番外編 憧れの大聖女?
「リリアー! クリスぅー!」
「お母様!?」
剣の練習でくたくたになっていた私だったが、ふいに届いた聞きなれた声に思わず飛び起きた。声がしたのは訓練場の入口、そこに立っていたのは、セントラル皇国にお里帰りしていたユーフェミアお母様だ。
「お母様! お帰りなさい。いつ帰ったの?」
私はお母様に足早に駆け寄り、勢いそのままに抱きつこうとするが、自分の手が汚れている事に気が付いて、たたらを踏みながら急停止する。それを可笑しそうに見ていたお母様が、水魔法で私の手を綺麗にすると軽々と私を抱き上げてくれた。すごいっ、無詠唱魔法だ!
「ついさっきよ。リリアがお父様と面白そうな事をしてるって聞いて、慌てて来ちゃった」
「おかえりなさい、ユフィ。皇都はどうだった?」
「相変わらず平和そうよ。お父様は全然変わらないし、あの人、お兄様に皇位を譲る気があるのかしら? っと、そうだったわ、リリア、あなた剣を習ってるって、大丈夫だったの?」
お母様からの愛情溢れる心配の声に、私は自信満々で宣言する。
「大丈夫よ、私は聖女であるお母様の娘で、あの大聖女様の姪っ子なんですもの!」
「「…………」」
あれ? 私、何か不味い事を言ったのかしら? お父様とお母様の目が泳いでる?
「そ、そうね、リリアはしっかりしてるものね…」
「あっ! お父様が嫌いとか、そんなんじゃありませんからね! 私、大聖女様、クリスティーナ叔母さまを尊敬しているんです!」
私が堂々と言い放ったと同時に、お父様がお顔を赤くした。それをジト目で睨むのはお母様だ。
「なんでお父様が、お顔を赤くされてるんですか?」
「い、いえ、リリアが、私の妹を尊敬してるなんて、う、うれしいなあ…と」
「そうです! お父様も見習ってくださいませ、クリスティーナ叔母様はとてもカッコいいのです!」
もっとしっかりして下さいと発破をかけたつもりが、何故かまた顔を赤くされるお父様。
「はいはい、リリアもお父様をからかうものではありませんよ」
「か、からかってなんかぁ…もう!」
「それに、大聖女様はただカッコよかっただけじゃないのよ。淑女としての立ち居振る舞いも完璧で、料理やお裁縫、乙女の手習い全てに優れた理想の淑女だったんですから」
「それぐらい、私だって知ってますぅ~」
伊達に憧れているわけではない。大聖女様の事は何から何まで知っているのだ! かのセントラル皇王、私のお爺様に傾国とまで言われた美貌。そして一軍にも匹敵する強さ、誰であろうと分け隔てなく接する優しさ、常に奥ゆかしく目立つ事がお嫌いであった為か、自室で静かに刺繍や裁縫を嗜む事が多かったとも聞いている。
「もちろん、淑女教育だって真面目にするわ。憧れの大聖女様に近づくためですもの」
「そう、なら頑張りなさい。でも聖女様にならなくても、あなたは私達の可愛い天使様よ」
そう言うとお母様は私をさらに強く抱きしめてくれる。ご機嫌の私がお母様の胸に顔を埋めた所で、訓練場に慌ただしい声が響いた。
「閣下ぁ――っ! 公爵閣下はおられますか―――っ!」
「何事です!?」
いつも温厚なお父様の真剣な声。公爵家の当主としての威厳に溢れる姿に、私は密かに感心する。
声高に叫びながら現れたのは、ラピス公爵家の騎士だ。私には詳しい階級は分からないけど、どうやら伝令らしい。
「はっ! 東の国境魔の領域から多数の魔物が出現しました! その数、およそ50!」
「50…、いつもより多いですね」
「はっ! 中級の魔物も複数体確認されているため、常駐の2個小隊では討伐不可能と判断いたしました。現在、現有戦力をもって足止めしている状態であります!」
「騎士団の対応は?」
「グスタフ騎士団長が、動員可能の騎士団半数を率いて出撃されます!」
「兵を小出しにせずに、一気にかたをつけるつもりですね。さすがです。分かりました。私もその軍に加わります」
「か、閣下、御自らでありますか!?」
なんと魔物討伐に当主であるお父様自らが参加するらしい。伝令の騎士も予想外だったのか、声が上ずっている。
「2個小隊だけの足止めでは、すでに無傷とはいかないでしょう。それならば癒し手は必要です。私なら万が一の戦闘にも対応出来ますしね。団長に後ほど合流すると伝えて下さい」
「はっ!」
「マチルダ、甲冑の準備を!」
「かしこまりました」
矢継ぎ早に周囲に指示を出すお父様。いつものご令嬢のような儚げな雰囲気が消え、実に堂々とした振る舞いは、普通にカッコいいと思えてしまう。
あれ? そう言えば、お父様って治癒魔法が使えるの? クリスティーナ叔母様の双子の兄妹なら、光魔法が使えても不思議はないけど、実戦で使えるレベルなんだ。剣だってあんなに強いし、お父様とまともに戦えるのは騎士団長ぐらいだってマチルダも言っていたわ……。
―――どうしよう、私、お父様が戦う所が見てみたい!―――
挿絵が間に合わねえ。




