第13話 王国の主
何百年も守り続けた門番は、ついさっきに死んだ。彼の生きた痕跡を残さないように押しつぶされ、肉体は原型を留めていない。その隣でリーズは、じっとギーブスを見続けていた。
「………大丈夫?」
リーズの背中にエドガーは声をかけるが、反応は無い。エドガーにとっては、人面樹に無理やり動かされている門番という認識しかない。だが、それと同時にリーズにとってはそれだけでは無いことも察している。
どうすればいいかわからず、エドガーはずっとリーズの背中を見続けていた。そうして、しばらくの時が立ち、リーズが立ち上がる。
「行くわよ」
悲観を感じさせない声に、エドガーはやはり心配そうに見る。その背中を、大丈夫だと言わんばかりにリーズは叩いた。
門から中に入り、エドガーは改めて城を見る。地上にある国々の城を引けを取らないくらい大きさ。今は木々の根や蔓などで覆われているが、所々に見える金銀が、かつての栄華を示していた。
かつての王国について詳しく知らないエドガーですら、栄華を極めていたと分かる光景。だから、リーズに問いかけた。
「ねぇ、リーズさん」
「何よ」
「どんな魔術の実験してたの? かつての王国は」
「……知らないわよ」
しかめっ面を浮かべながら、リーズはそう答える。リーズは樹海に呑まれていく際に、魔術師の仕業と予想したが、実際の所分からない。その理由は彼女も知りたかった。
「ってか、何でその事を知ってんの?」
「当時、王国の魔術師の中の関係者に生存者がいたみたいでね。その証言が本に載ってたんだ。もっとも、どんな魔術かは答えてくれなかったみたいだけど」
「そうなの。ちなみに、そいつ今も生きている?」
「いや、その後神族勢力との戦争で亡くなったみたい」
エドガーの言葉に、リーズは残念がる。もし、生きていたのなら会いに行き、直接聞きたかった。なんで、実験をして、どうしてああなったのか。
だが、死んでいるならどうしようもない。死者蘇生なんて、出来ない。もしかしたら、古代三大魔術師の奴らなら出来るかもしれないが、リーズには無理だった。
思わずため息をついていると、エドガーが心配そうに見ている。それに気づいたリーズは話を変えた。
「ってか、神族との戦争? ケイルの奴が何とかしたんじゃないの?」
ケイルとは三大魔術師の1人。その中でも、リーズを唯一追ってこなかった人物。世界最強と評されている人物であり、リーズが生きていた当時では大体ケイルが何とかしてくれると言われるほどであった。
「ケイル? その人ならこの王国が呑まれた直後に失踪したんだよ。戦争当時は居なかったんだ。まぁ、今じゃ死んだって思われてるけど」
「それはない。絶対どこかで生きてる」
「知り合いなの? どんな人物だった?」
首を振って否定するリーズ。そんな彼女に、エドガーはどこかキラキラしたように見た。エドガーにとっては、ケイルという人物は本の中での英雄だった。
もう死んでいると思っているとはいえ、エドガーは実際どんな人物か気になった。
「あんた、あの男をどう思ってるの?」
「魔術で人々のために戦い、世界を救った英雄」
「世界を救った英雄ってのは間違ってないわね。でも、あいつに人々のためって思いは無いわ」
リーズはケイルとの会話を思い出す。ほかの三大魔術師は実験体扱いだったので、会話と言うものは成立しなかったが、ケイルだけは違ったので何度か話した。
数回しかあったことはない。だが、それでもケイルと言う男は人々のために戦うことはない。そう思える人物だった。
「傲慢で自分勝手な男よ。しかも並大抵じゃないレベルで」
「そっ、そうなんだ……」
「さっ、雑談は終わり。そろそろ、この扉を開けるわよ」
その言葉に、エドガーは前を見据える。前には、2人の倍ある木々の根や蔓に覆われた扉。エドガーは戦闘態勢を取りながら、取っ手に触れる。そして、勢いよく開ける。
刹那、2人の目の前に何十もの槍が飛び出して来た。
「暴風」
エドガーが呪文を唱える。剣先から空間を埋め尽くす風が勢いよく飛び出し、槍を全て壁へと押し返す。壁に叩きつけられた槍は、全て真っ二つになった。
