悲しみの皇都
その日、セントラ皇国全土で鎮魂の鐘が鳴り響いた。
―――聖女クリスティーナ・ファナ・ラピス死去―――
その早すぎる死に皇国のみならず世界中が悲しみに包まれ、光ある世界と讃えられたベルグリースは、失ってはいけない大切な光を永遠に失った。
かつて無い圧倒的な数の魔物の脅威にさらされた皇都。更には古の邪神の復活と言う絶望的な状況の中、人々の最後の希望として立ち上がったのは二人の少女であった。
精霊の愛し子。男であれば勇者、女であれば聖女と呼ばれる奇跡の存在。ある者は国を守り、ある者は国を富ませ、時代のあらゆる場面で世界を救ってきた。
当代の聖女二人もその例に洩れず、我が身を顧みずに邪神と戦い、最後には二柱の神を降臨させる奇跡をも起こして、見事邪神を封印する事に成功したのである。
しかしその犠牲はあまりに大きく、聖女二人はその場で力尽き、皇女ユーフェミアは何とか一命は取り留めたものの、もう一人の聖女クリスティーナは帰らぬ人となった。
そのあまりにも衝撃的な悲報はセントラル皇国全土に瞬く間に伝わり、本来であれば戦勝の祝いに沸き返るはずの皇都であったが、それよりも失った犠牲のあまりの大きさに、多くの民衆は悲しみの淵に沈んだ。
その葬儀はセントラル皇国全ての教団合同のものとなり、タリス教、ルーン教はもちろん、信者であるなしすら関係無くほとんどの民が参加し、かつてない規模の中粛々と執り行なわれる事となった。
聖女の遺体は父親であるラピス公爵が引き取り、すでに故国に向かっているため、棺の中には彼女が最後に着ていた聖女の衣装が入れられ、それに皇女ユーフェミアが絶えず付き添った。
今や唯一の聖女となったユーフェミア皇女は、凛とした態度を崩さず気丈に振る舞ってはいたが、僅かに赤みの残る瞼や、時折りふらつく足取りを侍女に支えてもらっている姿はあまりにも痛々しく、参列した人々の涙を誘って止まなかった。
一方、自らの命と引き換えに国を救った少女に対して、皇王マクシミリアンは異例とも言える謝意を示し、その発表は国の内外を驚かせた。
皇国はもちろん、ベルグリース史上初となる大聖女の称号がその最たるものであるとしたら、他国の貴族、それも未成年の公爵令嬢に対して、これも皇国初の名誉元帥の位まで与えると発表したのである。
元々が聖女の称号は公のものとは言い難く、ユーフェミア、クリスティーナ両聖女の称号も聖女教が独断で与えたものである。しかし、先の戦いで聖女教の権威は完全に失墜してしまった。
何しろ教団の最高位であったブロム司祭が闇と通じ、あまつさえ上級の魔物に変えさせられたあげく、邪神召喚の贄となってしまったのだ。
最高位の聖職者による最悪のスキャンダルは、徹底的な箝口令が敷かれるも完璧では無く、漏れ出た噂は瞬く間に皇都中に知れ渡る事になった。聖女教本部は事実確認と糾弾のために詰めかけた信者で溢れ返り、混乱の渦中にある。
とは言え、それすらも救国の聖女の悲報の前には些事でしかない。国が正式に認めた決定に異を唱える者などいる訳も無く、ベルグリース初の大聖女の誕生は、その死の悲報と共に世界中に伝わる事となった。
しかし、いかに言葉を尽くしてその死を悼み、立派な称号を与えられようと、決して死者は蘇ることはなく、かの美しく可憐な姿を人々が目にする事はもはや永遠に叶わない。
皇都は依然として悲しみの渦中にあった―――。