16 豪華特典その5 秘密兵器
「ごめんなさい。優くん、本当にごめんなさい。」
そう言うと詩織は深々と頭を下げた。
明日香に呼ばれ僕達の所に来た詩織は、ひどく真剣な表情で昨日の事を謝ったのだ。
『絶対に幸せになってみせるから』
そう言って詩織は中井君と手を繋いで屋上から去って行った。その後の事は僕は何も知らない。ただ、今日の中井君を見れば二人の間に何か重大な事件が起きた事は明らかであり、現に中井君は今も僕を睨んでいる。
「昨日の事ならもういいから。愛想尽かされて当然だなって納得できたし、今まで僕の方こそごめんね。」
突然のスキャンダルネタにクラスメイト達は興味深々である。教室が異様に静かであり、そこに響く僕と詩織の声。これは公開処刑なのだ。そして僕はその終わらせ方を知らない。
「優くん、そうじゃないの。私が全部悪いの。どうしてあの時あんなふうに思ってしまったんだろうって、どうしてあんな事言ってしまったんだろうって、中井君と下駄箱まで行って、そこで気付かされたの。私は間違っているんだ、私に必要なのは中井君じゃなくて優くんなんだって。一緒に居たいのは優くんなんだって気付いたの。」
遂に名前が出され中井君の顔が歪んだ。イケメン中井君とキモ男僕の直接対決である。スペック対決なら勝敗は見えている。しかし大方の予想を裏切って、詩織は僕に軍配を上げたのである。
さっぱりわからない。
中井君は『健全な男子高校生の敵』である。ハイスペックでイケメンという嫌な奴なのだ。そして、それらのスペックの全てで僕は中井君に負けている自信があるのだ。だからなぜ詩織が僕に軍配を上げたのか、その理由がわからない。
『ちょっと痛いとちょっと臭いは癖になる。』
暇な時にくだらないラノベを書いている知り合いのキモい男の言葉なのだが、詩織にとって僕はそう言う事なのだろうか。僕はちょっと痛い男で、一緒にいるうちに癖になってしまったのだろうか。
「それで急いで屋上に戻ったんだけど、もう優くんはいなくて…
優くん、本当にごめんなさい。許してください。私、優くんと一緒に居たいの。だから、また彼女にしてください。お願いします。」
今にも泣き出しそうな表情で詩織が僕を見つめている。恐ろしいまでの緊張感。異様に静まり返る教室に、ピンと張りつめる空気。
詩織が僕の言葉を待っている。今教室にいる全ての人が僕の次の言葉を待っている。
正直に言うと、昨日の事は僕はほとんど気にしてない。僕はモテ要素の無い男である。だから僕はすでに覚悟していたのだ。卒業までに僕のフラれる確率は90%くらいだと予想していたのだ。絶対に傘の必要な確率であるのだが、僕は傘も持たずに詩織と付き合っていたのだ。当然フラれるのである。
さらに、昨日から続いている『憐れみ大作戦』と『続・憐れみ大作戦』のハラハラドキドキパカパカクンクンの展開に、詩織との事を考え落ち込んでいる余裕など無かったのである。昨日の詩織との事は、僕の中ではミニゲームぐらいの位置付けになってしまっていたのだ。
『詩織、僕は全然気にして無いから大丈夫だよ。』
ここまでは良いのである。正直な僕の気持ちなのだ。
問題はその後の、詩織の復縁要請である。僕はどう答えるのが正解なのだろうか。
昼休み前の数学の授業中に、僕は決意して『男の夢の探究者』となったのだ。
そして迎えた昼休み、僕は積極的に『憐れみ組』の『あ〜んラッシュ』を受け入れたのだ。自動的に口がパカパカ「あ〜〜。」しているのを、クラスメイト達も当然詩織も見ていたはずである。そして今も僕は美少女達に囲まれている。
言葉を間違えれば僕の生存権が脅かされる恐れがあるのだ。
美少女達に囲まれながら詩織の復縁要請を受け入れた場合、世間は許してくれるだろうか。
美少女達に囲まれながら詩織の復縁要請を断った場合、世間は許してくれるだろうか。
どっちも無理っぽい。
なので、復縁要請には触れない事にしたのだ。曖昧にして誤魔化す。君子危うきに近寄らず、なのである。
「詩織、昨日の事は全然気にして無いから大丈夫だよ。僕も彼氏らしい事何もしてあげてないし、お互い様だよ。だからさ、そう言う事なんで、頑張ろう。」
何を頑張るのかさっぱりわからない。
『エイエイオー!』なのである。
詩織が僕の言葉をどのように解釈したのかはわからないが、詩織の表情が柔らかくなった。
「優くん、ありがとう。私やっぱり優くんのそばに居たいの。今はまだ反省中だけど、もう一度彼女になれるように頑張るね。私、優くんの彼女になりたいの。
だから、愛衣を彼女にしてあげて。」
「パッパラー、豪華特典その5、秘密兵器、出戻り彼女反省中〜。」
愛衣さんのファンファーレである。過去最高に雑なネーミングである。しかし、豪華特典が何なのか過去最高に分かりやすい。
「愛衣さん、『????何それ?』って必要?」
「うん、そうだねぇ、リズムって大事だからさ、一応お願いしようかな。」
「うん、わかった。じゃ、いくよ。………….何それ?」
「ジャジャーン。優くんが私を彼女にすると、な、な、なんと、ちゃんと反省した元彼女が出戻って彼女になります。」
詩織が秘密兵器なのは何となくわかっていた。しかし、秘密兵器が何をするのかがわからなかったのである。まさか詩織が豪華特典になるとは思いもしなかったのだ。僕が立ち去った後の屋上で、一体何があったのだろうか。
謎である。
それにしてもだ。僕が愛衣さんを彼女にすれば、詩織まで彼女になるらしい。詩織と付き合いながら他に4人も彼女ができると言う倫理的におかしな事になるのだが、昨日の『憐れみ大作戦』の天国波状攻撃に必死に抵抗していた僕は何だったのだろうか。まさに無駄な抵抗というやつである。
でも、全てがおかしい。こんな上手い話があるはずが無いのだ。
顔を上げる気力も無く中井君が机に突っ伏している。詩織という荒波に翻弄され難破してしてしまった被害者である。ただただ可哀想に思うのだか、明日は我が身かもしれない。
「新しく加入した詩織です。皆さん、よろしくお願いします。」
軽く一礼した後、詩織は愛衣さんの隣に座った。
「ねぇ詩織、優くんに『あ〜ん。』のご挨拶したら?」
明日香が詩織に『あ〜ん。』を促した。
「優くん、私頑張るね。はい、あ〜ん。」
パカッ
「あ〜〜。」
竹輪にきゅうりを入れたやつである。べらぼうに美味しかったのである。




