第2話 サキュラの恋心
大陸オセラリアの中心にある都市、冒険都市。どの国にも属さない、この都市の歴史は古い。古代から存在し、現存最古の国と比べられるくらいの歴史を誇っている。
そんな都市に住む人々の大半は、冒険者である。冒険者たちは、都市の中心にある冒険者協会の本部から依頼を受け、各地に行く。
なので、この冒険都市には冒険者とって必要な物が揃っている。例えば、長期の探索に必要な保存食や回復用の魔法薬など、冒険者が必要ようとする道具を売ってある店が多く点在する。
エドガーが今入ろうとしている店もその1つである。店の名前は、武器屋『鉄杭』。ここは、冒険者にとってもっとも必要と言える物、武器が売ってある店だ。
武器屋というのは、冒険都市に多くある。そのため、いざ武器を買おうとした初心者がどこで買おうか悩むのだが、エドガーは迷うことなくこの店で買う事を決めた。
というのも、この店はリネスと出会う前、エドガーを道具としてこき使っていた冒険者がよく入っていた店なのだ。エドガー自身は始めて来たのだが、その冒険者があの店は良いと言っていた記憶がある。
─────思い出したくもないけど、こういう時には役に立つんだよな
と複雑な気持ちになりながらも、エドガーは店の中に入る。店内には人が多くいるが、その中にエドガーがよく見知った人物がいた。先に別れたばかりの、サキュラである。
「あれっ、エドガー君!?」
武器を見ていたサキュラが、入ってくるエドガーに驚いたように声を上げた。エドガーもサキュラがいることに驚きながら、彼女がいる方に近寄る。
「サキュラも武器を選びに来たのか?」
「うっ、うん!登録するのは明日だけど、それ以外の準備は今日中にやっておきたくて」
「そっか、俺も同じだよ」
そう言いながら、エドガーはサキュラと同じ所を見る。そこには、様々な弓が並べられていた。並べられている弓は、どれも名品。見ただけで、一流の職人が作ったことがエドガーにも分かる。
ただ、それゆえにほかの店の武器よりも値段が高かった。
「武器は決まったのか?」
「えっと、使いたいなと思うのはあるんだけどね…………」
サキュラが曖昧な笑みを浮かべながらも、目を逸らす。その視線の先には、赤い鉱石で作られた弓が置かれている。その弓を見て、エドガーはサキュラの様子に納得した。
一流品が並べられいる中でも特に良い出来だった。ただ、だからこそ値段が高い。まだ働いていない冒険者が出せる金額ではない。
「金、どのくらい出せるんだ?」
「全額出せば、何とかなるんだけどね。ほかの道具を買うとなると、金が半分くらい足りないんだ…………」
その言葉を聞き、エドガーは自身の持ち金を思い出す。彼は、ほかの卒業生より資金を持っていた。というのも、元々持っていた資金に合わせて、見どころある生徒に渡される養成学校からの金があった。
つまり、エドガーはサキュラより資金に余裕がある。弓の値段を考えて、半分なら自分でも出せる。そう思い、エドガーはサキュラにある提案をした。
「なら、俺が半分だそうか?」
「えぇ!?」
「俺、お金はまだ全然あるから、気にしなくても大丈夫」
「でっ、でも。そんな悪いよ…………」
「大丈夫。それに、少しでもいい武器を持った方が死なないだろうしさ」
武器の性能は、かなり重要だ。武器の性能が良ければ、良いほど攻撃や防御が上がる。武器の性能が冒険者の生存を左右する。だから、エドガーはサキュラに少しでもいい武器を使ってもらいたい。彼にとってのサキュラは、養成学校の時からの大切な友人である。
冒険者というのは、死を常に覚悟しなければならない職業だ。それをわかっていても、エドガーはサキュラに死んでほしくなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えていいかな…………?」
「もちろん」
エドガーの言葉を聞いたサキュラは、買いたいと思っていた弓を手に取る。大事そうに抱え、買えることを嬉しそうにしている。その様子を見たエドガーも、嬉しくなった。
★☆★☆★
買うものが決まったサキュラを見たエドガーは、自分が買うものを考え出す。
「エドガー君は何にするの?」
「ここに来るまで色々考えてたんだけどね、やっぱり剣かな」
武器を何にしようか、それを考える際に彼がもっとも重要視したのは、どの武器が一番、使えるかだ。これからソロでやっていく身において、一番使える武器でないと心もとないかった。
まず、弓はない。エドガーに、遠くの物を当てる自信はない。それに、ソロでやる際に弓でやっていく自信もエドガーには無かった。次に、槍。弓ほど下手ではないが上手く扱える自信はない。戦いにおいて、リーチが長いのは有利だが長い武器をもって器用に動き回れる自信がない。
