皇都防衛戦①
砂塵の舞う広大な荒野で、皇国軍と魔物の軍団との大規模な戦いが繰り広げられている。剣戟の音と、攻撃魔法の炸裂音、獣の咆哮に、いたるところでの怒号。始まったばかりの戦いは既に激戦であった。
魔物討伐の指揮を取るのは、皇国軍の勇将にして最高司令官ラルゴ・マルクス元帥その人である。
戦端を開いて数時間が経過し、戦況は一進一退の攻防を続けていた。
「報告! 左翼第二軍、先陣が中級の魔物の大部隊と交戦中! 少なからず被害が出ている模様です!」
「かねてからの対応策にのっとり、中級以上の魔物には、必ず多対一で当たること! 魔物を囲む時は背後に隙が出来る、背後の警戒も怠るな! 遊撃隊はそれをフォローするよう改めて徹底せい! 更に本陣から三個中隊を左翼の援軍に回せ!」
「はぁ―――っ!!」
「報告! 中央第一軍のギルバート殿、単身にて中級の魔物2体を討伐! 勢いに乗って第一軍は前進しております!」
矢継ぎ早に入る報告の中でも、数少ない明るい話題に思わず元帥も頬が緩む。
「予備役の見習いが頑張っておるのだ! 年嵩の連中も負けておれんぞ!」
おお!っと本陣も色めき立つ。戦いの趨勢はちょっとした事でも変わるため、指揮官であるラルゴ元帥はこれを好機と捉えた。
「よし! 第一軍はそのまま前進! 陣形は楔とする。見事敵中央を突破してみせよ!」
命令を下しながらラルゴ元帥はある種の賭けであると己に言い聞かせた。勝てれば良し。同時に賭けが外れた時の方策にも頭を巡らせ、全体の戦況を注視する。
今のところ戦況はそれほど悪くは無いが、得てして上手くいきかけた時ほど、落とし穴の存在に気が付かないものだ。此度の戦、攻め手は向こうで、こちらは受け手。今まで主導権を握られっぱなしだったのが、初めて戦局を大きく動かそうと言うのだ。これで優位に立てれば良いが果たして……。
本陣の真正面中央に位置する皇国第一軍は、激戦の中で比較的優位に戦いを進めていた。
「皆よく聞け! これより我が第一軍は陣形を楔とし、敵陣に向け進軍する! 急ぎ陣形を整えよ! それからギルバート、こちらに来い!」
第一軍を指揮するバーンズ将軍が、本陣からの命令を速やかに実行に移す。命令のついでに若い騎士見習いを手元に呼んだのは、このとかく自由な若者が猪突猛進するのを防ぐためである。
「お呼びでありますか将軍!」
「お前は今少し自重しろ! 前に飛び出るな! 以上だ!」
「ええ!? 皆には進軍を命じておいて、俺だけ前に出るなと?」
「前に出るなとは言わんが、出過ぎるなと言っておるのだ! 予備役ゆえ遊撃隊としているが、個人だけ突出して囲まれたらどうする!」
「突破します!」
「あほう! お前は良いかも知れんが、付き合わされる周りの迷惑を考えろ! 目の前で仲間が囲まれれば、それを見た現場指揮官は救出の為に兵を割くべきか判断に迷う事になる。一事が万事だ。たった一つの判断ミスで戦線が瓦解するかもしれんのだぞ!」
バーンズ将軍はちらりとギルバートを配属した百人隊長の様子を見るが、問題児を押し付けられた彼は明らかに顔色が悪い。
「クリスの奴は、中級複数体に囲まれても返り討ちにしたそうじゃないですか」
「ばっ、バカか貴様は! あの方はご自身の指揮で、周りに騎士を配置した万全の体制で戦われたのだ! 好き放題暴れ回るだけのお前とは大違いだ! あと、名誉将軍を軽々しく呼び捨てにするな! 学院では身分は問われんが、今は軍務中だぞ!」
「はっ! 失礼したであります!」
ギルバートのわざとらしい返答にバーンズ将軍は頭を抱えた。
「もういい、お前は俺の直属にする。多少の遠出は認めるが、俺の声の届く位置にいろ」
「はっ!」
嬉々として前に駆け出すギルバートに、もはやかけるべき言葉も見つからない。そもそも奴一人にかまけている暇など無いのだ。
バーンズとて優れた戦術家である。ラルゴ元帥からの中央突破命令の目的は容易に想像がついた。
予想よりも魔物軍の攻勢が鈍く、当初心配された上級の魔物が現れていない。自軍有利と見て一気に勝負に出るつもりなのだろう。こちらに有利とは言え、依然として魔物の数は多いのだ。確かにここで勝負をかけて、一気に決着を着けたいところではある。
「よし! 俺も直接先陣に立つ! ついて来れる者はついて来い! 副長、この場の指揮を頼む!」
「はっ!」
何も後方でふんぞり返っているだけが指揮官では無い。言うが早いか、バーンズ将軍は自ら前線に駆け出した。鞘から剣を引き抜き魔物の前に立つと、上段から一気に袈裟斬りに両断する!
