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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
かつて大聖女と呼ばれた少年編
67/86

皇都に迫る危機

 皇城ホワイトパレス。支柱神タリスの柱に寄り添う白亜の城である。


 その城内の奥まった一角に重臣達が居並び、室内を沈黙が支配していた。その只事ではない重苦しい空気の中、急ぎ部屋に入って来た使いの者は思わぬ重圧に気圧されるが、何とか口を開く事に成功する。


「報告! 聖女クリスティーナ様、皇室治療院にて、ユーフェミア殿下を治療するため、魔力同調に入られました!」


 その言葉を聞き室内が大きくざわめいた。使いの者を下がらせた皇王マクシミリアンは重々しく口を開く。


「やはりあの者は、それを選んだか」


 始めから分かっていた事だ。止めたところであの者が言う事など聞かぬ事は。皇王は小さく(かぶり)を振ると、別の難題に話を移す。


「して、国境の方はどうなっておる?」


 皇王の問いに宰相のキルギス侯爵が立ち上がり、居並ぶ一同をに目を向けた。

 皇王マクシミリアンを仮玉座に、皇国元帥のラルゴ・マルクスと、皇国軍5万人を率いる五将軍がそれぞれ副官を連れて席に着いている。

 当然文官も多く参席しているが、武門の重臣が一同に揃うのは極めて稀な事であり、異常事態と呼んでも差し支えない。それもそのはず、今日のこの場は紛れもなく軍議であったのだから。


「はっ、先程入った物見からの報告では、ディアナ王国との国境付近に、突如として大規模な魔物の軍団が出現、皇都に向け進軍を開始したとの事です。ディアナ王国側からも情報提供がありましたので、確かな情報であります。そしてその数……」


 報告書を読み上げるキルギス宰相が、動揺からか、思わず言葉を詰まらせる。


「その数、およそ10万!」


 予想を遥かに超える数字に列席者の間を戦慄が走る。さすがに歴戦の将軍達は直ぐに落ち着きを取り戻すが、文官達の動揺はなかなか収まらない。


「じゅ、10万だと!? 我が軍の2倍ではないか!」

「確かなのかそれは!?」

「何かの間違いでは!?」


 席を立ち、発言の許しも無しに口を開く大臣達。まだ始まってもいない軍議が混乱を極める中、軍部のトップが席を立った。

 ラルゴ・マルクス皇国元帥。言わずと知れた皇国全軍の最高司令官だ。老齢に差し掛かったとはいえ、歴戦の武勇を持って鳴るこの長身の偉丈夫は、立ち上がるだけで周囲を黙らせる貫禄を備えていた。


「陛下、発言をお許し頂けましょうや?」

「構わん、少し場を静めてやれ」


 このやり取りに、主君の許可も得ずに喚き散らしていた当人達は恥じ入って黙り込む。


「先ず事実を確認させてもらおう、闇の魔物の出現とその数だ。10万がどうだと言うのだ? 皇国軍の総数は確かに5万だが、国境から皇都までどれだけ時間がかかると思われる? すくなく見積もっても5日の猶予はあるだろう。その間に有力貴族の私設騎士団、地方配置された軍を回せば、倍数の差などあっという間だ。そもそも、戦う前からそのように怯えられるのも気分の良いものではない。何のために我ら職業軍人がいると思われる? 戦の事は我ら専門の者に任せていただこう」


 重みと説得力のある言葉に、先程まで青ざめていた者達も明るさを取り戻す。


「おお、確かに元帥の言う通りだ」

「同数であれば、我が軍が負ける訳が無い」


 戦は数ではなく、事実としてそこまで楽観できる状況ではあり得ないのだが、味方を安心させるのも武官の仕事である。文官達が納得したところで、皇王が口を開いた。


「魔物の数は確かに脅威であるが、それを可能にした彼奴らの能力、あるいはその方法の方が厄介だ。また再び同じ事をされてはたまらんぞ」


 闇の教団の仕業である事は明白だが、10万を超える数など、過去の災厄と比べてもその規模が大き過ぎる。これまで実行してこなかったのは、ただ単に出来なかったと予想がつくが、正しく実行能力を得たのか、それとも一度限りの大博打か、前者であればより深刻な脅威である。


