清らかな春のうたたね
空気が、一瞬あたたかくなった。ふわりとした風が、マンションの窓から入ってきている。
いけない。窓を開けっぱなしにしていたようだ。私は引っ越し作業をしていた手を止めた。テーブルの上に置いていた本の類いに目をやる。南向きのこの一室は、ただでさえ日が当りやすい。本が傷んでしまう。片付けなくては。私はかがめていた身体を起こして立ち上がった。
茶色い木製のテーブルの上に、大きさや重さを無視して積まれた本たち。小さな本の上に大きな本が載せられているし、向きもバラバラに斜めに置かれている。恋人に見られたら、また「里穂は大雑把すぎる!」と言われてしまいそうだ。私は口元に苦笑いを浮かべた。恋人は大らかな性格だが、整理整頓にはうるさい。早く片付けないと。私は急いでテーブルの上の本に手を伸ばした。
その中に、大きくて分厚い本が一冊あった。高校の卒業アルバムだ。懐かしくなって、一枚一枚丁寧にページをめくる。良質な紙の香りが、鼻をついた。心を穏やかにしてくれるような、木の匂い。だが、ふと目に入った名前を見て、私は手を止めてしまった。
――一ノ瀬、紗耶華。
私はアルバムを前にして、その場に立ちすくんだ。
新学期早々に宿題をやってくるのを忘れて、早い時間に登校していた日だった。
学校の廊下で、ピアノの音を聞いたのだ。ピアノは音楽室の方から聞こえてくる。扉が開いていたので音楽室をこっそり入ると、一ノ瀬さんがピアノを弾いていた。
一ノ瀬さんは、私と同じクラスの生徒だ。私たちはエスカレーター式の都内有数の名門私立、清良女学園の高等部に通っている。といっても一ノ瀬さんは美人で成績優秀、その上ピアノもコンクールに出場する腕前という、三拍子揃った学園きっての才媛である。その上お家はお金持ち。清良女学園にも幼稚部から通っているという。クラスメイトとはいえ、ごく普通の家で育ち、高等部から補欠合格で入学した私とは雲泥の差がある。いや、比べること自体が不遜かも。
けれど一ノ瀬さんは、クラスの人気者ではなかった。いつも一人で、カバーのかけられた文庫本を読んでいた。ときどき窓の外に目をやりながら。
一ノ瀬さんは、なんというか孤高の存在だった。声をかける人は何人もいたが、一言二言話して去って行く、というパターンが多かった。「人当たりが悪いわけではないけれど、話していると壁を感じちゃうなあ」というのは、グループの一人でクラス長でもある松永優美ちゃんの談。
学園きっての才媛としてクラスメイトからは一目置かれているが、高嶺の花すぎて遠い存在、といったところか。女子校なので、こんな表現はおかしいかもしれないけれど。
その一ノ瀬さんが眉間にしわを寄せ、険しい表情をしている。叩くように鍵盤を弾きながら。激しい感情を、ピアノにぶつけているようだった。荒いわけではないけれど、繊細さが足りない。
――一ノ瀬さんでもこんな演奏をするんだ。
私には意外に感じられた。コンクールに出たら怒られそうな弾き方だ。
「リスト?」
私は何気ないふうを装って尋ねた。
一心不乱にピアノを弾いているところを見ていたら、声をかけずにはいられなかった。放っておいたら、何かが壊れてしまいそうに見えたのだ。
一ノ瀬さんはそこでようやく私が入ってきたことに気づいたらしい。驚いた顔をして私を見つめる。
「そう。曲名もわかる?」
「ラ・カンパネラ、でしょ? リストの代表曲だよね」
答えながら、ピアノの横に行く。
「詳しいのね」
一ノ瀬さんが意外そうに呟く。
「小学校高学年まではピアノを習っていたから。わかるよ、そのくらい」
じっと視線が向けられる。
「クラスメイトの片倉さん、よね?」
「そう、覚えててくれたんだね」
「うん、まあ……」
一ノ瀬さんはそこで言葉を濁した。おぼろげな記憶ではあっても、彼女が私の名前を知っていてくれたのが嬉しい。だから私はさして傷つかなかった。
「高学年まではってことは、もうピアノはやめちゃったの?」
「うん、それより外で遊ぶことの方が好きだったし」
「そう……。子どもの気持ちを尊重してくれる親御さんで羨ましい」
一ノ瀬さんはそっと視線を落とした。
「そういうのじゃないよ。ただの放任主義。それに、私の方はピアノのセンスがこれっぽっちもなかったから。一ノ瀬さんと違って」
一ノ瀬さんは少し考えるそぶりを見せたが、結局言葉は発しなかった。
「ラ・カンパネラ。良い曲だよね。私も少し弾いていい?」
「あ、うん」
どかっと隣のイスに座った。内心ではドキドキしながら。
私は曲のさわりだけを弾いた。弾き終わると、一ノ瀬さんはこう呟いた。
