第12話 亡国の門番②
リーズは地面に力をかけ、その場にあった花を大きくする。リーズの背丈を超えて、かなり大柄なギーブスの背丈と同じようになった。
「すごい」
「でしょう?」
自分と同じ背丈の花を、目を輝かせながら見ているギーブスにリーズは誇らしげに胸を張る。彼女にとっては、簡単のことだったが、ここまで興奮しているのを見ると少し嬉しくなった。
あれから、リーズとギーブスは時々星空の下に秘密裏に会っていた。リーズの妖精術を見せて、買ってきた紅茶やお菓子を一緒に食べる。最初はただただ、妖精術を見せるだけだったが、だんだん会うごとに、2人の時間が長くなる。
誰にも邪魔されない2人だけの空間。リーズもギーブスもこの時間が好きだった。
「そういえば、ね」
今日はリーズが好んでいるお菓子屋のマフィンを食べながら、話す。いつもは楽しそうに話すギーブスが今日はどこか曇っていた。どうしたのだろうと思いながら、リーズは耳を傾ける。
「最近、王国がちょっと変なんだ」
「変?」
「今この国は、兵士と魔術師の派閥で分かれていてね。王様は兵士よりなんだけど、それに魔術師がキレてね」
先代までは魔術師を優先して、国民を疎かにしていた節があるこの国だが、当代の王様になって改善されてきた。魔術の研究に国費を割いてきたが、それを止め、軍備と国民の生活を優先した。
それが本来なら当たり前なのだが、当たり前では無かった国の民はそれを大いに喜んだ。が、やや性急すぎた。突然、費用がなくなり研究を止めることになった魔術師達がキレたのである。
「なんか魔術師達がしでしかさないと良いけど」
「魔術師って、何やるかわからないもんね」
魔術師の倫理観の無さは、リーズも身をもって知っている。追い込まれたら何をやるかは分からないのは、どの種族も同じだが、魔術師はその不安がさらに高くなる。その懸念がギーブスの中にもあるのだろう。
だが、ギーブスはその不安を吹き飛ばすように、笑う。
「まっ、何か起きないように僕たち兵士が頑張るよ」
「気をつけなさいよ」
それをするのがギーブスだとは分かっているが、どうしてもリーズは不安あった。もしかしたら、その騒動で彼が死ぬかもしれない。そう思ったからだ。そんな不安を消すように、大丈夫とギーブスは笑う。
お願いだから、やらかさないでよと顔も見たことない魔術師達にリーズは祈る。だが、その祈りは通じることはなかった。
その時間は、星空の夜のことだった。その日もギーブスも待ち合わせていた。なのに、約束の時間を過ぎても来ることは無い。いつも時間通りに来るギーブスにしては、珍しいことだったのでリーズは不安になる。
何かあったのでは、そんな考えが脳裏に何度も過る。不安になりながら、周囲をぐるぐる回り、ついにリーズは街に出ることにした。約束時刻から1時間すぎた時のことである。
魔物に気を付けながら、森を出る。リーズはそこで見たものは、普通とはかけ離れた異様な光景だった。木々の根や茎、蔓がまるで1つの生物かのように動き、街の人々を襲っている。
「なっ……、なに、これ」
少なくとも日が落ちるまではこんなことは無かった。いつもとなんも変わらない、平穏な街並みであったはずだ。それが一瞬で、まるで異界になったように変わってしまった。
リーズには、理由は分からないが察することは出来る。おそらく、ギーブスの言ってた魔術師達が何かしたのだろう。とはいえ、どういう魔術によるものかは分からない。
原因が分からないまま、リーズは街へと駆けていく。ギーブスを見つけるために。
「いたっ」
ギーブスを見つけるために、探している途中、子供が転んだ。本来なら見捨てて、すぐにでもギーブスの下へ駆け寄りたい。だが、その衝動を抑え、リーズは子供の下へ向かった。
「大丈夫?」
「うん」
