表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

白白白魔としての目覚め

 ドゥンドゥン、デデデ。

 ドゥンドゥン、デデデ。

 ドゥンドゥン、デデデ……。


 これは、“予兆”。

 これは俺の目覚まし時計のアラーム音。まだ目が重くて閉じたままだけど、耳から段々と覚醒していく。

 目覚まし時計も段々盛り上がって来ました。


 ギュルルルルッッッ!!

 ドゥンデデ!ドゥンデデ!ドゥンデデ!

 うおおおお〜〜〜お!!


 エレキギターが激アツにぶち上がり、コーラスも入って来た。野太い声が叫ぶ。

 ロボットアニメ『ダイタイガー』の主題歌。太陽を背にオレンジの炎を身に纏う虎の巨大ロボの姿が脳内に思い起こされる。

 そこで完全に脳が目覚めた。自然と目覚まし時計に手を伸ばして止めてから、パチリ、と目を開けた。



「うう〜ん……えっと、ここは」



 薄ぼんやりする。記憶が曖昧だ。

 ベッドの上で寝てたらしい。布団に入ったまま上半身を起き上がらせる。

 目を覚まして真っ先に見えるのは、棚の上の『ダイタイガー』のロボット人形。さらには棚を見れば色んなフィギュアと、グッズ達。

 床はいつも片付けてるから散らかってないが、物が沢山ある部屋。見慣れてる俺の部屋だ。



「俺の部屋……」



 ん?

 なんだか聞き覚えのない音、というか声が聞こえる。すごい近くから。

 なんだろう。



「というかあれ? リサイクル工場から、タクシーに乗って………えーと、それから」



 やはり知らない声が聞こえる。

 というか、記憶がぼんやりしている。なんだ?この感じ……?



「家に、帰ったのか。しかしなんでこんな覚えてないのか……てかさっきから聞こえる声ってなんだ?」



 声……。

 いや、待て。

 さっきから俺の喋ろうとした言葉を、再生している気がする。

 高くて、可愛らしい、女の子の声だ。



「ボイチェン……じゃない、よな」



 ボイスチェンジャーだと考えた時点で、もう核心的な部分での予想はついている。

 この可愛い声は、俺が発しているんだと。

 だがまだ信じきれてない。当然だ。急にこんな可愛い声が出るようになって、不思議に思わないはずがない。

 俺は思わず、喉に手を当てた。



「な、なんだこれ……すげぇ」



 指先で触れた喉元。

 あまりのスベスベした触り心地に、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 指の腹で触り、手のひらでも触ってみる。本当にきめ細やかな肌の感触がして、本当に同じ人間の肌かと疑うほどだ。

 それを俺自身、指や手のひらで触られる感触を味わっている。すなわちこの信じられないほど柔らかいものが、俺の喉の感触と言うことだ。

 何度触っても喉仏の感触がない。



「ていうか、指、細くね」



 手を見下ろして見ると、しなやかな五本の指が俺の意思で動いて、そして手のひらも小さい。俺が座っているベッドと布団と見比べても、小さくて細い手だった。

 そしてキュッと引き締まった手首に、真っ白な柔肌の腕と、丸みをおびた肩の形。



「これって……嘘だろ」



 肩を見た時一緒に、自分の頭から垂れ下がって生えている髪の毛も見えた。顔のそばにサラサラと揺れているのは、綺麗な金髪の髪だった。

 長さは耳が隠れて顎の下あたりに毛先が届くくらい。

 触ってみると手入れが行き届いた、油気も枝毛もない美しく触り心地が最高な髪の毛だった。

 当然こんな髪、俺から生えているわけがない。そもそも俺は黒髪だ。



「喉仏のない、可愛い声の出る喉に……小さい手や細い腕、真っ白で柔らかな肌に、丸い肩と金髪のサラサラした髪……つまりこれって……」



 意を決して、真下に目を向けた。

 自分の体を見下ろす。

 正直なところ、手を観察しているときにチラチラ見えてはいたんだ。

 それでも脳がそれを受け入れなかった。しかしこうなると、受け入れざるを得ない。



「お、おっぱい……が、ある」



 俺におっぱいがある。

 それも結構おっきい。

 なぜか、ピンクと白のブラジャーしか付けていない女の子の胸。それが俺から生えている。まざまざと主張してくる。

 試しに腰を動かして体を前後に振ってみると、ゆさっ、と胸部に実った乳房が揺れた。瞬間()()()()()()()が神経を刺激して、脳に直接伝えてくる。同時に揺れてちょっと痛みの感覚もした。



