私は白白白魔
炎を纏ったレッドの拳は、怪物の顔を一撃でへしゃげさせる。
ブラックは基本格闘で相手を追い詰めていくが、離れた位置の敵やトドメを刺す時は水を使って相手の体を貫く。
パワーのレッドと、テクニックのブラック。
素人目に見ても二人とも相手の攻撃を全て避けて、ダメージを与えていくのを見ると、熟練のプロって感じがする。年季の深さが感じられた。
「そういえば二人とも、俺が中学の時に街に現れたんだったな」
魔法少女には、その強さと、守ってくれるヒーロー性に加えて、可愛さや衣装の奇抜さにファンがつく。
そのファンが作った魔法少女のサイトには、活動歴も記載されていて、レッドとブラックは地元の5人組の中で何年も活動しているベテランだ。
だからあの巧みな戦闘も納得だ。
一番の古株はホワイトらしいが。
「ふぅー! これでもう終わりかしら?」
「まだ油断はできないけどね」
パンパンと手をはたいて、腰に手を当てるレッド。
空を見上げて警戒をとかないブラック。
周りを見れば怪物達は全部やられていて、炭となって消え、魔法少女の二人の姿しか残っていなかった。
「また空から落ちてくるかも知れない」
「キリがないわよ」
確かにブラックの言う通り、また現れるかも知れない。
さっきからカマキリやら牛やらが唐突に落ちてくるんだ。
「———でも、今までキリがなかった事なんて会ったか?」
「んにゃ?」
ふと思いついたことを口にする。
それに反応して、レッドが変な声を出していた。
「魔法少女が戦って来た怪物について、俺は何にも知らない。でも“傍観者”として、いつも巻き込まれながら怪物が現れて魔法少女が倒す現場を見て来た」
「……確かにアンタはいつもこういう場面にいるけどさ」
「しっ。彼の答えを待ちましょう」
「は? なに、アンタあいつに期待してるの?」
「完全に信じ切る事はしないわよ。ただ意見として聞くだけ」
「……わかったわよ」
レッドとブラックが話を聞いてくれるらしい。
これは下手な考えを、考えなしには出せないな。
「今まで終わりのない戦いなんてなかった。じゃあ今まで、何を終わりとして来たか」
「そりゃあ……」
「“敵”がいましたね。魔物たちを使役する“敵”が」
そうだ。
魔物達は使役されていて、それを操っているリーダーのような、ボスのような、中心核にいる“敵”がいるんだ。
人型だったり、異形のバケモノだったり。
「そう言う主犯格がいるはずなのに、今はいない。そして……レッドとブラックは、ここで大量の怪物を相手にして、足止めされた?」
「っ⁉︎ まさか! 狙いは工場の破壊や、私たちを倒す事じゃなくて!」
「……イエローの動向を完璧に把握してから、事件を起こすとは思えない。イエローが狙いでもない。なら……!」
その通り、イエローが狙いだとも思えない。
なら狙いを特定するには……!
「工場の建物は真っ先に破壊されていた! そこにも狙いはないはず! だったら———破壊対象にならなかった部分が狙い!」
「っ!」
ダンッ、とブラックはおもむろに空に飛び上がった。
レッドもそれに続く。
そして天高く飛び上がった二人は、工場を上から見下ろして、全域を確認した。
「管理棟! 避難所になってる受付棟の屋根は、イエローとの戦闘の跡があるけど、その隣にある管理棟だけ全くの無傷!」
「他の建物は壊れてたりするけど、怪物はいない。全部私たち二人が倒したみたい。それなのに、“敵”は出てこないってことは———」
降りて来た二人からの報告を聞いて、全てを確信する。
「“敵”は避難所の隣、管理棟にいるんだ!」
「まずい、このまま静かさを保ったまま人質でも取られたら……」
「レッドはすぐにイエローと合流して守りを強化! 私は———」
即座にブラックが指示を飛ばすが、途中で俺の方を見た。
なんか俺が避難場所にいくのは嫌そうだし、すぐに俺も判断する。
「俺はその辺に隠れてる」
「だ、大丈夫なの?」
レッドが心配してくれる。
軽く笑って見せて、肩をすくめる。
「さっきも言ったろ。俺は何回もこう言うの味わってるんだ。隠れ方はわかってる」
「……信じていいのね?」
「…………もし、あなたが死んだら一生寝込むから」
「努力する」
