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番外編 小聖女

「ううぅ…、熱いよぉ…」


 白く輝く光の中で、瞳が焼けるような眩しい光と、耐え難い熱とが私を包んでいる。


 魔物討伐に向かう軍列。その最後尾の荷車に忍び込んだ私は、大量の糧食を蓄えた樽の隙間に身を隠して、見つからないように息を殺していた。

 さすがにいけない事をしている自覚はあるし、緊張感だってある。それでもこの時ばかりはワクワク感が止まらなかった。生まれてから一度も公爵邸から出たことのない私にとって、初めての冒険だったのだから。


 はしたなくも樽の中の干し果を摘み食いしてお腹を満たす。これを自分の専属侍女に見つかりでもしたら、どんなお小言を言われるだろう。そんな事を想像すると勝手に顔がにやにやしてしまい、笑い声がもれそうになるのを必死に我慢した。

 ただ隠れているだけのこの状況が、この時は最高に楽しかったのである。

 

 しかし、変化は前触れも無く突然に訪れた。


 隠れている私の目の前に、ふよふよと光る不思議な球体が現れたのである。

 大きさは私の握りこぶし程だろうか、ふわふわと柔らかそうに形を揺らめかしながら宙を漂っている。

 初めて目にするそれの正体を、私は直感で言い当てた。


「……精霊」


 私がそう呟くと、光る球体はすぅっと私の身体に吸い込まれていった。


「温かい?」

 

 光る球体の吸い込まれた部分、ちょうど私の胸の辺りがほんのり熱を持って光っている。


「これ、魔力だ…。魔法? あれ? 私、精霊契約していない…」

 

 幼い私には危険だと言うことで、まだ本格的な魔法の教育は受けていない。それでも基本的な事だけは学んでいるので、これが明らかに異常だと言う事は分かる。

 魔法行使に必要な手順を踏んでいないのに、勝手に精霊が寄ってきて、勝手に魔法の光が灯ったのだ。普通に考えてありえない。


「な、なんで勝手に魔法が……、 ふえええぇっ!!!?」


 ふと見ると、今度は10や20どころではない、数え切れない数の光の球体が私の周りを埋め尽くしている。荷車の中は光と熱に溢れかえり、さすがに異常を感じた御者が荷車を引く馬の足を止めた。

 そして次の瞬間―――。





「いやああああぁぁぁ――――っ!!!」


 光の精霊達が異様なほどに密集している辺りから、女の子の悲鳴が響き渡る。


「リリアあぁ――――っ!!!」

 

 空を高速で移動した私は、悲鳴の出どころとおぼしき荷車の前に飛び降りた。


 荷車の御者は、突然空から降って来た主君に気の毒なほど狼狽しているが、それには目もくれずに私は荷車の幌をまくり上げる。


 ぶわっ! 幌をまくり上げた瞬間に溢れ出る光。眩しさの中、目を細めて荷台を探ると、樽の間に倒れ込んでいる愛娘を見つけ出した。ぐったりと横たわるその姿に一瞬息が止まりかけるが、その胸がしっかりと上下している事を確認して、ようやく安堵することが出来た。

 しかし、乱れ舞う光のせいで、リリアの所になかなか辿り着けない。


「リリアっ! くっ、落ち着きなさい、精霊達!」


 チカチカと点滅しながら、狂ったように舞い散る光球は、まるでマタタビを与えられた小動物のようだ。元々が自我の薄い精霊達にとって、精霊の愛し子は誘引剤のようなものらしい。引き寄せられ、多幸感の命じるままに魔力を与え続ける愛しい存在。精霊の愛し子とはよく言ったものだ。


「静まれ!」


 私は光に向かって手をかざし、半強制的に光の精霊達を支配下においていく。その効果は直ぐに現れ、またたく間に光球は姿を消し、辺りは静けさを取り戻した。

 私は荷台に飛び乗ると、ぐったりとしたままの愛娘を抱き起こす。


「リリア! 大丈夫!? リリア!」

「………ん…、おと…さま…?…」

「そう、お父様ですよ。もう大丈夫だから、安心して」

「……うん…………」


 精霊達の魔力に当てられてかなり消耗してしまったのだろう。リリアは短い返事をしただけで、直ぐに意識を失ってしまった。

 とにかく魔力過多の状態さえ無くなれば、元々が丈夫な子である。しっかり安静にしていれば直ぐに元気になるだろう。

 私がリリアを抱き抱えたまま荷車を降りると、丁度そこに騎士団長が馬を走らせて来る。どうやらわざわざ先頭から駆けつけて来たようだ。


「閣下あぁ―――っ!!」

「グスタフ」

「ご無事で何よりです。して、お嬢様は?」

「大丈夫ですよ。疲れて眠ってるだけです」

「おお、それは何より」

「それにしても困りましたね。この先、この子を連れて行くのは…」


 これから戦いに赴くと言うのに、娘を、それも子供を連れて行く訳にはいかない。指揮官としても、領主の立場からでも当然の選択だ。

 しかし私がこの子から離れると、また精霊達が暴走する危険があるため、今はそれも出来ない。


「しかし、この位置からですと、このまま子爵領に向かった方が良いでしょう。懸念は分かりますが、リリア様もそちらで休まれた方がよろしいかと」


 グスタフからの控えめな意見であるが、実際のところ選択肢はそれしかなさそうだ。ここは指揮官としての我を通すべきではない。


「わかりました。では急いで子爵邸に先ぶれを向かわせてください。同様にリリアの無事を公爵邸に伝えるように。この子がいなくなって大騒ぎしているでしょうから」

「はっ、直ちに!」


 私からの命令を速やかに実行に移す騎士団長を横目に、私は一連の出来事について考えざるを得ない。

 光の精霊の反応は明らかに一つの答えを指し示していたからだ。私達二人の子である以上、ある程度予想はできた事だが、平和な世には必要ないものと少し無警戒が過ぎたようだ。


 腕の中で静かに眠る愛娘の頭を撫でながら、私は一人呟く。


「小さな聖女か…」

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