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王都に行く前に

 私の王都行きが決まった翌日。公爵邸は旅の準備でごった返した。

 

 なにせ王都は遠く、ここから馬車で4日はかかるらしい。国王との謁見は来週との事だが、時間的にあまり余裕が無かった。


 それに今回は、私にとって初めての旅行だ。お父様とお母様は愛娘(♂)との初めての旅行を思い出深い楽しいものにするため、ありとあらゆる手を尽くした。

 旅先の観光名所のリストアップから、王都の洋服店、有名レストランの予約に至るまで、家臣団はその要望を叶える為に奔走し、公爵邸は、旅行組、留守番組を含めての大騒ぎになった。


 そんな中、私は一人暇を持て余してぼ~っとしている。

 私自身の旅支度は、専属侍女のマチルダと同僚の侍女仲間の手によって進められ、私はと言うと、時たま聞かれる控えめな提案に頷くだけのイエスマンでよかった。


 騎士団も、旅に随行する護衛騎士の選抜と計画に訓練。留守を預かる者への引継ぎなどで忙しく、とても私の面倒を見るどころではない。


 さすがに暇を持て余した私は、かねてからの願望を叶えるべくマチルダに提案した。それは――


「お料理ですか?」


 前世で料理男子だった私だが、その記憶を取り戻してこのかた、まだ一度も厨房に立っていない。趣味ではなく、父子家庭故の日課だったわけだが、あまりにも長く料理をしていないと、なんとなく落ち着かないのである。


「みんな忙しいようですし、お父様とお母様に差し入れを持って行ってあげたら喜ばれると思ったのです。いけませんか?」


 我が子の手料理を喜ばない親はいない。分かりきった問いをあえて聞いてみる。


「素晴らしい提案です! お嬢様の手料理とあらば、旦那様と奥様も絶対に喜ばれますから。もちろん、私もお手伝いしますね!」

「いいのですか?」


 マチルダと侍女仲間(私は勝手にチームマチルダと呼んでいる)は、旅の支度であまり余裕は無いと思っていた。


「私は指示役なので、後で確認さえ出来ればそんなに忙しいわけではありません。それよりも、このところ剣術訓練ばかりで男の子のようだったお嬢様が、女性らしくお料理に興味を持たれるなんて! マチルダは嬉しいです!」


 マチルダが妙に嬉しそうなのはそのせいか。

 いや、男の子だからね!

 

 ちなみに、前世の記憶を取り戻す前のクリスティーナも何度か料理をしたことがある。お嬢様の気まぐれと取られる事もないだろう。それに最近、剣術の訓練ばかりしているのも確かだ。この辺りで女子力アピールをしておかないと周りに男だとバレかねない。私の気も晴れれば一石二鳥だ。




 調理場に移動した私達は、料理長に許可をもらって材料を吟味する。

 これから作るのは焼き菓子だ。大して難しくもない上に大量に作れる。きれいにラッピングすれば女子力アピールにはもってこいだ。何種類かクッキーを作って、お世話になっているみんなに配ろう。

 

 小麦粉とバターに砂糖。最低限必要なものはこの世界にもあるようだ。泡だて器も見つけた。パウンドケーキなんかも作れそう。さすがにバニラエッセンスなんかは無さそうだが、贅沢は言えない。洋酒のような物も見つけたのでそれで代用すればいい。

 マチルダの用意してくれたエプロンを着て準備完了。


「それでは、作り方を教えますね」


 教える気満々のマチルダには悪いが、ここからは私のターンだ。


「大丈夫よ。()()()()()から」

「え?」


 呆気に取られるマチルダをよそに、私は調理を開始する。先にクッキーを焼こうと思ったが、泡だて器を見つけて気が変わった。パウンドケーキを作ろう。


 私は慣れた手つきで卵白を泡立て始める。古めかしいバネ秤で計量するのは、さすがに手間取ってしまったが、後の工程は順調だ。

 あっという間にパウンドケーキの生地を作ると適当な型に流し込み、石釜のオーブンで焼き始める。

 

