表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
かつて大聖女と呼ばれた少年編
76/86

急転と好転ついでに親バカ

 ぐるぐるとまとまらない思考を抱えたまま、私は戦場となっている東の砦に向かい空を急ぐ。

 スカートで空を飛ぶなど普段の自分からは、愚行以外の何ものでも無いが、既に皇国軍と魔物の軍勢との間に戦端が開かれ、それにユフィが救援に向かったと聞かされた私には、もはや他の選択肢など無かった。


 皇室治療院で目を覚ました私は、目の前にユフィがいない事に先ず驚き、闇の軍勢による皇都襲撃と、その救援に病み上がりのユフィが向かった事実に激しく動揺した。

 起きた瞬間に、精霊の愛し子として完全に覚醒した事は自覚したが、戦地に向かったユフィの事に比べれば些末事でしかなく、矢も盾もたまらず飛び出しかねない私を、かろうじて引き止めたのは皇王陛下だった。

 

 皇王直々の強引な謁見の呼び出し。心が急くあまり、ともすれば不敬とも取られかねない態度の私だったが、皇王陛下から告げられた話は十分に驚くべきものであった。

 その内容とは、此度の魔物討伐の依頼とその後の処遇についてである。魔物討伐の依頼は予想通りだし、そもそもが飛び出す寸前だったのだから否やがあろう筈も無い。問題はその後の処遇であった。いきなり提案されたその内容。私だけでなくユフィにも大きく関わるその話に、私は即答する事が出来なかった。そしてそのもやもやを抱えたまま戦地に向かう事になったのである。


 砦が近づくと、ユフィが張ったと思われる光の広域結界が見えた。色々とごちゃごちゃだった私の思考は、戦況と何よりもユフィの安否に占められ、不意に解除された結界を見た私は、さらに移動の速度を速めた。


 結界の解除がトラブルではなく、開戦の合図であった事に安堵する私だったが、ユフィが続けて放った魔法を見て目の色を変える。


"あの規模の魔法を一人でやるつもり!?"


 先ほどの広域結界もそうだが、尋常ではない程の魔力が必要なはずだ。聖女として完全に覚醒したから枯渇の心配は無いとは言え、あの規模では制御にかかりっきりになるだろう。護衛が足りていれば良いが、嫌な予感がする。

 上空からケタ違いに高い魔力の波動を感じた私はそこにユフィがいると確信し、今まさに黒い人型の魔物が押し寄せる様を見て、剣を抜きながらそこに舞い降りる! 

 キイイイィィン!! 硬質化した魔物の腕と私の剣がぶつかり合い、高い金属音を響かせた。


「クリス!?」

「ごめん! 遅くなった!」


 私は剣で魔物の腕を弾くと、返す刃で目の前の魔物を切り捨てる。本当に危機一髪だった。ヒヤリとすると共に、久しぶりに聞くユフィの声に思わず安堵する。


「クリス! あなた身体は大丈夫!? 無茶してない!?」


 魔法を維持させながらも、ユフィが私に問いかける。心配してくれるているのは分かるが、それはこっちのセリフだ。


「それ、お互い様だと思うけど? とりあえず空を飛んで来るぐらいは平気」

「え?………す、スカートで、飛んで来たんだ?」

「し、仕方ないの! 起きたらこれしか用意されてないし! 戦いは始まってるしで大慌てだったんだから!」

「ふ〜ん」


 結構ギリギリの大魔法を展開しながらも、私をいじり始めるユフィ。再会出来た事で気持ちにゆとりが出来たのだろうが、皇国騎士に囲まれた状態でいじられる方はたまったものではない。


「もうっ! 今そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 手伝うからさっさとそいつを片付けるの! いい!?」

「ふふ、それは助かるわ、軽くか〜るくやっちゃいましょう!」


 軽口を叩きながらも嬉しそうなユフィ。私は彼女の後ろに立つと、その背中に両手を当てて魔力を流し始めた。輝きと威力を増していく牢獄の結界に、上級の魔物の叫び声が響き渡る。


「グオオオガアアアアアァァ――――!!」


 汲めども尽きぬ膨大な魔力。覚醒した精霊の愛し子二人の力は強大で、私とユフィは惜しげもなく魔力を注ぎ込み、目の前の結界は更に輝きを増していく。もはや断末魔の悲鳴とも言える魔物の声は徐々に小さくなっていき、そして―――。


 パリイイイィィィンッ!!


 金属が砕けるような大きな音と共に、光の檻の結界が粉々に砕け散っていく―――。

 上級の魔物はもちろん、付近にいた数百体ではきかない数の魔物も巻添えになったようで、皇国軍の目の前に展開している魔物の軍勢の中に、巨大な空白地帯が出来上がっていた。そのあまりの威力に魔法を行使した私達もびっくりである。

 戦の最中でありながら誰もが言葉を失い、敵味方が動きを止める中、ようやく皇国軍兵士から歓声が巻き起こった。


「「「「うわああああぁぁ――――っ!!!」」」」

「上級の魔物が倒されたぞぉー!」

「クリスティーナ様が間に合った!」

「お二人共なんて力なんだ!」

「聖女将軍万歳――っ!」

「二人の聖女様万歳――っ!」


 戦はまだ半ば、上級の魔物もまだもう一体残っている状況下でありながら、勝鬨(かちどき)を上げるかの大歓声だ。そして、兵士達の興奮冷めやらぬ中、戦況は更に好転の機会を迎える。著しく数を減らした魔物の軍団の後方に新たな軍勢が出現したのだ。


