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第18話 帰路につく前の話

エドガーは宿屋で借りていた部屋の扉を閉める。ついさっき数日ぶりにこの宿屋に来て、本来の日にちより、多く借りてしまった事を宿屋の人に謝った。エドガーもやむを得ない事情があったとはいえ、長く借りてしまった事は事実だったからだ。


 金銭面はエドガーが意識を失っている間に、誰かが何とかしたらしい。宿屋の人に誰か聞いても名前は知らなかったようだが、エルフの女性だったらしいので、リネスさんだろうとエドガーは思う。


 時刻はそろそろ昼に差し掛かる。ペガサス便に乗る時刻までまだあるので、昼ご飯でも食べよう。エドガーはそう思い、宿屋のレストランに向かった。エドガーが前に来た時と同じように、レストランは混んでいた。

 どこに座ろうかと探していた時、奥の方からエドガーを呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、エドガーニャン」


 声がした方へとエドガーが、行く。そこには、長く濃い緑の髪に、冒険者によくありがちな露出が多い服。特徴的な猫耳と尻尾。ランク『橙』の冒険者、ニャンドル隊のリーダー、ニャンドルが笑顔で座っていた。


「ニャンドルさん、お久しぶりです」

「んーっ、久しぶりニャンね。あの小さかったのが、こんな大きくなるなんてニャンねぇ」

「前に会ったのは、2年前でしたっけ」

「そうニャン。開いてるし、ここに座るニャン」


 昔と変わらない様子に相変わらずだなぁと思いつつ、エドガーは言われた通りに席に座った。

 ニャンドルはリネスと昔からの知り合いであり、よく関わっていた。そのため、エドガーもちょくちょく会っており、親しい仲だった。


「元気そうニャンね。怪我の具合はどうニャン?」

「痛みは治まりました。リネスさんからは、まだ依頼を受けるなとは言われてますけど」

「あいつは過保護ニャンからね。まぁ、ひどい怪我だったニャンし、しばらく無茶しないことを進めるニャン」


 ミルクを飲みながらそういうニャンドルに、エドガーは疑問に思う。ニャンドルさんが俺の怪我の状態を知ってるって言うことは、救助隊としてここに来たのだろうか。


「ニャンドルさんも救助隊に来たんですか?」

「そうニャン。ほら警備してた冒険者達いたニャン? その生き残りが冒険者協会に連絡してきたニャン。君とソドムって冒険者が遺跡に落ちたって聞いてここに来たわけ」

「なるほど。じゃあ、リネスさんも一緒に救助隊に来たんですか?」


 エドガーはずっと気になっていたことをニャンドルに聞く。リネスがここに来ていた理由がエドガーはよく分からなかった。リネスの話が本当ではないことは、エドガーは察している。なら、来た理由は何だろう。ここ数日間、ずっとそう思っていた。

 エドガーの言葉に、ニャンドルは驚いたようにする。


「あのポンコツエルフ、言わなかったニャンか」

「リネスさんが来た理由ですか?」

「そうニャン」

「リネスさんは、散歩で来たと言っていましたが………」


 エドガーの言葉にニャンドルは呆れた様子を見せる。まぁ素直には言わないだろうと思っていたが、まさかそこまでとは思っていなかったからだ。


「なんつーかニャン」

「ニャンドルさん?」

「まぁ、あいつらしいニャンね」


 ニャンドルはリネスの顔を思い浮かべ、そう溜息をつく。長い付き合いであるため、リネスの気性はよく知っていたがそれでも呆れていた。


「まぁ、そういう所も良いんじゃないですか」

「甘やかすなニャン。ちなみに、まさかその話信じてないニャンね」

「いや、さすがに」


 どう考えても無理がある話なので、さすがにエドガーもその話を真に受けてはいなかった。ニャンドルはその言葉に安心する。


「リネスは救出隊にはいなかったニャン。あいついなくても、何とかなるからニャンね」


 エドガーもその言葉に納得する。樹海遺跡は、ランク『紫』のエドガーにとっては高難易度ではあるが、上級冒険者であるニャンドルやそのパーティーメンバーにとってはそこまでもない。ましてや、最高ランクであるリネスは過剰ですらあるだろう。


「協会本部でエドガーとソドムっていう冒険者が落ちたって聞いた時、たまたまリネスもいてニャンね。それ聞いたリネスが、顔面真っ青になって飛び出したニャンよ。で、うちらが遺跡を到着する頃には涙浮かべながら、治療しているリネスとそれを落ち着かせている妖精の子を見つけたってわけ」

