19話 帰路は想い人と共に
ペガサス便は馬車より数が少ない。一日に2、3本しか出ず、乗り過ごしたら終わりである。馬車よりも豪華であり乗り心地もいいが、その分金もかかる。エドガーの全財産が持ってかれるくらいには。
そんなペガサス便にエドガーは乗ることになった。普段ならよっぽど金に余裕がない日以外は乗る選択は無い。なのに乗ることになったのは、リネスが提案したからだった。
治癒によって治ったとはいえ、エドガーの状態は万全ではない。だから、乗り心地がいい方で行こうとリネスが言ったのだ。
エドガーも気持ちは嬉しかったが、素直には受け取れなかった。エドガーには乗車代を払える金はない。なので、ペガサス便に乗るとなるとエドガーの分までリネスが支払うことになる。それはエドガー的には申し訳なかった。
なので、自分は馬車で行くとリネスに言ったのだが、聞く耳を持たない。最終的にエドガーが折れる形でペガサス便に乗ることになったのである。
まだ新人とはいえ、冒険者になったと言うのにリネスが支払うことに不甲斐なさをエドガーは感じる。身体が全快になったら依頼をたくさん受けて、金を稼ごう。そして、リネスさんに奢れるようになろう。そう意気込みながら停留所に向かった。
停留所の近くまでエドガーは着く。夜なので辺りは暗いが、1人の人物がベンチに座っていることのが見えた。銀色の髪を持ち、背が低い人物。リネスである。
エドガーが嬉しげに声をかけようとするが、先にリネスが振り向いた。
「遅い」
こちらを見ながら、不満げにリネスはそう言う。ペガサス便が来るまではまだ時間があったはず。ただ、かなり待たせたのだろう。そう思い、エドガーはリネスに駆け寄りながら謝る。
「すみません、待たせてしまって」
「今までどこに行ってた」
「村を歩いていました。しばらくは来ないと思うので」
「そうか」
「リネスさんは今までどこに?」
朝別れて以降、エドガーはリネスに会ってない。村をほぼ歩き回ったが今まで一度見たことが無かったのだ。
「村の外で魔法国の奴と会ってた」
「魔法国ですか?」
「そうだ。使い魔で私に会いたいと言ってきた」
リネスは昔から魔法国の人たちと親しかった記憶がエドガーにはある。ほかの国よりも多く依頼を受けており、今日もそういうのかとエドガーは考えた。
「魔法国の連中からの伝言だ」
「俺にですか?」
予想外の言葉にエドガーは驚く。魔法国から何か言われるような節はエドガーには無かったからだ。
「今回の件で身体に不調を感じたら、魔法国に来ると言いだそうだ」
「魔法国にですか?」
「そうだ。連中も新たに遺跡を探索できることが嬉しいのだろう。サービスだそうだ」
「はぁ」
今のところ、身体の不調はない。治癒したリネスの腕が凄いのもあるだろう。なので、しばらくウェスタリア魔法国に用はなさそうだとエドガーは思う。
「あいつらの専門は魔術だ。治癒魔術師も世界最高峰のがあの国にはいる。行ってみるのもいいだろう」
「大丈夫ですよ。リネスさんの腕もいいし」
「………」
エドガーの言葉にリネスは黙る。無言で前を見据えてるが、どこか嬉しそうだった。そんな時、ペガサスの姿が見えた。
*****
「すごいですね………」
ペガサス便の中に乗ったエドガーはそう呟く。馬車は何回も乗ったことはあるが、ペガサス便は乗ったことがなかった。後から入ってきたリネスは当然だと言わんばかりにソファに座る。
中はかなり豪華だった。いかにも高級そうなソファに何人も眠れそうなベット。間には机があり、これも高級そうだった。奥には何らかの部屋がある。これなら確かに高くなろうだろうとエドガーは納得した。
「明日の朝には冒険都市につく」
リネスはそういうと鞄から複数の袋を出してきた。中には何か入っており、匂いもする。
「夕飯だ。どうせ、まだ食べていないのだろう」
「ありがとうございます!」
エドガーはリネスの横に座ると、袋を開ける。中には、サンドイッチやポテトフライなど全体的に油っこい物があった。リネスさん、サラダ苦手だからって避けてないよねと思い、エドガーは探す。ほかの袋にしっかりあり、エドガーは安心した。
「じゃあ、遠慮なく頂いていいですか?」
「勝手にしろ」
そう言いながら、リネスはステーキサンドを食べていた。ステーキサンドはかなりの大きさがあり、小顔のリネスが持っているとさらに大きく見える。食べきれなそうだが、もぐもぐと口を動かしていた。
口も小さいので、一口一口がかなり小さい。それでも一生懸命に口を動かしているのを見ると、エドガーは幸せな気分になる。
エドガーはリネスの好きな所に、食べてる様子があった。いつも美味しそうに顔を綻ばせながら、美味しそうに食べている。本人は気づいていないのだろうが、そんなリネスの姿を見るのがエドガーは好きだった。
「お前もさっさと食べたらどうだ」
