第11話 亡国の門番①
「そろそろ、光石樹街道も終わるわね。魔物達も大分来なくなったわね」
「いやぁ、良かったよ」
殺した魔物達の死骸を背に歩きながら、エドガーは安心したように一息をつく。その背中をリーズは喝を入れるように叩いた。
「うわっ!?」
「何、安心してんのよ!」
「ごっ、ごめん」
「ったく。確かに、光石樹街道を通り抜けるけど、この先にはもっとやばいのが……」
そう言いかけたリーズの身体が固まる。今までにない異様な状態に、エドガーもリーズと同じ方向を向き、そして同じように固まった。
かつての権威を示すように建てられた城。その手前に、華やかな門。そして、それに全く似合わない、厳つく屈強、エドガーよりも倍はある背丈をした門番がいた。
彼と視線が合った刹那だった。リーズの隣りから、エドガーが消えた。
「………えっ?」
何が何だか分からないリーズを置き去りするかのように、後方から次々と衝突していく音が聞こえる。そして、次にリーズの目に映ったのは自身に大剣を振りかざそうとする門番。
慌ててリーズは飛び跳ね、攻撃を間一髪で裂ける。が、その余波でリーズも吹き飛ばされる。術で何とか軽減し、ダメージを抑えた。
リーズの視界に映ったのは、エドガーがいた真後ろの家々。それらが、まるで何か物凄い速さで吹き飛ばされた物体が衝突したかのように、半壊されていた。
「エドガーッッツ」
何が起きたか、リーズは一瞬で理解する。必死で届くように、声を叫ぶがエドガーからの返事は一切ない。急いでエドガーの方へ駆け寄ろうとした瞬間、地面が割れる。やはりその余波を喰らい、吹き飛ばされた。
エドガーのように、剣が直撃しなかったのもあってそこまでのダメージは喰らわない。だが、それでも全身が痛みで悲鳴を上げている。それを術で何とか抑えながらも、再び殺さんとする門番を見る。
リーズを見ても何も笑わず、ただただ殺そうと剣を振るう。その様子が、かつてのあり方と、まるで違いリーズは複雑になり、唇を噛みしめる。
「風よ────」
突進してくる門番めがけて、リーズは風の砲撃を放つ。常人なら遥か遠くまで吹き飛ぶそれをまともに受けながらも、門番は突き進む。効果なしと判断としたリーズは即座に飛び跳ねる。
攻撃の余波が来ない所で移り、詠唱を組み立てようとするがそんな暇はない。リーズの方へと、四方八方から斬撃が飛び交う。エドガーのより遥かに威力が高いそれらを術を使いながら、必死で避けていく。
─────あれ、いない!?
避けているのに夢中で、リーズは門番の姿を見失う。気配を必死で探している時に、ふと影が見えた。自身より圧倒的な巨体の影は、大剣を振り下ろそうそしている。慌てて、飛び跳ねようとするが間に合わない。リーズの下へ、大剣が振り下ろされていく─────。
★☆★☆★
それは、今から何百年も前の話である。まだ、この王国が樹海に呑まれる前の話。
日が落ち、夜空の星に照らされている街をリーズは歩いていた。といっても、今のように羽を見せているわけでもなく、隠しながら。下手に妖精だとバレると魔術師達の実験対象にされかねないからである。
実験対象になるのは真っ平ごめんだが、だからって家の中に引きこもるのも趣味じゃない。なので、自身が妖精であることを隠しながら、いつも街を歩く。目的は無く、ただ歩くのがリーズは好きだった。
「なぁ、嬢ちゃん。こんな夜に1人は危ないよ」
そんなある日、リーズに声をかける者が現れた。大柄で顔以外を鎧で包んでいる。リーズもその男を見たことがあった。この王国の門番の1人、国の中でも有数の実力者と評判で名前をギーブスと言う。
「別に大丈夫よ」
人のよさそうな顔のギーブスに対し、リーズは不機嫌そうな顔をした。相手が親切心で言ってきたとしても、散歩を邪魔された所が気に食わなかったのである。それを察したのかギーブスも苦笑いをしている。
「ごめんね。でも、最近は盗賊も出てきてるからさ」
言い聞かせるような言葉がリーズはさらに癪に障る。見た目はともかく、ギーブスよりも遥かに年上の彼女にしてみれば、子ども扱いされるのに苛立ったのだ。