「ナイス」
エドガーは、先に歩きながらも警戒する。剣を握りしめ、何が起きても対処できるようにと。そして、その時は早速来た。
槍と同じように、エドガーの目の前に種のような物が打ち出される。エドガーでは見えないソレ。エドガーは同じように、荒れ狂う風で押し返す。
が、壁に叩きつけられた種は殻を割り、花へと成長した。毒を思わせるほど、色鮮やかな紫色の花。正体を瞬時に察したリーズが叫ぶ。
「鼻を塞いでッ」
言われるまま、エドガーは鼻を塞ぐ。すると、花から気体が出てくる。空間を埋め尽くすそれは、独特の匂いをしていた。
「あれは、美人花。花全体に魅了する気体を噴出する機能があるの」
「魅了ですか。じゃあ、大丈夫ですね」
そういうと、エドガーは鼻を塞いでいた手を外す。その光景を見たリーズは叱責した。
「何やってるの!?」
魅了などの精神異常に耐性がある妖精ならともかく、人種の中で、もっとも耐性のない種族である人間では一瞬で魅了にかかる。リーズはそれを覚悟する。が、
「うん、大丈夫」
全く魅了された様子のないエドガー。そのリーズは驚きを隠せない。
「あんた………、精神異常に対しても頑丈なの?」
「まぁね」
「んじゃ、いいわ。このまま駆け抜けるわよ」
リーズはすぐに切り替え、エドガーに指示する。そのまま、エドガーとリーズは塔を目指して走り出そうとする。が、壁に咲いていた美人花の茎が伸び始めた。城の中に行こうとする2人を捕まえようと動きだす。
「氷結撃」
それをエドガーは、魔術で凍らせた。美人花は全て凍り、もう動くことは無い。それを見届けたエドガーとリーズは城の最上である塔を目指して駆けていく。
廊下を走っていく2人は、階段が見えた。そのまま登ろうとするが、前方から鉄の音が鳴り響く。その正体を察したエドガーとリーズは、一旦隠れた。
数分も経たず、鎧を着た兵士達が槍や剣を持ち、歩いていた。戦闘態勢を取っており、鎧隙間から細い根や茎、蔓が見える。兵士達が階段から降り、廊下に出た所でエドガーは呪文を唱えた。
「暴風」
荒れ狂う風が兵士達を押し出し、壁の向こう側へと吹き飛ばす。その隙に、エドガーとリーズは階段へと走った。階段を一階上がった所で、リーズは術で泥や岩を出す。追ってが来るのを防ぎ、再び2人は駆け上がった。
★☆★☆★
「ここで階段は終わりね」
所々で襲い掛かる罠を何とか攻略しながら、エドガーとリーズは階段を無事、上り終える。一気に登ったこともあり、エドガーは少し息をついた。
「じゃあ、この先に人面樹が?」
「いいえ。この先には、王座がある。その部屋の隠し階段があって、そこから塔へとたどり着けるわ」
リーズはそう言いながら、目の前にある扉を見つめる。木々の根や蔓に覆われながらも、豪華なのが隠せていない扉。そこは、かつてこの王国の主の部屋であった。
「まだ、登るのか……」
「登った後が本番でしょ」
「それもそうだね」
リーズが警戒しながらも、取っ手に触れる。そのまま開けようとした時、エドガーは感じた。扉の向こうから何かが迫ってくるのが。
「避けてッ」
咄嗟にエドガーは叫ぶ。言われた通りに、リーズは横に行く。エドガーも同じように避けた後、金色の光が扉を破壊した。
「風防壁」
光が通り過ぎたのを確認したエドガーは、呪文を唱える。目の前に風の防壁を立て、次の攻撃に備えた。
扉が破壊され、王座がはっきり見える。エドガーとリーズは、その先にある人物を見た。王冠を被り、暗い青色の隊服のようなのを着た人物。一目で高貴な人物だと分かる。その人物が、死んだような目で長杖で攻撃をしてきた。
「あの人物は………」
「王様よ」
「えっ」
「この王国の最後の王、ベリード・ジュナブルよ」
かつての聡明さも、威厳もない状態で立っているその人は、確かにかつての王である。
その正体に驚く暇も与えず、急カーブしながら、エドガーとリーズに迫ってくる金色の光。魔術によるものであるが、呪文も詠唱もなく行われたことに、エドガーは驚かざるえない。
