奇襲
「それじゃあ、腹ごしらえもした事だし。まずは町にいる他の魔法少女に会いに行きましょ」
「それって、パステルブルーやパステルイエローか?」
キッチンの流し台で皿を洗い終えてから、リビングのソファに座る朱音にそう聞き返した。
朱音はソファに座って両足をぷらぷら揺らしていたが、俺がリビングに来るとピョンとソファから飛び降りてこちらに歩いてくる。
「そ! まずはイエローかしら。家も近いし、アンタもよく知る相手だから」
「俺がよく知る……?」
俺の知っている女の子、と言えば。
まず幼馴染の朱音だったり、黒涅もそうだけど……思いつくのは。
「もしかして、ソナーちゃんか⁉︎」
「誰それ」
「バンドの子。行きつけのファミレスでよく会うんだよ。いつもパンクな衣装着て、曲作っててさ、俺も一緒に色々考えたりして……」
「……いや、違うわよ。その子じゃないわ」
「じゃあ、ナポリタンちゃん?」
「それも誰よ! パスタじゃない!」
「いつも定食屋に行くとナポリタン頼んでる子。名前は知らないけど、よく笑う子でさー、可愛いんだよ」
「ちっがうわよ! そもそも私が知らない人なわけないでしょ⁉︎」
「あ、そうか」
俺も知ってて、なおかつ朱音も知ってる人物じゃないといけないんだ。
となると……。
「中学ん時よく遊んだりした双子の藤原姉妹とか? ほら四人でケイドロとかしたよな」
「あー、懐かしい〜ってだから違うって! もう! 行ってからのお楽しみって事で、黙って付いて来なさい!」
朱音が引っ張って玄関の方へと連れられて行きそうになった———その時だった。
ピンポーン、と玄関から呼び鈴が鳴った。
「ん? お客さん?」
「かも。えっと、俺って一応この姿でも、この家の人間に見えてるんだよな?」
「ええ。それじゃあ私はリビングで待ってるわ。魔法少女の姿も変えとかないと」
「確かに」
家の中に魔法少女がいる、なんて所を見られたら騒ぎどころの騒ぎではない。大騒ぎだ。
朱音が変身を解いているあいだに、俺は玄関に向かって覗き穴から、誰が来たのかを確認する。
キャップを目深く被ったつなぎの男性で、手にはダンボールを抱えていた。どうやら配達員のようだ。
「……朱音ー」
「なーにー?」
扉を開けないまま、朱音を呼ぶ。
リビングの向こうから返事が聞こえた。
「一応110番のダイヤルを押しといてくれないか。警察に通報する準備をしておいて欲しい」
呼ばれて、リビングから来た朱音は魔法少女の姿ではなく、家に来た時の動きやすそうな半袖シャツと短パンだった。
彼女は俺のその返事を聞いてハテナマークを浮かべる。
「は? なんで?」
「家の前にいるの配達員らしいんだけど、俺は何も頼んでないし、コレクション買うのもネットじゃなくて、店舗に並んでる実物を実際に見て買うタイプだから」
「……怪しいってこと? でもそれじゃ、誤送とか、あなたのお母さんの彩芽さんが買ったんじゃ」
この家は自分で言うのもなんだが割と立派な一軒家だ。
学校も近いし、店だって周辺に色々あるから立地が良い。
貯蓄だって豊富にある。だから俺もオタク趣味を楽しめている。
ただ……家に金があっても、それでも。
「母さんは無駄遣いなんてしない。だから通報する準備だけをして、実際にあの配達員が何を持っているのか確認する。もし今の家には必要な、見当違いな物だったら即通報だ」
「……わかったわ。しかし、相変わらずアンタは、彩芽さんを信頼してるのね」
「誤送かも知れないから、まだわかんないけど。一応確かめる」
物憂げに小さく笑った後、朱音はリビングの方に戻ってくれた。
俺はチェーンをかけたまま、扉を半開きにする。
「すみませーん、おまたせしました」
「ああ、いえいえ」
「ちょっと家の者と話してまして」
「そうなんですか。よかったー! いらっしゃらないかと思って帰るところでした。危ない危ない」
帽子の下の顔が見えた。
眉毛が太めの好青年のようだった。目つきもハッキリしている。
そして口調はハキハキと喋り、まるで友人と喋るかのような気軽さがあった。
「ではこれ、お届け物です!」
そう言って配達員に見せられた段ボール箱の配達票に書かれていた中身の正体は———コーヒーメーカー。
当然俺はこんなの頼んだ記憶ないし、母さんがこれを買うなら一度俺に相談するはずだ。
しかし宛名は『衣笠彩芽』と記載されていた。
住所もここだ、誤送ではない。だが、母さんが買うだろうか。
一応探りを入れてみるか。
「ではこちらにお名前をお願いします。ペンはこちらに」
「あれ? すみません、間違ってませんか?」
「え! でも宛名はここで……ええっと、あなたは」
「この家の息子です」
「そうですか! えーと、でもここで間違い無いですよね。衣笠彩芽様と書かれています」
「しかし母が買うとは思えません。あのー、一度中で話し合って来てもよろしいでしょうか。確かめて来ます」
「あ! はい! ここで待っているんで、お願いします」
配達員さんに断ってから、玄関の扉を閉めて中に入る。
(———息子、と言っても違和感なく受け入れられた?)
