20 豪華特典その6 入会金無料
お試し体験3日目の昼休みになった。机がパパッと寄せられ僕の右隣には麻里香さんが座った。今日の『あ〜ん』担当は麻里香さんのようである。明日香のべらぼうに美味しいだろう『肉じゃが』をメインに、皆んなが持ち寄った料理が並べられた。今日も僕は卵焼きを提供した。どれもこれも美味しそうである。
それでは『いただきます。』なのだ。
「あの〜、すみません。私も一緒にお弁当食べても良いですか? 皆さんと一緒に食べたいです。」
『肉じゃが』のような女の子、『挨拶上手の』美咲さんが昼食会への参加を申し込んで来たのである。ピンクの布に包まれたお弁当箱をお腹の前で両手で持ち、少し俯いて緊張してか表情が強張っていた。
美咲さんは控えめなおとなしい感じの女の子である。こんな得体の知れない昼食会に首を突っ込むようなタイプでは無いのだ。突然の申し出に、皆んなの不思議そうな視線が美咲さんに集まった。
「美咲、どうしたの? 別にダメって訳じゃないけど、でもここがどういう集まりか美咲も分かってるわよね。」
明日香が代表で答えた。
「うん。わかってるつもり。私に資格があるのかって凄く悩んだんだけど、やっぱり羨ましくて…。私も一緒に食べたいって思って…。」
「そうなんだ。でもね、美咲。入会には皆んなの同意が必要なのよ。だから、皆んなに分かるように美咲の志望動機を説明できるかな。それと自己アピールもね。」
面接である。入会審査が始まったのだ。ここは皆んなでお弁当を食べるのに審査が必要な様である。秘密結社か何かなのかも知れない。そしてたぶん、いや絶対、『皆んな』の中に僕は含まれてはいないのである。僕の意見など『皆んな』には必要無い事ぐらい僕は既に学習しているのだ。
俯いたままではあるが、美咲さんは何か決意を固めたかのようにハッキリとした口調で話し始めた。
「はい。えっと、私、変態っぽいから、恥ずかしいから秘密にしてたんだけど、元気が貰えるっていうか、癒されるっていうか、身体がゾクゾクってするっていうか、でも好きでどうしようも無くて…………
私、高橋君の声が好き。どうしようも無く高橋君の声が好きなの。高橋君の声を近くで聴きたいの。」
「パッパラー。美咲、わかるよ。わかる。言葉にできないくらいわかるよ。…。あっ、私は別に声が好きって訳じゃないけど、ごめんね、続けて。」
僕が『へっ?』って思う前にファンファーレが鳴ったのである。詩織のファンファーレだ。詩織はフライングでファンファーレを鳴らすほど一体何がわかると言うのだろうか。僕にはさっぱりわからない。
それにしても、美咲さんは僕の声が好きだと言ったのである。僕では無く、僕の声が好きなのだと。
確かに僕にも好きな声というものはある。アニメなんかを見ていて、この声優さんの声良いな〜、なんて思う事も良くある。だから美咲さんを変態だとは思わないが、でも僕は声優でも歌手でもない。声を褒められても微妙なのである。喜んだ方がいいのか、喜ばなくてはならないのか、どうすれば良いのかさっぱり分からないのだ。それに、対応を間違えれば偶発的な事故を引き起こしそうな嫌な予感さえする。
だから僕は見守ることにしたのだ。何も反応せず無表情で遥か遠くを見ながら、お地蔵様のように彼女達を見守る事に、事の成り行きを見守る事にしたのだ。どうせ僕の意見など必要無いのである。
「だから、毎日何度でも、ううん、ずっと高橋君の声を聴きたいって思ってて、教室で聞き耳を立てていても高橋君無口であまり話さないからなかなか声聴けなくて、それで、直接話しかければ良いんだって思ったんだけど、どうやって話しかけたら良いのかわからなかったの。男の子に話しかけたことなんてないから、恥ずかしくて…。
話しかけ方が分からない。どうすれば良いのか分からなかったの。」
「パッパラー。わかる、わかるよ、美咲。あなたの気持ちべらぼうにわかるわ。あっ、ごめん。続けて。」
明日香のファンファーレだ。明日香も何かわかった様である。お地蔵様は見守っている。
「それで考えて、朝の挨拶なら不自然じゃなく話しかけられるって思って、頑張って朝の挨拶をしてみたの。それで少し声が聴けるようになって凄く嬉しかったんだけど、本当はもっともっと声を聴きたいって思ってて、でも、こんな地味な女に話しかけられても嫌だろうなって、こんな可愛くない女に馴れ馴れしく話しかけられて、変な噂にでもなったら迷惑だろうなって思って、だから話しかけるのは朝の挨拶だけって決めていたの。」
「パッパラー。わかる、わかるよ。そこはかとなく美咲の気持ちわかるよ。あっ、ごめん。続けて。」
麻里香さんのファンファーレだ。麻里香さんも何かわかった様である。しかし、お地蔵様は見守っている。
「でも、朝の挨拶だけだと少ししか高橋君の声を聴けなくて、だからもっと色々話そうって思っても、恥ずかしくて、緊張して、頭真っ白になって、結局天気の事しか話せなくて、明日こそは絶対って思うんだけど結局ダメで…。」
「パッパラー。わかる、わかるよ。美咲の気持ちもの凄くわかるよ。あっ、ごめん。続けて。」
愛衣さんも何かわかったらしい。やっぱりお地蔵様は見守っている。
「それで、皆んなが高橋君と一緒にお弁当食べるようになって、だからもう、私は聞き耳立てるだけで我慢しようと思ったの。皆んなと話す高橋君の声だけで我慢しようと思ったの。」
「パッパラー。わかる、わかるよ。美咲の気持ちとんでもなくわかるよ。あっ、ごめん。続けて。」
麻衣さんも何かわかったようである。それでもお地蔵様は見守っている。
「でもね。聞き耳立ててたら聞こえてきたの。
One for all. All for one.って。
Never give up,って。
だから私も諦めないで頑張ろうって思ったの。エイエイオー!に元気もらったの。
私やっぱり高橋君の声を近くでたくさん聴きたいの。
皆さんと一緒にお弁当食べさせて下さい。お願いします。」
美咲さんは深々と頭を下げた。その姿に必死さと真剣さが滲み出ている。そして、背筋をピンと伸ばし直角まで頭を下げる美咲さんの後ろに、お地蔵様は驚きの光景を見てしまったのである。
黄色い布で包んだ小さなお弁当箱を両手でお腹の前に持って、まるで面接の順番を待っている様に『吐き捨て上手』の翼さんが立っていたのである。
「パッパラー。豪華特典その6 入会金無料。声フェチ地味子〜。」
ファンファーレが鳴った。
「……………。」
「優くん。何それ?頼むよ。」
「何それ?」
「ジャジャージ。今私を彼女にすると、な、な、なんと、声フェチ地味子が彼女としてついてきます。」
「あ、そう。良かったね美咲さん。おめでとう。頑張って。」
もうそれどころではないのである。どうしてこんな事になっているのだろうか。
謎である。
どうしてこんな事になっているのだろうか。
本当に謎なのである。