「呪文は!?」
「魔術は基本的に詠唱か呪文のどちらでないと行使できないわ。ただ………」
風の防壁が突き破られる。それと同時に、エドガーとリーズは横に跳躍した。何とか避けられるも、その威力は人間以上の耐久を持つリーズですらただでは済まないだろう。
規格外の威力。とはいえ、古代の三大魔術師ほどの威力も理不尽も悪辣さもない。だから、リーズはその正体をすぐに見破った。
「結界か魔道具どちらかを使えば出来ないこともない」
2人に攻撃をする人物。その手に持っている魔光石がつけられた、長杖。それが、ただの杖でないことをすぐに見破った。
「ただ、前者は難易度がかなり高い。よっぽど、結界魔術に精通している奴じゃないと無理。それに、今回は後者ね」
再び長杖から金色の光が放出する。だが、一つではなく複数。ベリードの背後に魔法陣が展開される。そこから。連続に人を焼き尽くす光が放出される。
風の防壁が効かないと判断したエドガーは、自分の足で避けることにする。数は多いが、速さは先に門番ほどではない。割と余裕でエドガーは避けた。
「後者って、あれは魔道具なの?」
「そっ。どういう理屈かは分からないけどね」
「じゃあ、魔道具を壊せばいい感じ?」
エドガーは手に持たれた長杖を見据えながら、そう言う。が、それに対してリーズは首を振った。
「いいえ。万が一のことがあるの」
「万が一?」
「魔道具は持ち主すら分からない効果があるの。製作者しか分からないのがね。それが、何もなきゃいいんだけど………」
リーズはあることを聞いたことがある。とある王国の王が大量にあった魔道具を処理しようとしたことがある。魔道具の中に、魔力の補充にしかならないと思われていた魔道具があった。ほかにも似たような機能の道具があったため、処分しようとした。
そして、いざ壊した直後、王様を含めて王国の全住民が呪いを侵された身体の呪人に変化した。ほぼ死んだ状態であるため、ケイルに滅ぼされた。魔道具によっては、そういうこともある。だから、気軽に壊すわけにはいかない。
「魔道具の中には、壊したらヤバイのもある。だから、効果が分からない以上壊せないわ」
「マジか」
「ただ、逆にあの魔道具を手放せば何とかなるかも」
「じゃあ、まずは目指そうか」
エドガーはそう呟くと、ベリードを目指して駆けだそう。再び、金色の光がエドガーを襲う。それを避けながらも、エドガーはベリードの懐に入った。
そして、長杖を持つ手を斬り落とす。長杖ごと地面に落ちそうになる。が、斬られた手から、蔓と根と茎が生えた。
「げっ」
その常軌をいした光景に、エドガーは思わずそう呟く。そして、かつての魔物と同じように無理やり再生させられながらも、再び長杖から金色の光が出される。
何とかそれを避けながらも、エドガーは一旦リーズの下へ後退した。
「一気にやらなきゃダメね」
「………あれって、魔力切れ狙えないの?」
エドガーのその言葉にリーズももっともだと思う。魔道具の魔力は無限ではない。必ず、いつかは魔力が尽きるし、それまで待つのもありかもしれない。ただ……、
「問題は、あれの魔力がどのくらいあるか分からない所よ」
「あぁ、そっか」
「かなり持つ可能性もあるし、それまでに私たちが尽きる可能性もあるわ」
「ってことは、速攻でケリをつけるのが一番だよね」
エドガーの言葉に、リーズは無言で頷く。あの長杖を壊さないようにしながらも、速攻で終わらせなければならない。
「私の詠唱はちょっと威力があり過ぎるわ」
「じゃあさ、氷で凍らせるのはどうかな?」
「杖を巻き込まないようにね」
作戦の目途が立ち、エドガーは再び走り抜ける。再び、ベリードが長杖でから光を出そうとするが、それを叶わない。リーズが術で出した風によって、手が斬られた。
根や茎などが再び、再生しようとするが、それをエドガーが許さない。
「氷結撃」
青白い光を纏った斬撃。それに斬られたベリードは、瞬時に氷に包まれる。もう動くことは無い主を置いて、長杖は地面に落ちた。




