聖女ですけどストレス溜まってるのでホーリーウォータースプリンクラーで聖水をまき散らすことにしましたわ
ストレス……ストレスですわぁぁぁぁぁぁぁぁ!
来る日も来る日も、結界の維持とか後方支援とか回復ばかり……。
ううっ……わたくしは……最前線で武器を手にしてモンスターどもと戦いたいのですわぁーーーーー!
そのためにメイス技術を習得したというのに……。
普段の活動のせいか、いつの間にか周りから聖女と崇められるようになってしまいましたし、今さら配置換えもお願いできません……。
「どうしたの? イリスさん」
「……あっ……ああ、申し訳ありません。つい考えごとをしておりました」
「気にしないで。待ち時間長いもんね」
「ええ、そうですわね……」
「でももうすぐ入れそうだよ。楽しみだね、イリスさん!」
今日はストレスでふさぎ込んでいるわたくしを気遣ってか、友人がお芝居に誘ってくれました。
なんでも最近人気のスプラッターお芝居だそうで、ちょっぴり怖いですけど、少しワクワクしている自分がいますわ。
やがてわたくしたちも入場できるようになり、二人でなんとか良い場所を確保しました。
いよいよ演劇が始まります。
登場人物は若い男女が数人……今のところ、怖い要素は特にありませんわね。
「出てくるよ……仮面の怪人、ブラッディ!」
となりで彼女がささやくのとほぼ同時に登場したのは仮面をつけた大男。手には大きなナタが握られていますわ。
いつの間にやら、奏でられる音楽も不気味なものに変わっています。
「血を、まき散らせ」
決め台詞らしき言葉と共に、ブラッディはその巨大なナタで男女に襲い掛かりはじめます! なんと無慈悲な!
怪人がナタを振るうごとに切り口から鮮血が吹き出し、犠牲者がバタバタと倒れていきます!
そして返り血に赤く染まる仮面!
観客がおぞましさに顔をそむける中、わたくしの視線はその姿に吸い付けられてしまい……。
「こ、これですわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
劇の最中にも関わらず、わたくしは大声で叫んでしまいました。
あの後こってりと絞られたものの、わたくしの中に芽生えた感情はその間もずっと燃え盛っておりましたわ!
そうです! 仮面で顔を隠して戦士として戦いに参加すればよいのです!
バッグからさきほど買ったばかりのものを取り出し、うっとりと眺めます。
わたくしの手にあるのはもちろん、劇の怪人がかぶっていたものとそっくりの、両目の部分に穴のあいた仮面。
うふふ、これさえあれば……。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
なんと、どこからか悲鳴が聞こえてきましたわ!
周囲には誰もおりませんし、これは早く助けに行かなければ……。
バッグにしまう手間も惜しんだわたくしは仮面を顔に装着し、悲鳴のするほうへ駆け出しました。
「だ、誰か、誰か助けてぇ!」
「ギギ……!」
走り出して間もなく、悲鳴の主らしき女の子とそれを追いかけるゴブリンの群れが見えてきました。
なんとか、間に合ったようですね!
「お待ちなさい!」
仮面のせいか、なんだか声がくぐもって変になってしまいましたわ。でもこのほうが迫力があって良いかもしれませんわね。
「ひ、ひぃ!?」
「ギギギ……!?」
追いかけられていた女の子も追いかけていたゴブリンたちも、わたくしの姿を見て立ち止まってしまいました。
そんな好機、見逃すはずがありません!
「ふっ!!」
距離を詰めての気合一閃! わたくしのメイスが見事にゴブリンの脳天に命中しました。一撃でゴブリンの頭はひしゃげ、真っ赤なものやらその他のなんやらかんやらが吹き出しながら倒れます。
ああ、これですこれ。この感触、ぞくぞくしますわ!
悪辣なモンスターどもを粉砕するために、わたくしはメイス技術を習得したのです。
日々聖女として働いていたものですから腕が鈍っているかもと不安だったのですが、杞憂でしたわね。
「あ、ああああ……!」
女の子は哀れにも腰を抜かしてしまったようですが、大丈夫。わたくしがあなたを守ってみせますわ。
突然のことにゴブリンどもは身動きもとれないようですわね。残ったやつらも殲滅してさしあげます。
わたくしが一歩を踏み出すと、ゴブリンたちはようやく後ずさりを始めました。ふふ、このわたくしが逃がすとお思いですか?
……そうですわ、わたくしもあの仮面の怪人ブラッディのように、決め台詞の一つでも口にしませんと……。
「聖水を、まき散らせ」
言うが早いか、わたくしは得物を手にゴブリンたちへと飛び掛かります。
ふふ、この台詞をあなたたちへの手向けといたします。せいぜいあがくと良いですわ。……ああ、ブラッディもこんな気持ちだったのかもしれませんわね……。
急にブラッディへの親近感が湧いてきましたが、今は戦いに集中するとしましょう。
わたくしの言葉の通り、ゴブリンどもは間もなく聖水をまき散らしながら全滅しました。わたくしの全身もきっと真っ赤に染まっていることでしょう。仮面も含めて。
助けた女の子の無事を確かめようと振り向くと、そこには誰もいませんでした。
……なぜだかあの子は逃げていってしまったようですが、人助けをした後は気分が良いですわね。
わたくしの正体もばれなかったみたいですし、仮面をつけるというアイディアに間違いはありませんでしたわ!
非番の日は、この格好で戦いに参加することにいたしましょう。
ストレス解消にもなりますし、まさに一石二鳥です。
「あいつが来てくれたぞ!」
仲間たちの声が歓喜に震えているのがわかります。うふふ、わたくしも嬉しいですわ。
聖女と崇められているわたくしが、最前線でメイスを思う存分に振るう日が来るとは、人生とは何事も挑戦ですわね。
「聖水を、まき散らせ」
いつものように決め台詞を言うだけで、周囲が湧きたちます。皆も、その予言が現実となることが分かっているからですわ!
わたくしが参加してすぐに戦いの天秤はこちら側に傾きました。
やがて勝鬨が周囲であがりはじめ……わたくしは急ぎ、その場を離れようと駆け出します。正体がばれるわけにはいきませんからね。
「ああっ待って! ……いつもありがとう! せめて名前だけでも!」
「名乗るほどの者ではありませんわーーーーー! また戦いが起きたときにお会いしましょうーーーーー!」
後ろから様々な声が聞こえてきますが、やむを得ないのです……お許しくださいましーーーーーーー!
「行っちゃった……」
「正体不明だけど、頼りになるよな。今回もすごいメイスさばきだったぜ」
「まったくだ。初めて見た時は怖かったけど、ピンチの時にはいつも駆けつけてくれるしな。うちの国には聖女のイリスさんもいるし、これからもずっと安泰だな!」
「しかし、本当に何者なんだろうな……あの仮面の女は……」