白と紅
「…………」
「…………」
何分経っただろう。いや、家の中に入ってから俺の部屋のベッドに二人隣り合ってから、多分10分以上は経っている。
その間ずっと黙ったままだった。
「…………ねぇ」
朱音が声を出した。
俺は、向こうも事態が飲み込まず混乱しているだろうと思って、彼女が話出すのを待っていた。
「あなた、本当に、聖人なのよね?」
「……ああ。信じられないかも知れねーけど、確かに俺だよ」
「証明できる?」
「証明……?」
「アンタが聖人だって証明。幼馴染の私を納得させられれば、これから他の誰かに信頼してもらう時にも、話がスムーズに進められるんじゃない?」
「誰かって?」
「あなたも知ってる人達よ、きっとあの子達と会わなきゃいけないから。とにかく、ほら、本気で証明してみせなさい」
長いツインテールをぴょこんと揺らして、朱音はこちらに体を向けた。
俺が俺である証明……か。そんなこと今まで考えたことないが、どうやればいいだろうか。
「そうだな……」
朱音と共通の思い出、かな。
「なあ、覚えてるか? 中学校の入学式の前日。俺らこの部屋で2人きりのパーティ開いたよな」
「ふふっ。覚えているわ。ポテチとかフランクフルトとか食べながら、中学生になったら何になりたいかって話したわ」
「確か、朱音は『素敵なお嫁さん』になる、だったな」
「……まあ、ね。もう夢破れたって感じだけど」
「え?」
「いいから。その時、アンタはなんて言った?」
「俺は……」
中学生になったら何になりたいか。
それは……。
「『親父を見つけること』、だ」
母さんは俺が生まれてから、女手一つで俺を育ててくれた。
けど中学校を上がる前に、母さんから教えられたんだ。俺の実の父親について。
「俺の父さんはどこかで生きている。そして母さんは、父さんが嫌いになって別れたんじゃなくて、父さんを思って自ら身を引いたと言ってた」
「それがどうしてかまでは教えてくれなかったのよね」
「うん。だから、親父を探し出してどうして別れたのか……そして、今まで何をしてたのかを聞きたいと———子供心に思った」
「それで、今はどうなの?」
「………」
中学生になって、色んなことがあった。
怪物に襲われたり、魔法少女に何度も助けられた事もあったし、学校で過ごすうちに……多分その頃の子供心は擦り減っていたのだと思う。
だから今の考えは……。
「もういいかなー、とは思ってる。父さんにも事情があるんだろう。なんで別れたかなんて聞かない方がいい場合もあるんだし、だったらこのまま何も知らないで良いんじゃないかって」
「へー、そうなのね。ま、それでもいいんじゃない」
ふぅー、とため息を吐いて朱音は腰に手を当てる。
「なるほどね、わかった。あなたは聖人。信じるわ」
「本当か?」
「ええ。というか信じざるを得ないのよ、あなたの姿を玄関先で一目見た瞬間にわかっちゃったから」
一目見た瞬間?
それは玄関を開けて、俺と朱音が真正面から向き合った時。
「あの時確か……朱音の目が赤く光ったような」
「……見えたのね、あなたにも」
そして、確かこの部屋で鏡を見てる時、俺の瞳も輝いたんだ。ピンク色に輝いて、そしてそこから白白白魔とパステルホワイトが同一人物だと“認識”したんだ。
「“認識”……?」
「そう。認識」
「あの瞳が輝くのと、何か関係が……?」
「あるのよ。ちょっと待ってて」
朱音は話している間ずっと、思い詰めたように顔を伏せていた。
おもむろに立ち上がったかと思うと、部屋から出て行った。パタンと扉が閉じられる。
「何しに行ったんだ?」
すると3分も待たないうちに扉が開かれた。
そして扉の向こうから現れた人物を見て、驚愕する。
「え………⁉︎」
黒いロングツインテール。
吊り目気味のツンツンした顔に、小さな体。
赤と白のミニスカートフリルドレス。
「ぱ、パステルレッド⁉︎」
否……!