「それについては、ある程度調査がついております」

「話すがよい」


 前もって調べてあったのだろう。キルギス宰相が、手元の書類を持って立ち上がった。


「皆様ご存知の通り、闇の領域以外で魔物を召喚するために、連中は生け贄を求めます。何人の犠牲で何体の魔物を召喚出来るか? 極端な話、いかに効率良く信者を殺すかが奴等の指針であった訳です」

 

 侮蔑の表情を隠そうともせずに話を続けるキルギス宰相。ここで大臣の一人が物申した。


「宰相殿はそう言われるが、これ程の規模の魔物召喚では、それ相応の対価が要求されよう。それだけの数の信者が動けば、どこかで目撃されてもおかしくないはず、奴等はどうやってそれを可能にしたのだ?」

「それについてはこちらを」

 

 宰相は部下に命じて机の上に地図を広げさせる。皇国のみならず、他国も含めた全ベルグリースの地図だ。


「数年前に各国の王侯貴族の子女が教団に狙われた事件がありました。我が皇国ではユーフェミア皇女が標的に、聖女クリスティーナ様の生国ディアナでも同様の事件があり、目的は覚醒前の聖女の殺害でした。事件収束後に向かった各教団アジトでは、信者達の集団自決が行なわれ、容疑者全員死亡で一応の決着をみたとされています」


 公にこそされていないが、ディアナ王国を襲った魔物を討伐したのは、当時まだ7歳の聖女クリスティーナであったと言われている。稀代の聖女将軍が初めて正史に名を刻んだ出来事として、吟遊詩人は好んで歌い、人々もそれに歓声を上げた。


「おかしいと思われませんか? あれほど冷酷に人を使い捨てる教団が、ただ無為に集団自決させるなど、それも複数の場所で一斉に」

「キルギスよ、であれば、その時の集団自決が此度の騒動の布石と申すか?」

「はっ、さすがのご慧眼にございます」


 そう言った宰相は、地図の上に次々と赤い印を付けていく。


「地図の上の印が集団自決のあった教団アジトの場所です。お気づきになりますか?」


 一見すると地図上の只の点だが、妙な規則性を感じさせる配置だ。外側の点を辿ると、丸く真円を描くように閉じられている。


「魔法陣か」 

「左様にございます。闇の秘術ゆえ、魔法陣の正確な性質までは分かりませんが、円の中心が魔物の軍が現れた場所と一致しておりますので、まず間違い無いでしょう」

「ずいぶんと迂遠な事をしてくれる」

「まったくです。しかしながら、今回の大規模召喚で、連中の人的資源は大きく減ったと思われます。先の伯爵令嬢誘拐事件でも大事な拠点を失いました。この先少なくとも数十年は目立った活動は出来なくなるでしょう」

「万策の尽きた敵に増援は無く、何としても魔物の軍を討伐しなければならんと言う訳だな」

「御意」 


 これ以降の大規模召喚は無い。宰相の言葉は確かに朗報だが、目の前に迫りくる魔物の軍団はあまりにも深刻で強大な脅威である。手放しで喜ぶにはまだ早過ぎた。


「さて、これ以降は本格的な軍議となる。機密事項も多いので、文官にはここで退出してもらおう。くれぐれも不要の噂で民が混乱せぬよう取り図ってくれ。皆、大儀であった」


 今後の戦いについて多少の好奇心はあったろうが、皇王からの退出指示を無視する訳にもいかない。文官の大臣達は次々と辞去の挨拶をして部屋を後にした。こうして部屋に残ったのは皇王と宰相を除けば、後は武門の首脳陣達である。


「ラルゴよ、ぶっちゃけた話、我が軍の勝機はいか程だ?」

「そうですな〜、良くて5割と言ったところでしょうか、もし仮に魔物の中に上級の魔物が複数体いれば、更に勝機は遠のく事でしょうなぁ、いや、困った困った」


 大して困っていないようななら口ぶりだが、口にした内容の救いの無さに居並ぶ一同が言葉を無くす。


「あっ、某、別に嘘はついておりませんぞ。事実、同数を揃えるのは可能ですからなぁ。まあ、魔物の軍団とやらの内容次第。例えば下級の魔物なら皇国騎士であれば敵ではありません。問題はそれ以上、中級レベルとなると10人でどうにか互角、確実性を考えるのでしたら一個小隊と言ったところでしょうかな、まして上級の魔物など考えたくもありませぬなぁ」


 普通に考えて、魔物の軍勢が下級のみで構成されているなど有り得るはずもなく、同数なら勝てるなど単純な話ではない。更に援軍に求める有力貴族の私設騎士団や、地方配備の軍は、実力も練度も最精鋭の皇国騎士団に劣るので、倍の数がそのまま倍の力を得たとは限らない。


