第17話 帰還
意識がどんどんとハッキリしてくる。目をゆっくりと開け、最初にエドガーの視界に映ったのは、光で輝く銀色の髪だった。
「リネスさんッ!?」
即座に誰か分かったエドガーは、飛び跳ねる勢いで身体を起こす。が、それをリネスは手で押しとどめた。
「起きるな、馬鹿が」
「あっ、すみません」
ふと首の方から痛みを感じ、エドガーは顔を顰める。地上に戻ろうとした時、突然現れた敵に首を斬られたのだ。
「治癒魔術で首を繋げた。とはいえ、痛みはまだあるだろう。大人しくしてろ」
「そういえば、ソドムさんはリーズ……、えっと妖精の子はどうなりましたか?」
エドガーは気になっていたことを聞く。おそらくあれからかなり立ったと予測し、2人がどうなったか気になっていたのだ。
それを聞いたリネスが溜息まじりに、答える。
「あの2人は無事だ。妖精の奴は、元からあまり怪我が無かった。ソドムもずいぶん前に目を覚ました。一番ひどいのは、お前だ」
「そうなんですか、よかった。あぁ、そうだ」
「何だ」
「リネスさんも元気そうでよかったです」
「…………まずは、自分の心配でもしたらどうだ」
2人の無事を聞かされ、エドガーは安心する。その様子を見たリネスが、不機嫌そうに顔を歪めた。
「お前の功績は冒険協会に知らさせた」
「何のですか?」
功績と聞かれても何のことかさっぱり分からない。キョトンとしているエドガーに、リネスは苛立ったような顔で答える。
「主に、樹海遺跡の攻略と妖精族の発見、行方不明者の救出だ。特に、妖精族の発見は魔導師殿も驚いてたそうだ」
魔導師というのは、大国の一つ、ウェスタリア魔法国のトップの通り名だ。第二次人神戦争を終わらせ、かつて世界を混乱に落として入れた『魔女』を封印した人物。生きる英雄と称されてたこともある。その人物にすら、耳に届いてる功績。本来なら誇れることではあるが、エドガーは複雑そうにする。
「………別に、俺が発見したわけでないですよ。攻略と救出も1人でやったわけではないし」
エドガーは別にリーズを発見したわけではない。あちらがたまたま出て来ただけであり、攻略も救出もエドガー1人では出来なかった。それは、エドガーが一番分かっている。
「その辺は協会も魔導師殿も承知だ。ただ、妖精族の生き残りを地上に戻した事、1人でやったことではないとはいえ、攻略も救出もお前の功績もあると判断された」
「そうなんですか………」
「まず、あの妖精の力があったとはいえ、お前があそこまで行けたのが奇跡だからな」
調子にのるなと言わんばかりにリネスはエドガーを見る。いつもと変わらないリネスの様子を見て、エドガーは安心した。
「そういえば、リネスさんはどうしてここに来たのですか?」
前にここに来ていた疑惑があるとはいえ、エドガーはあそこにいた理由が気になった。それを聞かれたリネスは、一瞬言葉に詰まる。何か考えるように俯くも、すぐに顔を上げた。
「たまたまだ」
「たまたまですか?」
「そうだ、たまたま。別にお前のことが心配してとか、そういうわけで来たとかではない。そういうわけではない、焦っていたわけでもない」
「じゃあ、来たのは?」
「散歩だ、散歩」
「そうですか」
随分、遠くまで行く散歩だなぁとエドガーは思う。もちろんエドガーはこれを間に受けたわけではない。自宅から何時間もかかるこの村に散歩で訪れたとか、どう考えても無理があるからだ。
ただ、それでもエドガーは納得したような姿を見せた。これ以上詮索しても、話してくれないだろう。そう判断したからである。それに、ここにリネスが来た理由をエドガーは何となくではあるが、察しがついた。
そんなエドガーの様子にリネスは安心したような顔をする。エドガーの納得した様子をそのまま受け取ったのだ。
