『魔女様』
屋敷の中に案内された。
朱音の屋敷は、それはそれは広くて、装飾もかなりシャレたものだった。
玄関の壁には写真が飾られていて、朱音の家族写真とか、俺との写真とか……。
「わー! わー! あ、あんまりジロジロみないでよ! 変態!」
「いや写真見てただけなんだけど。でもあの写真撮った覚えねーな。中学の頃のやつ?」
「あれは魔法で隠れて撮ったやつ———って、ダメダメダメ! いいから早く奥に入って! 今セバスが『魔女様』に連絡して、アンタのこと聞いてもらってるところだから!」
執事のセバス、なんてありきたりな名前。
「さっきから言ってる『魔女様』って誰だ?」
「私たち魔法少女達の指導者とか、先生とか、そう言う感じの人。上司って言った方がいいかな?」
「魔法少女に上司なんていたのか」
「ええ、それで『魔女様』がいるのがここ、ミストゲートって異世界」
勝手知ったる我が家、と言わんばかりに紅音の足取りに迷いはなく、真っ直ぐ俺を屋敷の中にある会議室へと案内した。
こんな豪華な屋敷を我が物顔で歩いている幼馴染の姿は、どことなく距離を感じた。
いつも見ていた紅音と違うと思った。これが俺の知らない紅音の姿、魔法少女として活動してきた彼女の姿なんだ。
「どーしたの?」
「いや別に。なんでも」
会議室まで来て、先に中に入っていた紅音がこちらを振り返り首を傾げる。
こんがらがりそうな考えは頭を振って捨てる。
中に入ると広々とした空間の中に、長いテーブルと並んだ椅子、壁には名前も知らない絵画と俺の写真が飾られていた。
(なんでここにも俺の写真……?)
しかしそれを突っ込んだり、見過ぎてしまうとまたドヤされる。
目を逸らして紅音が引いてくれた椅子に座る。
そのすぐ隣に紅音も座った。
「お嬢様」
座って少し経つとセバスと呼ばれていた執事の人が現れた。
そしてうやうやしく頭を下げると、紅音に報告する。
「『魔女様』は対応できない、とのこと」
「来られないの? 通信魔法で連絡とか、相談は」
「それもできないとのこと。ただし、敵の正体はあちらで探っているようです。『魔女様』も事態は知っていて、調査している最中だそうです」
「そう」
連絡を終えた執事は、礼をしてから部屋から出ていった。
「『魔女様』とはまだ話せないわけね。でも、私たちだけでもできることはあるわ」
「上司なんだろ? 勝手に動いて大丈夫なのか?」
「大丈夫。それより、アンタと話しておきたい。これからの事についてもね」
紅音はゆっくりと話し始める。
「アンタの家を襲撃してきた奴ら、ちゃんと見た?」
「バローナブルと名乗ったやつは見た。機械仕掛けの男爵とか貴族とか、そう言う雰囲気のやつ。ただもう1人の少年は、ここに来る直前にチラッとだけ」
「私がリビングで戦っていたのはその少年。そして———」
複雑な表情だった。
何かを思い出そうとして、しかし思い出せずに苦悩している。眉間にシワが寄り、少し歯噛みもしている。
「昨日のリサイクル工場に、あの少年もいた」
「え?」
「覚えてる? 私が守るためにアンタのそばにいたけど、地元の魔法少女が応援に来てくれたから、彼女達にアンタを任せてパステルブラックの元へ向かった時のこと」
ライトレッドとライトブルーって魔法少女が助けに来てくれた時のことか。
確かにあの時、紅音は俺のそばにいてくれたが助けが来たとわかるや否やすぐに、パステルブラックを助けに行った。
頷いた俺を見て、さらに紅音は神妙な面持ちをする。
「そういえばあの後、紅音やパステルブラックとパステルイエローが何をしていたのか知らないな。俺が避難場所に来た後に、紅音や黒涅、山吹が合流した。でもその空白の時間に何があったのか知らない」
「私はパステルブラックを追いかけて、工場内で唯一怪物に襲われていなかった管理棟に向かった。そこで私はパステルブラックと、さっきの襲ってきた少年の姿を見た」
「つまりその少年こそがリサイクル工場を襲った主犯で、パステルブラックと戦っていたのか」
「いいえ戦ってはいなかったわ」
「え? でもパステルブラックと一緒にいたなら当然戦闘が起きるだろ」
「もう一人、その場にいたの。パステルホワイトが」
「なっ!」
パステルホワイト、すなわち白白白魔もいたのか。
彼女もリサイクル工場にいた……いいや、そうだ。そういえば。
「リサイクル工場から帰る時、白白白魔は俺に接触してきた。あの時は別のクラスの女子だと思ってたけど、リサイクル工場にいたことは確かなんだ」
「そしてパステルホワイトは、さっきの少年と交戦していた。工場の中で管理棟だけが襲われていない、無傷だと思っていたけどそれは間違いで、本当はホワイトが守っていたから無傷だった」
「……でも、少年は工場を襲った目的があったはずだ。まさか」
「ええ、恐らく十中八九、目的はパステルホワイト個人。ホワイトがあの工場にいたから襲ってきたのよ」
そして同時に。
パステルホワイトがあそこにいた理由は。
「俺をパステルホワイトにするため……? 俺が狙いだったからあの場にいた」
「……かも知れないわ。でも問題はそれだけじゃない。実はホワイトと少年が戦っていたのを傍観していた私は、その後の記憶がないの」
「記憶がない?」
「ええ。気づいたらブラックとイエローが一緒にいて、そしてそのまま避難所に向かっていてアンタと合流した」
ホワイトと少年が戦っていた場面から、俺と合流するまでのあいだに何があったのか。紅音は覚えていない。
「どうやって移動したのかも覚えてない。襲ってきた少年がホワイトと交戦して、どうなったのか覚えてないの」
「……なにか、作為的なものを感じる。紅音の記憶を操作したのはホワイトなのか、それとも少年か」
「敵はありえないわ。そうだったら私を生かして帰す必要なないし、ホワイトの仕業と見て間違いないわ」
「一体なんのために? そもそもホワイトはなぜあの場所にいた? 俺が狙いだとして、なぜ工場見学にまで追いかけてきたんだ?」
「それを知るには、情報が足りないわ。今の私の記憶も頼りにならないし、信用もできない。記憶を書き換えられている可能性だってある」
だから、と紅音は立ち上がって次の指針を決める。
「パステルブラック、パステルイエロー。あの現場にいた2人と合流する。そしてあそこで何があったのかを聞くの」
「それって元の世界に戻るんだよな? 襲ってきたアイツらとまた鉢会う恐れが」
「リスクは承知。でも情報を集めなければ、動けないわ」