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白面の魔法少女

 朱音が作ってくれたのはホットケーキ。

 一口頬張ると甘さが口の中で膨らんだ。湯気がホットケーキの甘さを口内に広げて、より甘く、より旨みを感じさせる。

 ハチミツよりも塩っけのあるバターの方が合う。

 ホットケーキにバターを乗せる時、俺は塊を真ん中に置いて熱によって溶かせるのではなく、バターを薄く切って塗るのが好みだ。

 溶けるのを待っているのも待ち遠しいし、バターの溶け方によって食べる部分で味の違いが出来てしまうから、全面に塗るのを第一優先にしている。



「てか、なんか、前よりも美味しいな。もしかして腕上げたか」


「違うんじゃない?」



 ハチミツを塗りたくったホットケーキを頬張りながら、朱音が言う。



「体が変わって、ベロも変わってるから味覚が違うんじゃない? 白白先輩は甘いのが好みだし」


「んなに⁉︎⁉︎ 味覚が、変わっ…………た………?」



 ガーン!とショックを受ける。

 自分が女の子になった事よりも、衣笠聖人という存在が白白白魔に置き換わって自分の存在が消えた事よりも、どんなショックよりもとてつもないショックを受けた。



「ふ、ふざけんな……だったら今まで色んな食べ物を食べてきて、鍛えてきたグルメ舌がそっくり消え去ったってのか……⁉︎⁉︎」


「問題はそこ?」


「当然だろ! お気に入りのラーメン屋やファミレスのメニューも、全部最初から吟味しなきゃならないんだぞ! 俺の研鑽し備蓄して来た全てが、俺の歴史が、生きた証がぁぁぁ………!」


「ふぅ、シリアスにはならないわねー、どうしても」



 俺はかなりシリアスだぞ⁉︎

 エプロンを外して、お団子ポニーテールに結んでいた髪を一息に解く。

 魔法少女の格好で、黒のロングヘアーになった朱音はゆっくりと座り直してこちらに真っ直ぐ視線を向けてくる。



「あなた……その体になって、どう思ってるの?」


「どうって……そりゃあ、ずっと混乱してるよ。朝起きた時に発覚して、最初から戸惑ってる」



 女の子の体。

 それも魔法少女の体になったなんて、そう簡単に納得できるもんか。



「そういえば、朱音はこの体のこと知ってるのか? さっき白白先輩って呼んでたけど」


「ええ、知ってるわ。なにせ私が魔法少女になる前からずーっと活動を続けていた人だもの。尊敬もしてるし、戦闘でも頼りにしてた」



 目の前にいるのは幼馴染の朱音なのに、その話を聞くと別人に思えてしまう。



(朱音も魔法少女なんだな)


「多分、ウチらのグループの中じゃ一番強いんじゃないかな。あの人が危ない目にあった所なんて見たことない」


「そんな凄い人なのに、なんで俺に?」


「……わからないわよ。どうしてそんな事になってるのか私にはわからない。ただ言えることは……」



 キラン、と朱音の瞳が赤く輝いた。



「あなたには魔法少女の力があるってこと」


「やっぱり、そうなのか?」



 薄々気づいてはいた。

 白白白魔とパステルホワイトが同一人物だと気づいた時、朱音がパステルレッドだと気づいた時、そこには魔法少女としての力を感じざるを得なかった。



「俺が、魔法少女……」



 今まで見てきたあの魔法少女のように、怪物達と戦う力が俺に宿っていると言うことか。

 にわかに信じがたい。

 だが実際に、俺の体は白白白魔になっているんだ。

 周りの認識も俺のことを白白白魔だと認識しているんだ。



「そして魔法少女の朱音には、俺のことがわかる」


「ええ。魔法少女においての“認識”というのはかなり重要よ。だってアンタも私のこと今の今までわからなかったわけだし」



 普段からずっと一緒にいて、魔法少女姿の時も何度も会っていたのに、俺はパステルレッドの正体が朱音だと一切気づかなかった。



「あなた達一般人からは魔法少女の姿だと決して正体がわからないようになってるの。でも、アンタもう分かってるんでしょ?」


「うん」


「魔法少女は魔法少女がわかるのよ。今みたいに目が光るの」



 またキランと朱音の目が光った。

 それと同時に、俺の瞳も光った気がする。



「これは一般人として日常を過ごしている魔法少女とのアクシデントをなるべく避けるためのもの。多分これからあなたが別の魔法少女と出会ったら、相手の正体がすでに認知済みならすぐにわかるわ」


「なるほど」



 それは納得できた。

 まさか魔法少女の秘密を一つ知れるとは思わなかったけど。



「というか、つまり、だ」



 大きな懸念点が一つある。



「俺って、魔法少女なの?」



 そう聞いた瞬間、朱音の眉間にシワが寄る。

 力があるのはわかった。けどそれでもまだ、俺自身が“あの”魔法少女そのものになったなんて信じられない。

 朱音は静かに怒りながら、しかしその表情を俺に見せたくないから顔を伏せたまま、ため息混じりに答える。



「そうみたいね。なによりも、私の中の魔法少女としての力が、あなたが魔法少女だって認めてる………」


「そう、なのか」



 俺が魔法少女。

 てことは、これからどうなるんだ?