「しばらくはここで休め」
「えっ」
「当たり前だ。医者からも数日は動くなと言われた。お前、自分がどれだけ重症だったか理解してないのか?」
「そんなに」
驚いたように目を丸くするエドガーに、リネスは舌打ちをした。自分の状態に気づいていないエドガーに、若干苛立っているのだろう。
「だいたい、お前。あれはどうした?」
「あれ?」
「私がやった魔法薬だ。あれを飲んだら、そこまでの酷くはならないだろう」
「あぁ、あれですか」
その言葉にエドガーは、リネスがくれた魔法薬を思い出す。あれがなければ、あの遺跡から出ることは出来なかった。自分が使うことは無かったが、それでもくれたことにエドガーは感謝していた。
「あれ、遺跡にいた狐にあげました」
「……………………………はぁっ?」
「あれがあったおかげで、無事に人面樹の所に行けたんです!」
「一から説明しろ」
俯き、エドガーには顔が見えない状態でリネスはそういう。その様子に戸惑いながらも、エドガーは狐にあげた経緯を説明した。
説明を聞いたリネスは、唇を噛みしめ、どこか声を震わせながらエドガーに聞く。
「それが無かったら、どうしてた」
「無かったらですか?」
「そうだ」
その問いにエドガーは考える。たぶん、あの魔法薬が無ければあそこを通るのはかなり大変だっただろう。あの時はリネスと一緒では無かった。自分とあの狐なら、明らかにあの狐の方が強い。きっと、ただでは済まなかった。
でも、とエドガーは思う。魔法薬が無くても、きっと自分はあの場所で止まることは無かっただろう。そこで止まったら、ソドムさんを助けに行くことは出来なかったからだ。
「きっと、狐と戦ってたと思います」
「…………」
「そうしたら、ただでは済まなかったと思います。だから、あの魔法薬があってよかったです」
「…………………そうか」
笑顔で言うエドガーに対し、リネスは俯きながらそう呟いた。その表情は苛立ちと安堵が混ざり合っていて、複雑そうだ。それがエドガーが気付くことはない。
そしてリネスは立ち上がる。その時にはいつもの様子に戻っていた。そのまま、ドアの方へ行き、出て行こうとする。が、その前に振り向いた。
「またここに来る。その時は、お前が好きな本でも持って行ってやろう。お前がその無駄に動く足で外に出ることがないためにな」
そういい終えると、リネスはドアを開け出て行く。そして、すぐにリーズが部屋に入ってきた。どこか呆れたように、リネスが歩いて行った方を見つめている。
「あのエルフ、ツンデレ?」
エドガーの方を振り向き、リーズはそう呟いた。その言葉にエドガーはリネスとの生活や会話を思い出し、苦笑する。
「まぁ………、その気はありますね」
本人が聞いたら、すぐに否定するだろうなと一瞬エドガーは思ったが、すぐにその考えを変える。リネスがそもそもツンデレと言う単語を知っているかが、定かではないからだ。
「もう少し素直になればいいのに、全く」
「そういうリネスさんも好きですよ」
「あぁ、そう。で、あんたは大丈夫?」
「首元はまだ痛みますけどね」
「そりゃあそうでしょうね。治癒魔術も万能じゃないのよ。回復魔術は難易度高いですね」
医療系魔術は様々な種類がある。その中でエドガーに一番馴染み深いのは、治癒魔術である。治癒魔術は基本的に部位が欠けて居なければ、魔術師の腕次第では何でも治せる。部位が欠損した場合は、再生魔術の分類になる。
とはいえ、治癒魔術は万能ではない。かなりの重症だと、治癒魔術で治しても痛みがしばらく残る場合がある。また、怪我次第では怪我人の魔力がかなり持ってかれる。
エドガーの怪我は、首が取れかかり、目の欠損、足に穴が開いているという状態。治癒魔術と再生魔術を交互にしたため、エドガー本人の魔力と気力がごっそり持ってかれた。
