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10 豪華特典その4 下取り無料

 「「パッパラー。」」


 僕の両側でファンファーレが鳴り響いた。さすが双子姉妹である。見事にシンクロしていた。すげぇな、なんて思っている場合では無いのである。これから学力テスト全国順位一桁の天才金髪ギャル麻里香さんによって、豪華特典が発表されるのだ。今までの豪華特典のさらに上をいく豪華さが予想される。焚き火の周りで長い槍を持って半裸で何か叫びながら踊っている人達の様に、僕の心も踊り狂っていた。

 背中に感じる『そこはかとなく奥ゆかしさを感じる素敵な天国』二つがさらに存在感を増した。さあ、いよいよ発表である。


 「豪華特典その4 下取り無料〜。」


 キターッ。 ???? って、何それ?


 さすが天才金髪ギャルである。到底常人には理解できない豪華さである。さっぱりわからない。

 口に唐揚げが入っていて喋れない僕の代わりに、詩織が聞いてくれた。


 「訳わかんないんだけど、何それ? 教えて。」


 僕の真後ろから麻里香さんが答える。二人羽織みたいだ。


 「説明の前に少し聞いて欲しいことがあるんだ。

 詩織、ごめんね。高橋君と詩織が付き合っているなんて知らなかったんだよ。だって高橋君、イケメンじゃ無いし、地味だし、オタクっぽいし、変態っぽいし、モテる要素なんて無いじゃん。だから彼女がいるなんて思わなくて。だけど私たちは皆んな高橋君の彼女になりたいって思ってるんだ。皆んなで協力して全員で高橋君の彼女になろうって決めたんだ。今更後戻りなんかできないんだよ。


 だから、高橋君に決めてもらおうと思う。


 じゃあ、行くね。」


 麻里香さんがそこまで言った時、お弁当箱をすぐ横の台の上に置いた明日香が正面から抱きついてきた。もろ差しである。麻里香さんは先程からバックドロップの体勢に入っており、双子姉妹は両腕でそれぞれが一本背負いを狙っている。

 

 この状態で僕に何を決めろというのだろうか。

 いや、分かってるんだけど分かりたくないのだ。

 

 もはやこれは、豪華特典などでは無く、罰ゲームなのだ。


 しかし、ついにその時は来たようである。麻里香さんの声が右耳のすぐ後ろから聞こえた。


 「ジャジャーン。高橋君が今愛衣を彼女にすると、な、な、なんと、今までお付き合いしていた彼女を無料で、しかも、中井君が責任を持って下取りしてくれます。」


 「彼女にして。」

   「して。」

     「して。」

       「して。」

 

 天国カルテットの囁きが頭の周りを一周した。


 僕には詩織という彼女が目の前にいる。詩織は僕の彼女であり、僕は詩織の彼氏なのだ。

 異次元の天国にふわふわと浮遊していても、まぶたを閉じ8K天国を堪能していても、身体の四方に天国を感じていても、もっと天国を味わいたい、いつまでも天国を味わっていたいと思っているとしても、それでも僕は詩織の彼氏なのである。


 『健全な男子高校生の敵』中井君になんか、絶対に詩織は渡さない。詩織の彼氏は僕なんだ。


 だから、ハッキリと答える。


 「んがんん。んがんがが。」


 口の中の唐揚げが邪魔で上手く喋れなかった。


 「ごめん、上手く聞き取れなかったの。もう一度言ってもらえるかな。」


 真っ直ぐに僕の方を見ながら、詩織が言った。


 「んがんん。わがんがが。」


 僕は必死に声を出した。


 「ごめん、優くんじゃなくて麻里香の方。優くんはちょっと黙ってて。」


 もう一度詩織の視線を確認すると、詩織の視線は僕からちょっと外れていて、僕の肩越しに麻里香さんを見ているようだった。


 「あ、うん。ジャジャーン。愛衣を彼女にすると、今までお付き合いしていた彼女を、中井君が下取りしてくれます。」


 「えっ、ほんと? それ本当なの? そんな事急に言われたって、私困っちゃうよ。でも、どうしようかな。」


 僕が愛衣さんを彼女にする事、それが豪華特典の権利を手に入れる条件である。それは主催者の愛衣さんも麻里香さんも明言している。だから決定権は僕が持っているはずであり、詩織には無い。なのに、なぜ詩織は困ったり悩んだりしているのだろうか。それは、詩織が決定権を握っていると思っているからである。

