神話の戦い②
天空にまばゆい光を放つ美しい女神。地上では禍々しい瘴気を放つ闇の邪神。二柱の神の壮絶な戦いは、戦場から離れたこの砦の屋上からでもはっきりと見てとれた。
最前線のこの砦には、今もひっきりなしに怪我人が運ばれて来るが、直前まで皇国軍優位で事が進んでいたため、幸い重症者の列は途切れている。
それよりも外の急変ぶりが深刻過ぎた。突如として現れた闇の邪神の力は圧倒的で、瞬く間にクリスティーナ様は窮地に追い込まれてしまう。絶体絶命のその危機にユーフェミア殿下が、太陽神降臨の奇跡を願ったのだ。
この信じ難い光景に誰しもが手を止め、治療をする者であれ、怪我人であれ、動ける者は全て戦場の様子に釘付けになっていた。
カッ! 突然空に閃光が走る! おそらく光の女神の魔法だろう、天空から幾本もの稲妻が大地に降り注いだのだ、続く轟音に私の隣の少女から短い悲鳴が上がる。
「きゃ!」
「マリーカさん、大丈夫?」
「い、いえこれくらい、お二人に比べれば…」
彼女はそう言うと、祈るように両手を前に組み、それを強く握った。尊敬する聖女二人の無事が気がかりなのだ。
マリーカ譲だけではない。私だってお二人が心配でたまらない…。
「セシリアさん、お二人とも、大丈夫でしょうか?」
「ごめんなさい。こればかりは…」
こんな状況は誰も予想していなかった。まして至宝とも言うべき聖女の安否など私ごときに分かる訳が無い。分かりきった応えに彼女の顔が歪む。
「あんな力…、お、お二人とも死んでしまいます!」
神の御業とは言え、降臨した器は人間でしかない。果たしてユーフェミア殿下はご無事なのだろうか?
今度は邪神が大地を割り、そこから赤い火柱が立ち上る。割れ目からは灼熱の溶岩が噴き出し、そのまま太陽神に襲いかかるが、太陽神の周りには強力な防護結界が張られ、邪神からの攻撃は一切届かない。
光と闇の神の戦いは拮抗していて、まったくの互角に見える。その後も目を疑う程の攻防が続き、神話さながらの戦いは、終わりが見えないと思われたが……。
「せ、セシリアさん、女神が…」
それまで互角の攻防を続けていた神々だったが、徐々に邪神の方の攻撃時間が長くなり、太陽神はそれを防ぐばかりになってきた。
「太陽神は、こちらにも防護結界の魔力を割いているのよ、無理もないわ」
「そんな! このままじゃユーフェミア殿下は!」
「わかってるわよ、そんな事!」
太陽神はもちろん、器となっているユーフェミア殿下もただではすまない。それをただ黙って見てるしかないなんて!
「お嬢様方、大丈夫ですよ」
不意に聞き慣れた声がすると、クリスティーナ様の専属侍女のマチルダさんが、そこに立っていた。隣にはユーフェミア殿下の専属侍女アンナさんもいる。
「マチルダさん?」
「いかに公爵家とは言え、侍女に敬称は不要にございます。マチルダとお呼び下さい」
「そ、その、マチルダ、大丈夫って、どうして?」
「そんなの決まってます。うちのお嬢様が黙ってないからですよ」
少し呆れ気味に、それ以上に誇らしさを滲ませながらマチルダがそう言うと、それに同調したアンナが大きく頷く。
その直後―――。
パアアァァッ! 私達の後方、すなわち皇都からまばゆい光が差し込んで来た。
「な、なに!?」
「セシリアさん! 支柱神の柱が!」
皇都の中央、支柱神の化身と言われる聖なる柱が、まばゆい光を放っている。今まさに顕現している太陽神もかくやと言わんばかりの輝きに、おそらく皇都中が大騒ぎになっている事だろう。
そこにいる皆の視線が支柱神の柱に向いている中、唯一人戦場を見ていたマチルダがぽつりと呟いた。
「お嬢様、ご武運を」
その言葉にはっとした私が振り返ると、戦場に先ほどの太陽神降臨の時と同じ光が差し込んでいる。時同じくして支柱神の柱を見ていたマリーカ譲の声は―――。
「セシリアさん、支柱神の柱が消えました!」
驚きに声を震わせているマリーカ譲だが、それに応える私の声も震えている。
「……マリーカさん、支柱神はここに居るわ」
「ええ!?」
慌てて振り返るマリーカ譲。その視線の先には顕現したもう一柱の光の神―――。
「支柱神!」
戦場に現れたのは、光る鎧を身にまとった麗しき戦女神。腰に宝剣を携えた堂々とした姿は、正に主神の名に相応しく、先に顕現している太陽神の傍らにそっと寄り添った。太陽神を労るようなその仕草に、そう言えばこの二柱の神は夫婦神であった事を思いだした。
「たしか、支柱神は男神ではなかったかしら?」
戦装束こそ勇ましいが、目の前の神は美しい女神に見える。
「支柱神は双面神とも言われ、正確には男女両方の性質を持たれた神です。普段は女神の姿を好むそうですが、なんとなく何処かの誰かさんに似てますね」
公爵家の侍女として神学にも精通しているのか、マチルダがさすがの知識を披露する。確かに強さと美しさを兼ね備えた姿はクリスティーナ様にそっくりだ。
邪悪なる贄と数多の生命を対価とし、召喚された闇の邪神。二人の聖女の互いを思い合う願いにて降臨した太陽神と支柱神。
ここにベルグリース創世に関わった神々全てが揃い、長きに渡る戦いは、いよいよ終わりの時を迎えようとしていた。