そう考えてくると、エドガーは剣が適していると結論付けた。剣といっても種類はたくさんある。その中で、エドガーが武器にしたいと思っているのは、長剣ほど長くはなく、かと言って短剣ほど短くはない剣。
さっそく、エドガーとサキュラは剣コーナーに行く。剣コーナーでは、弓よりも多くの剣が点在していた。
エドガーはその中でも魔力耐性が高い剣を探す。魔力耐性が低い武器だと、敵の攻撃を受けた際や自分の魔術行使で壊れてしまう場合もある。
耐性が高い分、値段も高くなる。だけど、そこらへんを渋っていたら、任務の際に大変なことになる。そう思い、エドガー説明欄を見ながら、探していた。
が、中々決めることができなかった。というのも、魔力耐性が高い剣が思ったよりもあったのだ。
────どうしよう
隣りで自分を待ってくれているサキュラのためにも、エドガーは早く決めたかった。だけども、中々に決まらない。どれも、エドガーにとっては良い武器だったからだ。
コーナーの前で、エドガーは睨むように商品を見ている。すると、見かねたように初老の店主が声をかけてきた。
「おい、小童。武器、決められんのか?」
「あっ、はい」
「どういうのにしようか。大まかには決まってるのか?」
「種類は片手剣、大きさは長く短くもなく、普通め。あとは、魔術を組み込んでも壊れないのに、魔力耐性が高い物にしようかと」
別に剣術が自信がないというわけではない。が、それだけではエドガーは不安だった。冒険者として手段は一つでなく、複数ほしい。幸い、エドガーは養成学校では魔術の成績もかなり良いほうであったため、適正もあった。
「よく使う魔術は?」
「電撃魔術と強化魔術。あとは、火炎魔術や風魔術、水魔術、結界魔術、治癒魔術もたまに使いますね」
「そうか」
店主は一言そう呟き、少し考えた後、店の奥へ入った。エドガーとサキュラは何だったんだろうと顔を見合わせる。
その後、二人が剣のコーナーを見ていると、店主が出てきた。手に剣を持って。
「小童、これなんかどうだ?」
差し出された剣はちょうどエドガーが求めていたサイズだった。やや細身ではあるが、剣としては至ってシンプルで、扱いやすそうだなというのがエドガーが考えたことだった。
「あの……、これは?」
「さっき、創りあげたばかりの新品だ。耐久もピカイチ、ワシが創りあげた中でもトップクラスじゃ」
創りあげたばかりの、店主お墨付きの一品。これを使って冒険をしたいという心が、エドガーの脳裏に溢れ出す。だが、同時にある不安が彼の脳裏に浮かんだ。
「ちなみになんですけど……、値段はおいくらでしょうか?」
新品かつ、店主のお墨付き。そう、値段が高くないわけない。ほかの武器よりもさらに、値段は高いだろうとエドガーは推測する。
いくらエドガーが、並みの卒業生よりお金を持っていたとしても、限度があるのだ。若干、不安そうに見つめているエドガーに店主は少し微笑みながら、答えた。
「安心せい。右の子が持ってるのよりちょい、低いくらいだ。まぁ、本来ならもう少し高いじゃがな。ほら、そこは新人用って奴だな」
その言葉とともに、店主から剣を渡される。エドガーは剣を持ち、しっかりと握り、その感触を味わう。
冒険者としての自分専用の武器。何せ、生涯の武器になる可能性があるのだ。もちろん、その前に壊れる可能性だってある。だが、それでも初めて自分だけの武器を持ったことが、エドガーにとって嬉しかった。
★☆★☆★
「武器、買えてよかったね」
「そうだね」
サキュラとエドガーはお互い、会計を済まし店を出た。
隣りを歩いているエドガーの顔を、サキュラはこっそり覗き込む。自分専用の武器を買えたエドガーは、嬉しそうに子供のような笑みを浮かべている。
サキュラも自分専用の武器を買えたことが嬉しかったが、それ以上にエドガーの笑顔を見れたことが何よりも嬉しかった。
卒業式後の会話から、もうしばらくは会えないんじゃないかとサキュラは思っていた。それが、偶然会えたのだ。
明日から、サキュラは冒険者になる身であり、エドガーと話せるのは次いつかわからない。だがら、もっと関わりたかった。エドガーともう少し、永遠じゃなくても話していたかった。
それに、サキュラは彼に聞きたいことがあった。
「ねぇ、エドガー君」
「なに?」
「エドガー君って誰と冒険するか決めたの?」
サキュラは勇気を出して、エドガーに問いかける。エドガーが、卒業生の中でも成績も経験も良く、おそらく多くの人物に誘われるだろうとサキュラは考えている。実際に誘うと考えているというのを聞いたこともあった。