 焼きあがるまでの時間でクッキー生地を作ろうとした所でマチルダから待ったが入った。


「お、お嬢様! ちょっとお待ちを!」


 確実に変なスイッチの入っていた私は、ようやく我に返る。


「あ、ごめんなさいマチルダ。私、すぐに夢中になっちゃって」


 暴走した私は、完全にマチルダを置いてけぼりにしていた。専属侍女の彼女にしてみれば、プライドを傷つけられたと思ったかもしれない。


「いえ、お嬢様、それは良いのです。良いのですが……そのお料理の技術は、何処で学ばれたのですか?」

「何処って………前世ですけど…」


 この世界で唯一、私の前世の事を知っているマチルダは、少し複雑な表情を浮かべると。


「………失礼ながら、お嬢様のいた世界では、男性の方も皆、このような高度な調理技術を習得されているのですか?」


 うん、ないね。料理男子の中でも、ここまで料理にのめり込んだ人は見たことがない。


「――あ、いえ…私は………不幸な例外です…」


 どうやら盛大にやらかしていたらしい。気が付けば、周りの誰もが私の方を見て、驚きの表情を浮かべていた。いやだっ、恥ずかしい!


 皆の視線を集め、若干のやりにくさを感じながらも、私の手は止まらない。

 クッキーの生地を寝かせたところで、パウンドケーキが焼きあがった。

 薄く切り分けて、マチルダと試食をしてみる。

 口に含んだ瞬間――


「美味しいです! お嬢様!」

 

 マチルダが嬉しそうに声を上げる。


「ほんとだ、美味しい」


 上手く出来たとは思ったけど、想像より2割増しで美味しい。はっきり言って出来過ぎだ。ひょっとして、こんな事にもヒロイン補正が入っていたりするのだろうか?


「お嬢様!」


 突然、後ろから声をかけられた。私が振り返ると、料理長他、公爵家お抱えの料理人達が神妙な面持ちで並んでいる。


「お嬢様。ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、その焼き菓子の味見を、ぜひ、私共にも!」


 公爵の愛娘(♂)である私に対しての緊張が伝わってくる。恐縮しつつも、料理人としての好奇心が勝ったようだ。っていうか、私そんなに大した物は作ってないんだけど?


「かまいませんよ。まだまだ作りますので、皆さんで食べて下さい」

「おお、ありがとうございます!」


 切り分けたパウンドケーキを、料理人逹が次々と口に運んでゆく。う~ん、なんか緊張するなぁ。

 するとあちこちから、美味い。美味しい。の声が聞こえ始め、それは瞬く間に調理場を席巻した。


「お嬢様! この菓子の香りと風味はどうやって出されたのですか?」

「それは……、 多分これですね。果物の蒸留酒をほんの少し入れてあります。これだけで格段に風味が良くなりますし、香り付けにもなります」


 私がお酒の瓶を掲げると、さらに場がどよめく。え?なにこれ、料理教室? とうとう料理長はメモを取り始めた。

 どうやらこの世界では、前世の世界と同じような料理はあっても、まだそれほど技術が洗練されていないようだ。それからも質問の嵐が続く。


「私共が作ると、どうしても味にばらつきがあるのですが?」

「ひょっとして、材料を目分量で量っていませんか? 他の料理なら大丈夫ですが、お菓子作りでは決まった分量を量って下さいね。計量はお菓子作りの基本ですよ」


 全て前世の受け売り。もっともらしく言っているのが恥ずかしくもある。


「お嬢様は、どこでそのような知識を学ばれたのですか?」


 やっぱり聞くよね。私はわざとらしく咳払いをして場を静めると――


「異国の書物で学びました」


 おおおぉ―――――っ!! 

 今日一の歓声が上がった。

 異国の書物。その名は「クックパッ○」

 あっ、マチルダがかなり微妙な顔をしてる。とりあえず見なかった事にしょう。

 

 こうして私は久しぶりの料理を満喫した。

 出来上がった焼き菓子は、クッキーを含めてかなりの量となり、可愛らしくラッピングして、最近お世話になっている騎士団や、チームマチルダの面々に配って回った。


 お父様とお母様には、特別出来の良いものを選んで手渡したのだが、お父様には普通に泣かれた。

 泣きながら、嫁にはやらん… 嫁にはやらん… と念仏のように唱える様子には、お母様と2人でひいた。

 こんな時は、パパのお嫁さんになる! と言う魔法の呪文を唱えると、この症状は治まるらしい。

 私には使えんけど。


この後、私の作った焼き菓子をつまみながら、家族3人でお茶会をした。

 王都行き前の穏やかな一日だった。



 

次はようやく王都に向かいます。ついでにこの世界の成り立ちも説明できればと思っています。

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