「指、細いんだね」
「どうかな。関節が太いだけだよ」
意外な言葉をかけられて、私は笑った。
「キレイな指……」
一ノ瀬さんは目を細めて私の指を見つめ、小さく呟いた。私は彼女の真剣な表情にドギマギしてしまった。それをごまかすように、大げさな仕草で腕時計を顔に近づける。
「あっ、もうすぐ始業のチャイムが鳴る」
「そんな時間?」
一ノ瀬さんが腕時計を見て言った。袖がつられて、華奢な手首がはっきりと見える。アクセサリーのように小ぶりなシルバーの腕時計がよく似合う、細い手首。荒々しい演奏など似合わない、きれいな手だ。
「ねえ、また来てもいい?」
突発的に、こんな言葉が口をついて出た。しまった、と思ったときにはもう遅かった。変だと思われちゃうよな、いきなりなれなれしいよな。私はすぐに後悔した。目をそらして、視界の斜め下のピアノの脚を見つめる。そのとき、一ノ瀬さんから、声をかけられた。
「もちろんよ」
びっくりしたようすだったけれど、一ノ瀬さんは笑いかけてくれた。私は胸をなで下ろすとともに、一ノ瀬さんの優しさに感謝した。図々しい性格で良かった、とも思った。一ノ瀬さんは憧れの存在だったから、お近づきになれたようで嬉しかったのだ。
一ノ瀬さんと音楽室で会話してから一週間後の朝、私は学校の校門にいた。あの日以来、私は毎朝音楽室に通い詰めている。それはクラスメイトに会いにいくというよりは、アイドルの公開イベントにでも行く感覚だった。
朝の空気は澄んでいて、本当に心地が良い。私はその場で深呼吸をした。
「いい天気」
軽く伸びをして、玄関に入っていく。靴を脱ぐときにライトブルーのスカートが目に入った。同じ色のセーラーの襟も、白のリボンもとても可愛らしい。
――この制服が着られるのもあと一年かあ。
そう考えると、なんだか寂しい気もする。胸の内に押し寄せる波が、さーっと潮を引くような、そんな感覚。
レモン色の廊下を、踏みしめるようにして歩く。
階段を上っていくと、ピアノの音が聞こえる。するとさっきの感傷はどこかへ吹き飛んでしまった。
教室のある校舎と、体育館のあいだに、音楽室がある。音楽室が二つの建物をつないでいるのだ。校舎の二階の窓からは、同じく二階にある音楽室が見えるようになっている。私はそこをめがけて一気に階段を駆け上がった。
一ノ瀬さんだよね。
私は廊下の窓から音楽室に目をやった。
──いた。
長い焦げ茶色の髪を、高い位置でポニーテールにしている一ノ瀬さんがピアノを弾いている。視線を斜めに落として鍵盤を見ている横顔には、大人顔負けの色気が漂っていた。
相変わらず綺麗だなあと見惚れていた私に、一ノ瀬さんが笑いかける。こっちへいらっしゃいよ、そう言われた気がした。
胸の高鳴りを覚えながら、私は走った。会いたいという衝動に、突き動かされるがままに。
音楽室の分厚い扉を開く。少し重いので、自然と足に力が入った。
室内は窓からの日差しで、きらきらと輝いていた。床もピカピカ。黒塗りのピアノにも陽があたって、眩しいくらい。
呼吸を乱しながら入ってきた私を見て、一ノ瀬さんは笑った。
「どうしてそんなに息を切らしているの? 走ってきたみたい」
一ノ瀬さんの笑い方は上品だ。口元を小さく開ける。目尻を下げ、顎を軽く突き出してもいるようだ。表情の作り方からしてお嬢様は違うなあと、つい感心してしまう。
「走ってきちゃった」
「そうなの?」
一ノ瀬さんが笑いかける。湖面に咲く白い花のような清楚な笑顔。私一人にだけこの笑顔が向けられているのかと思うと、胸がキュンとなる。贅沢すぎて、なんだか申し訳ないくらい。
私は一ノ瀬さんがピアノを弾くのを、いつも近くのイスに座って聴いていた。演奏が終わって拍手をすると、一ノ瀬さんはピアノから離れて私の隣に座った。照れてはにかんでいることもあった。毎朝、二人でたくさんおしゃべりをした。
「それでね、昨日帰りに寄ったカフェのパンケーキがすごく美味しくて。生クリームとソースのバランスが本当に絶妙なの」
私が力説すると、一ノ瀬さんがくすくす笑い出した。大げさに言いすぎたかな。まあいいや。私の発言で誰かが笑顔になってくれるのなら、それでいい。
「でも食べた後に写真を撮っていなかったことに気づいて。みんなで笑っちゃった」
「そうなんだ」
一ノ瀬さんはいつも笑って私の話を聞いてくれた。楽しそうだったかといわれると正直自信がないけれど、いやな顔をされたことは一度もなかった。
「数学の小宮山先生。絶対うちの担任の山田のことが好きだと思うんだよね。だって気がつくと山田のことを見てるんだもん」