近所のおじちゃんおばちゃんからは、女の子と見られていた。
そして母さんだって、娘だと言った。
なのにあの配達員は俺が息子だと言っても疑うことなく受け入れた。
「そう言う個性だと言ったらそこまでだけど、一応母さんに買ったかどうか連絡を———」
スマホを手に取り、聞いてみようとしたその時だった。
ガシャーン!
リビングの方から何かが割れる音がした。
「⁉︎ な、なんの音だ⁉︎ もしかして怪物が……⁉︎」
現れたのか⁉︎
今までよく襲われはしたが、家に来るような事はなかったはず。
「リビング! 朱音は……!」
ガラスが割れたような大きな音の後、ドタバタと何かが暴れている音も聞こえて来た。
「なんかまずい! 朱音———!!」
急いで向かわなくては。
しかし。
ガチャ、と背後の玄関扉が開いた。
「え………」
そこにいたのは配達員の男。
鍵もかけて、チェーンもつけていたはずなのに、扉があっさり開いた。
「な、なんで入って来て……⁉︎」
思わず警戒心で後ずさる。
それに対して配達員は、またしても帽子で顔が見えなかった。
ゆっくりと口を開く。
「———プランとしては、あなたがこの荷物を受け取った時、ダンボールから催眠ガスが噴出し、眠らせるつもりだったのですがね」
さっきまでの軽薄な感じがかき消えていた。
ダンボールを軽々と片手で持って見せびらかして来る。俺に見せ終わったら、それをポイッと後ろに放り捨てた。
ガンッと地面に落ちたダンボールから、プシュー、と煙のようなものが出た。
「催眠ガス……⁉︎ アンタ、一体⁉︎」
「運のいい奴だ」
重々しい声。
そして、機械が動くときのようなウィーンやら、ガシャガシャと言った音が配達員の着るつなぎの中から聞こえて来た。
「え、え……⁉︎」
戸惑って、混乱して、言葉がうまく出ない。
その間にも配達員……いいや、もはや得体の知れない何者かは、変化して行った。
ボコボコと胸の部分が膨らみ、腕や、足なんかもみるみる膨張していき、頭身がぐんぐん伸びていく。もはや玄関の天井に頭が付きそうなくらいに。
「くっくっく、その運の良さのせいなのでしょうかね。あなたが“魔法少女”になれたのは」
「!」
魔法少女を知っている!
なにより、俺が魔法少女である事を知っている!
コイツは“敵”だ!
「バレないとでも思いましたか? 侮られたものです、我々も」
上から丁寧語の言葉が降ってくる。
そしてニヤリと口元が笑ったように見えた。
瞬間、元々体が大きくなってビリビリ破けていたつなぎが、一瞬にして破裂した。
「っ!」
驚いて腕で顔を隠し、咄嗟にガードする。
そして次に彼の姿を見て、驚愕した。せざるをえなかった。
機械音と、ロボが動く時の音が連続して聞こえてくる。
現れたのは———ハット帽を被ったスーツ姿の紳士。なにより顔や体が機械仕掛けのロボのようだった。
「ロボット……⁉︎」
「バローナブルと申します。以後、よしなに。付き合いも長くなりそうですしね」
喋るたびにカチャカチャと硬い金属がぶつかる音がする。
背の高い偉丈夫であるのに、姿勢は正しく服装は気品漂う。
機械紳士は、バローナブルと名乗った。
突然のことで動揺して完全に気を取られていたが、後ろの方でまだ物音がする。
「朱音……! くっ、敵なのか⁉︎」
「ええ敵です。間違いなく」
スッ、とどこからともなく杖を取り出した。
そしておもむろに横に振った。
すると杖を振った先の、玄関の壁が横一文字にえぐられた。至極簡単に人の家を破壊して見せた。
なんの躊躇もなく。
それだけで敵とわかる。
「さぁて、見せてもらいましょうか」
「え?」
向き直ったバローナブルは、落ち着いた雰囲気でゆっくりとそう言ってきた。
見せてもらう?何を?
