そしてこれからあなたの名前になる
白白白魔?
思わず、首が90度横に傾いてしまう。かなり珍しい名前だな。一度聞けば忘れなさそうだが……。
とにかくバスから荷物を取ってから、白白と共に輪から離れた場所でタクシーが来るのを待つ。バスが壊れてたのにみんなの荷物は無傷だった。
白白は深い青色の革製の手提げを両手で持っていた。
「こほっ、こほっ」
突然、彼女が咳をした。
「大丈夫か?」
「す、すみません。ちょっと喉が……だからマスクをしてて」
「そっか。なら二人で乗るのも致し方ないか」
納得した。
しかし二人とも今日知り合ったばかりだ。会話にする話題なんてなかなか見つからない。共通の話題と言うものがないのだ。
と、思っていた。
「あのー」
「ん?」
「衣笠君が服につけてる、その缶バッチ」
三度目だ。
白白は俺のジャケットについている缶バッチを指差して来た。
やっぱり魔法少女ってのは興味の対象として抜群なのか。
「ああ、これは魔法少女の缶バッチ。パステルレッドとか街中で見かけたことあるだろ?」
「え、ええ、まあ……」
「ちょっとしたキッカケで手に入れたんだ。まあお金をかけて集めたけど」
「……あの、一番左に付けてる、魔法少女」
白白は俺の体から一番離れた位置に付けている缶バッチを指差した。
そこには金髪のおかっぱで、白とピンクの衣装を着て、優しい笑みを浮かべた可愛い女の子がプリントされている。
「パステルホワイトか。俺も怪物に襲われた時に何回か会った事あるな、優しくて良い奴だよ。友達に欲しいと思ったくらいだ」
「ほ、ほふ……そそそ、そうですか」
マスクの下で吐息を吐いた後、ぷいっ、と真っ赤な顔のままそっぽを向かれた。メガネとマスクで顔が隠れていても耳まで真っ赤になっていてバレバレだった。
あれ?
あ、もしかしてこんなオタク話聞くの嫌だったか?
「悪い、俺ばっか話してて。それで白白は、パステルホワイトが気になるのか?」
「気になる……そう、ですね」
顔を真っ赤にしていた彼女だったが、こちらに顔を戻す際には、なんだか重たい雰囲気を纏っていた。
「彼女、引退するそうなので」
「え⁉︎ 引退⁉︎」
聞き返す声が、思わず大きくなってしまう。
他の生徒たちや教師に聞こえたかと心配になったが、誰もこちらを見ていない。どうやら向こうでの会話や談笑に夢中になっているらしい。
「い、引退って……本当なのか?」
「はい。けほ、けほっ……すみません」
「大丈夫、無理しないで話を続けて欲しい」
「ありがとうございます。それで、どうやらそろそろ、潮時だと、前に彼女に助けてもらった時に聞きました。あなたも何度も彼女に助けられて会っているのですよね? 私もそのクチで……その際に聞いて」
「そう………なのか」
にわかに信じがたい。
でも魔法少女が引退するって言うのは、今までにたくさん聞いて来た。テレビで報道される者や、隠れて密やかにいなくなる者まで様々だが、とにかく魔法少女はある節目から引退する例が沢山ある。
つまりパステルホワイトが引退すること自体は何も不思議ではない。
「そっか。ホワイトは長い間活動していた1番の古株だったな。お疲れ様と感謝の気持ちを伝えたいところだが……また会えるまで、引退してなければいいけど」
「ふふっ。大丈夫です。彼女にちゃんと伝わってますよ」
「そうかな」
「別に嫌気がさして辞めるわけではないんです。こほっ、けほっ。ただ……」
「ん?」
白白の声が止まった。咳をしたからか?ある方向を見つめている。
何かと思い彼女の視線の先を俺も見てみると、タクシーが来ているところだった。
集まっている他の同じ学校の連中の前にも止まり、俺らの前にもタクシーが停車した。
「…………え?」
「ゲホゲホッ! た、タクシーです。ようやく来てくれたみたいですね。乗りましょう」
「え、いや、あれ? 不思議じゃないか? なんで俺らの前にわざわざ停まってくれたんだ? 確かに道路側にいたけど……」
「———衣笠君」
「ん?」
「乗りましょう」
「……お、おう」
ハッキリとした声で言われてしまった。さっきまでオドオドしてたのに。
そのまま俺らは乗り込んだ。
後からこの時の事を思い返せば、俺の行動や、周りの人間の行動はどこかおかしくて———まるで魔法にかかったようだった。
朱音や山吹、漆間も、誰も見ていないところで俺は帰りのタクシーに乗り込んだ。そう、誰も俺らの方に一切興味や視線を向けなかったのだ。
こうして俺の人生、運命の車輪が大きく回り出すこととなる。
白白白魔という、魔法を使う少女によって。
「———ゲホッ! ゲホゲホ……………ごめんね」