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第六話 沼


静かな、とても静かであった。


先程の阿黒賢一の奇策を全て見破った君塚はさっきの言葉を最後に何も話さず、反対に自身の奇策を見破られた阿黒賢一は何も話せずに、その場にいる人間全員が場に出ているカードを見つめていた。


その沈黙を破ったのは、奇策を見破られ、動揺が見え隠れする阿黒賢一であった。


「どうしてわかったんだい。」


その声、その表情から先程まであった余裕が少し減っており、焦りと動揺が滲みでている。だが、普通の人では見抜けない程の小さな変化であった。


「簡単なことです。」


反対に奇策を見破った君塚渉は先程と変わらず何を考えているのかわからない不気味で、余裕を持った表情をしている。


そして、ゆったりとした余裕のある声で君塚渉は続きをはなしだす。


「犠牲者はなぜ残りの手札を一纏めにしたのですか。」


その問いに阿黒賢一と君塚渉以外に理解できたものは少ないだろう。少なくともモニターでその景色を見ている川名には理解出来ていなかった。


「犠牲者が答えないのなら、私が答えてあげます。」


そのまま君塚渉は自身の口をゆっくりと開けていく。自身の目の前に座っている少しの動揺と焦りが滲みでている男に対して。


「犠牲者がカードを一纏めにしたのは、残りのカードが6枚ではなく、5枚であることを隠すためでしょう。」


君塚渉には阿黒賢一が確信をつかれたと内心でそう思っているのだろうと確信できた。


「犠牲者が私に見せたカードは2枚が重なっていたカードだったのでしょう。なんとも陳腐な仕掛けです。犠牲者はセットする瞬間、6のカードを袖の中に隠し、その上に重ねられていた1のカードをセットしたということです。」


なんてことのない考えればわかることである。だが、言葉にすれば陳腐で簡単な仕掛けだが、それをモニターで見ている者にも気づかせず、更には、並の相手は騙せる程に昇華させるのは決して簡単ではない。


だから、それを見破った君塚渉の異常さが伝わる。そう、モニター越しに見ている川名にすら伝わって来るのだから。


「どうして、俺が1をセットするとわかった?」


阿黒賢一の策を全て見破ったとして、阿黒賢一が1のカードセットするとは限らない。なぜなら、2のカードをセットしていたとしても何ら不思議では無いからだ。それなのに君塚渉はなんの迷いもなく1のカードをセットした。これは、阿黒賢一がセットするカードを知っていないと不可能な芸当である。


「それも簡単なことです。犠牲者の顔にかいてありましたから、俺は1のカードをセットしたと。」


阿黒賢一はこの読みすらも簡単と言い切る君塚渉を見つめることしかできなかった。


「犠牲者の番です。」


そう言った君塚渉は既にカードをセットしていた。先程のことがあった阿黒賢一に追い打ちをかけるように。


「犠牲者の策はなんの意味ももちませんでした。私に全てを見破られ、犠牲者には破滅の道しか残っていません。なんと悲しい。ですが、安心してください。私が慈悲を持って最後まで見届けてあげます。」


阿黒賢一に対して、慈悲の目を向ける。哀れみの目を向ける。自身がそこまで追い込んだのにも関わらず。


それに対し阿黒賢一は無言でカードをセットするしかなかった。


無理もない。自身の奇策、前ラウンドから仕込んでいた策を完璧に見破られたのだから、これからどんな策をうとうとそれらが見破られてしまうかもしれないという不安が襲いかかってくる。


先程と同じように両者がカードのセットを完了する。だが、決定的に違うことがひとつある。それは、心持ちである。一人は先程と同じように余裕を持っている。たが、もう一人は先程まで持っていた余裕が無くなりつつある。


これを些細な問題だと切り捨てる人間はおそらくいないだろう。一流のギャンブラーのゲームでひとつの動揺で勝利を手放すことだって有り得るのだから。





川名はまたしても驚いていた。


それは、二人のセットしていたカードが原因である。


先程の事で阿黒賢一の心が折れたと感じた川名はここからのゲームが一方的になることを予測していた。そう、このラウンド、または次のラウンドで勝敗が決するほどだと。だからこそ驚いたのだモニターに映る二人のセットしたカードを見て。