「えー、そう?」
一ノ瀬さんの言葉遣いがだいぶフランクになってきたな、と思った。が、気づいたと同時に今までの会話を思い出して、私は急に不安になってしまった。
「なんか、いつも私が一方的にしゃべってるよね。つまんなくない? 気づかなかった。ごめんね」
私は胸の前で小さく手を合わせた。
一ノ瀬さんは目をぱちくりさせた。すぐに首を横に振る。
「そんなことないよ。私、こんなふうにクラスメイトとおしゃべりすることってなかったから楽しいし、すごくうれしい」
「えっ、そう?」
一ノ瀬さんの率直な言葉に、私はすごく照れてしまった。なんだか全身がこそばゆかった。
「そうだよ」
一ノ瀬さんがニコッと笑う。その日私は一日中上機嫌だった。
音楽室に通いはじめて、二週間が経った頃だった。
その日は昨夜から続く雨のせいで、音楽室の空気もじめっとしていた。練習用に置いたメトロノームの動きも、どこか緩慢だ。カッチ、カッチと間延びした音を立てている。
「ずっと降りっぱなし。いつになったら止むんだろ」
肩上の髪をいじりながら、私はわめいた。一ノ瀬さんはそんな私を見て微笑している。
「今日は散歩できそうにないな」
「散歩?」
一ノ瀬さんがきょとんとした顔で尋ねてきた。
「そう、私の家、犬を飼っているの」
「ああ、犬の話ね」
「うん。散歩は当番制なんだ。今日は私が夕方散歩させることになっているの」
少し間があいたので、私はこう続けた。
「そういえば、このあいだはお父さんが朝散歩させるのを忘れちゃって。いつもは出勤前に散歩させるんだけど、その日は寝坊しちゃったんだって。それをお母さんがすごい剣幕で怒ったの。そしたらお父さんも負けずと言い返してきて。『一日忘れただけだろ』って。そんな火に油を注ぐようなこと、言わなくていいのに。とばっちりで私までお母さんから嫌みを言われて、もう、いい迷惑」
「喧嘩できるのなら、まだいいんじゃないかな」
そこで一ノ瀬さんが口を開いた。首を小さく傾け、たしなめるように私を見ている。
「……えっ?」
思わず聞き返してしまった。
一ノ瀬さんは大人びた顔をしていた。私と同じ歳のはずなのに、その表情は何歳も年上に見えた。
「うちの両親は、ほとんど会話しないから。話しても、内容はいつも私のことばかり」
そう言って目を伏せる。
「そうなんだ……」
「私思うの。私さえいなければ、両親はとっくに離婚しているんじゃないかなって。お父さんもお母さんも、私に対してすごく厳しくて。私のためにいっていることだとはどうしても思えないこともあるの。本当は私が邪魔なんじゃないかな、疎ましいと思っているんじゃないかなって」
一ノ瀬さんのようすが、さっきとは違うものになる。今度は年下の女の子のようだ。声までだんだんとか細くなってきた。私まで切なくなってしまう。
「そんなことは、ないと思うけど……」
どうしても月並みなことしかいえなかった。
「ごめんね、こんな話するつもりじゃなかったのに」
「ううん。私でよければ聞かせて。たいした返しはできないけど」
「ありがとう」
一ノ瀬さんはそれだけ言って、微笑んだ。少し寂しそうに見えた。
それから、ぽつぽつとではあったけれど、一ノ瀬さんは自分のことも話すようになった。
子どもの頃のことが話題になったときだったと思う。
「そういえば小さい頃、友だちといたずらをしたことがあって。お母さんの靴に糊をぶちまけたの。あのときは二人してお母さんにこっぴどく叱られたなあ。『二人ともそこに正座しなさい』って。うちのお母さん、怒ると怖いんだ」
私はそう言って笑った。
一ノ瀬さんは目を見開いている。少し間があってから目を伏せ、小さく口を開いた。
「……小学生のときに、すごく仲良くなった子がいたの。塾でできたお友だちだったんだけど」
一ノ瀬さんが自分から話をするのは珍しい。私は黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「あるときその子を家に呼んだら、お母さんがやって来て。その子を質問攻めにしたの。『どこの学校?』だとか、『お父さんは何をしているの?』だとか。その子はびっくりしながらも答えてくれたんだけど……」
一ノ瀬さんは言いにくそうにしていたが、私はうなずいて先を促した。
「その子がトイレで席を立ったときにお母さんが部屋にやって来て、言ったの。『どうしてあんな子連れてきたの。うちとは釣り合わないじゃない!』って。私は『ごめんなさい』って謝るしかなかった。その子にもお母さんの言葉は聞こえてしまったんだろうな。トイレから戻ってすぐに『私、帰るね』って言って帰っちゃった。あんなに仲が良かったのに、次の日からは急によそよそしくなって」
