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8 幼馴染

 初めて目玉焼きを作って、私の初めてのお料理を食べてくれたのは優くん。あっという間に食べ終わり、ドキドキしながら見ていた私に、美味しいとも不味いとも告げずにニコッと微笑んで空っぽになったお皿を突き出してきた。

 あの笑顔が忘れられない。もう一度あの笑顔が見たくて、何度でもあの笑顔が見たくて、だから私はお料理を続けている。


 私と優くんは幼馴染。家が隣同士で、物心がついた時にはもう優くんが隣にいた。学校も遊びも優くんと一緒。いつも優くんと一緒だった。


 優くんは物静かで、クラスでは特に目立つ人ではなかったけど、頭が良くて運動もできて、イケメンじゃないけど優しそうな表情が意外と高評価で、中学校の頃には女子達の間でかなり人気があった。私は優くんのそんなスペックには全然興味は無かったけれど、でも隣にいたのは私。隣にいるのが当たり前だった。隣にいる事に対して何か考えたことなんて無かった。

 私にとって、優くんは空気みたいな存在だったんだと思う。無いと死んじゃうけど、普段は有り難みすら感じてない、そんな存在だったんだと思う。


 だから、隣に優くんが居なくなる日が来るなんて考えたこともなかった。


 しかし、そんな日は来てしまった。


 中学二年の冬の寒い日、思い出したくも無いあの忌まわしい事故が起きてしまったのだ。


 その日二人で宿題を終えた私達は、優くんの部屋でまったりしていた。寒い日で部屋を閉め切って暖房をつけ、ベッドに寄りかかり体育座りの様な格好で並んで床に座っていた。優くんは両耳にイヤホンを挿してスマホで何かの動画を見ていて、私は友達から回ってきたファッション誌をパラパラとめくっていた。そして、少し体勢を変えようとした時に事故は起きた。


 出てしまったの、『プッ』って。


 不測の事態である。慌てて優くんの方を見ると、優くんはじっとスマホを見ていた。小さな音だったし、イヤホンをしているし、気付かなかったんだなと思いホッとした。

 ふふっ、完全犯罪成立よ。 

 なんて事を考えながら、魔が差した。優くんが気が付かなかった事に油断したんだと思う。まだ出し切れていない気持ち悪さがあったんだと思う。あろう事か優くんに近い方のお尻を少し浮かせてお腹に力を入れてしまったのだ。


 また出ました。『プッ』が。ううん、今度は出したというのが正しいのか。


 正直に言うと『プッ』では無く自分でもびっくりするぐらいの音と、お腹がハッキリとスッキリ感じられるくらいの量の『プッ』。さらに私を震撼させたのはそのべらぼうな香り。今まで自分のお腹に入っていたとは信じたく無いべらぼうな香りが、瞬く間に暖房をつけている部屋に充満した。


 慌てて優くんを見る。相変わらず身動き一つせず、視線はスマホに向けたまま動画に集中していた。


 でも、呼吸が違っていた。


 スッ スッ スッ フー 


 鼻から八分音符で三回吸って、一回大きく吐く。これが2セット。


 次に、


 スー スー フンーッ


 二分音符で2回吸って、大きく吐く。これも2セット。


 そして、


 ス〜〜〜〜 フンヌーッ


 全音符で力の限り吸い込んで、勢いよく吐き出した。そして突然私の方を向いて目が合った。


 ニコッ


 あの何度でも見たくなる笑顔で微笑んだのだ。

 

 べらぼうに恥ずかしかった。消え去りたかった。居ても立っても居られなくなり、優くんの部屋から逃げ出した。


 もう、頭の中がグチャグチャ。


 バレてる? バレてない? どっち?


 あの笑顔は何? あの笑顔の意味は? 

 知りたい。でも知りたく無い。知るのが怖い。


 次の日、優くんに会うのが怖かった。凄く恥ずかしくて、凄く怖くて、だから優くんから逃げた。優くんと話をしたら、優くんはどんな事を言うのだろうか。優くんの言葉が怖かった。


 何度でも見たかったあの笑顔が怖くなった。

 

 クラスが違ったので、逃げる事は意外と簡単だった。優くんが何度も話しかけてくれたけれど、優くんの笑顔が怖くて逃げ続けた。急に距離をとった私を友人や家族は心配してくれたけど、相談もできずに一人で悩み続けた。

 

 しばらくすると、優くんも話しかけてこなくなった。


 三年もクラスが別だった。クラスが違えば接点なんてほとんどない。私達の噂話も聞こえなくなり、もう話をしないのが普通になっていた。


 私達は幼馴染から他人になってしまった。


 どうしてこんな事になってしまったんだろう。今思えば、きっかけは本当に些細で、本当にアホらしい事だった。でもその時は、本当に恥ずかしくて、本当に怖かった。


 どうして、あんな風に思ってしまったんだろう。


 戻れるなら戻って、やり直せるならやり直したい。でも、もう戻れない。


 もう、話しかけ方さえ分からなくなっていた。


 お料理をして自分で食べる。パクパクと美味しそうに食べてニコッと微笑んでくれる優くんはここにはいない。



 お母さんのからの情報で同じ高校へと進学する。同じ進学科。何かを期待したのでは無く、離れたらもうお終いだと思った。


 高校生になっても私は何も出来なかった。同じ中学からは二人だけ。誰も私達の関係を知る者はいない。噂話も流れない。高校では初めから他人だった。


 教室で優くんを見ているだけの日が続いた。そして、もう一人優くんを見ている人に気が付いた。天才金髪ギャルの麻里香。彼女も決して優くんに話しかけない。見ているだけ。


 「私なんかが近づいたら、高橋君に迷惑かけてしまうから。」

 

 近付きたくても、話しかける事さえ出来ない。

 立場が同じ二人で優くんの話をする。それだけで心がスッと軽くなった。優くんの話をできる事が嬉しかった。


 二年になると双子姉妹が優くんに絡み始めた。でも、愛衣は不器用で上手く前に進めない。麻衣は進もうとしていなかった。


 放課後の教室に四人が集まる。前に進めない三人と上手く進めない一人。


 「私も優くんと話をしたいの。前のようにいつも優くんの側にいたいの。でも近づけない、近づき方がわからない。自分じゃどうして良いのかわからないの。でもね、高校を卒業したら多分皆んなバラバラになる。優くんとだってもう会えなくなるかしれない。だからってこのままじゃ嫌。せめて卒業までは一緒にいたい。皆んなもそうなんでしょう。だったら協力しない?」

 

 どうしても前に進みたい私の提案。皆んなの思いは同じハズ、これはチャンスなんだ。


 場所を私の家に変え話し合いは続く。どうすれば上手くいくのか、失敗した時のことなど考えない。成功するための方法だけを模索する。


 どうすれば上手くいくのか。


 何となくつけていたテレビでは、テレビショッピングが流れていた。

 

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