「なんの、話だ」
一歩ずつ、一歩ずつ後ずさる。
「“魔法少女”ですよ。あなたも変身できるのではないですか?」
「え……?」
変身?
魔法少女に変身する?
俺が……?
(け、けど敵が現れたんだ。俺だって戦えるならそうするべき———)
と、思った。
しかし、朱音の言葉を思い出した。
———あなたが私たちと同じ苦しみを味わう必要なんてない
彼女は俺のことを思ってそう言ってくれた。
でも後ろではまだ破壊音が聞こえる。
紅音が襲われていると考えると、居ても立っても居られない!
「変身! 変身!」
でも、どうやってやるんだ⁉︎
変身なんて今までしたことないし、魔法少女達が変身しているところなんて見たことない。
「ど、どうやるんだ……⁉︎」
「ふむ。どうやら早く来すぎたようですね。あなたが変身できるようになってから、接触するべきだったか」
バローナブルが冷静にそんな事を言っていた。
そしておもむろに、ガンガンと、重そうな音を立てて歩いて来た。
慌てて逃げようとするも、もう遅かった。
ガシッと大きな手で首を掴まれてしまった。
「ぐっ⁉︎ ぐえっ⁉︎」
「手伝って差し上げましょう」
首を掴まれたまま、片手で持ち上げられる。
足が浮いて、首の締め付けがキツくなり、苦しさと痛みがより一層強くなる。
「ぐううぅ」
「あなたは、力とは何か、考えた事はありますか?」
「な、なにを———あがっ⁉︎」
ダンッ、とそばの壁に背中を叩きつけられた。
一気に口から空気が出て、酸素が足りず息が苦しくなる。
「がっ、かはっ」
「人間の持つ力、なぜ人は力を持っているのか。一度くらい考えた事はありませんか?」
「けほッけほッ!」
「人類が最初に手にした力は原始時代の石斧や、火、でしょうか。人類はなぜそれらを“発明”したのか……簡単な話、獲物を捕まえて食べるためです。ならなぜ食べるのか? 飢えるからです。食べなきゃ人は生きていけない、当然のことです」
「はあッ……はあッ……」
「すなわち飢えという“危機”から逃れるためにマンモスなんかを捕まえて食べていた。そして捕まえるために武器が、力が、必要だったわけですね」
俺の首を締め上げながらバローナブルは淡々と喋る。
脳に酸素がなくなって来て、真っ白になる。
「すなわち力とは、“危機”を脱するためにある。それならば魔法少女の力も同じように考えればいい。“危機”に相対した時、あなたは、あなたの肉体は、細胞は、遺伝子は、意思は、魂は———力を行使することを躊躇わなくなる」
バローナブルが手に力を入れて、さらに締め付けが強くなる。
苦しい、苦しい、苦しい。
酸素がない。
頭に血が上って、首が圧迫されて。
痛い、痛い、痛い!
「さあ見せてみろ、あなたの魔法少女としての力を!」
死ぬ———……。
(……死に、たくない!)
死を悟ったのと、死にたくないと願ったのは同時だった。
瞬間俺の体が輝き始めた。
玄関前の廊下に、光が満ち溢れる。
「来ましたね。案外あっさりでした、手間が少なくて助かります」
バローナブルの嬉しそうな声がする。
しかしそれも気にならないほどに、俺の体に力が漲ってくる。
最初は黄色に光り、次に白、その後にピンクとなり、最終的に金色に輝いた。
手が離されて床に落ちる。さっきまで苦しかったのにあっさり二本足で着地できて、立っていた。
「これが、俺の、変身———! 魔法少女!」
光が止む。
そして見えて来た自分の体は……意外なものだった。
首から胸元、そして肩が露出していて、さらにはお腹も腰も足も、ぜーんぶ惜しげもなく曝け出した格好をしていた。
ほぼ半裸と言ってもおかしくない。
「———ぇ?」
俺の姿は、他のパステルレッドやパステルブラックのような、ドレスではなかった。
「び、ビキニぃ⁉︎」
可愛らしいフリルのついたツーピース水着。すなわち大事なところだけを隠しただけの、ビキニ姿だった。
「な、なんで俺、ビキニ⁉︎」
綺麗な白い肌が眩しい。
俺の記憶するパステルホワイトは、こんな格好していなかった。彼女だって他の地元魔法少女達と同じドレスだったはずだ。
それなのに、今の俺はビキニを着ていた。
外気が俺の体に触れて敏感な柔肌が刺激され、より一層自分がほぼ裸の状態である事を知覚させられる。
「……あー、なるほど」
激しく動揺する俺とは違って、目の前の機械紳士はわかったように納得顔をしていた。ロボットの顔だから顔の変化とかわかりづらいけど。
顎に手を当てて何度も頷いていた。
「ふむ……まあ、予想の範疇ではありますね」
「ど、どう言うこと?」
「ん? はて?」
俺の疑問に対して、なぜか向こうもハテナを浮かべていた。
「なぜわからない? あなたはパステルホワイトから魔法少女の力を継承したのではないのですか?」
「え? け、継承……?」
確かに俺の姿が白白白魔になってて、こうして変身も出来たわけだから魔法少女の力があるのはわかってるが………継承?