「そっか……」
「それ以来、友だちを作るのが怖くなっちゃって……。だめだよね、高校生にもなって」
そこで一ノ瀬さんは力なく笑った。私もつられて笑ったけれど、あとに続く言葉がどうしても出てこない。
視線を落とすと、足下の床が目に入った。きれいに磨かれているようだった床だけれど、よく見るとうち履きのすれた跡や、小さな傷がたくさんある。近くで見ないと気づかないこともあるんだなあと、とぼんやり思った。
「もっと練習していきたいから、私はもう少し残るね」
一ノ瀬さんはそう言って視線をピアノの方に向けた。沈黙してしまった私を気遣ってくれたのかもしれない。少しホッとしてしまった自分が情けなかった。
それから数日後のことだった。その日は日差しが強くて、少し汗ばむくらいだった。セーラー服の長袖をまくる。制服の可愛さは半減したが、致し方ない。
いつものように音楽室へ行くと、一ノ瀬さんがピアノの前で浮かない顔をしていた。うなだれているようにも見えた。
「どうか、した?」
「あ、うん……」
少し間があってから、一ノ瀬さんは落としていた視線を上げて私と目を合わせた。
「……昨日、父の事務所に行ってきたの。忘れ物を届けて欲しいって、そう言われたから」
「事務所?」
「弁護士事務所。父は弁護士で、個人事務所をかまえているの」
家がお金持ちだということは聞いていたが、父親が弁護士だというのは知らなかった。優秀なのはお父さん譲りなのかな、というのが頭をよぎったけれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。私は無言で頷き、話の続きを促した。
「あの人、家では学校の成績とコンクールの結果しか聞かないのよ。それなのに、事務所の人間の前では自分はいい父親ですよ、娘を可愛がっていますよ、ってアピールをするの。『おお、よく来たな』なんて言って、私の頭を撫でたりして。ほんと見栄っ張り」
「……そうなんだね」
たいしたことは言えなかった。どんな言葉をかければ良いのか、考えても分からなかったのだ。
「仮面夫婦なんだからとっとと離婚すればいいのに。二人して紗耶華がいるうちは、って顔をして。嘘つきだわ。家の中の空気は暗くて、いつも冷たいのに、必死に外では体裁を繕って。馬鹿みたい」
一ノ瀬さんはそう言って顔をそむけた。
私は、どこか同情的な目をしていたのかもしれない。一ノ瀬さんが私の顔を見て、気を取り直すかのように表情を変えたのだ。周囲がぱっと華やぐような、大輪の薔薇のような笑顔がこぼれる。そしてこう続けた。
「だから私は屈託のない、明るい人が好きなの」
花のような笑顔を向けられて、私は一ノ瀬さんに好きになってもらえる男の人は幸せだろうなあと思った。誰にも見せたくないような、独り占めしたくなるような、そんな笑顔だったからだ。
ずっと続くと思っていた朝の幸福な時間は、あっという間に終わりを告げた。
四月の末頃のことだった。その日も一ノ瀬さんは「もう少しだけ練習していきたいから」と言って、私に先に音楽室を出るように促した。
教室に一人で入ると、誰かが「今日は数学のテストが返ってくるね」「難しかったから自信ない」などと言っているのが聞こえた。
数学の授業は二限目だった。授業の最初にテストが返される。五十一点。ふつうなら落ち込むところだけれど、数学の苦手な私にとっては想定の範囲内の点数だ。
三限目の前の休憩時間に、同じグループの坂本チカちゃんが浮かない顔をしていたので私は声をかけた。チカちゃんは医学部志望の秀才で、すごく勉強熱心な女の子だ。今日は長い髪を低い位置で一つに結び、眼鏡をかけている。テストのある日でもないのに、コンタクトレンズじゃないのは珍しい。勉強のしすぎで目の調子が悪くなって、それでコンタクトはやめたのかもしれない。
「どうしたの。大丈夫?」
「数学、八十点だった。今まで九十点を切ったことはなかったのに」
まるでこの世の終わりであるかのような顔をしている。目は充血していて真っ赤だ。
「でも小テストじゃない。入試まで時間あるし、きっと大丈夫……」
言い終わらないうちに、チカちゃんが、ばん! と机を叩いた。
「無責任なこと言わないで! 推薦してもらうためには小テストも重要なの。何も知らないくせに、テキトウなこと言わないでよ」
