7 豪華特典その3 24時間サポート
「パッパラー、豪華特典その3、24時間サポート〜はちょっと無理なんで、気が向いた時にサポート〜。」
目の前にはドヤ顔の明日香。今度は明日香の出番らしい。今までの豪華特典がとてつもなく豪華だったので、ワクワクが止まらない。
愛衣さんが発表を続ける。
「ジャジャーン。今私を彼女にすると、な、な、なんと、『お料理上手の委員長』明日香のサポートが受けられます。」
「????…………何それ? 具体的にお願いします。」
「説明しよう。えっとね、例えば、朝起こしてくれるとか、寝癖を治してくれたり、忘れ物がないか確認してくれたりとか、さらに、な、な、なんと、お弁当も作ってくれるんだよ。もちろん私達だってお弁当を作ってあげるけど、でも明日香のお弁当はべらぼうに美味しいんだ。それでね、そのまま明日香も彼女になるんだよ。彼女の方がサポートしやすいからね。」
「凄いね、それ。もし僕が愛衣さんを彼女にすると、朝『彼女』の明日香に起こされて、学校で『彼女』の愛衣さんと『彼女』の麻衣さんとお話しして、お昼に『彼女』の明日香のお弁当を食べて、放課後に『彼女』の麻里香さんに勉強を教えてもらえるって事?」
「へっ。」
「はぁぁ。」
「ほへ。」
僕の周りから変な声が聞こえた。
「はぁ〜。うん、大体は合ってるけど、でもそんなもんじゃないよ、高橋君。今言った言葉に、『チュッ』と『イチャイチャ』と『あ〜ん』と『むふふ』を足してもう一度想像してみてよ。あっ、それとハートマークも忘れないで。」
僕は言われた通り想像してみた。もちろんハートマークも忘れない。
「…………ヤバッ。…………ヤバいよコレ。…………あっ、それヤバすぎだよ。…………だからそれヤバいって。…………あ〜ダメだよ、それ。」
「どう、凄いでしょ。でもまだ迷ってるなら、明日香のお弁当用意してあるから試食してみて。絶対ハンコ押したくなるから。さあどうぞ。」
明日香が少しはにかんだような表情で近づいてきた。手提げのクーラーバックを持っている。
「優くん、こうやって向かい合って話すのも久しぶりね。今まで本当にごめんなさい。でも嫌いになったとかそういうんじゃなくて、優くんとお話しするのが凄く恥ずかしかったんだ。だから愛衣達の話を聞いて、これはチャンスだって思ったの。前みたいになれるチャンスだって。お弁当も優くんに食べてもらいたいってずっと思ってたから、一生懸命作ってきたの。食べてみて。お願い。」
クーラーバックからお弁当を取り出して、明日香はさらに近づいてきた。今僕は左右と後ろにくっついている美少女達の発する『3D濃厚プレミアムもの凄くとんでもないそこはかとない奥ゆかしさを感じる素敵な良い匂い』が作り出す神秘的な世界で溺れているのだが、それでも明日香の『心に沁み渡るべらぼうに優しい匂い』を感じることができた。数年ぶりだが、ハッキリと明日香の匂いを感じることができたのだ。僕はこの匂いに育てられたと言っても過言ではない。
僕と明日香は家が隣同士、いわゆる幼馴染である。物心ついた時にはもう明日香が隣にいた。小さい時からずっと多くの時間を二人で過ごしてきたのだ。ただの幼馴染ではない、べらぼうに仲の良い幼馴染だったのだ。だが、中学2年の時に明日香は突然僕から離れて行った。何か嫌な事をしたのなら謝ろうと思った。明日香に好きな人ができたのかもしれないとも考えた。何度も明日香と話をしようと試みたのだが、僕が近づくと明日香は逃げてしまう。明日香は僕に近づかない。だから、ついにクンクンがバレたんだなと思ったのだ。自分で言うのも何なんだが、キモすぎる、無理だな。こうして僕は明日香を諦め、高校二年の今はクラスメイトでありながら会話もしない関係になってしまっていたのだ。
「優くん、食べて。はい、あ〜ん。」