 先程の麻里香さんは少し言い過ぎではあるが、87%ぐらいはあっているので強く否定はでき無いのだが、麻里香さんの言うとおり僕にはモテる要素なんて無いのだ。そして、詩織はとびっきりの美少女なのである。だから僕達の関係において、僕の生殺与奪の権利は詩織が持っているのだと僕は思っているし、詩織もそう思っているのだと思う。


 そもそも僕には決定権なんて無いのだ。


 『えっ、ほんと?』 降って湧いた幸運に声を弾ませ、わざとらしく困ったフリ、悩んだフリをする。

 

 もう詩織には、幸せな明日に続く一本の道が見えているのだろう。


 そしてここからが速かった。詩織は韋駄天の如くその一本道を駆け抜けた。


 「中井君、今の聞いた?」


 「うん。今初めて聞いたんだけど。」


 「で、中井君はどうなの? 私を下取ってくれるの?」


 「も、もちろん下取らせてもらうよ。責任を持って下取らせてもらう。」


 「嬉しい。じゃあお願いしちゃおうかな。」


 「ま、任せてくれ。絶対に君を幸せにするから。」


 どうやら下取り契約は無事結ばれたらしい。二人手を繋いで僕たちの方を向いた。


 「優くん、今までありがとう。私中井君に下取られる事になったの。絶対幸せになってみせるから、優くんも幸せになってね。じゃあね。」


 詩織はそう言うと、手を繋いだまま扉の向こうへと消えて行った。


 僕と四人の美少女達は、その成り行きの一部始終を茫然と見ていた。

 

 太陽は西に大きく傾き、爽やかな風が僕を包む異次元の世界を目まぐるしく変化させていた。身体の四方に感じる天国はさらに存在感を増している。


 僕はまだ、詩織の事も唐揚げも噛み砕けてはいなかった。


 唐揚げを噛む。膝が折れる。


 彼女達が支えてくれた。


 「ごめんなさい。」

   「ごめんなさい。」

     「ごめんなさい。」

       「ごめんなさい。」


 「まさかこんな事になるとは思わなかったんだよ。詩織が高橋君の彼女だって分かった時に、高橋君は詩織を裏切らない、私達は選ばれないって確信したんだ。だって高橋君はそんな事する人じゃ無いから。だから、ハッキリそう言われない様に口の中に唐揚げを入れて喋れない様にして、高橋君はどっちかなんて選べないから皆んなで彼女になろうって詩織に提案するつもりだったんだ。

 

 悪あがきだよ。

 

 でもそれしか方法が無いと思ったんだ。

 まさかこんな事になるとは本当に思わなかったんだよ。」


 麻里香さんがそう言うと僕の拘束が解かれ、美少女達は横一直線に並び僕に深々と頭を下げた。


 「「「「ごめんなさい。」」」」


 僕に決定権なんて無い。遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。誰だって不味いものより美味しいものの方が良いに決まっている。

だから詩織だって悪く無い。彼女達だって何も悪く無い。むしろ彼女達は束の間の夢を僕に味あわせてくれた。魅力のない僕が全て悪いんだ。


 「君達は悪くないよ。気にしないで。僕よりも中井君の方がいいに決まってるじゃないか。僕はモテない要素満載だからさ、遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ。だから君達は気にしないで良いよ。

 今日はありがとう。じゃあ、僕は帰るね。」


 頭を下げ続ける彼女達を残して、僕は屋上を後にした。


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