チカちゃんはそこで泣きじゃくり始めた。クラス中の視線が私たちに集中する。
皆が、非難するような目で私を見た。
「どうしたのよ」
優美ちゃんに尋ねられた。
「里穂が……」
チカちゃんが私の名を口にした。皆の非難めいた視線はいっそう強いものになっていく。私はたじろいでしまった。
そのとき、机に座っていた一ノ瀬さんが突然立って私たちの方に向かってきた。
「片倉さんは悪くないよ。行こう」
そう言って腕をつかまれる。返事をする間もなく、私は一ノ瀬さんに引っ張られて教室を出た。とっさに鞄をつかみながら。
「一ノ瀬さん、どうしたの?」
廊下に出てから尋ねる。
「私、二人の会話を一部始終聞いていたの。あんなのヒステリーじゃない。相手にすることない」
私は驚いた。こんな一ノ瀬さんは初めて見る。
「でも、行くってどこへ?」
一ノ瀬さんの足がぴたっと止まった。
「考えてなかった」
それを聞いて、私は思わず笑ってしまった。一ノ瀬さんは赤面している。
「じゃあ、水無瀬川にでも行かない? あそこなら、この時間同じ学校の人はいないと思うよ」
私の提案に、一ノ瀬さんは首をこくんと頷かせる。小さな女の子のようだった。
学校から歩いて二十分ほどの距離にある水無瀬川は、その名の通り水がほとんど流れていない。地元の人でも滅多に行かない、目立たないスポットだ。どこか裏寂れていて、犬の散歩をする人も、ジョギングをしているような人もいない。もちろん今が昼間だということもあるだろうけれど。
私たちは土手に上がった。春の暖かな日差しが心地良い。私は両手を上げて伸びをした。
「ねえ、一ノ瀬さん」
私はあることを思いついた。
「なあに?」
「ひなたぼっこしない?」
「ひなたぼっこ?」
一ノ瀬さんは目を丸くしてきょとんとしている。
「そう、ひなたぼっこ。こんなにいい天気なんだもん。私眠くなってきちゃった。やろうよ、ピクニック感覚で」
「でも、ここには下に敷くものもないし……」
「お弁当の包みならあるよ。一ノ瀬さんはそこに座って。私はジャージのズボンがあるから、スカートの下に穿いちゃう。そうすれば草の上でも痛くないし」
私はそう言って鞄の中からお弁当を取りだし、包みをはいだ。ジャージの上の方も一緒に出し、草の上に敷く。即席のシーツのできあがりだ。
「でも、片倉さんのジャージが汚れちゃう……」
「いいのいいの。あっ、お弁当の包みは枕代わりにして。ジャージよりはくさくないはず」
私が慌ててそう言うと、一ノ瀬さんがぷっと吹き出した。つられて私も笑った。
二人並んで草むらの上に横たわる。深呼吸をすると、春の匂いがした気がした。
「ねえ、いいの? 学校をサボったりして、一ノ瀬さんの華麗なる経歴に傷がついちゃうんじゃない?」
「なあに。華麗なる経歴って」
一ノ瀬さんがおかしそうにふわっと笑う。
「内申とかにひびくんじゃないかなって」
「そんなこといったら片倉さんだって」
「私は劣等生だから、いいんだよ」
「片倉さんは、劣等生なんかじゃないよ」
一ノ瀬さんが優しく語りかける。
「友達思いのいい子だよ。私はそう思う」
そう続けて一ノ瀬さんはにっこり微笑んだ。吸い込まれそうな笑顔に、私の胸は高鳴った。
「あっ、虫」
一ノ瀬さんが私の頭を見ながら声を出す。同時に上半身も起こした。
「えっ、やだ。どうしよう」
虫嫌いな私はうろたえてしまった。一ノ瀬さんと同じように、慌てて身体を起こした。
「とってあげる」
一ノ瀬さんはそう言うと、慎重に虫を右指で捕ってくれた。指が小刻みに揺れていた気がしたけれど、気のせいかもしれない。そして左手で、私の髪を整えてくれた。包み込むような優しい触れ方で。私の目を見つめるまなざしもまた優しい。まるで春の女神さまのようだ。同性だというのになんだかドギマギしてしまう。それをごまかすように、私は一ノ瀬さんに尋ねた。
「一ノ瀬さんは、彼氏いるの?」
「いないよ」
笑って返される。
「片倉さんは?」
今度は私が尋ねられる番だった。
「私? 私はまあ、一応はいるかな」
「えっ、いるんだ」
一ノ瀬さんは驚いていた。しばらくのあいだ無言だった。視線は下の方を向いていて、なんだかがっかりしているみたいだった。どうしてだろう。私なんかに彼氏がいて、面白くないと思ったのかな。
「まあ、本当に一応なんだって。幼なじみの、友哉っていうんだけど、そいつが最近急に色気づいてきちゃって。こないだ告白されたんだよね。ま、そいつのことは別に嫌いじゃないし、とりあえずつきあってみようかなって。それだけ」
私は一気にまくしたてた。
「そう」