「間違いない。生えてる。俺に、おっぱい生えてる」



 なんで?

 否、もうわかっている。



「俺……女の子になってる⁉︎」



 ガバッと一息に、足にかけていた布団を引っ剥がす。

 すると中から三角形の布を履いただけの、女の子の下半身が現れた。

 ブラしかしてない上半身から、小さな可愛らしいヘソと、引っ込んだお腹と、それから外側に湾曲して広がる腰のくびれに、俺の視点からすると逆三角形に見えるピンクと白のパンツ、そしてそこから少しムチッとした太ももに、細い足がスラーッと伸びている。



「ぶはっ!」



 下着だけの女の子の体。

 それを自分の体として、女の子視点から見た衝撃は凄かった。

 昭和漫画よろしく鼻血を拭いてしまった。



「な、なんで下着なんだ⁉︎ しかも女の子の下着を……い、いや今は女だから変じゃないのか? ってそうじゃない! 納得できるか!」



 鼻を拭いてベッドから降りる。

 体のサイズが小さくなった気がする。いつも見ている棚が大きく見えて、棚の上にある『ダイタイガー』のロボット人形も、背伸びしたって届きそうにない。

 服にもこだわりがある俺。タンスを開けて、扉の内側についている姿見で、今の自分を確認した。



「え……これって!」



 金髪のおかっぱで、可愛らしい顔をしている少女。

 初めて会った時はメガネとマスクをしていて、顔がよく見えなかったものの、この髪や顔の形は間違いない。



「白白白魔………⁉︎⁉︎」



 鏡の中に映る下着姿の少女は、目をまんまるにして、口を大きく開け、情けないあんぐり顔で驚いていた。

 白白白魔。同じ学園に通うCクラスの女子……と言う事しか知らない。それと工場見学の帰りに同じタクシーに乗った。



「……あ、そうだ。タクシーに乗り込んだ後からの記憶がないんだ」



 起きてからずっと記憶が曖昧だと思っていたが、その正体は、タクシーに乗った瞬間からここにいる今現在までの記憶が、すっぽり穴が空いたように覚えていないんだ。



「記憶がない。そしてなぜか俺は、白白白魔になってて……………」



 ぷるん、と揺れる胸。



「———背は小さいけど、結構デカいんだな、アイツ……って! そんな事考えてる場合か!」



 自分で自分にツッコむ。

 何にもわからない状況で、自分を保たないとヤバい。何がヤバいってさっきからプルプル揺れる胸の感触が、味わったことのない感覚すぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。

 今にでも両の手で思いっきり揉みしだきそうだ。



「ダメダメダメ! と、とりあえず、えーと……まず整理しよう」



 部屋を歩いて、机の方に向かう。

 過ごしなれたはずの自室が、ガラリと変わったようだ。全部の家具が大きく見えるし、歩く歩幅も小さくて、さらには足が細いからか、自分の部屋の中なのにぎこちない歩き方になってしまっていた。

 とにかく机に手を置く。床はいつも片付けているが、机の上はいろんな物が散乱している。メモ帳とか、指輪とか、色んな小物雑貨で溢れている。その中からメモ用紙とペンを取り出す。



「一つずつ書いていこう。まず、俺は白白白魔とタクシーに乗った。そして気づいたら自分の部屋にいて……それで目が覚めたら白白白魔になってた」



 文章にして書き出してみたのはいいものの、改めて今起きてる事を見返すと、あまりにもわけがわからない状況だ。



「疑問点はなんだ?」



 わからないなら、わからない部分を浮き彫りにする。

 まず一つ目、『なぜタクシーに乗った時から記憶がないのか』。

 二つ目、『なぜ白白白魔になっているのか』。



「そして三つ目は……白白白魔本人はどうなった?」



 今の俺の体が、彼女の体になっている。

 これが夢幻でもなんでもないなら、俺は彼女の肉体を奪っている事になるのか?