「しばらくは安静ってリネスさんに言われました」
「でしょうね。あんたの怪我じゃ、回復魔術でもない限り、すぐに全快は無理。っていうか、あのエルフにしっかり感謝しなさいよ。あんたの怪我を治したのは、あのエルフなんだから」
「わかってます」
「なら、いいわよ」
安心したように息をつくと、リーズは近くに椅子に腰かける。数日前、首を斬られ意識を失った時とは裏腹に元気そうな姿にリーズは安心した。
「じゃあ、あんたしばらくはそこから動けないわけ?」
「はい。数日はここにいますね」
「そっか。なら、ここでお別れね」
「どこに行くんですか?」
元々、遺跡を出るまでの仲だった。ここで別れることに、エドガーはそこまで驚かない。ただ、リーズがどこに行くのかが気になった。
「ウェスタリア魔法国」
「魔法国ですか」
「あんたが寝ている間にそこの魔術師が来たのよ。えっと……、名前は確かアーサーって言ってたっけ。そいつが私を魔法国に来ないかって誘いに来たの」
魔導師本人が直々に誘いに来たのはとんでもないことだが、魔法国がリーズに誘いをかけたこと自体はそこまで不思議ではない。ずっと昔に絶滅した種族が突然現れたのだ。色々と調べたいのであろう。そこはエドガーでも理解できる。ただ、リーズがその誘いに乗るとは思わなかった。彼女は魔術師が嫌いだと思ったからだ。
「魔術師、嫌いじゃないの?」
「そりゃ嫌いよ」
「じゃあ、何で誘い受けたの?」
「私も実験とかだったら、断ったわよ。でも、あの男そういうので来たんじゃないって」
「なら、どういう理由で?」
エドガーの問いに、リーズは複雑そうに答える。リーズ自身も言った通り、彼女はまだ魔術師のことが嫌いだ。リーズの故郷は魔術師によって滅ぼされた。今の時代にいる魔術師は、当時の時代にいる魔術師ではないことはリーズも理解している。全員が人格破綻者であるわけがない。それもリーズは分かっている。
だが、どうしてもリーズは魔術師のことが嫌いだった。それは、リーズの目の前に現れたアーサーと言う人物も理解しただろう。
★☆★☆★
遺跡から出て来たリーズに突如、見知らぬ人物が現れた。金髪に、エメラルドの瞳。顔立ちは王道のイケメン、そんな人物がどこかの王子様のように微笑んでいる。ただ、リーズにはどこか歪な在り方にも見えた。
一切の気配を感じさせず、突然現れた人物にリーズは訝し気に問いかける。
「あんた、誰」
「アーサー・ウェストン。この世界にある国、ウェスタリア魔法国を統治している者です」
リーズの問いに、そうアーサーは答える。その国をリーズはリネスから聞いていた。なんでも、リーズが地下に行った後に生まれた国だとか。魔術師が集まる、世界でも随一の大国。
つまる所、目の前の人物はこの世界の魔術師のトップというわけだ。どんな王子様に見えようが、それだけでリーズの内側から嫌悪感が沸く。
「で? 何の用?」
嫌悪感を一切隠す様子なくリーズはアーサーに聞く。本来なら不快感を感じてもおかしくはない様子だが、アーサーは困ったように微笑みながら答えた。
「単刀直入に言う。ウェスタリア魔法国に来ないか」
「断るわ。なんで魔術師なんかの国に行かなくちゃならないの」
「……………」
「この世界において、妖精族が私1人しかいないのは知ってるわ。だから、研究したいの? 冗談じゃないわ。そもそもそこまでしたのはあんたら、魔術師でしょう」
リーズが言っているのは、彼女を追いまわしていた魔術師達のこと。だが、その言葉もあながち間違ってはない。
妖精族はリーズがいなくなって以降も数少ないながら、残っていた。だが、第二次人神戦争でそれらも滅んでしまった。滅ぼしたのは神族勢力だが、戦争になった原因は魔術師側にある。だから、アーサーもその言葉は否定出来なかった。