一ノ瀬さんの返事はこれだけだった。どこか浮かない表情だった気がする。
しばらく二人でうたた寝をして、私たちは教室へと戻った。
教室へ戻ると、私たちは何人かのクラスメイトに囲まれた。
私たちの姿を見つけたチカちゃんが、勢いよく走ってきた。
「里穂、ごめん!」
両手を合わせて謝られる。
「私がナーバスになってたの。里穂は何も悪くないのに、あたっちゃってほんとごめん」
チカちゃんは手を合わせたままだ。
「なんか、よくよく聞いたらそういうことみたいで。私たちも、よくわかってないのに里穂を責める感じになっちゃって。ごめんなさい」
優美ちゃんと他のクラスメイトもぺこりと頭を下げた。お姉さん気質でリーダーシップもある優美ちゃんが、場を上手くまとめてくれていたらしい。
「そんな、いいよ。私もちょっと無神経なところがあったし」
私は慌てて手を横に振った。
「ううん。里穂は悪くないよ」
チカちゃんが言う。
「そうだよ」
これは優美ちゃん。
気がつくと、他のクラスメイトは私たちのまわりから離れていた。
「どこ行ってたのよ?」
優美ちゃんに尋ねられる。
「水無瀬川」
「えっ、何もないじゃん」
二人がそろって声を上げる。
「まあね。二人で川の水をぼーっと眺めてた」
「なんだか牧歌的だね。ゲーセンにでも行っているのかと思った」
チカちゃんが笑う。
一ノ瀬さんも含めた私たち四人は、しばらく談笑していた。一瞬沈黙が出来たときに、優美ちゃんがこんな提案をした。
「ねえ、一ノ瀬さんもうちらのグループに入らない? 実は仲良くなりたいって、ずっと思ってたの」
「私も!」
チカちゃんが賛同する。
私も同意だ。一ノ瀬さんの方に目が向く。一ノ瀬さんは、固い表情をしていた。口が真一文字に結ばれている。さっきまで笑っていたのに。
「……私は、いい」
そう言って、その場を離れた。
「一ノ瀬さん!」
追いかけようとしたところを、優美ちゃんに腕をつかまれて止められた。
「里穂は残るでしょ」
「う、うん」
ひとまずそう返事をした。
「なによ、ちょっと美人だからってお高くとまっちゃって」
「ほんとよね。感じ悪いったら」
優美ちゃんの言葉に、チカちゃんが反応する。
私は一ノ瀬さんの方に目をやった。一ノ瀬さんは、イスに座っていつものように外を見始めている。
私はばつが悪くなって、その場に立ち尽くしていた。優美ちゃんとチカちゃんのおしゃべりは耳に入らなかった。
教室での一件以来、私は音楽室に行くことをやめた。それをしたら、優美ちゃんとチカちゃんを裏切ることになる気がしたのだ。かといって、隠れて会うつもりにもなれなかった。そんなコウモリのような真似をしたら、同じグループのメンバーも、一ノ瀬さんも失ってしまうと思った。
夏休みの補講の帰りに、私は水無瀬川に行ったことがあった。補講の教科は数学で、一ノ瀬さんとのことを思い出したのだ。川は、水が干上がっていた。土手に上がると、心がざわついた。
夏休みが明けると、学校は文化祭の話題で持ちきりだった。
文化祭の一日目には合唱コンクールをやる。音楽の時間はずっと合唱コンクールの練習だった。
ピアノの担当は一ノ瀬さんだ。指揮者の指示通りにピアノを弾くだけで、相変わらず他のクラスメイトとはしゃべっていないようだった。朝の音楽室での彼女とはまるで別人で、私はなんだかいたたまれなかった。
けれどそれは、私も同じなのかもしれない。朝の二人でのおしゃべりなどなかったかのように、私もまた素っ気ない顔をしているのだと思う。
準備室側の壁一面に張られた音楽家たちの肖像画の中に、リストがいるのを発見した。端正な顔をした肖像画のリストは、私を冷たく一瞥していた。
あれほど輝いて見えた音楽室は、もはやただの薄暗い部屋だった。
文化祭を目前に控えた、ある日の練習中。
「きゃっ」
一ノ瀬さんが突然叫び声を上げた。
「どうしたの?」
皆が一斉に振り向く。
「む、虫が」
見るとピアノに茶色い虫がついていた。
「私、虫ダメなの」
そう言いながら後ずさっていく。
音楽の先生が虫を捕って、その場はおさまった。
「人騒がせよね」
チカちゃんが言う。
私はそのとき、違和感を覚えた。
(なんだろう、なにか引っかかる)
けれど違和感の正体には気づけなかった。直に合唱コンクールの練習が再開され、私の頭からそのことは消えていった。
十月中旬に行われる文化祭の二日目に、私は幼なじみの友哉を呼んだ。友哉が行きたいと言って聞かなかったのだ。学校では文化祭に彼氏を呼ぶのが流行っているようだけれど、私は気が進まなかった。別に自慢の彼氏ってわけでもないし。別れる理由がなくて付き合っているだけだし。