ブラックからクソ重い事言われた気がするが、気にしないことにする。
「私は管理棟に急ぐ! 全部終わったら、戻って来るからそれまでに隠れててね!」
銀髪をなびかせてブラックは、人智を超えた跳躍力で一息に監視棟まで飛んで行った。
しかしレッドは残ったままだ。
「レッド?」
「……守りはイエローに任せて、私はここに残る」
「え? でもブラックには……」
「いいの!」
ドカッ、とその場に女の子座りで座り込んでしまった。
なんかこう言う強情でワガママっぽい仕草、どっかで見覚えあるなぁ。
「たった一人さえ守れないようじゃ、沢山の人なんて守れない! だから私はアンタを守ることに集中する!」
「そ、そうか。とりあえず地べたに座るのは汚れるから、立たないか?」
「……ん」
素直に立ち上がった。
ふわり、とミニスカートが浮き上がって、危うく中が見えそうになった。すんでのところで目を逸らす。
「そういえばさ、あー、えっと初見のフリしないと」
「ん?」
「その服につけてる缶バッチ。私たちよね」
事件が起こる前に、山吹や朱音から聞かれた、デニムジャケットにつけてる魔法少女の缶バッチ。
どうやらパステルレッドも気になるようだ。ってそりゃそうか、自分の顔がプリントされてるんだから。
「そう。ガチャガチャで手に入れて、もし欲しいならあげようか?」
パステルレッドの缶バッチを指差して聞いてみる。すると途端にプーっと膨れっ面になった。
「……どうせ、私のは沢山余ってるからでしょ」
「え⁉︎ な、なぜわかった⁉︎」
「ふん! あーあ面白くない! どうせ欲しかったのはブラックのなんでしょ!」
「それもなぜわかったんだ⁉︎ まさか魔法少女ならぬエスパー少女だったのか⁉︎」
「わかるもん。だって……アンタの事を、誰が一番見てると思ってんのよ」
「? いや、アンタは別に、よく会うけどいつもってわけでもないだろ。その役割は多分、幼馴染の朱音って奴だな」
「………………」
「ん?」
「ねぇ……………そ、その子のこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「だからっ!」
んーっ!と地団駄踏む。何か言おうとして、けど何かが邪魔して言えないようだ。
これこそ朱音っぽい仕草だな。アイツよくわからないトコで頑固だから。
こう言う時はいつも朱音に対してどうしてたっけ?
ああそうだ。
「大丈夫だぞ」
「え?」
「俺は決して、アンタの敵にはならない。これからアンタが何を言っても決して頭ごなしに否定なんてしないし、味方になれるよう努力する。だから———好きなこと言っちゃえ」
「……それ、いつも、言うやつ……」
「ん? いや、あれ? アンタに前も言ったっけ?」
「……いいえ、違う、けど……そうね。ふふっ、そうだったわ」
レッドは朗らかに笑った。
そこに、どこか懐かしさと親しさを感じる。やはり彼女は俺の知ってる人の、誰かに似ている。それも俺の根深いところに住んでいる誰かだ。
なんでそんな大事な人の名前を思い出せないのかわからないし、もどかしいけど、でもレッドの笑顔を見ていると細かいことなんて気にしないでいい気がして来た。
「あなたから、大丈夫って言葉をもらったんだった」
「……?」
「わからなくていいの。それでも、うん。勇気もらった」
ギュッと両拳を握ると、決意した顔でこちらを見上げる。
「あなた、その朱音って子のこと好きなの?」
「ああ」
「ッ⁉︎ え、ええと、それはその……恋愛的な意味で?」
「え? いいや、そうじゃない」
「……まー、そうよね」
「うん。まあ幼馴染で、付き合いも長いし、一緒にいて楽しいから好きだよ。ただ恋愛的な意味とは違うかな」
だって俺にはもう心に決めた恋人がいるから。
レッドは、ふぅーーー、と長い息を吐くと顔を上げた。その顔には少しばかりの悲しみが混ざっていたが、それでも笑顔に変わりなかった。
「そうよね! うん!」
「ところで今の質問にどういう意図が? もしかして俺の交友関係を心配してくれてるとか? 魔法少女ってメンタルケアもしてくれるの?」
「ええ、ケアはするわよ。ただし守るべき一般市民の方達が怯えてたらね」
「……俺は?」
「はて」
「おい!」
