1話 いきなり伍長
帝都近郊の商家の三男に生まれた、今年14歳のエドモンド・マイヤーは、世話になっている、8歳年上の、家の跡継ぎである長兄・ウィリアムの護衛として役に立ちたいと考え、街で剣術道場を開いているミラ・スコッチメントに師事することにした。
師となったミラが目を見張ったのは、エドモンドの類まれな反射神経と動体視力だ。そして、技を教えると、一度で記憶する、体感の良さだ。
エドモンドはみるみるうちに剣術が上達していった。
そんなとき、エドモンドらの祖国であるバラスト帝国に暗雲が陰り始めた。北部のバーバーリア地方の貴族たちが反乱を起こし、独立を宣言したどころか、さらに領域を広げようと侵攻を開始したのだ。
源皇帝アウグスト3世は、開明的で、奴隷制度を段階的に廃止し、平民であっても積極的に官僚や士官に登用できるよう、法案を作成しようとしていた。これらの政策は、国力を増強するものとして、おおむね指示されていたのだが、保守的な北部の貴族たちの反感を買ってしまったのだ。
北部で先端が開かれ、戦争状態が続くと、物資は滞り、庶民の生活も苦しくなってきた。そんな状態が2年ほど続き、エドモンドは16歳になっていた。
帝国軍第5師団長補佐官・クロムウェル・ロックヴィルは、有能な人材が確保できないことに頭を悩ませていた。北部貴族たちとの戦争で国力は疲弊し、有能な人材ほど先に犠牲になっていっている。
「いちおう、のぞいてみるか」
クロムウェルは、ミラの道場を視察することにした。といっても、緊張して実力が見られなくては困るので、軍服ではなく私服で、いかにも見学者というそぶりでの視察である。
稽古をしているミラの弟子の中でも、エドモンドの動きは精彩を放っていた。
エドモンドが剣を抜くと、クロムウェルはその立ち居振る舞いだけで
(こいつはできる)
と直感した。
エドモンドは、相手がどう攻めてくるか、どう応じればいいか、そして、そのためにはどんな型を取ればいいか、すべて直感的に、瞬間的に判断できた。もはや師匠であるミラの実力はとっくに超えていた。
視察後、クロムウェルはエドモンドと道場内で面会した。事前に予告をしていなかったので、エドモンドはやや驚いていたが、落ち着いて応対した。
クロムウェルはエドモンドに告げた。
「君を下士官待遇として、軍に迎えたい。私としては、君が貴重な戦力になるのは間違いないと考えている。具体的な階級としては、伍長が相当だろう。といっても、ぴんとこないかもしれないが、兵舎では個室を与えられ、生活に十分な食料と給与が保証される」
エドモンドは、実家に貢献したいとも考えていたが、このまま経済的に実家に依存し続けるのも心苦しいと考えていたので、応諾することにした。