校門の前で、私は友哉を待った。ついてきた優美ちゃんとチカちゃんと一緒に。
数分して、ジーンズに秋物のセーターという出で立ちの友哉がやって来た。最近少し伸ばしているという髪が、風に揺れている。眉を整え、スキンケアにも気を使っているというが、イケメンにはほど遠い。まあ、不細工ってほどじゃないけれど。
「待った?」
私の姿を見つけた友哉に、声をかけられる。
「ううん、ついさっき来たところ」
友哉が周りをキョロキョロと見まわす。
「なんか、女子ばっかりで緊張するな」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。アンタが来たいって言ったんでしょ!」
ついぞんざいな口調になってしまう。
「里穂、里穂」
優美ちゃんに制服の裾を引っ張られた。
「あっ、ごめん。紹介が遅れたね。友哉」
そう言って友哉の方を手で指した。
名前の前に「彼氏の」をつけようと思ったけれど、なんだか照れくさくてそれはやめた。「幼なじみの」だと、あとで友哉が拗ねそうなので、それも思いとどまった。
「こっちは優美ちゃんと、チカちゃん」
優美ちゃんとチカちゃんを手でそれぞれ指す。
「こんにちは──」
二人が揃って声を上げる。
「は、初めまして。倉田友哉です。里穂がいつもお世話になっています」
緊張した面持ちの友哉が、二人に頭を下げた。
「もう、何言ってるのよ。恥ずかしいなあ。身内でもあるまいし」
呆れた声が出る。
「里穂は愛されてるね──」
「仲が良くていいね──」
優美ちゃんとチカちゃんが、冷やかしてくる。
「そんなんじゃないったら。もう、友哉のバカ!」
私は腕組みをしてそっぽを向いた。
「悪かったよ、機嫌直せって」
優美ちゃんとチカちゃんは私たちのやりとりを見てニヤニヤしている。だから連れてきたくなかったんだ。恥ずかしい。
そのとき、視線を感じて、私は校舎の方を振り返った。私たちのクラスのあたりの気がしたが、窓の近くには誰もいなかった。
「里穂?」
チカちゃんに声をかけられて私は身体を元に戻した。
「あっ、ごめん、なんでもない」
「せっかくだから学校を案内してあげたら? 彼氏さんに」
口元がニヤついている。
「そうそう、私たちのことはいいから二人で回ってきなよ」
「いいんですか!?」
優美ちゃんの言葉に友哉が反応する。
「どうぞどうぞ。二人でごゆっくり──」
優美ちゃんとチカちゃんは、私たちの背中を押すジェスチャーをした。
「しょうがないな、行くよっ」
私は先に歩き出した。友哉が手をつなごうとしたけれど、それは振り払った。
(なんか、友哉って彼氏って感じじゃなんだよなあ。嫌いじゃないけれど、物足りないや。ときめきもないし)
「んっ? どうした?」
友哉が私を見る。
「なんでもない」
私は学校中を案内した。そのたびに友哉は「すげ──」だの、「最新鋭だ──」だのと言って驚いていた。
けれど私は音楽室だけは案内しなかった。そこだけは、友哉にも見せずに自分の中にしまっておきたかった。音楽室は、聖域だったから。少なくとも、私にとっては。
文化祭が終わると、クラスは受験モード一色になった。勉強している人もいるし、模試の結果に一喜一憂している人もいる。私は推薦で短大への入学を決めていたので、入試組のクラスメイトを刺激しないように努めていた。
ちらりと一ノ瀬さんの方を見る。彼女は参考書を開きながらも、どこか上の空で外の風景を見ていた。
一ノ瀬さんは音大を受けるという噂だった。
(卒業したら、もう会えないんだろうな)
心の中の水が波打つようだった。押し寄せては引いていく波のように、私の心もまた静まらなかった。どこかに置いてけぼりにされたような気持ちを抱きながら、冬は暮れていった。
今日は卒業式だ。校長先生の話は長い。体育館の窓から、私は外の桜を見ていた。五分咲きぐらいで、
まだ蕾の花もある。
(一年、あっという間だったな。それをいうなら三年か)
あくびをかみ殺しながら、私は壇上に立つ人の話を聞いていた。
(いろいろあったなあ)
文化祭や、学校を抜け出して水無瀬川に行ったことを思い出す。一ノ瀬さんと、二人だけの時間を過ごしたことも。もうあの時間はかえってこないんだな。そう考えるとなんだか切なかった。
卒業式が終わって、私たちは教室へと戻った。担任の先生が最後の挨拶をし、卒業アルバムが配られる。すすり泣いている生徒もいたし、「この後どうする?」と言っているような生徒もいた。
