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1 彼女獲得フェアのご案内

 朝、今日もまた何の変哲も無い一日が始まったと思っていた。

 いつもの時刻に目覚まし時計に起こされ、いつものように朝食を食べ、いつもと同じ時刻に家を出た。

 

 高校ニ年の五月下旬、一年以上通ったいつもの通学路を歩いて学校へと向かう。いつもと変わらない風景の中、いつものように一人でダラダラと歩き、いつもと変わらない時刻に校門をくぐった。


 でも、いつもと変わらなかったのはここまでだったのだ。


 

 下駄箱に白い封筒が入っていた。


 横型の可愛らしい封筒で、表には僕の名前と、


 『彼女獲得フェアのご案内』


 『特別御招待券同封』


 さらに朱色で四角に囲まれた、


 『親展』と『重要』


 の文字が記されており、右下には、女の子のイラストと花がデザインされていた。


 赤いハートのシールで封がされていて、慎重に剥がして中身を取り出した。


 『ご案内 高橋様限定で彼女獲得フェアを開催します。彼女獲得のチャンスです。さらに、豪華特典をご用意しております。同封の特別御招待券をお持ちのうえ、ぜひご来場下さい。

 日時 今日の放課後

 場所 屋上    』


 と書かれた案内状らしきものと、


 思いっきり手書きで雑に色の塗られた『特別御招待券』なるものが入っていた。

 

 差出人は書かれていなかった。


 男子高校生にとってラブレターをもらうという事は、甲子園と並ぶ男の夢である。下駄箱の中に白い封筒の存在を確認した時、心は大きく躍った。僕には詩織という隠れて交際をしているとびっきりの美少女の彼女がいるが、それとこれとは話が別である。

 急いでトイレの個室に駆け込んで内容を確認した今、僕の心は微妙ってな感じになってしまっていた。ラブレターなのか、イタズラなのか、営業なのか、勧誘なのか、全く判断がつかなかったのである。ただ、毎日退屈な学校生活を送ってきた僕にとって、これは思いっきり興味深いものではあった。


 名前は書かれてはいなかったが、差出人は隣の席の住人『罵り上手の愛衣さん』に間違い無いだろうと思われた。普段愛衣さんは呼吸をするように僕を罵る。しかし今日は、その飛び降りたくなるほどの罵りが一切無く、時折チラッ、チラッと僕に視線を送るだけという異常行動がみられたからである。ただ、いつもは感じない視線を複数感じる事が度々あった。関係者は複数なのかもしれない。屋上で大勢の女子高生に囲まれて、僕は思いっきり罵られるかもしれない。期待と不安が頭の中で交錯していた。


 放課後になった。『特別御招待券』を作った人の労力に敬意を表し、豪華特典に心惹かれ屋上へと向かう事にした。


 愛衣さんに罵られるのでは無いかという期待 29%

 女生徒に囲まれて罵られるのではないかという期待 62%

 豪華特典への期待 2%

 彼女が獲得できるのではないかという不安 1%

 その他 6%


 そんな心持ちで屋上へと続く扉を開け、僕は屋上へと踏み出した。



 屋上には僕の予想通りというか、予想以上というか、希望以上というか、願望通りというか、僕が選んだ世界美少女ランキングの2位から5位の4人がいた。


 『罵り上手の美少女』 愛衣さん  2位

 『罵り上手の双子の妹』 麻衣さん 同2位

 『お料理上手の委員長』 明日香さん 4位

 『恋愛上手のギャル』 麻里香さん 5位


 僕を取り囲んで何をやるにしても、取り囲まれる僕にとってこれ以上のメンバーは望めない最高の布陣である。


 僕の期待は一気に高まった。


 「あんた本当に来たんだ。やっぱ、アホだね。」


 「愛衣、そうじゃないでしょ。」


 僕の登場に気が付いた愛衣さんは、嬉しそうに駆け寄ってきて早速僕を罵り始めた。しかしすぐに委員長がそれを嗜めた。

 愛衣さんは、『あっ』という表情をした後真顔になり、コクコクと頷くと真剣な表情で僕と向き合った。

 愛衣さんは少しの間目線を下げ何も話さずにいたが、やがてキュッと視線を上げ僕の視線とぶつかった。スカートの裾を硬く握り、その手は少し震えていた。


 「高橋君、ごめんなさい。今まで散々酷いこと言って本当にごめんなさい。でもね、聞いて。私、あなたの事が好きなの。ずっと好きだったの。席が隣だからずっとドキドキしてて、話しかけようと思っても、緊張して恥ずかしくて頭が真っ白になって自分でも訳わからなくなって、気づいたら酷い事言ってて自己嫌悪に陥って、次はちゃんと話したいと思っても上手く言えなくて、でもね、本当に好きなの。大好きなの。だからね、


 高橋君、好きです。私と付き合ってください。」


 そう言うと、愛衣さんは深々と頭を下げた。


 どうやら僕は愛衣さんに告白されたようだった。


 初めは新手の悪戯かと思った。しかし、変わらずにスカート裾を強く握り小刻みに身体を震わせながら頭を下げている愛衣さんに、一切の冗談は感じられなかった。真剣そのものだった。後ろにいる3人も硬い表情で僕達を見つめていた。

 だから僕も真剣に返事をしようと思った。僕には秘密で交際している彼女がいる。だから愛衣さんの気持ちには応えられない。でもこんな僕に好意を抱いてくれて、必死に告白までしてくれた愛衣さんを傷つけたく無かったし、詩織との事は秘密にしておきたかった。だから言葉を探した。しかし、良い言葉が見つからないまま時間だけが過ぎていき、僕はまだ言葉を発せられずにいた。


 「……………………」


 「あ〜、やっぱりダメか〜。あんだけ酷い事言ってたんだからしょうがないよね。」

 

 愛衣さんは、僕の無言を否定と受け取ってくれたようだ。顔を上げた愛衣さんの表情はどこかスッキリとしていた。


 「あ、高橋君気にしないで。昨日この4人で話をしてね、フラれるって事で意見が一致してたんだ。だから、ここまでは想定内なんだよ。でも私の高橋君への想いを熱く語ったらさ、皆んなでやれるだけやってみようって事になってね、私が高橋君の彼女になれるように3人が全力で協力してくれるって言ってくれたんだ。それで皆んなで考えて『特別御招待券』を作ったんだよ。


 あ、高橋君、『特別御招待券』持って来た?」


 僕は言われるままにポケットから『特別御招待券』を取り出し愛衣さんに手渡した。愛衣さんは僕から受け取った『特別御招待券』を振り向いて委員長に手渡すと「皆んな、よろしくね。頑張ろう。」と言い、3人が大きく頷いた。


 愛衣さんは僕の方に向き直ると、にこやかな表情で叫んだ。


 「パラパラパッパッパー、高橋君は今、豪華特典の権利を手に入れました。それじゃあ高橋君、


 彼女獲得フェア はっじっまっるよ〜。


 豪華特典その1 パッパラー ダブルチャンス〜。」


 愛衣さんはアホだった。


 一瞬僕のレベルが上がったのかと思ったが、豪華特典の権利を手に入れた事に対するファンファーレだったようだ。そしてその後、ポケットから何か出したようなファンファーレと口調で、出てきた物は愛衣さんの口から出てきた訳のわからない言葉だった。


 「????…………何それ?」


 「ジャジャーン。今私を彼女にすると、な、な、なんと、もう一人、双子の妹麻衣が彼女としてついてきます。」


 何度もテレビで聞いたような口調で愛衣さんが言った言葉は、直ぐには信じられる物では無かったのである。


 「まぢ?」


 「まぢです。」

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