2 豪華特典その1 ダブルチャンス
「やべーっ、スゲーお得じゃん、これ。」
「でしょ、さぁ早く電話しちゃいなよ。電話4台で待ってるからさ。」」
僕には彼女がいる。だから愛衣さんの気持ちには応えられないし電話もできないのだが、『僕が選んだ世界美少女ランキング』2位の二人を同時に彼女にできるという、このとてつもない豪華特典は僕の心の奥で眠っていた野心を簡単に目覚めさせてしまったのだ。
『罵り上手の双子の妹』麻衣さんは、愛衣さんにそっくりである。見た目で判別出来ないくらいそっくりなのだが、愛衣さんはピンク、麻衣さんは水色のヘアピンをつけているので、クラスメイト達はそれで二人を判別しているようだった。
だが僕はもう一つの判別法を会得していたのである。匂いである。視覚がダメなら嗅覚を試してみようと思ったのだ。さりげなく近づいて、密かにクンクンしたのである。その結果二人の匂いに違いがある事に気がついた。愛衣さんは『もの凄く良い匂い』がするのだが、麻衣さんは『とんでもなく良い匂い』がするのだ。
この『もの凄く良い匂い』と『とんでもなく良い匂い』に同時に包まれてみたい。この僕の野心を実現するチャンスが来たのだ。僕には詩織という彼女がいるのだが、それとこれとは話が別なような気もする。心臓は激しく脈を打ち始め、心は大きく揺れ動いた。だが、野心は次なる野望へと僕を駆り立てた。もしかしたら、触覚や味覚を試すチャンスが来るかもしれないという大いなる野望へと。そう考えた瞬間、脳が小刻みな振動を始めたように思われた。僕にとってそのような野望はどうやら身分不相応だったようである。負荷が大き過ぎた。脳が限界を超えたのだ。脈は恐ろしい程に速くなり、意識が急激に遠ざかっていった。
「あっ、危ない!」
薄れゆく意識の中でそんな声が聞こえ、次の瞬間『とんでもなく良い匂い』に僕は包まれた。天国に着いちゃったのかも、もうこのままでも良いかなぁ、なんて思ったのだが、その時、右腕付近にもう一つ別の天国がある事に気づいてしまったのである。それが何なのかはわからないが、硬くて柔らかいという相反する二つの性質を兼ね備えた『得体の知れないとんでもない何か』が僕の右腕付近に存在し、その『とんでもない何か』が僕の右腕を、挟むというか、包むというか、とにかくそんな事をしてもう一つの天国を形成しているらしい。僕はその『得体の知れないとんでもない何か』の正体を探るべく、意識を強引に回復させ右腕を見た。
見えなかった。なぜなら目の前には、美少女の顔があったのだ。
「高橋君、大丈夫?なんかフラッとして倒れそうだったんで、私慌てて…………。」
麻衣さんは倒れそうになった僕を支えてくれたらしい。僕に寄り添い右腕にしがみつくような形になっていた。
「ありがとう、麻衣さん。ちょっとヤバかったけど、もう大丈夫だよ。」
麻衣さんだという事は、濃厚な『とんでもなく良い匂い』が教えてくれていた。
「良かった。でもまだ心配だから、もう少しこのままでいるね。」
麻衣さんは僕の右腕にしがみついたままコテッと頭を僕の肩に預けると話を続けた。
「高橋君、聞いて欲しいの。お姉ちゃんね、高橋君のこと大好きなんだよ。毎晩私の部屋に来て、今日の高橋君はここが格好良かったとか、可愛いかったとか、高橋君の事ばっかりいつまでも話してるんだよ。そんなの私だって、ずっと高橋君を見ていたから知っているんだけどね。でも高橋君はお姉ちゃんが大好きな人だから、私は見てるだけで我慢しようって思ってたんだ。
でもね、昨日ダブルチャンスの話になって、私も高橋君の彼女になれるかもって思ったの。これはチャンスだって。私だって高橋君が好きなんだよ。大好きなんだよ。私だって高橋君の彼女になりたいんだよ。
だからお願い。
お姉ちゃんを高橋君の彼女にしてください。
そして、私も高橋君の彼女にしてください。
高橋君、好きです。」
麻衣さんの僕を支えている力が強くなった。右腕が熱い。『得体の知れないとんでもない何か』は更に存在感を増し、僕を激しくもう一つの天国へと誘った。超至近距離から発せられる『とんでもなく良い匂い』は、薄まることもなく純度の高いまま『濃厚プレミアムとんでもなく良い匂い』となって僕を包んでいる。そして聞こえてきたとんでもなく魅力的なお願い。僕には詩織という彼女がいるのだが、それとこれとは話が別である。と、考えても仕方がないのではないか。僕は僕に負ける言い訳を探し始めていた。
「あっ、危ない。」
僕の左腕に更にもう一つ天国が現れたのである。