その気持ちはサキュラだってわかる。命に危険が関わる職業だ、少しでも優秀な人物を仲間に加えたいという気持ちは誰にだってある。
ただ、願わくばまだ決まっておらず、誰からも声をかけられてないでいてほしいとサキュラは思う。
エドガーと一緒に冒険がしたい。彼女はずっとそう思っていた。
そんな思いの問いかけに対するエドガーの答えは、サキュラが考えてもいなかったことだった。
「いや、僕ソロでやろうと思ってるんだ」
「えっ!?」
あんまりにもそれはサキュラにとって予想外であり、思わず高い声を上げてしまう。
それも無理はない。通常、冒険者の多くは誰かと組んでいる。冒険者に求められる能力は多様で、それを一人で補うのは中々難しかった。だから、その役割を分担をするために、複数人と組んでいる。
ましてや、新人なんてそうでもしないとほとんどが死んでしまう。
「本気で言っているの!?」
「うん」
「でも、何で?人と関わるのが苦手じゃないでしょ?」
「そうだね。でも、ソロじゃないとダメなんだ」
「どうして?」
「俺は、彼女と一緒に冒険をしたいんだ」
エドガーの言う彼女が自分でないことは、サキュラにはすくにわかる。それどころか、その人物が誰を指しているのかすら。
エドガーがずっとその人物を見つめ続けているのをサキュラは知っている。その感情が恋であるのも、憧れでもあるのも、目標であるのをすべて知っている。そして、それが自分では出来ないことも。
分かっていても、知っていても、サキュラは思わずにはいられない。その恋心を、自分に向けてほしいと。
いつだって口に出しそうになる。だけども、サキュラはそれをいつも喉の奥に押し込めている。わかっている、それを言ったら自分の恋はそこで終わってしまう。
エドガーはたとえ、サキュラが告白しても降るだろう。彼がサキュラを友人だと思っていても、恋心は抱いていない。
だから、今日もそれは言わずに、
「…………そっか、頑張ってね」
ただ応援するしかなかった。サキュラは本当は応援なんてしたくない。恋敵と一緒にいたいという夢を叶えてほしくない。だが、それを口に出したらそれで終わりだ。
それを言ったら、少なくともエドガーは言い感情を持たないとサキュラは思う。最悪の話、嫌われる可能性だってあり得なくもない。エドガーとの関係が終わるのが、サキュラにとって一番嫌だった。
「ありがとう」
嬉しそうに微笑むエドガーの顔を見て、苦しくなる。この立場をあのエルフと逆転出来たら、そう考えるのはサキュラにとってもこれが初めてではない。
それができないこともとっくにわかっている。だから、せめてもう少し一緒にいられるようにサキュラはしたかった。
「ねぇ、エドガー君。一緒にほかのも買いに行かない?」
「いいの?」
「うん。エドガー君こそ予定大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ。じゃあ、どこ行こうか?」
サキュラはまだ一緒にいれることに嬉しくなる。恋心は向けられなくても、エドガーと一緒にいられることが何よりの幸せだった。
★☆★☆★
サキュラとエドガーは魔法薬の店を出る。外の景色は大分暗くなっていて、もうそんな時間かとサキュラは思う。
武器屋で再開してから、かなりの時間が立った。こんなに長くエドガーと一緒に居られることはあまりなく、サキュラにとっては新鮮でとても嬉しかった。
「もう暗いね」
「そうだね。こんな感じだし、家まで送ろうか?」
相変わらず優しいなとサキュラは思う。その優しさに恋心が含まれていないのはいつだって悲しいが、リネスに対しても恋心関係なくそうするのは知っている。
だから、その優しさをサキュラは利用することにする。純粋ではないが、エドガーと一緒に居られるなら、純粋なんてサキュラはいらなかった。
「ありがとう」
「いいや、大丈夫だよ」
サキュラはエドガーの隣りに立って歩く。いつもだったら退屈な景色が、エドガーといるだけでドキドキする。
もうこれから、次はいつできるかわからない。なるべく次があってほしいが、それが保証できることはない。だから、今だけはエドガーの隣りをサキュラは独り占めしていたかった。
「ねぇ、エドガー君」
「どうしたんだ?」
「エドガー君はさ…………」
冒険者として何したいのと聞こうとするのを、サキュラはやめる。口に出す途中で何とくなく、その答えが見えたから。エドガーの口からそれを聞かれるのは、むなしくなりそうだったからだ。
