3 双子
私と私。私は私。
愛衣と麻衣。一卵性双生児、いわゆる双子の私達姉妹の名前である。お姉ちゃんが愛衣、そして妹の私が麻衣。
私たちは肉眼では見分ける事が困難なくらい良く似ている。容姿だけではなくて、勉強も運動も同じくらいで、好きな物も嫌いな物も一緒。性格まで似ている。相談した訳でもないのに髪型まで一緒なので、指紋認証とか虹彩認証とかの最新技術を使わなければ判別できないのではないかというくらい似ている。もはや一卵性双生児どころか、工場のラインの上に乗っかって出来た工業製品だねと、二人で笑い合っている。
赤ちゃんの頃の写真を見てみる。ピンクのベビー服と水色のベビー服の二人の赤ちゃん。親が二人を判別するために色違いにしたらしい。それ以来ずっとお姉ちゃんはピンク、私は水色がイメージカラー、服にしても雑貨にしても全て青系の色を選んでいる。なので、身体のサイズが一緒なのに共有出来るものは意外と少ない。中学校からは制服となったので、姉妹判別の手助けとしてピンクと水色のヘアピンをつけて登校している。
中学校の時、気になっている男の子に告白された。
「宮本さん、好きです。付き合ってください。」
苗字での告白だった。
「私、麻衣だけど、私で良いの?」
「うん、まぁ…」
愛衣でも麻衣でもどっちでも良かったんだろうなと思う。好きになった女の子と同じ女の子がもう一人いた。どっちを好きになったのかはわからないけれど、本当にどっちでも良かったんだと思う。彼は悪くない。でも、名前で呼んで欲しかった。
愛衣と麻衣。誰も判別してくれない双子姉妹。誰も判別できないから、どっちでも同じ。愛衣と麻衣なんてどっちでも良いと私でさえ思っていた。
赤ちゃんの時に服を着せ間違えた。ふざけてお互いに違う服を着た。なんて、愛衣と麻衣が入れ替わってしまう可能性なんて、今までいくらでもあったと思う。だから、愛衣とか麻衣とかにはこだわら無い。それでも今私が麻衣であるのは、水色のヘアピンをつけているから。ただそれだけ。ピンクのヘアピンをつければ、すぐに愛衣になってしまう。私がどう思おうが、周囲が私を愛衣にしてしまう。だから愛衣と麻衣、どちらも私。愛衣と麻衣、私と私。今隣でスマホをいじっている愛衣でさえ、私の様な気もしてくる。でも、どちらも私ではないような気もしている。愛衣でもなくて麻衣でもない、私は私。私と私。私達は自分の存在が曖昧になっていた。
高校で1クラスしか無い学科に入学して、お姉ちゃんと初めて同じクラスになった。そのまま2年になり、クラス全員が顔見知り。その状況で、私達はいたずらをした。ヘアピンを替えて愛衣と麻衣を入れ替えた。小学校の時も中学校の時も、今まで何度もした事のあるいたずら。でも、バレた事は無かった。
何食わぬ顔でお姉ちゃんの席に座った。隣の席の男の子が声を掛けてきた。
「おはよう、麻衣さん。ピンクの麻衣さんはなんか新鮮だね。見慣れているはずなんだけどね。似合ってるよ。」
私達の曖昧が、愛衣と麻衣になった。
高橋君。成績も運動も顔も中の上くらいの人。いつも静かで教室では目立たない人。その彼が、私達姉妹の話題を独占した。
初めて、私達を見分けられる人に出会った。
黄色のヘアピンをつけて彼のところに行く。
「だ〜れだ?」
「麻衣さん。黄色もいいね。」
髪を縛って彼のところへ行く。
「だ〜れだ?」
「麻衣さん。似合ってるよ。」
「だ〜れだ?」
「麻衣さん。」
何度も何度も彼のところへ行く。
彼に名前を呼んでもらえる事が、とんでもなく嬉しかった。
放課後一人でいた高橋君にお姉ちゃんと二人で質問した。どうして見分けられるのかと。
「正確には見分けてるんじゃ無いんだよ。感じてるの。君達の周りにある空気みたいなやつ。それが、二人それぞれ違うんだけど、それを感じるところまで近づかないとダメってところが欠点なんだけどね。」
「キモッ!」
この時からお姉ちゃんは高橋君を罵るようになった。照れ隠しなのが見え見え。もうお姉ちゃんは高橋君が大好きだった。
愛衣を愛衣に、麻衣を麻衣にしてくれた人。
嬉しそうに罵るお姉ちゃん。優しげな表情で受け止める高橋君。私は見ているだけで我慢しようと思った。
「今日こそはちゃんとお話をする。」
毎朝、教室に入る前のお姉ちゃんの決意。
高橋君が好きすぎた。恥ずかしくて、真っ白になって、普通じゃなくなったお姉ちゃんの不器用な高橋君への接し方。罵って、後悔して、自己嫌悪に陥って、決意して、そしてまた罵る。それが毎日繰り返されていた。
そして昨日の放課後、クラスメイトのいなくなった教室に、私とお姉ちゃんと私達姉妹の親友の明日香。
「高橋君に告白する。それでフラれて終わりにする。もう、これ以上酷い事を言うのは嫌なの。もうこれ以上嫌われたく無いの。高橋君は私達を見分けられるから、だから麻衣、麻衣なら大丈夫だと思うから。」
お姉ちゃんは涙ぐんでいた。
「高橋君は私達のどっちかとか、どっちでもいいなんて事絶対言わないよ。お姉ちゃんがダメなら私もダメだと思う。」
高橋君は私達のどちらかを選ぶなんてしないだろうなと思う。だから、私達は最初からダメだったんだ。
「麻衣、それじゃ、二人一緒なら大丈夫って言うようにも聞こえるわよ。だったらさぁ、どうせダメなら一緒に告白して、二人とも彼女にして下さいって言ってみれば?あいつも男だから有り得るんじゃない?美少女双子姉妹が両方彼女って男の夢でしょ。何なら私も彼女になって、ハーレムにしちゃおうか?もう、数で勝負よ。断れなくしちゃえばいいのよ。どうせダメなんだし、当たって砕けろよ。」
涙ぐんでるお姉ちゃんをよそに何故か明日香は楽しそう。真剣な話が、冗談話に置き換わろうとした時、
「ごめん、話聞こえてきた。」
突然、ギャルの麻里香が話に割り込んできた。この進学校でたった一人のギャル。いろいろな噂が流れていていつも一人。私達姉妹とはほとんど接点がない。
「もし、高橋君のハーレム作るんなら、私もメンバーに入れてくれないかな。」
とんでもな冗談話が、何故か動き出してしまった。