 だとしたら彼女の精神は一体どこに?



「それと俺の体もどこに?」



 白白白魔本人と、俺の体が行方不明。

 そして白白白魔とタクシーに乗った時から記憶がなくて……ん?



「待てよ……?」



 そもそも、白白白魔って誰だ?



「っ!」



 ペンを置いて、バッ!と駆け出し、再び鏡の前に立つ。

 ゆさっと胸が揺れる。

 そこには白白白魔が映っているが……そもそも、俺は彼女を一度だって見たことがないんだ。名前もすごい特徴的なのに聞き覚えがなかった。

 何か、不自然だ。



「俺は白白白魔に、あの工場の帰りに初めて会って———」



 その時だった。

 鏡に映る少女の、大きな瞳がぼんやりとピンク色に染まって、輝いた。



「———いや、初めてじゃない? 白白白魔が、俺に出会ったのは、あそこが初めてではなかった。そして———」



 ボゥ、と瞳が桃色に輝く。



「———白白白魔は…………パステル、ホワイト⁉︎」



 なぜか頭の中にそんな記憶が刻まれて、そしてすんなりと受け入れてしまっていた。



「そうだ……缶バッチの余りの中に!」



 ロボット人形を飾ってある棚の下には、色んな所で買ったたくさんのオモチャや小物が入った、オモチャ箱がある。それを引っ張り出して工場に行くにも付けて行った魔法少女の缶バッチを探す。

 そして見つけた。

 パステルホワイトの缶バッチ。



「………あ………ぁ……ああああ……」



 今まで、それを単なる魔法少女がプリントされた缶バッチだと見ていた。

 しかしさっき刻まれた記憶が否定した。

 常識を覆した。



「これが、白白白魔⁉︎ 魔法少女パステルホワイトの正体は、白白白魔だった⁉︎」



 ぐわん、と頭の中が掻き乱される。

 先ほど鏡の前で、瞳がピンク色に輝いた瞬間に、俺の脳内に刻まれてしまっていた。

 白白白魔はパステルホワイトだと言う“事実”を、疑いようもない“事実”として記憶として、記録として、刻み込まれた。



「そ、それじゃあ、今まで俺と白白白魔は会っていた。あのタクシーに乗り込むのが初めてではないと、向こうは知っていたんだ。俺は———」



 また、瞳がピンク色に輝いた気配がした。



「———魔法少女の、正体を隠蔽する魔法によって認識阻害されていた。だからあそこで初対面だと思っていたのは俺だけ。白白白魔は俺のことを前から知っていたんだ」



 だったら……つまり。

 白白白魔が。



「俺と、身体を入れ替えて、俺の体を奪った可能性がある……!」



 あの時俺に近づいてきたのも、タクシーに乗ってから記憶がないのも、全部白白白魔の計画だとしたら。

 俺が今、白白白魔になっているのも彼女の仕業だとするならば。



「さ、探さないと! 奪われた身体を取り返す!」



 慌てて部屋から出ようとして、しかし足がピタリと止まる。

 寒い。

 そして、胸が重い。



「そ、そうだった。俺今、女の子の体で、下着一枚だった」



 こんな格好で表にでられるわけがない。

 何か着るものを探そう。



「けど女の子に合う服なんて買ったっけ……」



 服も色々と買ってはいるが、この体に合うものはないだろう。だって俺男として服を買ってたわけだから。

 女の子になるなんて思いもしない。



「だからレディースの服なんて……え?」



 タンスを開けて中を見れば、今まで俺が買って来た皮のジャケットや、工場に行くのに着て行ったデニムジャケットが入っていた。デニムの方にはまだ缶バッチが付いたままだった。