リネスの顔をずっと見ていると、リネスの方がそう言ってきた。エドガーは軽く謝りながら適当に取る。見ると、サラダだった。エドガー自身に好き嫌いは無いため、食べ始めた。
「最初の任務はどうだった? 遺跡に入る前の方だ」
「そっちも大変でしたよ。リネスさんも昔は似たようなことをしたんですか?」
リネスの昔話をエドガーは知らない。エドガーが出会った頃には、リネスはすでに『黄』ランク、つまり中級冒険者になっていた。上級冒険者ではないが、すでにその半歩手前に来ていた。そのころにはもうソロでやっていたし、まだパーティーに入っていた時代を詳しく知らなかった。
昔、エドガーは好奇心でニャンドルあたりに聞こうとしたが、リネスに口止めされていた。今日もぶっちゃけ、詳しい話が聞けることを期待はしていないが、断片でも聞けたらいいな。そんな期待でエドガーはリネスに聞く。
「いや………、そういうことはしていない」
「あっ、そうなんですか」
「私がいたパーティーは全体的に上級冒険者が多かったからな」
どこか懐かしそうにリネスは言う。この感じだと元から強いパーティーに入った感じだろうかとエドガーは思う。その人達はどうしているんですかとエドガーは聞こうとしたが、やめた。リネスがずっとソロでやっている時点でどうなったかは何となく察せたからだ。
「そういえば、これだ」
思い出したようにリネスはエドガーに渡す。渡された物は、かなりの量が入っている袋だった。
「これは………?」
「魔道師様からだ。今回の件に関する金だ」
「はい!?」
中を開けると、魔法光石で創られたであろう金。それが大量に入っていた。少なくとも、一軒家が建てられそうなくらいの量である。
「俺、依頼を受けたわけじゃありませんよ」
「金を出す価値があったという事だろう。こういう時は受け取った方がいい」
おそらくリネスも似たようなことを経験しているのか、そういう。エドガーも戸惑っているが、受け取った方が得なので受け取ることにした。
「あと、お前に伝える言葉がある」
「魔導師様からの?」
「いや、ソドムと言う冒険者からだ。お前と一緒に遺跡へと落ちた」
「ソドムさんですか」
「元々、知り合いなのか?」
聞いたことがないぞと言わんばかりにリネスは不満そうにする。エドガーは知り合った経緯をリネスに話した。その話を聞き、リネスは納得したようにする。
「そういう仲か」
「はい。ソドムさんがどうしたんですか?」
「お前が寝ている時にソドムが部屋を訪れた」
*****
エドガーを見つけて、一日が経った。治療は全て終えたので、いつ目覚めてもおかしくはない。だというのに、目覚める気配を見せないエドガーにリネスはずっと寄り添っていた。
微動しないエドガーの顔を見つめていると、ノック音が聞こえる。慌ててリネスは平然そうに取り繕い、ドアを開けた。そこにいたのは、大柄の男性。少なくともリネス以上の背丈がある。リネスは誰だろうかと思う。
リネスの疑問を読み取ったのか、その男性はすぐに名乗った。
「ソドムと申します。冒険者ランクは『碧』。エドガーに助けられた者です」
その言葉にリネスは思い出す。遺跡からエドガーと共に出て来たリーズと名乗る妖精が背負った男だ。妖精からエドガーが遺跡に落ちた経緯をリネスは既に聞いている。ソドムもそれは知っており、どこか申し訳なそうだった。
「何の用だ」
「エドガーに伝えてほしいことがありまして」
「言ってみろ」
「今日で冒険者を止めようと思います」
その言葉にリネスはさほど驚かない。15年間くらい冒険者をしているリネスにとって、それは珍しくない。ただ、それがエドガーに言う理由がリネスには分からない。
「エドガーに伝えてほしい理由は?」
言葉に怒りが滲んでいるのに、リネスは気が付いていない。そんなことを言えば、エドガーが悲しむかもしれない。たださえ、エドガーは重症を負っている。目が覚めたとしても、完治はしばらくかかる。その状態でさらなる負荷をかけさせたくないのだ。
「目の前で仲間を2人失って、幼馴染だったです。その時点でやめようと考えていたんですが、すぐに襲われたんです。もう終わりだと思ったですが、それをエドガーと妖精に命を助けられました。2人のおかげでまた、生きれそうです。元々幼馴染たちと冒険するために始めたので、冒険者はやめようと思います。そのお礼を伝えてほしくて」
真摯な言葉にリネスは思わず頷く。迷惑をかけるならともかく、お礼を言いたいだけなら大丈夫か。そう思い、エドガーに伝えることにした。
*****
「そうなんですか」
その事を聞いたエドガーはやはりどこか悲しそうだった。冒険者をやめた事自体はエドガーは特に言うつもりはない。というか、エドガーには言う権利はないのだ。ただ、幼馴染を助けられなかったことを後悔しているのだ。
「幼馴染を助けられなかったことを後悔してるのか?」