 どうするべきなんだ?



「これから、俺は白白白魔って女の子として生きて、そして魔法少女として怪物達と戦わなきゃいけないのか」


「…………」



 机の下の朱音の手がギュッと握り込まれる。



「……いいえ、戦う義務はないわ」


「え?」


「私だって最初から怪物達と戦うことが怖くなかったわけじゃない。何度だって挫けそうになった。他の魔法少女だってそう、特にパステルブラックは沢山の“悲劇”を見てきた」


「そうなのか? パステルブラックが」


「ええ。誰だって、何もないところから、戦う意志を持っていたわけじゃない。何度も苦しんだ、それでも拳を握った。今も戦い続けているのはそのためよ———でも、だからってね」



 ガタン、と朱音は音を立てて椅子から立ち上がると、座っている俺の横に来て、辛そうな顔のまま諭すように。



「あなたが私たちと同じ苦しみを味わう必要なんてない」


「朱音……」



 パステルレッド。

 彼女は何年も前から活動している魔法少女だ。ベテランと言っても過言ではない。

 だからその分、色んなことを見てきたはずだ。

 そんな彼女が味わわなくて良いと言ったものは、俺の想像なんて遥かに超えた理由からだろう。

 熟練の魔法少女としての経験、そして幼馴染としての俺への心遣いや思いやり。それら全部が今の一言に詰まっていた。

 


「あるわけない! 体が変わっちゃったかも知れないけど、女の子としての過ごし方は私が教えられる。だからアンタは戦いのことなんて考えなくていい」


「それは……」


「逃げろって意味じゃない。戦う必要がないって意味。そしていつか必ず、アンタを元通りにする方法を見つけ出す」



 肩に優しく手を置かれて微笑まれる。

 馴染み深い幼馴染の、笑顔。

 そして魔法少女の人を安心させる、笑顔。

 ずっと張り詰めていた心が、その暖かさに解きほぐされていく。



「アンタだって戻りたいでしょ?」


「……ああ。このまま衣笠聖人として生きてきた事が、全部泡となって消えるのを見ていたくない。戻りたいよ、聖人に」


「うん。だったら後は魔法少女に任せなさい!」



 ガッツポーズをして見せる彼女は、本当にヒーローに見えた。

 けど、安心感と同時に頭の中にわだかまりが出来た。

 『本当にそれでいいのか?』と。

 けど、朝からずっと頭の中がぐちゃぐちゃで心も疲弊していた。だから俺はその安心感に縋った。



「ありがとう、朱音」


「ふふん。でもさー、ちょっともったいないかもね、このままあなたが戻るのは」


「え? なんで?」



 聞き返すと、朱音は悪戯っ子のようにニマニマと笑った。



「だってさー、今の私はアンタの先輩でしょ? せ、ん、ぱ、い♡」


「そう……だが」



 嬉しそうな顔を見て、彼女の言いたいことがすぐにわかった。

 付き合い長いからすぐにわかる。

 コイツ……俺の先輩として威張りたいのか!



「戻るまでに、そうねー。朱音先輩って呼んでもらおうかしらー?」


「なっ!」



 揶揄う調子でそう提案してきやがった。

 今まで幼馴染、同級生、同い年でやってきたんだ。それをいきなり先輩呼びだなんて。



「呼ばねーよ! 誰が呼んでやるか!」


「おやおやぁ、アンタには先達に対する敬意を持つ心がないのかしらぁ? だったらこれから会う他の魔法少女達に言っちゃおうっかなー、衣笠聖人君は先輩に敬意を払えない人間です、って」


「おいおいおいおい陰湿か! やり方あくどいぞ! 俺の心象悪くしてどーするつもりだよ!」


「私はアンタの、先輩に対する敬意の姿勢を問うてるの♡」


「うぐぐくくぐうぐくううぐくく」



 まんまと踊らされている。

 好き勝手朱音の手のひらの上だ。

 ぐぎぎ、と思わず歯を食いしばる。



「ほぉら、言っちゃえ、言っちゃえ! 朱音先輩って、ほら言って♡」


「ぐ………ぅぐ」


「朱音っ、先輩って、ほらほらっ!」


「ぁ、かね、……ぱい」


「聞こえないわよ。もっと大きな声で!」



 顔が赤くなるのがわかる。

 自然と涙が出てきた。

 こ、コイツ、覚えてろよ……!



「ううう………、朱音先輩!!」


「ほわああっははぁ! うふふひひへへえへへ! 聖人が! あの聖人が今私のこと先輩って! きゃー!」



 足踏みして喜びを体全体で表現している幼馴染。



「な、何が面白いんだよぅ」


「もっと言ってもっと! あなたの敬う気持ちの分! 先輩って言って!」


「もう言わねーよ!」

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