 それはいい。

 だが問題なのは……。



「なんで、ワンピースがあるんだ?」



 女の子が着るような可愛らしいワンピース服や、逆に俺の趣味と合うパンクなジャケットや、トゲのついたスカートなんかも別のタンスに入っていた。



「女物がある⁉︎ か、買った覚えないのに⁉︎」



 ゾッ、とした。

 記憶にない。

 だが俺が買った覚えのある服や……棚の上にはフィギュアなんかも確かに置いてある。それに加えて覚えのない女物の服や、穴を開けないで付けられるピアスとかがあった。

 まるで俺の部屋に、もう一人の人間が住み着いているように思えた。知らぬ間に侵入されて好き勝手いじくり回された、屈辱すら感じる違和感と嫌悪感、そして恐怖。



「どうなってんだ……まるで“魔法”にでもかかったような」


「おーい!」


「⁉︎」



 部屋の外から声がした。

 あの声は母さんだ。

 大きな声で俺を呼んで、そして扉をノックする。



「物音がしたけど、起きてるのよね? 今日は行事の後で休みでしょー? ゴミ出しといてくれない?」


「え、あ……えっと」



 答えに迷った。

 俺は今、可愛い女の子の声だから返事すれば不思議に思われて中に入られ、そして見知らぬ人間が部屋に勝手に入っていれば警察とかに通報するだろう。

 つまりバレるわけにはいかない!



(くっ! どうしてこんな事に……!)


「ん? どーしたのー? もしかして疲れてるとか?」


(どう返事するべきか)


「返事もしないし……開けるわよー」


「やばっ!」



 心配したようで、母さんが扉を開けて入ってくる。

 ここは布団の中に潜って寝たふりをしよう。

 ベッドにダイブして布団の中にもぞもぞと入る。

 足の先まで完全に潜り込んだところで、ちょうど母さんが部屋に入ってきた。



「ねー。って、あら? 寝てるの?」


(こ、声は出せない……早く出て行ってくれー)


「ふぅん」



 衣擦れの音がする。腕を組んだんだと思う。



「あのね、あなたは私の子供なの。だから寝たふりしてたらすぐにわかるのよ」


(ッ! や、やばい!)


「調子悪そうだとも感じないし、さてはゴミ出しが面倒くさくて狸寝入りしてるなー?」


(ぐぐぐ……)


「疲れてるならハッキリとそう言いなさいよ。そう言ってくれれば私だって無理はさせないから。けど……」



 部屋に入って来て、ベッドの方に近づいてくる足音がする。

 万事休すか———!

 ギュッと目を瞑る。



「黙ってやり過ごそうなんてズルいこと、許さないんだから!」



 ガバッ、と一息に布団が引っ剥がされる。



(あ、あ……)



 布団の中から現れる、下着姿の俺。見た目は白白白魔という女の子そのものだ。

 部屋に侵入した不審者以外の何者でもない。

 母さんの目がゆっくりと開かれる。



「アンタ………」


(ああ、終わった……母さんに追い出されるか、警察に突き出されるんだ)



 処刑執行を待つ気持ちで、目を瞑り次の言葉を潔く待った。

 そして、母さんは———



「休みだからって下着のまんまってのはどうなのよ」


「———………………ぇ?」


「え? じゃないから。ダラシないわよ。休みだからってそんな気を緩めてたら、次に学校行く時反動で辛くなるだけよ」


「ぁ……………ぇ……?」


「さっきからポケーっとして! もう! 気を引き締めるためにもゴミ出し行ってちょうだい! 早くね!」



 母さんはそのまま、スリッパをパタパタ鳴らして部屋から出て行った。勢いよく扉が閉められる。

 残された俺は、信じられない状況にまたも脳みそがバグった。しかしそんなぐちゃぐちゃな思考の中で、一つの答えを導き出していた。



「白白白魔としての姿が、受け入れられている……⁉︎」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