二人のセットしたカードは以外であった。


D:阿黒賢一:聖杯

A:君塚渉:4


そう。阿黒賢一にとっては悪くない結果なのだ。てっきり阿黒賢一は聖水を0.1mlしか獲得できないと考えていた。


(いや、悪くないぞ。阿黒様が一気に崩れると思っていたが、立ち治したのか、さすがです。)


そのような嬉しい気持ちを胸にしまい、希望を持ってモニターを見つめ続けるであった。





阿黒賢一は希望をもち喜んでいる川名とは逆にけわしい顔をしていた。


0.2mlもの聖水を得たのにも関わらず、喜ぶどころか先程よりも崩れているかのように思えた。


「どういうつもりだい。」


余裕のない声で、自身をここまで追い込んでいる敵である君塚渉に質問を投げかける。


「何がです。」


わかっている。わかっているが、あえてわからないふりをする君塚渉に鋭い黒い眼を向ける。


「とぼけるつもり。」


「何をです。」


そこで会話は終了した。そこから会話という会話は第三ラウンドでは起こらなかった。


二人が無言のままカードをセットする。


そして、静かな空間に林のカードオープンという声だけが響く。





「よっしゃぁ。」


モニターを見ていた川名は雄叫びのようなものをあげた。


モニターに映っている二人のカードを見ながら目を輝かせる。先程持っていた川名の希望が大きくなっていく。


A:阿黒賢一:2

D:君塚渉:聖杯


川名の目には、この結果から今優勢なのが阿黒賢一に見えたからにほかならない。


(いけるぞ。いけるぞ。さっきは不安になったが、さすが阿黒様、持ち直したうえに君塚渉に一矢報いた。さすがです。さすが。)


川名はモニターに映る阿黒賢一と君塚渉の顔すら見ずに喜びに浸った。





阿黒賢一は、こんなにも喜ばしい結果にもかかわらず先程よりも顔が曇っていた。反対に悪い結果にも関わらず君塚渉の顔は余裕に満ち満ちていた。


その後は坦々とラウンド終了に向かう。


次のカードオープン


D:阿黒賢一:5

A:君塚渉:6


次の次のカードオープン


A:阿黒賢一:2

D:君塚渉:3


さらにその次のカードオープン


D:阿黒賢一:注射器

A:君塚渉:6


そして、第三ラウンド最後のカードオープンの時がやって来た。


「第三ラウンド最後です。それでは、カードオープン。」


静かな空間に林だけの声が響く。


ガシャン。何度も聞いたカードがオープンされる時の音が鳴り響く。


A:阿黒賢一:注射器

D:君塚渉:5


「これにより、君塚様の体内にタンク内の聖水と毒が注入されます。」


その指示通りにタンク内にある聖水と毒がゆっくりと君塚渉の体内に注入されていく。


「君のどこが慈悲に満ちているのかな。」


久しぶりに阿黒賢一が口を開く。


「犠牲者、私は慈悲に満ちてますよ。」


優しく、ゆっくりな口調でその問いに答える。いや、答えにもなっていない言葉を声にだした。


その後、特に何も無いまま第三ラウンドが終了した。





(良し、いけるぞ、勝てるぞ。)


川名は嬉しさが顔から満ち溢れていた。


(阿黒様の奇策を見破られたことには焦ったが、そこから阿黒様は持ち直してくれた。)


そのような嬉しい気持ちを抑え、第三ラウンドで起きたことを整理する。


(このラウンドで阿黒様は0.3mlの毒と0.2mlの聖水を手に入れて、今体内には、合計0.5mlの毒が存在していることになる。君塚渉は今回、0.2mlの毒と0.1mlの聖水を獲得した。これで、体内には合計0.3mlの毒が存在している。まぁ、状況は良くなってはいないが、悪くなってもいない。阿黒様の奇策が見破られて崩れると思ったが、崩れず、立て直せた。まだ全然勝てるぞ。)


川名はモニターに映っている阿黒賢一の曇っているように見える表情を見て、一抹の不安がよぎるが、きっと気の所為だろうと思い切り捨てた。



読んでいただきありがとうございます。面白ければ、ブックマーク、評価お願いします。


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