「そんくらい私1人で何とかなるから」
そう吐き捨て、リーズは早歩きで前に進む。その背中を追おうか、ギーブスは迷いながらも見ていた。
またある日のことだった。ベンチでリーズがパン屋で買ったサンドイッチを食べていると、ギーブスが駆け寄ってきた。その姿を見て、何の用だと言わんばかりにリーズは舌打ちする。
「ちょっと隣、いいかな」
「勝手にしたら」
「んじゃあ、遠慮なく」
ギーブスがベンチに座ると、リーズの身体が一瞬、宙に浮く。すぐにベンチに着地したが、思わずギーブスを睨んだ。
「ごっ、ごめんね」
「あんた、何でそんな重いのよ」
「そりゃ、この国を守るためさ」
躊躇いなくそう言い切るギーブス。その姿にリーズは感心する。使命を全うしようとする姿勢は彼女も嫌いではなかった。
「そういえば、この前も1人だったけど、両親とかはいないの?」
「あんたにそんなの聞かれる覚えはないわよ」
この前と変わらず子供扱いしてくる様子に、リーズは再び舌打ちをする。ちょっと感心したのを、返してほしい。
「でも、君子供だろう?」
ついに直球で言われた。遠回りで言われるのにも苛立っているのに、堂々と言われてリーズの頭に血を上った。考えはなく、ただで勢いで隠さなければいけないことを喋りだす。
「言っておくけどねぇ、あんたより私の方が上だから! 私は誇り高い大妖精なのよ!」
そう言い切った所で、リーズは慌てて口をふさぐ。が、もう遅い。ギーブスは呆然としたようにリーズを見ていた。
「君、妖精なのかい?」
「…………」
何と誤魔化せばいいか分からない。一度言ってしまったことだし、今更否定も出来ない。自業自得とはいえ、頭を抱えているとギーブスは目を輝かせながらこちらを見て来た。
「本物の妖精なのかい!?」
「そっ、そうだけど………」
凄い勢いで顔を急接近してくるギーブスに、リーズは慄く。まさかそんな反応されるとは予想外だったのだ。まるで子供のように嬉しそうにギーブスは声を張り上げる。
「もう一度、見てみたかったんだよ!」
「しーっ、声を落として。魔術師に見つかったら大変でしょう!?」
「あっ、ごめん………」
この時代の魔術師はほとんどが倫理観がない。全てではないにしろ、実力が上であるほどその傾向が強い。
この時代において、三大魔術師と評される人物がいる。その全員が神族すら超えているレベルの実力を持っている。そんな人物たちにリーズは合ったことがある。
会う前はどんな奴らかリーズはわくわくしていた。が、どれも等しく人格が破綻していた。1人はそもそも実験自体に興味無さそうだったが、あれはまだ別に破綻していた。
が、それ以上にやばかったのはもう2人である。その2人がリーズを魔術の実験対象と追いかけて来たのである。その過程で、故郷である妖精の村を滅ぼされ、リーズの家族も死んだ。
死にかけながらも振りまき、今がある。そんなことでリーズは魔術師には何としても見つかりたくなかったのだ。
ギーブスもリーズの事情は知らなかったが、魔術師に見つかりたくない理由を何となく察して、声を落とす。
「ごめんね……。でも、お願いがあるんだけど……」
「………何?」
「俺の仕事が終わったら会わない? 夜22時、街のはずれにある森でさ」
「……このことを誰にも言わないなら」
「ありがとう!」
嬉しそうにしながらも手をふり、ギーブスはリーズの下を去っていく。妖精であることを知っても、子供のように嬉しそうにするギーブス。資源として見るのではなく、憧れた者に合えたようなキラキラとした目にリーズはもどかしくなった。
約束の22時。街のはずれの森でリーズは待っていた。明らかに本来の約束の時刻より早く来て、この森で待っている。そのことが、まるでギーブスに合うのが楽しみなようで苛立っていた。
「やぁ、待っていた?」
「今来たばかりよ」
約束きっかりに来たギーブス。自分が早くから待っていたことを言いたくなかったリーズはそっぽ向きなが嘘をつく。
「じゃあ、僕のお気に入りの場所に行かない?」
「私が楽しめるならいいわよ」