 この新たな軍勢に対して怪訝な顔をしたユフィが私に問いかける。


「ねえ、あれって味方なの?」

「う~ん、皇国軍では無さそうだけど、まさか他国の軍? でもあの方角って、もしかしたら…」


 所属不明の新たな軍勢。魔物では無い事は一目瞭然だが、敵味方どちらかも分からずに皇国軍の間に緊張が走る。そんな中、私はある可能性を見出し、それを裏付けるように聞こえ始めた声は―――。


『お ね え さ っ まぁ―――っ!』


 拡声魔法の大音量で緊張感のまるで無い声が戦場に響き渡ると、私はユフィと顔を見合わせる。この声、プリシラ!?


『あなたのプリシラが、援軍に参りましたよぉ―――っ!』


 私は視力強化で遠くに見える軍影を注視した。よくよく見ると彼らの掲げている旗は、ディアナ王国の物に見える。ややあって物見から報告の声―――。


「報告! 魔物軍の後方に現れた軍勢は、ディアナ王国正規軍と思われます! その数およそ5万! その中にクリスティーナ様の生家、ラピス公爵家の旗も見受けられます!」

「お父様!?」


 思いがけない情報に、私は更に視力強化の力を強める。すると、確かに軍の先頭には懐かしいお父様の姿が見えた。隣には侍女のミュリエッタに必死に止められているプリシラの姿も見える。


『皇国軍に告ぐ、こちらディアナ王国遠征軍、総司令官ラピス公爵である! 先ず大軍をもって国境を侵した非礼を詫びさせて頂く! この度の魔物軍の皇都侵攻、我が国は極めて憂慮すべき自体と判断した! この隣国にして友好国の危機に対し、その救援に急ぎ5万の軍勢にて馳せ参じた次第である!』


 拡声魔法で聞くお父様の声はとても立派で、しっかりと威厳も貫禄も備えたなかなかの重鎮っぷりだ。子供ながらに感心していると、突然お父様が言い淀みはじめる。


『ついてはそちらの指揮官、い、いや、聖女がいるならそちら、ああ、いや、出来ればクリス…、む、娘の方をー……』


 尻つぼみに威厳も貫禄も消えていく中で、周りの兵から私に生暖かい視線が注がれる。言いようのないいたたまれなさを感じる私は、隣のユフィからどんまいな笑顔を向けられ、いつの間に来たのか、ギルバートが腹を抱えて笑い出した。


『……よ、ようするに、ようするにだ! 娘のクリスティーナを出していただきたい!』


 お父様のぐだぐだな口上は、いっそ清々しいほどに開き直って終わった。この人にとって私はいつまで経っても娘でしか無いのだろうか? 実は息子の身としては心配になるばかりである。しかし、こうなると、対応するのは私しかいない訳で…。うう、お父様のばか……。


『こ、こちらセントラル皇国名誉将軍、クリスティーナ・ファナ・ラピスです。貴国の援軍に感謝します!』


 同じく拡声魔法での私の返答に、王国軍が騒ぎ始めた。おそらく聖女の情報ばかりが先行して、名誉将軍の話まで伝わっていなかったのだろう。知ったことでは無い私は、向こう(お父様)からの返答があり次第、話を打ち切るつもりだったが、いつまでたってもその返答がない。なんでだ?


『貴国から受けたご恩は、余すこと無く皇王陛下にお伝えしましょう! 一介の将ゆえ確たる約束は出来ませんが、出来得る限りの口添えを約束致します!』

『……………』


 まだ返答が無い。むう、なんと分からず屋の父親だろう。この場合の流れは分かっている。分かっているのだけど、どうしても抵抗がある……。って言うか、ここまで言わないと駄目なの!?


『おっ…』


 お父様の要求している言葉は女子力チートの頭にすぐ浮かんでくる。しかしあまりの恥ずかしさに口にするのは大いにはばかられるのだ。戦況を左右する重大な局面で、自分の我を通す訳にもいかないと言うのに~! 迷いに迷った末に私は息を吸い込むと、半ばやけっぱちで声を張り上げた!


『お、お父様ありがとぉ―――っ! 大好きいぃ――――っ!!』


 戦場に私の間抜けな声が響き渡る。顔を真っ赤にした私がそれを言い終えると、お父様が喜色満面で号令を下した。


『期待以上の返答を頂けた! この上は戦果をもって応えさせて頂こう! 全軍突撃ぃ―――っ!!』


 うおおおおおぉぉぉぉ―――っ!!!

 もの凄い土煙を上げながら魔物軍に突撃するディアナ王国軍。完全に後背を突かれた形となった魔物の軍勢は、大混乱の中で次々と討ち取られてゆく。

 一方、言う事を終えて羞恥で肩を震わせている私にユフィが小声で呟いた。


「お互い、父親には苦労するわね」

「…………げき…」

「え?」


 不意に私がぼそっと何かを呟いた。それを不思議そうに聞き返すユフィだったが、跳ねるように顔を上げた私は、恥ずかしさの勢いそのまま全軍に号令するのだった。


「こちらも全軍突撃いぃ――――っ!!!」

ずいぶんと間が空いてしまいました。年末滑り込みの投稿です。皆様良いお年を!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