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13 挨拶

 毎朝、美咲さんは教室の入り口の扉の前で僕に朝の挨拶をしてくれる。だからこのタイミングで『おはよう、高橋君。』と声が聞こえたら、それは間違い無く美咲さんである。美咲さん以外に挨拶をしてくれる人なんていないからである。


 この『挨拶上手』の美咲さんは地味である。決して可愛くないという意味ではない。肩までの長さの中学生みたいな髪型で、膝が隠れるくらいの長さのスカートを履いていて、正しい制服の着用見本みたいな女の子なのである。物静かで、大声を出したり大笑いをしたりする姿も見たことがない。真面目でなかなかに良い娘そうなのだが、とにかく目立たない、華がないというか地味なのである。

 

 しかし僕は知っているのだ。美咲さんは『これはこれでなかなかな良い匂い』の持ち主であり、少し恥ずかしそうに挨拶してくれるその表情は、これはこれでなかなかに可愛いのだ。


 例えるなら、肉じゃがとか筑前煮とかの和風の煮物みたいな感じの女の子ではないだろうか。

 肉じゃがも筑前煮もパッと見茶色くて、地味であまり美味しそうには見えない。しかし食べてみると予想を遥かに超える美味しさで、良い意味で予想を裏切ってくれる。そんな事を考えていたら、明日香の肉じゃがが食べたくなった。

 とにかく、美咲さんは肉じゃがみたいな女の子ではないかと思うのだ。見た目は地味でも、彼女を知れば彼女の良さに気付かされる、そんな気がして仕方が無いのだ。

 

 美咲さんは現在『僕の選んだ世界美少女ランキング』6位である。今後の活躍に期待したいところである。


 そんな美咲さんがいつも僕に朝の挨拶をしてくれている。朝から女の子に話しかけられるのはとても嬉しい。

 

 美咲さんの声と匂いで僕の一日は始まるのだ。


 「おはよう、高橋君。今日はいい天気だね。」


 「美咲さん、おはよう。今朝は僕と同じくらい爽やかだよ。」


 「そうかな?」


 「そうだよ。」


 「いや、いや、いや、いや。」


 「邪魔。」


 普段はこんな感じで朝の挨拶が行われているのだが、美咲さんとこれくらい会話したところで通りすがりの翼さんに『邪魔。』と吐き捨てられて、僕達の朝の挨拶は終わりとなる。入口で立ち話をしている僕達が悪いのだが、次の僕と美咲さんとの会話は翌朝まで待たなければならない。美咲さんはあまり男子と話をしない。朝の挨拶だけでもしてもらえる僕は、かなり恵まれている方なのだ。


 そして、翼さんの『邪魔。』までが、いつもの朝の風景なのである。


 しかし、今朝の美咲さんはいつもとは少し違っていた。


 「ちょちょちょちょ…………」


 「おはよう、美咲さん。どうしたの?」

 

 こんな美咲さんを見たことがない。原因が僕達にあるのは明らかなのだが、確認のために一応聞いてみたのだ。


 「それだよ、それ、それ。それっ。」


 美咲さんは僕の手の辺りというか、明日香と麻里香さんが摘んでいる僕の袖の辺りを見ていた。


 「それって、これ?」


 僕は頭を左右に振って両側の美少女に視線を向けた。明日香と麻里香さんは相変わらず僕の袖を摘んだまま、顔を真っ赤にして黙って俯いていた。


 「そう、それだよ。それ。」

 

 僕はやればできる男である。ここまでただ俯いて歩いていただけでは無いのだ。ここでこうなる事は想定しており、その為の準備もしていたのである。


 「えっとね、この廊下で100円玉落としちゃってさぁ、明日香さんと麻里香さんが探すのを手伝ってくれるって言うんで、三人でローラー作戦を展開してたんだ。」


 「嘘、だね。」


 美咲さんは聡明な女の子だったのだ。


 確かに嘘である。しかし、本当にわからないのだ。今僕に起きている事が何なのか説明出来ないのだ。『憐れみ大作戦』の事だって想像の域を出ない。

 

 知りたいのは僕の方なんだ。

 

 その時、扉から突然というか、やっぱりというか、翼さんがポニーテールを揺らしながら現れた。翼さんはいつもこのタイミングで登場する。そして僕達の姿を確認すると、


 「じゃ、え、え、え〜〜〜っ!」


 と、奇声を発した。


 僕は機転の利く男でもある。この好機を逃すはずなどない。


 「おはよう、翼さん。邪魔だよね。ごめんね。」


 僕は両側の美少女を引き連れたまま無理矢理扉を通り、教室への侵入に成功した。簡単に言うと逃げたのだが、ようやくここで隊列は解かれ、僕達は各々自分の席へと向かったのだ。

 

 一人で窓際の自分の席に向かって歩いた。


 「おはよう、優くん。」


  「おはよう、優くん。」


 愛衣さんと麻衣さん、双子姉妹が僕の机の脇で僕を待ち構えていたのだ。

 



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