「そうなんですか!?」

「そっ、ニャン。治療してる時、妖精の子の方が遥かに冷静だったニャン。ったく、あいつどこまでツンなんニャン」


 エドガーもリネスが慌てている所は見たことが無い。素直ではない人であることはある程度知っているが、それでも驚いた。


「無茶するのはおススメしないニャンね。君が無茶する度に、酒で酔わせたリネスが泣きながら嘆きだすニャン」


 それ、酒を酔わせなければいいだけでは?と思いつつ、エドガーは曖昧に頷いた。リネスを心配させたくない。だけども、無茶をしないと彼女の隣りには並べないのだ。


★☆★☆★


 運ばれてきた料理を食べて、エドガーは街に出た。といっても、ただ回るのではなくある場所に行くことにした。

 それは、シルバ家だ。エドガーがこの村に来たのは、シルバ家の子供であるナミとナルの面倒を見るためだ。その依頼自体は無事に終えたがナミとナルとの約束、イーロス祭を一緒に行くことが出来なかったのだ。


 イーロス祭はとっくに終わっており、ナミとナルとの約束を果たすことが出来なかった。遺跡に落ちたことをエドガーは後悔していなかったが、それでも約束を守れなかったことを謝りたかった。


 宿屋とシルバ家はすぐ近くであるため、すぐについた。ドアをノックし、しばらく待つ。すると、中からナミとナルの母親であるメイが出て来た。


「お久しぶりです。ナミとナルに少し用がありまして」

「あぁ、エドガーさん。分かりました、2人を読んできます」


 メイが奥に行くと、すぐにナミとナルが出て来た。最後に出会った頃と変わらず、元気そうだった。


「二人とも、久しぶり」

「久しぶり~」

「元気そうだな!」


 エドガーが声をかけると、ナミとナルは嬉しそうに駆け寄る。そこまで経っていないが、久々に見た姿にエドガーは懐かしく思えた。そんなエドガーを、ナミとナルはどこか心配げに見上げていた。


「怪我、大丈夫?」

「怪我、治ったか?」

「うん、大丈夫。ところで、何で知ってるの?」

「エルフのお姉ちゃんが、エドガーを運んでいる所見たの!」

「あぁ、なるほど」


 ナミとナルは、意識を取り戻した部屋に運ばれる所を見たのだろう。リネスさんが運んだんだと思い、エドガーはどこか嬉しくなる。


「それよりさ」

「なんだ?」

「どうしたの?」


 どこか申し訳なそうに、下を向くエドガーにナミとナルは不思議そうにする。大真面目に心当たりがなかったからだ。


「ごめんね、一緒にイーロス祭回れなくて」


 その言葉に、ナミとナルはようやくエドガーの様子に納得した。ナミとナルは、イーロス祭当日待ち合わせ場所でずっと待っていた。が、どんなに待っても来なかったので、仕方なく2人だけで回ったのだ。

 てっきり約束を忘れたかとナミとナルは思っていたが、怪我をして運ばれているエドガーを見て、そうではないとすぐに分かった。事情はよく分からないが、何かあったのだろう。そう思い、仕方なかったと納得したのである。


「おぅ、全然大丈夫だ!」

「なんか事情は分からないけど、なんかあったんでしょ?」

「まぁ、そうだね」

「なら、仕方ないよ」

「だけど、その代わりな!」


 とはいえ、ナミとナルもエドガーと一緒にイーロス祭を回りたかったのも事実だ。エドガー本人の事情で出来なかったが、2人は今でもそう思っている。だから、ナミとナルはエドガーにこう言う。


「来年のイーロス祭には絶対に来てね!」

「それで、一緒に回ろうぜ」

「うん、わかった。今度こそ、一緒に回ろう」

「そうだ、あのエルフの姉ちゃんも一緒でいいぜ」

「一年後までに付き合えるように頑張ってね」

「そっ、それは………、俺も出来たらないいなぁ」


 冒険者という職業がそう簡単には出来ないことは、エドガーも分かっている。一年後にリネスと付き合うのは、願望はともかく基本は無理だろう。エドガーはそう思っていた。

 

「諦めるなよ!」

「頑張って!」

「うん………、まぁ頑張ってみるよ………」


 ナミとナルの笑顔の応援を聞きながらも、エドガーは苦笑いする。そして、そのまま2人に別れを告げ、シルバ家を出た。

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