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15 あ〜ん

 やはり僕には選択権など無かったのである。僕の意向など一顧だにされなかったのだ。『憐れみ組』の美少女達は手際良く机を並べると、僕に席に座るようにと促した。右に明日香、左に麻里香さん、向かいに愛衣麻衣姉妹である。これからここで昼食を食べるようである。


 我が校には食堂など無い。昼食は各自持参である。お弁当やパンなどを持ってきて、屋上や部室など好きな所で食べるのだ。しかし、今日は全員が教室にいるような気がする。皆んなの視線が僕達に集まっている。どうやら、劇団『憐れみ組』による劇『昼食会』を鑑賞しながらお弁当を食べるつもりらしい。そして僕はもう舞台に上げられてしまっていたのだ。

 いつも一緒に昼食を食べていた友人二人が教室の片隅から羨ましそうに僕を見ている。中井君は相変わらず僕を睨み続けており、詩織は一人自分の席で、机の上に置いたコンビニのおにぎり二個をじっと見ていた。

 

 「「「「「いただきます。」」」」」


 開幕である。


 「はい、優くん。あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 男子高校生にとって『あ〜ん。』は甲子園と並ぶ男の夢なのだが、流石にこの衆人環視の中での『あ〜ん。』は恥ずかしすぎる。甲子園ベスト8ぐらいのハードルの高さでは無いだろうか。

 しかしである。僕は明日香の料理がべらぼうに美味しい事を知っているのだ。明日香の料理は何物にも代え難いのである。別に自分で食べればいいだけなのだが、僕は男の夢を追い求める挑戦者なのだ。こんな事でたじろぐ訳にはいかない。


 「あ〜〜。」

 

 明日香がハンバーグを口に入れてくれた。ゆっくりと噛む。べらぼうな美味しさが全身に沁み渡る。


 「ね、ね、明日香。私も餌やりたい。ね、いいでしょ。」


 じっと僕達を見ていた麻里香さんが『あ〜ん。』を志願した。何が彼女にそう思わせたのかは分からないが、あの天才金髪ギャルが僕に『あ〜ん。』をして『餌』をくれるというのである。そこはかとなく嬉しい。そして妙にドキドキする。


 「明日香、私こういうの初めてなんだけど、上手く出来るかな。」


 「大丈夫よ。そいつ噛みつかないから。」


 麻里香さんは明日香のお弁当箱から卵焼きを箸で摘むと僕の前に差し出した。


 「はい、優くん。あ〜ん。」


 もう断る理由など何も無い。ためらう理由など何も無いのだ。麻里香さんの初めてを頂く事になった僕のできる事、それは全身全霊で『あ〜ん。』を受ける事である。それが初めての『あ〜ん。』を僕に捧げてくれる麻里香さんへのせめてもの礼儀なのである。


 いただきます。


 「あ〜〜。」


 出来るだけ大きく口を開けた。


 ゆっくりと卵焼きが運ばれる。箸の先で卵焼きが小刻みに揺れていた。

 『そこはかとなく奥ゆかしさを感じる素敵な良い匂い』に包まれながら、明日香の『べらぼうに美味しい卵焼き』を天才金髪ギャルに初めての『あ〜ん。」をしてもらう。いわばこれは男の夢なのである。

 

 男の夢が僕の口の中へと入れられた。


 ゆっくりと噛む。じっくりと味わいながら噛む。べらぼうな美味しさが全身に沁み渡る。


 「優くん、ど、どうかな?」


 麻里香さんが不安そうな表情で、僕の答えを待っている。


 パカッ


 「あ〜〜。」


 「キャーッ!」


 素っ頓狂な奇声をあげ麻里香さんは弾けた、と言うより壊れた。


 「やった、やった、やった、やった。何これ、すごい嬉しい。」

 