ホームルーム終了のチャイムが鳴り、クラスメイトたちは席を立ち始めた。教室が閑散としてきたところで、私は意を決して立ち上がった。一ノ瀬さんの席へ行き、話しかける。
「ここ、メッセージ書いてもらってもいいかな?」
そう言って卒業アルバムの最後のページを開く。一ノ瀬さんは一瞬虚を突かれたようだったが、直に笑顔になった。例のぱっとまわりが華やぐような、花のような笑顔だ。
「いいわよ」
一ノ瀬さんが、さらさらとサインペンでメッセージを書く。それが書き終わらないうちに、私はさらに声をかけた。
「あの! よかったら連絡先も教えてもらえないかな」
「えっ?」
一ノ瀬さんがゆっくりと言葉を発する。
「卒業したら会えなくなるの、なんか寂しいなって。その、いやだったら断ってもらっていいんだけど」
私は一気にまくし立てた。きっと顔が赤くなっている。小学生かよ、と心の中でツッコんだ。
私が目を泳がせていると、一ノ瀬さんが話し始めた。
「連絡先は、いいかな。手に入らないのに、見ているだけっていうのはつらいから」
私は首をかしげた。
「どういう意味?」
一ノ瀬さんは呆れたような、困ったような顔をして肩をすくめた。駄々をこねる子どもを遠巻きに見るような、そんな目だった。気を取り直したようすで、メッセージの続きを書き始める。
「これでいい?」
「あっ、うん」
卒業アルバムの寄せ書きのページには、
「あなたと過ごした時間は私の宝物です。ありがとう。お元気で」
と書いてあった。
さっきの言動とはちぐはぐなメッセージで、私は戸惑ってしまった。
そのとき、背後で声がした。
「里穂、行くよ──」
優美ちゃんの声だ。
「あ、うん」
振り返って返事をする。
「じゃあ、ね」
そう言って、一ノ瀬さんは寂しそうに微笑んだ。私は後ろ髪を引かれつつも、その場から立ち去った。
「里穂、何やってるんだよ。そんなところに突っ立って」
恋人である倉田友哉の声で、私ははっと我に返った。
「何があるっていうんだよ。あっ、卒業アルバム?」
友哉が無断で卒業アルバムをのぞき込む。
ちょっと、と言いかける前に、友哉がアルバムの一カ所を指さした。
「この子、すげえ可愛い。一ノ瀬、サヤカって読むのか? これ」
「そうよ。可愛いでしょ?」
私は少し得意げに言った。
「なんでおまえがいばるんだよ。友だちだったのか?」
「……友だち。友だち。うーん、わからない」
「わからないって、なんだよ」
友哉が笑う。
「うるさいな、女の子にはいろいろあるのよ」
「女の子って歳じゃないだろ」
「今じゃなくて、当時の話!」
私は語尾を強めて言い、友哉を軽くにらんだ。
「あーもう、わかったよ。あまり触れてほしくないんだな。オレは台所の片付けをやるから、この辺の自分のものの整理はお前がやっとけよ?」
「わかった」
友哉が部屋から出た後で、私は再び卒業アルバムに目をやった。一ノ瀬さんの、どこか影のある顔をじっと見つめる。
高校を卒業して、数年が経っていた。
友哉と私は、その間くっついたり、離れたりを繰り返した。友哉以外の男性と付き合ったこともあったけれど、居心地の良い友哉が恋しくなり、結局彼の元に返るのだった。そんな私を、友哉は呆れつつも毎回受け入れてくれた。
来月、私は彼と結婚する。今日は新居への引っ越しだ。
友哉も含む何人かとの恋愛を経験したことで、私はあることに考えを巡らせるようになった。それは一ノ瀬さんの私に対する想いに、友愛以上のものがあったのではないか、ということだ。
一ノ瀬さんとは、卒業式以来一度も会っていなかった。だから、確かめる術などない。交流があったところで、そんなこと聞けるわけもないけれど。
窓から、また暖かな風が入ってきた。春の日差しを浴びながら、二人でうたた寝をした日のことがよみがえった。
こんなうららかな陽気の日には、決まって思い出す。
嫌いな虫を捕ろうとしてくれたときの、あの震える指。春の女神のような、慈愛に満ちたまなざし。そして、髪を整えてくれたときの、柔らかな手の感触。
頭に思い浮かべると、胸が苦しくなる。そして、自分の無神経さに思い至って、恥ずかしくもなるのだ。
私は軽く目を閉じた。清々しい外の空気を感じる。
あの春の女神さまの隣には、誰か別の女性が座っているのだろうか。どんな形であれ、幸せそうにしてくれているといいな、と思った。勝手な願いだけれど、私にはそれぐらいしか出来ない。窓の外に目をやりながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。