ぼんやりと、自分の瞳が輝く気配がした。
「朱音、なのか⁉︎」
「ええ、そうよ」
最初突然現れた魔法少女のパステルレッドに驚いたが、次の瞬間にはそこにいるのは紅沢朱音なんだと“認識”した。
「ぱ、パステルレッドが、朱音……⁉︎ う、嘘だろ⁉︎」
「でも頭の中では納得してるでしょ?」
全身を見せるように朱音はくるっと一回転して、短いスカートがふわりと浮き上がる。背中に描かれている翼もしっかり見えた。
「……してる。なんだよこれ、信じられないのに、納得はしてるんだ」
「それが“魔法少女”としての能力なの」
朱音はズボッ、ズボッと履いていたブーツを脱いだ。するとそのブーツは虚空に消えてなくなった。
それが当たり前のように朱音は何も言わず、そのまま部屋の中に入って、さっきと同じように俺の隣に座った。
ベッドが揺れる。
俺の隣にあの魔法少女が座ったのに、感慨深さや感動なんて起きなくて、そこにいるのは朱音なんだと認識しているから普段通りに感じている。ただ魔法少女だとも思っているため、なんだか二つの認識が衝突して混乱してしまいそうになる。
「けど、朱音が魔法少女なんだって意識が一番大きい気がする」
「でしょうね。魔法少女の魔法は強力だから」
ブーツを脱いだ足は、真っ白なソックスを履いていた。初めて見る魔法少女の靴の中。
なのにそれが幼馴染の朱音の足だと思うと、なんだかな。
「えーと……とりあえず、パステルレッドが朱音だったって事は……」
改めてそれを思い返して見ると、途端に今までパステルレッドと出会った時のことを思い出す。
直近だとあのリサイクル工場で助けてもらった時に会話して———
「…………確か、その時、朱音の事どう思ってるか聞かれたような」
「ビクッ!」
ぽつりと漏れ出た俺の言葉に、隣に座る魔法少女の体がビクリと跳ねた。顔を思いっきり逸らされている。
(あの時、俺なんて答えたっけ……)
呆然としそうな頭を動かして、思い出していくと……ある一つの答えに辿り着く。
———うん。まあ幼馴染で、付き合いも長いし、一緒にいて楽しいから好きだよ。ただ恋愛的な意味とは違うかな。
〜〜〜っ!
俺、なんか、恥ずかしいこと答えてねーか⁉︎
「あ、朱音さん……その、あの時の言葉はその」
「……な、なによ」
「えーーーーと……………な、なんでもないです」
何も言えなかった。
誤魔化そうとも思ったけど、言った事は嘘偽りない真実だし、本音だ。
しかしその本音を本人にぶちまけたって事実は恥ずかしすぎて死にそうだ。こっちも顔を伏せて向こうから見えないように隠す。
多分向こうも恥ずかしくて顔が見れないんだろう。俺も同じだ。
「……………」
「……………」
最初と同じように、再び沈黙が訪れる。
十分、二十分互いに何も言い出せずに黙り込んだ。
最初と違うのは朱音が魔法少女の格好であること。
「………なあ」
「なに?」
「とりあえず、飯食わないか?」
沈黙を破るために提案した。
まだ朝っぱらで時計の針もまだまだ頂点に登っていない。
母さんや朱音の言う通り、脳みそを酷使しすぎるのは良くない。
エネルギー補給しよう。
「そっか。それじゃご飯作ってあげる、材料好きに使っていいわよね」
「え? いや自分で作れるからいいよ」
「その体、まだ慣れてないんじゃない?」
「それはそうだけど」
体を見下ろす。
細い腕や脚、それとふっくらと盛り上がった胸。
歩くのもまだ慣れない。
「その状態で包丁や火を扱うのは危ないわよ」
「それも、そうか」
「そ! ふふん、贅沢ものね。魔法少女の手料理なんて滅多に食べられるもんじゃないわよ」
「その格好で作るのか⁉︎」
「いけない?」
「いや………」
改めて立ち上がった朱音、もといパステルレッドの姿を頭からつま先まで眺める。
腕や足がまるっきり露出している。
スカートも短い。
(別に料理作るのには問題ないだろうが……知り合いが着てるって改めて考えてみると、ちょっときわどい気が……)
「……ちょっと、そんなジロジロみないでよっ!」
「ああ、ごめん」
しかし……、前まではあんまり気にしてはなかったけど、こうやって女の子になって、そしておっぱいがあると自然と気になってしまう部分がある。
同じ女の子として、同じおっぱいがあるものとして、朱音の胸に目が行く。
大きさや重さの違いとか考えてしまう。
「……平べったくて軽そうだなーとか思ってるでしょ。ぶち転がすわよ」
「ごめんなさい」
シャレにならない顔で怒られた。
自分の胸の前に両腕を添えて、俺から隠すように身をよじる。そしてそのまま部屋から出て行った。
そして思わず、自分の胸を触ってしまって、その柔らかさにビックリして慌てて引っ込めた。