「そうですね」
「ふぅん? そこらへんは認めるのね」
「妖精族が滅んだのは、あの時代の魔術師達のせいであり、私のせいでもあります」
「そっ。だから、同族を滅ぼした奴らに何で協力しなくちゃいけないのよ」
「……………」
「じゃあ、さっさと私の前から消えてくれない?」
ここにアーサーの部下のいたら、どうなるか分からないレベルの物言い。本来なら切れても不思議ではないが、その言葉を受けてもアーサーはキレる様子を見せない。ただ困ったような表情で笑みを浮かべていた。
「謝って済む話ではないのは重々承知だが、それでも謝りたい。妖精族を滅ぼしてしまい、大変申し訳ない」
「はぁっ?」
頭を下げて、謝る様子にリーズは呆然とする。散々責めたが、まさか謝られるとは思ってもいなかったのだ。しかも、うわべだけでなく心の底からの本心で謝ってることが分かるから、リーズは猶更驚く。
「ただ、こちらの用件は魔術の実験とかそういう風なわけではない」
「じゃあ、何?」
「歴史です」
「歴史?」
予想外の言葉にリーズは思わず、聞き返す。魔術関連でないことも驚いたが、それ以上にその言葉が出てくるとは思わなかった。
「そう。ジュナブル王国の歴史、および貴方が知っている出来事を聞きたい」
「聞いてどうするのよ?」
「この国だけでなく、後世に残る形にしたい。魔術師が残した傷跡や失敗談、世界で起こった出来事を語り継ぎ、このようなことが起きないような教訓にする」
そう言いながら、アーサーは遺跡の出入口を見る。魔術の実験による失敗で地下に沈んだ国の遺跡。魔術が国を滅ぼした事例はアーサーは何個も知っている。実際に国が亡ぶ瞬間を見たこともある。
この国が魔術によって滅んだ国の中では、まだマシな状態であることもアーサーは分かっている。それでも、無数の命が失われた。だから、こんなことが起きないようにしなければならない。
「これから、遺跡に入り調査もする。ただ、君の話も聞きたい。今、決めなくてもいい。拒否してもいい。だが、もし少しでも協力したいと思ってくれたら、連絡が欲しい。宛先はこれです」
アーサーはそう言うと、宛先が書かれている紙を渡す。そして、突然姿が消えた。リーズにはその原理が分からない。ただ、渡された紙をずっと見ていた。
★☆★☆★
「じゃあ、協力することにしたの?」
「まぁね。別にこの世界の人のためってわけじゃなく、自分のためだから」
その言葉はリーズにとって本音だった。ギーブスやあの国の人々を少しでも残したい。人面樹が滅んだとはいえ、もうわずかな原型しか残っていないあの遺跡では、かつての暮らしを読み取ることは難しい。だから、自分が知っている話を少しでも公開しれば、かつてあの国にいた人々を残すことが出来るのは無いだろうか。そう思った。
「ちなみに、遺跡の調査にも協力するつもりよ。まぁ、案内役と魔術師どもが何かしないかの監視ってわけだけどね」
「なるほどぉ」
「そんなわけだから、そろそろ出発しなくちゃいけないの。ほんとはもっと早かったんだけど、アーサーがその辺考慮してくれてね。あんたが起きるまでは大丈夫ってことになったの」
ずっと待たせてしまったことに、エドガーは申し訳なくなる。意識を失っていたのでどうしようもないことではあるが、それでももう少し早く目覚めたらと思った。
「じゃあ、ここでお別れね。まぁ、遺跡にいた間だったけどありがとうね。あんたのおかげで、あそこから出られたわ」
「こちらこそですよ。そもそも、リーズさんがいなきゃすぐに死んでいましたよ」
「それはそうね。まぁ、またいつか会いましょう」
「そうですね」
そう言うと、リーズは部屋を出て行った。短い間ではあったけど、またいつか会えたらな。そう思いながら、エドガーはリーズの後ろ姿を見続けた。




