神話の戦い①
私の視線の先、青白い光を放つ邪神の魔力攻撃と、白く輝くクリスの防護結界が、一進一退のせめぎ合いを繰り広げている。
「……これが邪神、これが…」
続く言葉が出てこないのは、そのあまりの凄まじさゆえだ。あの魔力攻撃だけで、先ほど自分が張っていた渾身の魔力結界はやすやすと破壊されていた事だろう。
それを裏付けるかのように、攻撃を受け止めたクリスも必死だ。純粋な魔力量として、クリスは私のそれを上回っている。おそらく私の魔力量では一回でも防げれば上出来だろう。
「―――いけない! クリス!」
かろうじて邪神の攻撃を防ぎきったクリスに、邪神からの二度目の攻撃が放たれた! 拮抗していた一度目と違い、明らかにクリスが押されている。もう魔力が残り少ないのだ。
“だめっ、絶対に勝てっこない!!”
正にギリギリの瀬戸際でなんとか邪神の攻撃をしのぎきったクリスだったが、二度目の攻撃を逸らした反動で地面に落下してしまい、すでに満身創痍の状態だ。次の攻撃はもう防げない。例え精霊の愛し子であろうとも邪神には敵いっこない。
―――神に対抗し得るのは神だけ!―――
おそらくクリスも同じ事を考えているだろう。邪神を倒すには光の神々の力を借りるしかない事を。それも前回のクリスのように一時の力を借りるのではなく、この身に光の神を降臨させる必要がある事を。
精霊の愛し子が神にも等しい力を持つとされる所以は、正しく神の器である事だ。この身に神を宿して耐えられる者など愛し子以外あり得ない。
多くの愛し子の生命を奪う聖女熱にしても、神の力を行使するための器作りと思えば、全て説明がつく。
しかし、今のクリスは魔力を使い果たして、精霊からの魔力供給が間に合っていない。神の降臨を願う事が出来るのは私だけだ。
それに一度とは言え、すでに太陽神の力を行使しているクリスが、もう一度神の力を行使してしまえば、今度こそその生命を落としてしまうかもしれない。
クリスの事だから、魔力さえ戻れば迷う事なく神の奇跡を願うだろう。クリスより先に私が太陽神を降臨させれば、クリスもみんなも助けられる。それなら!
「ルーンよ!」
もはや躊躇う理由は何も無い。私は高らかに太陽神の名前を叫んだ―――。
「ユフィ…」
虚しく空を掴んだ片腕を下ろし、呆然と呟きながら、私はその場に立ち尽くす。ユフィの消えた光の柱。そこから姿を現したのは光輝く女神だった―――。
“太陽神!!”
顕現したその姿は、邪神に比すれば小さいもののそれでも10メートル程はあると思われる。白い衣装を纏い、腰まで伸びた長い髪をなびかせたその姿は美しく、降臨の器となっている少女を連想させた。。
後方の皇都を仰ぎ見ると、そびえ立つ支柱神の巨大な柱の上が暗いのが視認できる。それもその筈、そこにあるべき太陽神がいないのだから。
おそらく明るいのは皇都近辺の地上部分だけで、皇国外周と近隣各国は突然の夜に驚いている事だろう。
柱の上、創世神話が本当なら約1000年もの間その御座にあった太陽神。その神が地上に降りて邪神と対峙しているのである。
その顔は、邪神と同じく無機質で無表情ではあるものの、不思議と暖かみを感じさせるもので、それと同時にその荘厳な佇まいと圧倒的な存在感に、そこにいる誰しもが膝をつき頭を垂れた。
おそらく私一人だけが立ち尽くしたまま、その姿を見つめている。
光と闇の神は数分間対峙したままであったが、先に動いたのは太陽神だった。不意にその輝きを強め始めたのだ。
光の魔力を帯びたその輝きは只の光ではあり得ない。闇に属するものにとって、もはや存在そのものが災厄である。その光を浴びた魔物が苦しみだしたかと思えば、炎に焼かれるように焦げつき次々と絶命してゆく。たった数秒の内に生き残りの魔物は全て消滅してしまった。正に神の裁きと言うべき圧倒的な力。
成す術もなく灰と化してゆく自らの眷属達を苦々しく思ってか、邪神の無機質な顔が不機嫌に歪んでいるように見える。
すると今度は、邪神の後ろで巨大な魔力球が形成され、それが瞬く間に大きさを増してゆく。次の瞬間―――!。
先ほど私に放った青白い魔力光線!
それが魔力球の中から枝分かれするように幾重にも放たれ、太陽神に襲いかかった。
この一回で皇都を消滅させかねない凄まじい魔力攻撃、太陽神は何ら動じること無く強力な防護結界を展開してそれを防いだ。
さらに恐ろしい事は、この一連の攻防は単なる小手調べでしかなかったらしい。目を覆わんばかりの凄まじい攻防が始まったのは、この直後からだった。
太陽神が暗闇を引き裂く轟雷の束を落としたかと思えば、邪神は大地を割り、灼熱の溶岩の雨を降らせる。我が目を疑う創世神話さながらの戦いに割って入る者などいる訳も無く、最早、人智の及ぶものではあり得ない。
気がつけば私はもちろん、連合軍の兵士達の周りにも強力な防護結界が張られ、この凄まじい攻防の最中でありながら無事を保てている。太陽神か、それともそれを降臨させたユフィの意思、いずれかによるものだろう。
その後も光と闇の神の戦いは苛烈を極め、いつ終わるともしれない攻防は、まったくの互角の様相を呈していた。
太陽神の絶大な力に多くの者が希望を抱いている中、私だけは焦りを含んで戦いを見つめている。
―――このままではユフィが持たない―――
二柱の神の力は拮抗している。いや、おそらく邪神の方がほんの僅かに上回っているのだろうか? 創世神話が本当であれば、太陽神は闇の邪神に天空に昇るのを妨げられ、天に昇る事が叶わなかった。支柱神の助力が無ければ、この世は未だに闇に閉ざされていた事だろう。
このままでは良くて相討ち。そうでなくとも太陽神の器になっているユフィは、戦いが長引くだけで消耗してゆき、最悪その生命を落としてしまう。
「まったく、無茶ばかりすると、人には言っておきながら…」
私は誰聞かせるでもなく愚痴をこぼす。
「もう、後で怒ったって知らない…」
後の文句は受付けませんと、太陽神の姿を仰ぎ見ると、私は持てる全ての魔力を解き放つ。
「このまま会えないなんて、許さないんだから!」
太陽神と邪神の戦いの最中、私の魔力はすっかり元に戻っている。ユフィは私に無理をさせまいとして、先に太陽神の降臨を願ったのだろうけど、そのお陰でもう一柱の神の降臨が可能になった。
常に陽の光を支え続けた偉大な神。神々の主神にして、光の最高神が―――。
私は高らかにその御名を叫ぶ。
「支柱神よ!」
どんどん遅くなる投稿にごめんしかありません。完結する意思はありますのでご安心(?)を。