「あははっ! まあ別にアンタの交友関係とか、私の立場で聞いてもしょうがないでしょ。今のは暇つぶしなの」
「はあ、そうですか」
それにしても、ブラックやイエローの方は大丈夫なんだろうか。避難してるであろう朱音や山吹、漆間のことも心配だ。
「ん。あれ、この気配は……」
その時、レッドが何かに気づいた。
そしてすぐそばの建物の屋根を見上げた。
「あ、もう大丈夫かも」
「え?」
なんでそんなことが言えるのか。
俺もレッドの視線を追って、屋根の上を見上げるとそこには二人の少女が立っていた。
一人は赤色の際どいミニスカートドレス。
もう一人は青色のこれまた際どいドレス。
魔法少女だ。ちなみになんで際どいのかと言うと、下から見上げたら短いスカートの中が見えそう……。
「ふん!!」
「へごっ!」
「どこ見てんのよ変態! ったく。あれは地元の魔法少女みたいね」
「いって……騒ぎを聞きつけて、来てくれたのか」
「これで事態は解決しそうね」
2人の増援が来てくれた。
しかも地元民と言うことは、この工場についても知っていることが俺たちよりも多いだろう。あとはあの人たちに任せようか。
「すみませーん! 私は今から、他の仲間のところに行くんで、コイツ見ておいてもらっていいですかー? みんなが避難してる所まで連れてって上げてください」
レッドは俺を地元の魔法少女に任せ、イエローかブラックの元へ向かった。
魔法少女の2人はライトレッドと、ライトブルーと言った。とても親切な人たちで俺を安全に避難所まで連れて行ってくれた。
入り口付近で、今回の見学について来ている担当教師3人の内2人いて、残りの1人は中に集まった生徒たちの様子を見て回っていた。
「おい衣笠! どこ行ってた!」
「すみません。でも魔法少女が守ってくれました。確か、パステルイエローがここを守ってましたよね? 彼女はどこに」
「ん? 彼女はこの建物の上で怪物達を倒してくれてた。それでさっきパステルレッドがやって来て、隣の管理棟へ行ったぞ」
先生から話を聞いた。
レッドは、イエローを連れて管理棟に行った。と言う事はここの守りは、地元魔法少女達に任せるつもりか。
「いいからお前も中に入れ。まったく、紅沢も山吹も漆間も、どいつもこいつも一体どこに行ったんだ」
案の定、予想通りと言うべきか、彼女らはまたいなくなっているらしい。
教師陣もやれやれと言った感じ。
「3人が戻って来たらすぐに帰るぞ。ご家族の方々にも連絡と説明しないといけない……はあ」
教師のため息ほど見たくないものはない。ウザいとか気持ち悪いとかそう言う悪感情はなくて、ただ単純に、教師ってそんな大変な仕事なのかと目の当たりにしてしまって、言葉が出ない。
言われた通り中に入って、奥の方に行く。
表では地元魔法少女が残って、警戒体制。
「よおオタクくん、無事だったか」
「おう。万全超えて万完全に無事だ」
同じ五人グループの男子二人に呼び止められた。
オタクと揶揄いつつも、心配言葉が出てくるのが根っこの人の良さが垣間見える。
こっちはとりあえず大業不遜な返事を返した。
「魔法少女に助けられてたのか?」
「ああ。ちなみに聞くけどさ」
「ん? なんだ?」
「朱音とかってずっとここにいたか?」
「いいや怪物が出て来てすぐに紅沢も山吹も姿を消した。Cクラスの連中が後から入って来て、その後にお前と一緒にやって来るものだと構えてたんだがな」
「悪かった。逃げ遅れてたんだ」
「Cクラス連中からの漆間と一緒にいたって証言あるぞ。どうせイチャイチャしてたんだろ」
「い、イチャイチャなんか、してねーし」
そこを揶揄われるとなんか恥ずかしくて、目を逸らす。
「で。噂をすればって奴だな」
俺の後ろを指差した。
振り返ってみれば、入り口の方から朱音、山吹、漆間の三人が入って来る所だった。
「アイツらが帰って来たって事は」
「そろそろ帰るな。荷物は、バスん中だな。壊れてなきゃいいけど」
「500円分のおやつ、必死で厳選したんだけどなー」
「よくわかんないところでオタクってるよな。お前」
街中の駄菓子屋という駄菓子屋を自転車で駆け回って探した。もはや絶滅危惧種とも言える駄菓子屋、少ない店舗をあっちこっち行き来した。
そう言えばその途中でも、怪物に出会したな。天狗みたいなやつに追いかけ回されて、自転車で必死に逃げた。