「な、なんだよそれ! 知らないぞ! 俺は朝起きたらこの体になってて、わけがわからないんだよ!」
完全にパニクっていた。
それに対してバローナブルは依然、落ち着いている。
「継承を受け入れたわけではない? なら白白白魔が勝手にやったことと言う訳ですか。しかし……そのような性格の魔法少女ではなかったはずですが———いや、まさか」
向こうは何かに気づいたようだが、こっちはずっとサッパリだ。
混乱して体が硬直している最中、後ろから大きな音が聞こえた。ガタンとリビングから誰かが出て来た。
「聖人!」
「あ、朱音……!」
「っ! それって魔法少女の……」
魔法少女姿の朱音だった。
俺の姿を見て、愕然とショックを受けていた。
しかしすぐに後ろを見て、歯噛みしながら俺の方へ飛びついて来た。
「逃げるわよ!」
「ぴやっ⁉︎」
後ろから抱きついて来た。
何も覆うものがない素肌丸出しの背中に飛びつかれて、抱きしめられて、思わず変な声が出てしまった。
「え、に、逃げるってどこへ⁉︎ どうやって⁉︎」
「いいから大人しくしてなさい!」
そう言って朱音は俺を抱きしめたまま、力一杯に後ろに倒れた。
捕まえられている俺も一緒に背中から倒れてしまう。
すると朱音の後ろ。廊下の床に変化が起きた。
赤い光を放って、マンホール型のぽっかり穴が空いたのだ。そしてそのまま俺は朱音に引き摺り込まれる形で穴の中に入り込んだ。
「うわあああああ!!」
思わず叫んでしまった。
穴の向こうが見えて、背の高いバローナブルと、それとは別にもう一人、少年のような人物がこちらを覗き込んでいた。
謎の少年。彼は一体誰なのか、知るよしもなく俺は朱音と共に穴の中を落下し続けた。
△▼△▼△▼△▼
パステルレッドと、パステルホワイトの姿が廊下から消えた。
瞬間、世界の時が止まる。空を飛ぶ鳥は空中で固まり、車も自転車もピタリと止まる。
時が止まった世界の中で、バローナブルと“少年”は動けていた。
「逃げたか」
「はい」
堂々とした話し方の少年に対して、バローナブルは丁寧だった。
機械紳士の態度はどことなく、うやうやしくもあった。
「あの穴は魔法少女が“帰る”ためのもの。異世界———ミストゲートへと」
「魔法少女達の本拠地か。俺らは干渉できない」
「ええ。しかしこれで良かったと思われます。あの新しいパステルホワイトは、未熟ですから」
「未熟? 確か一瞬見たがアイツ、ビキニ姿だったな。どう言うわけかわかるのか?」
「単純至極な理由ですよ。白白白魔が魔法少女の力を与えた時、半分しか与えなかったからです」
「なんだと? 継承させたのに、なぜ力を全て与えなかった? 何か意図があってか?」
「恐らくは———」
衣笠宅の玄関前の廊下に、ぽっかりと空いた穴。
薄ぼんやりと赤く輝くそれを見下ろして、バローナブルは語る。
「この世界で初めて、男に魔法少女の力を継承させた。前例のない事をする上で恐れたのでしょう。力の全てを与える危険性を」
「ふっ、なるほどな。先代パステルホワイトはかなりの強敵だったが、その心はどこまで行っても臆病な少女のままか」
少年は、不敵に笑った。
そしておもむろに何も言わず、その場を立ち去ろうと歩き出した。バローナブルもそれに続いて玄関から外に出ていく。
もうここでの用事は済んだ。
次は魔法少女達の世界、ミストゲートから出て来たあの二人の動き次第だ。