21 僕はただクンクンしていただけなのだ。
どうしてこんな事になっているのだろうか。
現在翼さんの面接真っ最中である。翼さんは真剣な表情で何か訴えている。
「パッパラー。…………こんな感じで良いのかな。どう?」
「うん。それで良いと思うよ。私もまだ3回しか鳴らしたことがないんだ。一緒に頑張ろう。」
片隅では新加入の美咲さんが、麻衣さんにファンファーレの鳴らし方を教えて貰っていた。
また増えるのだろうか。豪華特典がまだ増えるのだろうか。
もう、無理なのだ。
勉強普通。運動ちょっと苦手。顔普通。ややコミュ障。中肉中背、良くも悪くも特徴がない。地味。休みの日はアニメやラノベで過ごし、趣味はクンクンである。何か秀でた特技がある訳でもない。
こんな男がこんなにモテる訳が無いのだ。
こんな男がこんなにモテて良いはずがないのである。
彼女達は初めから一貫して僕の彼女になりたいと言っている。でも彼女達がこんな僕に好意を持つ理由が分からない。さっぱり心当たりが無いのだ。
僕は何もしていない。
隣に座って、僕はただクンクンしていただけなのだ。
水曜日の図書室で、僕はただクンクンしていただけなのだ。
双子の違いを確かめたくて、僕はただクンクンしていただけなのだ。
小さい頃から、僕はただクンクンしていただけなのだ。
僕はただクンクンしていただけなのだ。
だから彼女達の言葉を素直に受け取れない。
さらに、昨日一日のお試し体験で気付いた事。僕は多くのものをもらい過ぎているという事。
卵焼きが教えてくれた事。僕は彼女達に何も返していないという事。
貰ってばかりで何も返していない。それがとても心苦しい。
僕と彼女達の関係は一方通行である。彼女達から多くの物を貰って、ドキドキさせられ、ワクワクさせられ、僕からは何も返していないし、返せる当てもない。
こんな関係は歪んでいると思う。
僕は彼女達の彼氏だと胸を張って言えるのだろうか。
「パッパラー。」
ファンファーレが鳴った。どうやら翼さんも審査を通ったようだ。これで7人目である。
そもそも7人の彼女なんておかしいのだ。
「皆んな、ちょっと話し聞いてもらえるかな。
こうやって、皆んなでお弁当を食べるのも、一緒に勉強したのもすごく楽しかった。皆んなは僕に色々してくれて、そんな気持ちがとても嬉しかった。でもね、僕は君達に何も返してないんだよ。それがとても心苦しいんだ。
僕は何の取り柄もない地味な男だからさ、自信がないんだよ。
僕からは何もしてあげられないのに、彼氏だなんて言えないよ。
何の魅力も無いこんな僕が、君達の彼氏だなんて恥ずかしくて言えないんだ。僕には無理なんだよ。
だから、ごめんなさい。」
彼女達は真剣な表情で、黙って僕の話を最後まで聞いてくれた。静まり返った教室に愛衣さんの鼻をすする音だけが響いていた。
こうして、お試し体験は3日目で終了した。
数日ぶりにトボトボと一人で家に帰った。
一人で帰ることは酷く寂しかった。せめてお試し体験を最後まで終わらせてからにすべきだったと大いに後悔したのではあるが、後の祭りである。
男の夢の探求、匂いの研究、やり残した事もあるが、それもやむを得ないのだ。全てが自分のせいなのである。
ここ数日が異常で、またあの何の変哲もない普段の日々に戻るだけの事なのである。
ただそれだけの事なのだ。
⭐︎
朝、いつもの時刻に目覚まし時計に起こされた。いつもの時刻に家を出て、3日間明日香と歩いた道を一人でダラダラと歩き、いつもの時刻に誰も待っていない校門をくぐった。
以前に戻っただけの、何の変哲もない朝だった。
下駄箱に白い封筒が入っていた。
表には僕の名前と、
『男を試す大抽選会のご案内』
『特別抽選券同封』
と、書かれていた。
赤いハートのシールで封がされており、慎重に剥がして中身を取り出した。
『運、それは男の実力。運の強さ、それは男の魅力。あなたの持つ力と魅力で、あなたは一体何を手に入れることができるのか?
ご案内 高橋様限定で男を試す大抽選会を開催します。自分の実力と魅力を試すチャンスです。同封の『特別抽選券』をお待ちのうえ、ぜひご参加下さい。
なお、無料お試し体験(1ヶ月)も随時実施しております。お気軽にお申し出下さい。
『空くじ無し! 男を試す大抽選会』
日時 今日の放課後
場所 屋上 』
と、書かれた案内状らしきものと、手書きで思いっきり雑に色の塗られた『特別抽選券』なるものが7枚入っていた。
「…………………」
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「カランカランカランカラン。おめでとうございます。5等 金髪ギャルで〜す。」
「よっしゃー!金髪ギャルゲットだぜー。後は詩織と明日香、1等と4等か。」
「優くん、お願い。私をゲットして彼女にして。」
「任せろ、詩織、明日香。抽選券は後2枚ある。俺の運の強さ、俺の実力を見せてやるよ。必ず二人をゲットして、みんなまとめて俺の彼女にしてやるぜ。
さぁ、行くぞーっ。おりゃあー!」
「カランカランカランカラン。…………」
なんかね、下駄箱に白い封筒を確認した時、僕は全てを悟ったね。僕はもう逃げられないのだと。
『諦めなきゃ良いんだよ。』
そもそも僕には決定権なんか無くて、僕の意向など全く考慮されていないのだ。だから僕が諦めた。そして決めた。
頂点を目指そう、と。
彼女達が僕に拘る理由なんてもうどうでも良くなったのである。どうせ逃げられないのだ。
だから理由とか意地とか常識とか、その他諸々ポイって捨ててみたらそこには男の夢があったのである。男の夢の探求者として僕は頂点を目指す使命があるような気がしてきたのである。
これからも彼女達は僕に多くの物を与えてくれるだろう。だから僕は全身全霊でそれらを受け止めお代わりを要求する、それが僕のできる彼女達へのせめてもの恩返しではないだろうか。それが礼儀と言うものではないだろうか。
例えそれがどんなワクワクでも、どんなドキドキでも、どんなイチャイチャでも、どんなムフフであろうとも、全力で受け止める覚悟は出来ているのだ。
『さぁ、来いっ!』
「カランカランカランカラン。おめでとうございます。7人全員コンプリートで〜す。」
頂点への道は細く険しいだろう。望むところである。僕はただ突き進むだけなのだ。
相手に不足は無いのである。
『さあ、来いっ!』
(おしまい)
皆様の貴重なお時間を浪費させてしまい申し訳ございませんでした。最後までお付き合いいただきありがとうございます。
何の構想も無く書き始めて、高橋君に全てを任せていたらとんでも無い方向に進んでいって、アホすぎました。反省しております。