不思議そうに見ているエドガーをサキュラは慌てて誤魔化す。
「いや、どこか行ってみたい所とかないのかなと思って」
「あぁ、なるほど」
「なんかある?」
「あんま思い浮かばないな。どこに行きたいってあんま考えてなかったから」
「そっか」
その言葉にサキュラは納得する。エドガーは、どこに行きたいではなく誰と行きたいかを考えていたんだろう。おそらく、ずっと。
なまじ、誰かわかっているからサキュラは悲しくなってくる。
サキュラは思う。きっとエドガーは自分のことを大切な友人だと思っているのだろう。それが嫌なわけではない。
ただ、自分とあのエルフなら、あのエルフの方が間違いなくずっと思われている。どうあがいても、自分はあのエルフには勝てない。サキュラにとって、それがただただ悔しくて、悲しかった。
どうにかできないかと考える。エドガーの恋心を急に自身に向けることは不可能だとサキュラは考えている。なら、せめてどうにかして彼の心に自分を入れることは出来ないのか。そのくらいなら何とか出来るだろう、そう思い辺りを見回す。
すると、ある店を見つけた。
「ごめんね、エドガー君。ちょっと、待っててくれる?」
「えっ、いいけど」
突然のことに戸惑うような顔をしているエドガーを、ありがとうといいサキュラは見つけた店に駆けた。
★☆★☆★
割と悩んだが、サキュラは無事買い物を終えた。店を出て、エドガーを探した。別れたところにいなかったので、サキュラは一瞬驚く。
が、すぐに見つけられた。別れた場所の近く、通行人の邪魔にならないように、サキュラが見つけられるような場所で待っていた。
サキュラは急いでエドガーの元に駆け寄る。待たして申し訳ない気持ちと一刻も早く、エドガーの元に行きたい気持ちがサキュラをそうさせた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「うん、大丈夫。それより、どうしたの?」
サキュラの謝罪に何でもないようにしながらも、やはり急に飛び出したのはびっくりしたのか不思議そうにエドガーはサキュラを見つめてきた。
そんなエドガーに対して、サキュラはある紙袋を渡す。
「開けてみて」
サキュラの言葉に、エドガーは不思議げにしながら開ける。中に入っていたのは、星を象ったオレンジの魔法石のブローチだった。
「綺麗だね」
ブローチを見たエドガーの飾りっ気のない純粋な一言。その言葉を聞けただけで、買った意味があったとサキュラは思う。
「私からのプレゼント。このブローチ、実は魔道具なの」
「そうなの?」
「うん。特に魔物に対して、軽い防御が出来るらしいの。どこまで通用するかはわからないけど。でも、お守りにと思って」
「いいのか?」
どこか申し訳なさそうにエドガーはサキュラを見ている。きっと、自分のためにお金を使わせてしまったのを申し訳なく思っているのだろう。そう思いサキュラは、エドガーに対して安心させるように言った。
「大丈夫。私、エドガー君に死んでほしくないの」
その言葉にエドガーは驚いたようにサキュラを見た。
彼はこれから険しい道を進んでいくんだろうとサキュラは思う。それがあのエルフのためなのがとてつもなく癪だし、そんなことしてほしくないのだが、一度決めたら突き進む人だとはサキュラもよくわかっていた。
なら、これから思い出してほしいとサキュラは思う。
エドガーが険しい道を進むたびに、死んでほしくないと思っている人がいることを。それを思っているのが、ほかでもない私だということを。そのことをエドガーの胸に刻むために、サキュラは買ったのだ。そのための買い物なら、多少の値段なんてサキュラには関係なかった。
「そっか」
その言葉で一瞬だけエドガーは目をそらす。なんでそうしたのか、エドガーがどう思ったかはサキュラにはわからない。
ただ少しでも、死んでほしくない人がいることをわかってほしかった。だから、サキュラはエドガーの方を逸らさずに見つめ続けた。
その視線に答えるようにエドガーはサキュラの方を向き直り、笑みを浮かべてこういった。
「ありがとう」
それでよかったとサキュラは思う。エドガーがどう受け止めたかは分からないが、その言葉が、その表情が見れただけで、自分の思いが伝わったことだけはわかった。
なら、それでいい。まだ、恋心を抱かれていないけど、思いがしっかり伝わっているならサキュラにとって十分だった。
「じゃあ、改めて送るのお願いしていい?」
「あぁ、もちろん」
そうして、サキュラとエドガーは歩き出す。この時間がまた来るかは二人にはわからないが、それでも今を楽しむために夜道を話しながら歩いていった。