強がっているが、それでもしっかりと頷く子供に安心して頭を撫でる。そして、リーズは森を見た。少なくとも、自分がいた森はまだ侵食を受けていない。周りには、まだ逃げようとする人もいる。
その人たちが助かるように、リーズは声を張り上げた。
「みんな、森はまだ侵食を受けてない! 急いでそっち向かって!」
その声に周囲の人々は、言われたとおりに森へ向かう。少しでも助かってほしい、リーズは思っていると子供から声をかけられた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何? あんたも早く逃げなさい」
「お姉ちゃんは?」
不安げに見つめてくる子供に、出来る限りの笑みを作り頭を撫でる。そして、安心させるように言った。
「私もすぐに行くわ。だから、早く行きなさい」
「……うん!」
穏やかな声に、子供は力強く頷く。そして、周囲の大人と共に森へと駆けて行った。その背中を見届けたリーズもギーブスの下に行こうと駆けだそうとする。
その時だった、リーズに木々の根が振り下ろされる。その瞬間、リーズも覚悟する。が、それが彼女に届くことは無かった。
リーズの目に映ったのは、彼女の前に立ち腹を貫かれたギーブスだった。
「どうしてっ!?」
流れる血を見ながら、リーズは悲鳴じみた声を上げる。その声に、振り向き、痛みで震えながらも笑いながらも答えた。
「きっ、決まっているだろう? 僕はこの国を守る門番だからさ……」
それと同時に、刺さった木の根がギーブスを引きずっていく。すぐに追いかけようとするが、その瞬間、リーズの身体が下に落ちていく。何も分からないまま、リーズは空に映る月を見ていた。
★☆★☆★
笑顔も忘れ去れたような冷たい顔で、ギーブスはリーズに大剣を振り下ろそうとする。死を覚悟した瞬間、ギーブスの横から物凄いスピードで何かが駆け抜けた。
電撃を纏い、リーズの目にも追えない速度で走り抜けているそれは、ギーブスに体当たりする。
刹那、ギーブスは勢いに押され、奥にある店たちへと吹っ飛んだ。そして、体当たりした人物も自身の速度に引っ張られ、転がっていく。
ようやく、その姿が見えたリーズは嬉しさのあまり、声を張り上げた。
「エドガーッッツ………、あんた大丈夫!?」
あまりに転がりだしていくエドガーに、思わず呆れ半分、心配半分の声色でそう言う。その声にようやく、エドガーは止まった。
「うん、大丈夫」
派手に民家にぶつかったにしては、外傷は見受けられない。どんだけなんで頑丈なんだ、こいつとリーズはそう思わずには居られない。
「……一応、聞くけど怪我はない?」
「そうだね。まぁ、痛みはあるけど。でも、ちゃんと動け。君は?」
「こっちも大丈夫。まぁ、あんたと違って、怪我はあるけど」
「そっか」
一安心したように、エドガーは息をつく。息をつくのは、この遺跡を出てからにしなさいよとリーズは内心、思った。
「前衛、よろしく頼むわ」
「頑丈さが今の所、取り柄だからね」
「知ってる」
そう言っていると、半壊した店から鎧が見える。割と凄い威力で吹っ飛ばされたのに、まだ歩けるようだ。
ギーブスはもう死んでいる。あの人面樹が王国を侵略した星空の夜に死んだのだ。それはリーズは一番よく知っている。
なぜなら、木々の根に襲われそうになったリーズを庇い、ギーブスは死んだのだ。彼女の目の前で。
目の前で歩いているのは、死体だ。ずっと昔にこっそりとここにきて、ギーブスと冒険者の戦いを見ていた時からそう思う。
本人の意思なんてもうどこにもない。だから、この手で終わらせなきゃいけない。リーズはそう思い、前を見据える。
「とりあえず、何とか粘って」
「わかった」
曖昧な指示に、エドガーは苦笑しながら頷く。そして、電撃を纏わせ、ギーブスが攻撃を繰り出そうとした瞬間、懐に飛び込む。大剣を振り下ろした無防備な瞬間、腹に電撃を叩きこんだ。
声は出なくても、電撃に苦しんでいるギーブス。その頭上に、エドガーは剣を振り下ろそうとする。が、
