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黄昏の君  作者: 美真陽
3/10

悲しい思い出

美緒の弟健太も事故で亡くなっていた。健太が亡くなったのは母が勤め始めて1年になろうとする頃だった。ちょうど今くらいの季節で今日のように雨が降っていた。

その日、美緒は宿題を忘れて先生に叱られ、些細な事で友人とけんかした。おまけに帰り道で転んでひざをすりむいていた。

しとしと雨の降る少し肌寒い黄昏時だった。

いつもなら、とっくに母が帰って来る時間だった。健太はランドセルと黄色い帽子を放り出して4階の窓から外を眺めている。窓からは母が帰って来る道が良く見えた。

「ママ遅いね。僕、お腹がすいちゃった」

美緒はふり返りもしなかった。いつの間にか健太はそばに来ていた。

そして、美緒の手を引っぱりながら

「ねえ、駅まで、ママを迎えに行かない」

美緒はその手を振り払って

「もう帰って来るでしょ。静かにしてよ」

自分でも驚くくらい大きな声で厳しい言葉がでた。

「僕、駅まで行ってくるよ」

「暗くなると危ないから、出ちゃダメでしょ。それにきっともう帰って来るわ」

「すぐ戻るから」健太の走り去る足音がした。

雨だけでなく風も強くなり始めていた。美緒は健太の後を追いかけようか少し迷ったが、すぐに戻ると言ってたからいいやと自分に言い訳をしてベットに横たわって漫画を読み始めた。10分いや15分ほどして近くで救急車のサイレン音が響いた。雨の音に交じってざわざわと人々の声がしたようだった。「事故かしら」と美緒は思った。

健太はなかなか戻らなかった。駅まで10分程しかかからないのに1時間近く経っても帰ってこない。もちろん、母も帰ってこなかった。

胸騒ぎがして駅まで健太を迎えに行こうとした時だった。

近所に住む祖母があわてた様子で玄関から駆け込んできた。

「美緒ちゃん、これから病院に行くよ」

駅前の横断歩道を渡っていた健太は信号無視した車にはねられて強く頭を打っていた。健太は小さな体にたくさんの管をつながれていた。そうして死んだように病院のベットに横たわっていた。頭に巻かれた包帯に少し血がにじんでいるのが痛々しかった。

父と母は交代で健太の様子を見に行った。その間私は祖母の家に預けられた。

「あの時後を追いかけていたら。健太の事故は私のせいだ」

私は泣きじゃくって、祖母にしがみついていた。

何も言わずに背中を撫でてくれる祖母の手は温かかった。

その時だった。健太の姿が私達の前に現れた。

健太が私に会いに来た。健太の目から涙が流れていた。「健太」そう叫んだ時だ。

何か言おうとしたのか口元が動いたような気がした。

「おばあちゃん、健太が、健太が」

祖母にも健太の姿が見えたらしい。

「会いに来てくれたんだね」

そういって祖母は美緒を抱きしめた。

少しして健太が亡くなったのを知った。事故から2日して健太は息を引き取った。

健太はきっと苦しかったに違いない。それでも生きようと2日間も頑張ったのだ。


母は「私が勤めに出ていなければ」と泣き崩れていた。

父はそっと「運命だったんだ」と母の肩に手をのせた。

それから母は勤めを辞めて家にいるようになった。

美緒は色のない世界で毎日過ごしていた。

「私が止めていたら、いや一緒に行ってあげれば」

何度も何度もその言葉が繰り返し浮かんできた。

「私が悪いんだ」と繰り返し食事や睡眠も十分とれずに父と母を心配させた。

3人家族になった美緒は以前のように笑うことが無くなった。

父と母は心配して祖母の家に同居することになった。父母も美緒も健太との思い出の詰まったところで暮らすのは辛過ぎた。

祖母は3人を温かく迎えてくれ美緒も次第に落ち着きを取り戻していった。

私たち家族は49日、1周忌、3周忌と仏事を行ううち、やっと少しずつ健太の死を受け入れていった。

美緒は兄弟を亡くして1年程しかたっていない岩井先輩がそのころの自分と重なって涙がこぼれた。

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