 耳まで赤くなった顔を両手で隠してテヘテヘし始めたのだ。


 「あ〜〜、あ〜〜。」


 催促も虚しく開いた僕の口には何も入れられる事は無かったのだが、僕は口を開けたままそんな麻里香さんを横目で見ていたのだ。


 「優くん、『あ〜ん。』はどうだった?」


 今度は正面に座っている愛衣さんに尋ねられた。


 「最高です。」


 「でしょ。私を彼女にすると毎日がこんな生活になるんだよ。だから私を彼女にしてよ。皆んな本気だよ。皆んな本気で優くんの彼女になりたいんだよ。昨日言ったことは全部本気だから、だから信じて。私達ね、皆んな優くんのことが好きなんだよ。


 優くん、もの凄く好き。はい、あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 『あ〜ん。』という言葉は呪文みたいな物なのだろうか。『開けゴマ』と唱えると岩の扉が開いたように、美少女達が『あ〜ん。』と唱えると、どうやら僕の口は開くようである。それこそ僕の意志とは無関係に開くのだ。ペダルを踏むと蓋が開くアレみたいな感じである。


 愛衣さんが口の中にタコさんウインナーを入れてくれた。べらぼうに美味しい。


 そして、ここから美少女達による怒涛の『あ〜ん。』ラッシュが始まったのだ。


 明日香が机の真ん中に置いた大きなお弁当箱からオカズが次から次へと僕の口の中に入れられて行ったのである。それはまるで『わんこ蕎麦』のようでもあった。


 「私も優くんがとんでもなく好き。はい、あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 きんぴらごぼうである。べらぼうに美味しい。


 「優くん、好きだよ。そこはかとなく好き。はい、あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 ポテトサラダである。べらぼうに美味しい。


 「私も優くんがべらぼうに好きなの。はい、どうぞ。あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 芋である。べらぼうに美味しい。


 「だから優くん、聞いてる? もの凄く好きなんだよ。はい、あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 ブロッコリーである。べらぼうに美味しい。


 「はい、優くん。好き。あ〜ん。」


 「あ〜〜。」


 美少女達に次から次へと『あ〜ん。』されていたら、奈良公園の鹿になったような気がしてきたのだ。彼らも大変だなと少し同情し、だから『餌』だったのかと思い当たった。さすが天才金髪ギャルである、などと機械的に口をパカパカさせながら考えていたら明日香が話しかけて来た。


 「こうやってまた優くんとお弁当食べることが出来て嬉しい。皆んなも嬉しいんだよ。皆んなも優くんの彼女になったら、あんな事したい、こんな事してあげたいって色々考えていてね、だからお試しキャンペーンをする事にしたんだ。今日から一週間無料お試し体験キャンペーン期間だよ。」


 「パッパラー、一週間お試し体験無料キャンペ〜ン。はい、あ〜ん。」


 ファンファーレが鳴った。愛衣さんによる豪華特典と同じファンファーレである。『あ〜ん。』を聞けば口が開くように、『パッパラー』を聞けば心が躍る。全自動である。

 しかし、べらぼうに美味しいお弁当を次々と食べさせられ、思考能力が著しく低下している今の僕でも直感的に理解していたのだ。


 これは最高なのだと。


 「あ〜〜!」


 「愛衣を彼女にするとこういう生活になりますって体験してもらうの。初めは私達もうまく彼女出来ないかもしれないけど、でも頑張るからね。優くんに彼女にしてもらえるように頑張るからね。」


 「はい、どうぞ。あ〜ん。」


 「あ〜〜!!」


 「体験期間は一週間だからじっくり体験してもらって、それで愛衣を彼女にしてもらえたら嬉しい。

 勿論、優くんの意思は尊重するよ。優くんは断ってもいいんだよ。断られないように頑張るけど、断られても仕方が無いとも思ってる。

 でもね、優くんは断らないと思う。だって私達秘密兵器を手に入れたから。」


 「はい、あ〜ん。」


 「あ〜〜?」


 「詩織、来て。」


 明日香が詩織を呼んだ。


 

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