「もっと障害物使えば上手く逃げられそうだったんだよな。アクロバットに向いてるのってマウンテンバイクよりも、BMXで使われるような軽い自転車の方なんだよな」
「知らねーよ。んで、お姫様達が来たぞ。ちゃんと慰めてやれ」
ずっと話していた男子と、ずっと隣にいながら黙っていた男子が離れていく。
変な気を使ってもらった。
それで、彼の言う通り三人が俺の方にやって来た。
「よお朱音、山吹……と、漆間。無事だったか」
「ふう。まー、ね」
「逃げる途中で、迷子になっちゃったの」
「私はパステルブラックに助けられてここに運ばれたのですが、ちょっと催してしまって」
3人の言い訳を聞いて、肩をすくめる。
全くいつもどこに行くのか。
「でも怪物達みーんなやられたみたい。さ、帰る準備しましょ」
「おう。そうだな」
管理棟に向かった三人の魔法少女達が心配だが、しかし三人もいるんだし、今回の主犯格である“敵”も倒されるはずだ。安心していいだろう。
先生たちからも指示されて、工場の責任者も出て来て話し合った後、俺らはみんな帰りのバスに向かう。しかし———
「壊れてる⁉︎」
乗ってきたバスが見事に破壊されていた。
怪物の仕業だろう。
「これ、帰りどーすんだ?」
「工場の人に車を出してもらう? それと、タクシー」
山吹の言ったのが正解だった。教師達もそう考えたらしくて、タクシーを電話で呼んで帰ることになった。高速も通るほどの料金、とんでもない金額になりそうだ。怪物に襲われたから国から補助金が支給されるだろうけど。
「問題は時間か」
「タクシーにちょっとずつ乗って、帰っていくのはそりゃあ時間かかるわね」
「えーと、タクシーにはとりあえず3人乗れるとして、5人グループを3クラスでそれぞれ出してて、3人の教師も乗るから……ザッと考えても最低でも5、6台。実際の人数数えたらもっと必要だな」
「先生は一人、学校に事情を説明するために先に帰るんだって」
実際の人数を数えてみて、合計人数は62人だ。
最大3人乗れるとして、必要なタクシーは21台って計算。
「みなさん、3人組を作ってくださーい」
教師からの指示が飛ぶ。やはり三人組だ。
朱音がこちらを見つめつつ、悩むように顎に手を当てていた。
「三人組……じゃあ私は」
「衣笠君とって言うんでしょ? ま、いいんじゃない? 私は他の子達と乗るよ」
「ううん。私も他の子と乗る」
「ほえ? そうなの? 珍しい」
山吹からしたら意外な答えだったらしい。
「じゃあ私は———」
「あ! 漆間さん! 大丈夫だったの?」
「え? あ、はい。ご心配をおかけしました」
「ねーねー私たちと乗らない?」
「えっ?」
漆間は同じクラスの女の子に声をかけられていた。
朱音と山吹も、残りの一人を捕まえていたし、俺も見つけてくるか。
「じゃあ漆間、また学校か、明日な」
「あ……うん」
彼女から後ろ手に手を振って離れる。
さーて誰に声をかけるか。でも大体三人組を作ってるな。余ってるのは……。
「あの! 衣笠君!」
「ん?」
離れたところから誰に声をかけようかと考えていると、横から声をかけられた。女の子の弱々しい声だった。
見れば、柔らかな金髪が特徴的で、目元が見えずらいメガネと、口元を完全に覆い隠す大きなマスクを付けた、小柄な女の子だった。
朱音より背が高くてて、山吹より小さいくらい。
しかし顔が隠れているのもそうだが、名前を呼ばれたものの彼女の事を思い出せない。つまり知らない子だった。
「……? えっと、誰?」
「その、Cクラスでして。組む相手がいなくて」
おどおどした、少し震えた仕草の女の子。
Cクラスか。確かに自分のクラスメイトは覚え始めた頃だけど、他のクラスメイトは知らないな。
「そっか。なら組もうか、それでもう一人を……」
「あっ! ふ、二人じゃダメですか?」
「え?」
「こ、こ、コミュ症というか、人が怖くて……衣笠君となら大丈夫だと思うんです」
「ん? そー、か? まあならそうするか」
不思議な子だが、でも悪意は感じられない。
「ところで、申し訳ないけど名前を聞いても構わないか? そっちは俺のこと知ってるみたいだけど」
「………白白、です」
「え?」
「白白白魔です。私の名前」