明日香は以前のように僕を優くんと呼び、目の前に唐揚げを差し出してきた。そして僕に甲子園と並ぶ男子高校生の夢『あ〜ん』をしようとしているのだ。
明日香の『心に沁み渡るべらぼうに優しい匂い』は、今まで僕が溺れていた神秘的な世界に完全に混じり合い、『4D濃厚プレミアムもの凄くとんでもないそこはかとない奥ゆかしさを感じる心に沁み渡るべらぼうに優しい素敵な良い匂い』となって次元を超えた異次元の世界を作り出し、僕はその世界の中で浮遊しながら大きく口を開けた。
「あ〜〜。」
僕には詩織という隠れて付き合っている彼女がいるのだが、それとこれとは話が別である。だって僕の両腕は双子姉妹によって拘束されており、唐揚げを食べるには『あ〜ん』してもらう以外に方法が無いのだ。だからこれは決してやましいことでは無い。それに、明日香の唐揚げがべらぼうに美味い事を僕は知っているのだ。
小学校低学年の頃だったと思う。明日香は料理に目覚めた。初めは目玉焼きとかを作って僕に食べさせてくれた。僕は試食係だったのだ。それがとても美味しかったので、僕は喜んでパクパク食べていたのだ。この頃からすでにクンクンパクパクだったのだ。流石にキモいと自分でも思うが、それはもう過ぎ去った過去のことである。そして、年齢を重ねるごとに明日香は料理の腕をあげ、中学校二年の頃には彼女の作る料理はべらぼうに美味くなっていたのだ。体育祭などの時には、よく唐揚げを作ってくれた。その時の記憶が鮮明に蘇る。
僕には口を大きく開けるという以外に選択肢はなかったのだ。
「あ〜〜。」
口の中に優しく唐揚げが入れられる。そして、じっくりと噛んだ。
その瞬間、全身を衝撃が貫いた。我慢に我慢を重ね、ヤバッもう間に合わないかも、人生終了か?と、焦りながら変な動きで個室に駆け込みギリギリセーフだった時の感覚、それに近いと言えばわかりやすいと思う。そんな感覚が全身を貫いたのだ。膝は折れ、腰からは力が抜けた。しかし、床に崩れる事を天国達は許さなかった。両腕と背中の天国達がしっかりと僕を支えてくれたのだ。
異次元の天国の中で浮遊しながら、唐揚げを噛む。
まぶたを閉じ8Kの天国を堪能しながら、唐揚げを噛む。
両腕と背中に天国を感じながら、唐揚げを噛む。
心の中に、全身に、天国が沁み渡る。
食レポを気取って食感がどうのとか、肉汁が味付けがどうのとか、そんな言葉は明日香のべらぼうに美味しい料理の前では邪魔にしかならない。美味しさを表現するのに言葉なんかいらないのだ。
パカッ。
「あ〜〜。」
「優くん、ありがとう。べらぼうに嬉しい。ずっとこの時が来るのを夢見ていたの。これからもずっと食べて欲しい。だから愛衣を彼女にしてあげて、お願い。
はい、どうぞ。あ〜ん。」
二つ目の唐揚げが口の中に入れられた。
「食べて。」
「私も。」
「食べて。」
耳元で奏でられる甘い囁き天国を聴きながら、天国に支えられながら、じっくりと唐揚げを噛む。
もう無理だろ。
僕は男子高校生である。欲望が服を着て歩いているような物なのだ。その健全な男子高校生の五感が、美少女四人組の波状攻撃により完全に攻略されてしまったのだ。
視覚 まぶたを閉じると鮮明に再生される8K天国
聴覚 耳元で奏でられる甘い囁き天国
触覚 両腕と背中で縦横無尽に暴れまくる何かの天国
味覚 口の中から始まり全身に沁み渡る唐揚げ天国
嗅覚 僕を包み込む次元を超えた異次元天国
美少女達の無差別同時多発天国波状攻撃により、僕の脳は桃缶の桃と化し、肉体は天国出汁をたっぷり吸い込んだ高野豆腐と化していた。
もはや人では無い。
僕には隠れて付き合っている詩織という彼女がいるのだが、それとこれとは全然関係の無い話なのだ。だって僕は高野豆腐なのだ。だから、倫理なんて知らないのである。桃は何にも考えられないのだ。
その時、扉が開いた。
天国へと続く扉ではない。先程僕が通ってきた屋上へと続く扉が開いたのだ。