()()()らが間に合えばどうだ?」


 皇王が口にした事は、おそらくこの場にいる者全員の関心事であっただろう。ラルゴ元帥は得たりと口角を上げた。


「勝てるでしょうな、あのお二人さえいれば」


 元帥の言葉に歴戦の五将軍達も大きく頷く。


「先ず単純な戦力として申し分ない。上級の魔物を討伐したクリスティーナ様の実力は、一軍に匹敵します。それにユーフェミア殿下の癒しの加護があれば、兵達は疲れ知らずに戦えます。更にお二人が戦陣に立つだけで、兵の士気はこの上なく高まりましょう。いやはやとんでもない存在ですな」


 淡々と語る元帥の言葉に異を唱える者はいない。全て事実でしかないからだ。


「聞くところによると先の伯爵令嬢救出の折、クリスティーナ様は10数体の中級の魔物、中にはほぼ上級に相当する個体も含めて、それらを全てお一人で討伐なさったとか」

「現場での兵の指揮も大したものであったと聞いております」

「逐次報告のおかげで混乱も無く、増援の準備も楽でしたな。もっとも増援の前に片付いてしまわれたが」

「わっはっは、いっそ某に代わって元帥になってもらいたいほどですなぁ!」


 口々に聖女を褒め称える将軍達。調子にのったラルゴ元帥の悪ノリ発言を皇王が諫めた。


「落ち着かんか愚か者、無い袖は振れぬ、あの二人が目覚めね以上は、我が軍のみで戦わねばならぬのだ」


 皇王の言葉にしんと室内が静まり返る。自ら話を振っておいて、それは無いと言った顔をしているのはラルゴ元帥だが、主君に向かって文句は言えない。

 実際、皇国第一軍などは先の戦いで直接聖女二人に助けられている。それだけに聖女への傾倒は大きく、皆の落胆は大きい。


「元々、名誉将軍であるあの者に戦に参加する義務など無い。あてにするのは虫の良い話だ。しかし此度ばかりは頼らざるを得ん。まあ、間に合えばの話だがな…。まったく、ユーフェミアはともかく、あの者は半年前までは皇都にもいなかったのだぞ? それが誰も彼もあの者抜きには事を語れぬようになっておる。とんでもない話よな」


 苦笑気味に話す皇王に、ラルゴ元帥がたまらす口を挟む。


「陛下、それはご無理な相談。名誉将軍とて望んで招いた結果でほございますまい」

「分かっておる。元から聖女だの勇者だのと言うのは非常識な存在なのだ。あの者は極めつけだがな。しかし、今この場にいないのもまた事実。今少し現実的に軍議を進めようではないか」


 この状況に、沈んでばかりもいられない。敵の進行速度と動きから、主戦場は皇都の東約10キロ先、平地に建てられた砦周辺と定められた。


「民の避難はいかがいたしましょう?」


 キルギス宰相の発言に、皇王は静かに(かぶり)を振る。


「必要ない。もし我が軍が敗れればそれまでだ。魔物達の目的はタリスの柱。それを破壊され、ルーン(太陽神)が地に落ちれば世界は、このベルグリースはそれで終わる。我らには勝利しかないのだ」


 誰もが分かってはいた事だが、敬愛する主君の口からこれほど直接的な言葉が出るとは思わなかったのだろう。誰も何も言えない状況で、あえて口を開いたのも皇王であった。


「皇王として自軍の敗北、まして世界の終わりを口にするのはタブーだ。しかし、これから戦いに赴く貴殿らにはあえて言っておこう。これが世界の命運を賭けた戦いであり、勝利以外生き残る術が無い事を。だからこそ勝ってくれ。そしてそれが不可能であれば出来る限りで良い、時間を稼いでくれ。僅かな希望のために」


 闇の教団に用いられている黒き大槌のマークは、神の柱を破壊するための象徴であり、それは闇の教団の悲願である。 

 皇国軍が敗れれば柱を守るのは皇都の城壁と、僅かな残存兵のみとなり、魔物の軍は容易く本懐を遂げることであろう。

 支柱神タリスの化身である聖なる柱が破壊されれば、人の手による修復など不可能に等しく、ルーン(太陽神)はその支えを失って地上に落ちてくる。それはそのまま世界の終焉を意味していた―――――。

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