魔物の巨体は、砂煙を上げながら地面に倒れこみ、それを見た周りの騎士達から歓声がわき起こった。騎士数人が手こずっていた中級の魔物が一刀のもとに斬り伏せられたのである。第一軍の精鋭達はにわかに活気づき、バーンズ将軍は高々と剣をかざした。
「闇の魔物恐るるに足りず! このまま進軍せよ!」
指揮官自らが先陣に立つことで、第一軍の士気はこの上なく高まった。指揮官の驍勇に遅れまじと、周りの騎士を中心に怒涛の勢いで進軍を開始する。
「ギルバート!」
「はっ!」
「暴れ足りんだろうから俺の隣に立て! このまま蹂躙するぞぉ!」
「はあぁ――――っ!!」
持つべきは話の分かる上官だと、喜色満面で返事を返したギルバート。すぐさま愛用の大剣を握り直し、バーンズ将軍の横に並び立った。
皇国軍10数万人の中でも、単身で中級の魔物を討伐可能な者は僅か二桁にも満たないであろう。
同じ魔物でも下級から中級になるだけでその危険度は桁違いに跳ね上がるのだ。もはや小さな村や町では厄災レベルの脅威であり、その討伐には小隊規模で当たるのが常識である。
それを個人の武勇や魔法によって圧倒するのであるから、その強さは想像に難くない。
この類い稀な戦闘力を備えた二人の偉丈夫が並び立つ様は、魔物達にとっての脅威であったが、敵陣に向かって進軍する味方にとっては大きな追い風となった。
V字の陣形、矢じりの戦端に当る位置で獅子奮迅の戦いを繰り広げるバーンズ将軍とギルバート。この二人の凄まじい活躍で第一軍はじりじりと魔物の軍団の中央深くまで食い込み、苦労の末、敵軍の中央突破に成功したのであった。
しかし戦いは未だ半ば。ただ中央を突き抜けた事に満足している暇はないと、バーンズ将軍は魔物に剣を振るいながら次の命令を出す。
「よしっ! 突破した者から、魔物軍背面に横列展開! 陣形が整い次第、敵を押し込むぞ! 袋叩きだ!」
おお――っ!! 敬愛する将軍からの指示に、部下達の活気に満ちた声が響きわたる。
魔物の軍団は中央突破によって左右に分断され、さらに突破した第一軍はそのまま後方を遮断し、囲むように攻撃を再開した。そして、これを遠く本陣から見ていたのは、全軍の総司令官ラルゴ元帥である。
「バーンズめ、やりおるわ! よし、左翼第二軍、右翼第三軍、中央と呼応してそれぞれ前進せよ! これより殲滅戦に移る! 本陣も進軍するぞ!」
命令は速やかに実行に移され、戦いの流れは一気に皇国軍へと傾いた。
第一軍によって左右に分断された魔物の軍団は、前方の皇国軍と後方に展開した第一軍との挟み撃ちとなり、混乱の中で次々とその数を減らしていた。
元々大軍とは言え、魔物に組織だった行動は無理な話である。出来る事と言えば数の暴力による前進しかありはしない。その圧倒的な物量が分断され、さらに後方にも注意を削がれると後は分散した個々の戦闘に終始し、魔物達は各個撃破の格好の的となった。
全軍の総司令官としてのラルゴ元帥の用兵も巧緻を極め、左翼右翼の巧みな前進により、魔物全軍への完全な包囲網が完成しつつあった。
―――皇国軍の勝利は目前!―――
一人の騎士としても全軍の指揮官としても歴戦をもって鳴るラルゴ元帥の目に勝利は疑いないように見える。しかし、どうしてもこのまますんなりと事が運ぶとは思えず、戦場を見る彼の目は険しい。
戦いが始まってから現時点で、魔物の軍勢は約4割、皇国軍は約2割弱の損失を出している。皇国軍が比較的有利に進めているとは言え、その被害も決して少なくは無い。
しかしここにきて圧倒的に優勢なのは皇国軍で、魔物との戦力差は開く一方だ。にも関わらず不吉な予感を覚えるのは長年の勘と言うやつなのだろうか?
外れてくれればそれでいい。ラルゴ元帥が胸中でそう考えたその時、その変化が起きた。
ズゴウウゥンッッ!!!!
突如として鳴り響いた轟音! 二つの塊に分断された魔物の軍勢それぞれの中心で二つの土煙が上がっている。土煙の中から姿を現したのは二体の人型の巨人―――。
戦いは重大な局面を迎えようとしていた。
メインキャラ不在のまま、えせ戦記小説のようなノリで終始してしまいました。退屈に思われた方がいましたらすみません。