リネスは食べ進めていた。