その表情でエドガーが何を考えているか、リネスはすぐに察した。そして、いつものような表情でエドガーに言う。
「お前が後悔する必要はない。というか、お前の力じゃ1人でも助けることは不可能だった。助けられたのも奇跡だ」
「わかってます」
「だいたい救助隊が来るのを待てば良かった。お前が命をかける理由は無かった」
なんとも言えない表情でリネスはそういう。その理由がエドガーには分かる。だが、同時にこう思う。同じ立場ならリネスさんも同じことをするでしょうと。
「だが、これでわかったか」
「何をですか?」
「冒険者という職業の怖さを」
リネスが言いたいことはエドガーにも分かる。冒険者という職業には危険が付き物だ。予想外なことも起きる。それこそ、命の危機も。
「大丈夫です。ちゃんと分かっています」
「なら、こうも考えないか?」
「冒険者を止めることですよね」
「そうだ」
考えてることを読まれたことにリネスは驚きを隠せていない。現に口を開いたままだ。エドガーはいつかそういわれるだろうなと思っていた。リネスはエドガーが冒険者になることを強く反対していたのだ。ゴリ押しで認められたが、それを苦々しく思っていることはエドガーも知っていた。
「すみません、やっぱり無理です」
それでも、エドガーはリネスの隣りに立ちたいのだ。冒険者として強くなり、彼女を守りたいのだ。それは、ずっと思い続けたことであり変えることはない。
その答えにリネスはむすっとしている。すみませんと再び、エドガーは心の中で謝る。貴方がどう言おうと、それだけは変えられないです。何年も前からずっと思い続けていることだから。そう思いながら、適当にサンドイッチを手に取った。
*****
エドガーは目が覚めた。気が付いたら、ベットの上で寝ていた。ご飯を食べていたら、気が付いたら寝ていた。ベットに入った覚えはないので、リネスさんが運んだろう。お礼したかったが、肝心のリネスが見当たらない。
どこに行ったんだろう。もちろん、外に出たわけでもないだろう。若干、不安になりながらエドガーはリネスを探す。そして、奥にある部屋から物音がした。
そこにいたのか、とエドガーは部屋のドアを開ける。そして、開けた瞬間、エドガーはフリーズした。目の前に広がる白い湯気、その先に白い肌が見えた。いつもの髪を水で濡らし、服は一着も纏ってた。
鼻から何かが落ちる。見てみると、紅い液だった。おそらく、閉めたほうがいいのはエドガーも分かっている。だが、それでも何故か動けなかった。そんなエドガーの代わりに、リネスが視線を感じて振り返った。
目が合う。
エドガーとリネスに長い沈黙が生まれる。その沈黙を破ったのは、リネスの方だった。
「あっ………、あっ………、あっ………」
腰を抜かしたように、しゃがみ込みながら混乱しているような声を上げている。その姿を見て、エドガーはようやく我に返った。慌てて、扉を閉めベットの方へ走り出す。
しばらくエドガーの頭には、リネスの裸が映し出している。その映像を何とか振り払うべく、エドガーは周囲を見渡す。そして、一冊の本を見つけた。隣にはマグカップがあり、中に紅茶がまだ若干ある。飲みながら、読んでいたんだろうか。エドガーはちょっと気になり、本を開いた。
本のタイトルは『ソフィア・ルガーレッド』。中には、彼女とその仲間らしき人物たちの活躍が書かれている。よくある実際あった冒険譚を元にしているのだろう。そう思いながら、エドガーは読んでると一つ心当たりある名前があった。
リネス。そう書かれている文章を見つける。これ、リネスさんのことだろうか。そう思っていると、奥の部屋の扉が開かれていく。慌てて、エドガーは本を置いた。
服をしっかりと身にまとい、水気はない。いつもと変わらぬ姿ではあるが、どこか顔が赤かった。まるで睨んでいるように見つめながら、エドガーの隣りに座る。
「あの……、すみません」
「別にいい」
明らかに良くないような声色。やっぱり、ノックの一つでもすればよかった。そう後悔しながら、エドガーはリネスの顔を見つめている。そんなエドガーの顔を見て、リネスは顔を赤くしながら俯いた。
そして、エドガーに表情が見えない様にしながらも呟く。
「もう夜だ。とっとと、寝るぞ」
「あっ、じゃあ俺は床で……」
「何言ってるんだ、入れる」
リネスはそう言いながら、ベッドを見る。何が言いたいか一瞬で察したエドガーは慌てる。
「いや……、でも」
どうしようか悩んでいると、エドガーはリネスに無理やりベットに入れられる。そして、流されるまま転がると視界にリネスの顔が今まで以上に近づいている。もうどうしようもないレベルでエドガーは顔を赤くしているが、リネスはそんなことは気づいていない。
無意識であるが、エドガーの身体を抱き寄せる。リネスの体温がエドガーの身体に伝わってくる。再びエドガーの顔が赤くなる。エドガーは一睡も出来ぬまま、夜は過ごしていく。