「─────ッツ」
大剣で止められる。そしてそのまま、ギーブスはボールを跳ね返すように飛ばそうとする。
なんとか、飛ばされそうになる前に、寸での所で回避する。息をつく暇すら与えないと言わんばかりに、突進してくるギーブスに対し、エドガーは呪文を唱えた。
「氷結撃」
青白い光の斬撃を飛ばし、敵を凍らせる。人面樹に改造された魔物ですら、一撃で凍る威力。ギーブスはそれをもろに喰らった。その光景を見たエドガーは確信する。これで終わりだと────、
刹那、エドガーの目の前で氷が割れた。それと同時にギーブスが飛び出し、エドガーをめがけて斬撃を放つ。慌てて避けるも、斬撃が頬を掠める。
「嘘でしょ!?」
魔術を放ちながらも、エドガーは驚きを隠せない。動揺のせいか、魔術の焦点がズレる。そんなエドガーを叱咤するように、その場に詠唱が響き渡る。
『世界の術理が阻まれた、異界の礎』
詠唱の組み立てを阻止するかのように、リーズの下へ斬撃を飛ばすギーブス。それを防ぐべく、エドガーは呪文を唱える。
「風防壁」
リーズの前方に設置された風の防壁。それが、斬撃を跳ね返し、ギーブスの下へ行く。その攻撃に紛れて、エドガーは雷撃や氷弾を放つ。
『この場に入りしは、その支配下』
『─────ゆえに、我は宣言する』
世界に対する宣言のように、組まれていく詠唱。
その間、エドガーは文字通り必死で時間を稼ぐ。振りかざそうとする大剣を避け、その脇腹に電撃を叩きこむ。無数に広がる斬撃を二重にある、風の防壁で跳ね返す。決定打に欠けているのは、承知でもエドガーは攻撃を続ける。そして────、
『自然の力をもって、この者に鉄槌を下すことを』
詠唱は完成された。何かを察したエドガーは、瞬時に後方に飛ぶ。それと同時に、ギーブスが地に伏せられた。
風の鉄槌。先の詠唱で組み立てられたソレよりも、はるかに威力の高い。地面は悲鳴を上げ、少し離れたエドガーですら身体に負荷がかかっている。ゆえに、その中心部であるギーブスにかかる負荷など、想像超えるだろう。
伏しているギーブス中心に、地面は下に歪む。ギーブスの鎧は悲鳴を上げ続け、ついに破壊された。次にギーブスの身体ごと押しつぶさんと、鉄槌はさらに威力を上げる。が、
それでもなお、ギーブスは身体を上げようとする。風の鉄槌を手で押さえ、もう片方の手で押しあがろうとする。口から血を吐き、骨は軋みだしても、なお立ち上がろうとする。
異界じみた場所にある、常軌をいした光景。それを見たリーズは、悲鳴じみた声を上げる。
「あんたッ、なんでそんなに立ち上がるのよ!?」
その声にギーブスは何の反応も示さない。生前の彼なら、答えたであろうその問い。死者なった魂には、もう届かない。
だが、それでも。死者になってもなお、ギーブスは守ろうとした。栄光の印である城とその中にいる主。意識は無くても、死んでいる身であっても守るために、彼は立ち上がろうとする。
しかし、何百年守り続けた門番は今終わりを迎える。
その光景を見たエドガーは即座に、風の鉄槌の負荷がかかり続ける中心部へと電撃を纏い、この場にいる誰よりも最速で駆け抜ける。
ギーブスが守ろうとしても、エドガーにはそれを超えなきゃ行けない理由があるのだ。
エドガーの身体が軋みを上げてもなお、駆け抜け、ギーブスの近くへたどり着く。
「氷結撃」
斬撃とともに、唱えられた呪文による青白い光はギーブスを瞬時に凍らせる。何度も言うが、致命傷にはならないソレ。だが、それでいいと後退しながらエドガーは思う。これで、この門番の動きを止めることが出来たのだから。
鉄槌を押しとどめていた手が止まる。その瞬間を見逃さんと言わんばかりに、風が鎧が無いギーブスの身体を今度こそ押しつぶす。立ち上がることは無く、原型も留めず、ギーブスという何百年前に存在した門番は、今ここで終えた。