割と気になっているのだが、それを認めたくないリーズは素っ気なく答える。対するギーブスは気の抜けた笑みを浮かべながら、リーズを案内した。
数十分歩き、目的についた。森の中にあるギーブスと今来たばかりのリーズ以外に誰も知らない、小さな広場。少し寂れた小さな噴水とその周りに漂う光の精霊。ひっそりとあるその場所は、幻想的で綺麗だった。
「こんな所があったの………」
「うん。街の誰も知らないと思うけどね」
ギーブスは噴水に腰掛け、リーズもその隣に座る。空を見上げると、星々がいつも通り光っている。普段なら興味も持たないそれも、今日はいつもより綺麗に見えた。
「僕のこと、鬱陶しい?」
突然、ギーブスがそう聞いてきた。その問いに、リーズはどう答えようか迷う。会った初めは間違いなく、鬱陶しかった。が、今は話を聞いてみてもいいくらいには思っている。とはいえ、その事を口に出すのは癪だった。
黙っていると、ギーブスは穏やかな笑みで頭を下げる。
「ごめんね」
「別に………」
「始めて声をかけたのは、単純に心配だったからだよ。てっきり子供だと思ったからさ」
改めて言われたことに少しムカついたが、リーズは今度は何も言わない。何となく、今は黙って聞いた方がよさそうだと思ったからだ。
「でも、顔を見た時、びっくりしたんだよ。昔、友人だった妖精と瓜二つだったから」
「………あんた、妖精と知り合いだったの」
「うん。かなり幼い頃の話だけどね。僕の家は、この国の辺境でね。その近くに小さな森があったんだ。そこに妖精の一家が住んでいたんだ。両親の目を盗んで、そこの家によく行って、特にそこの一人娘と仲良かったんだ」
当時において、妖精と人間が仲良くするのは珍しい。魔術師が妖精含めたほかの人種を魔術の実験台としかみなしていないため、人間自体がその他の人種から好かれていなかった。唯一、親しくしているのは、かつてとある三大魔術師の1人に救われた過去のあるエルフくらいだろう。
だから、リーズも仲良くしていると聞いて、かなり驚いた。
「その娘は妖精術が得意でね。色んな植物を咲かしてくれたりして、楽しかったんだ。でも、僕が9歳頃に突然いなくなっちゃって。両親には秘密にしてって言われたし、当時も幼かったからさ。結局会えることもなく、ずーっと生きていてね。そんな時、君を見つけて。もしかしたらって思って……」
「残念だけど……」
「うん、わかってる」
諦めたような笑みを浮かべているギーブスに、リーズは目を逸らす。自分はその妖精ではない。瓜二つとはいえ、本人にはどうあがいてもなれないのだ。どういえばわからず、黙っているリーズに申し訳なそうに、ギーブスは笑った。
「ごめんね、こんなこと喋って」
「……あんたは会って、どうしたいの?」
「会って話してみたいし……、それに彼女の妖精術も見てみたかったな」
どこか懐かしそうにしているギーブスに、リーズは何か出来ないか考える。昼間よりも頭は冷え、だんだんと迷惑をかけてしまった罪悪感もあった。そして、こいつともっと話してみたいとも思った。
だから、リーズは一緒に入れる口実を探す。そして、ふと思いついた。
「その妖精の代わりにはできない。けど……、妖精術なら再現できるかも」
「本当?」
「えぇ。行けるときに、ここに来てくれたら再現してやってもいいわ」
どこまでも素直になれないリーズの言葉に、ギーブスは嬉しそうに笑う。その顔を見て、リーズも嬉しくなった。その理由は彼女にはまだ分からない。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
「なら、次来る時間はいつにする?」
「じゃあ、明日の夜で同じ時間でいいかな?」
「………大丈夫なの、仕事?」
「ううん、大丈夫」
どこか子供のように楽しみにしているギーブスの顔から、リーズは逸らす。鼓動が早くなるのを感じて、それを止めようとするために。
星空の下で、リーズはギーブスの背中を見つめている。次に会えるのは、また明日。その時間が来るのをどうしても待ち遠しい。