聖女熱
ユフィを皇室治療院に送り届けた後に私が聞いたのは、まったく救いの無い話だった。
ユフィのこの症状が聖女熱で間違い無いこと。
聖女熱に対する治療方法が何一つ無いこと。
逆になぜ私が無事でいるのかを聞かれる始末だ。お母様の話では、私は生まれた直後に聖女熱を発し、魔力暴走の最中、お母様が付けた女の子の名前で命をつないだイレギュラーな存在だ。当然、今の成長したユフィには使えないし、この秘密を外部に漏らすことも出来ない。
私は既に何度も聖女熱と魔力暴走を繰り返している事、それらを経てかろうじて生きてきたのだと伝えると、病院の先生はがっくりと肩を落とした。
皇女であり、聖女であるユフィの病室は、当然の事ながら厳重な警備体制の中にある。それらの中をほぼ顔パスで歩く私の足取りは重い。病室のドアを軽くノックすると、中からいらえがある。
「どうぞ」
返事を返してくれたのは、ユフィの専属侍女のアンナだ。私が付きっきりで看病している関係で、マチルダもこの病室に詰めている。
ベッドの上でぐったりしているユフィ。その脇で彼女の手を握るアンナは、私の姿を確認すると軽く会釈をして、またベッドに視線を戻す。部屋の隅ではマチルダが手付かずの茶器を片付けていた。どうやらアンナは軽食すら取っていないらしい。
好きな女の子の病室など、私にとっては世界の終わりの光景に等しい。ユフィの聖女熱は依然下がらず、魔力暴走になればもはや助かる術は無いと思われていた。
「アンナ、せめて食事ぐらいは取って頂戴」
「申し訳ありません。後で必ず取りますので、もう少しこのまま…」
「駄目です。そのお役目は私が取り上げさせてもらいますよ。それと、しばらく食事が取れなくなるのは、私の方です」
「お嬢様っ、それでは!?」
私の言葉に過剰に反応したのはマチルダだ。遅れてアンナも私の考えに気が付いたようで、顔を青くする。
「いけませんっ、クリスティーナ様! 貴方にまでもしもの事があれば、姫様だって!」
私はそれに静かに首を振ると、二人に向けて頭を下げた。マチルダもアンナも言葉を無くして立ちつくす。身分社会であるこの世界で、貴族が平民に頭を下げるのは前代未聞だからだ。
「ごめんなさい、二人には心配ばかりかけて、でもこの我が儘だけは通させて頂戴。ユフィが助かるには多分これしか方法は無いから」
おそらくマチルダもアンナも同じ考えのはず。ユフィを助ける唯一にして、最も危険な方法。医者どころか皇王陛下からも止められたが、私の心は最初から決まっていた。
「わかりました、お嬢様」
「マチルダさん!?」
「ダメですよアンナさん。この人、一度言い出したら聞かないんですから」
専属侍女からの理解ある言葉に思わず苦笑してしまう。
「ふふ、ありがとう、マチルダ」
「褒めてませんし、呆れてるだけです! ほんっっとにもう! お嬢様! やるからには手早く、余裕で終わらせて下さい!」
「善処するわ」
「また返事を濁すぅ!」
「ごめんごめん、余裕で終わらせるから安心してマチルダ。約束する」
信頼はされているが、信用の足らない私を、しばしガン見するマチルダ。
「ふう、こうしてはいられません、アンナさん、お嬢様の準備を手伝って下さい」
「わ、わかりました!」
ようやく納得してくれたのか、マチルダはテキパキと準備を始めた。
ユフィを助ける方法は単純だ。多すぎる精霊からの魔力供給を止めるだけ。しかし、器として未完成のユフィでは、光の精霊を完全に制御出来ないためその手が使えない。
そこで必要なのが私との魔力同調だ。処理しきれない分の魔力を私に移す事でユフィの負担を軽減するのである。
同じ精霊の愛し子である私は、早くに覚醒した事と、度重なる戦いのおかげで、魔力の器がほぼ完成された状態になっていた。
器として未完成なのは同じだが、耐性がある分かなりの量と時間を耐える事が出来るだろう。そして、出来るだけ早く器を完成させ、光の精霊を制御下に置かなければならない。
問題となるのは、私への負担がどこまでになるのか予想がつかないこと。少しでも制御を誤れば、二人共魔力暴走を起こす危険があり、最悪の場合どちらも助からない。逆に上手くこれを成功させれば、私達二人は精霊の愛し子として、完全に覚醒する事が出来る。
闇の教団の動きが活発化している今、聖女を両方失う事は避けなければならないと、皇王陛下からも強く反対されたが、ユフィを助ける方法があるのに、それをしない選択肢は私には無かった。
マチルダとアンナの手によって、病室の寝台が整えられ、私も着替えさせられた。
「あの~、マチルダ?」
「何でしょうか?」
私は着せられた寝間着を見て困惑する。
「これは何?」
「勝負下着にございます」
「―――っわかるわよ! それぐらい!!」
少ない布地を押えながら、私は盛大に突っ込んだ。とにかく薄いし小さいんだよ!
「私を何と勝負させる気!?」
愛用(?)のドロワーズこそ変わらないが、なんちゃってブラジャーの布地は少なく、パットが嵩増しされている。上から羽織っている薄いひらひらはまさかベビードールと言うやつではないだろうか?
「お嬢様が意中の女性と初めて同衾するというのに、いつもの寝間着ではムードが出ないではありませんか」
「ムードなんて無くていいの! そもそも何でこんなスケスケの夜着なんてあるの?」
「奥様がいざという時に必要だからと」
お母様のバカぁ―――っ!!
「皇女殿下がお目覚めになった時に、その姿のお嬢様が隣にいたら絶対喜びますよ」
「それは確かに」
「アンナも納得しない!」
これから命がけの試みをすると言うのに、全く緊張感が無いよっ!
「とにかく、着替えさせて!」
「そんな〜、せっかくお似合いなのに〜」
未練たらたらで追いすがるマチルダ。そこに遠慮がちに声をかけたのはアンナだ。
「あの~、クリスティーナ様、出来ればそのご衣装のままでお願いします。先程から姫様の顔色が良くて、多分、久しぶりに元気なお声を聞いたからだと思うのですが」
「うっ、確かに」
さすがに熱が下がる事は無いが、心なしかユフィの顔色が良く、寝たままなのに口角が僅かに上がっている。腐女子の嗅覚恐るべし!
「………わかりました。でも、ユフィの目が醒めたら直ぐに着替えますからね」
「もちろんですとも!」
ハイタッチをして喜ぶマチルダとアンナ。沈んだままだったアンナの久しぶりの笑顔に、私もいい感じに緊張がほぐれていく。やっぱりユフィにもこんな感じで笑ってほしい。
失敗の事を考えて少し怖くなっていたが、今は不思議と上手くいくような気がしてきた。うん、きっと大丈夫だ。
私はベッドに入り、ユフィと並ぶように横になる。直ぐに顔を横に向けて、彼女の横顔を見つめると手を軽く握った。それに反応して目を開けてくれる事を期待するが、やはりその瞳は開かない。
軽い落胆の後、心配そうに私達を見つめるマチルダとアンナの視線に気付いた。
「大丈夫よ、そんな顔しないで。必ず上手くいくから」
「分かっております。ご武運を、っと言うのも変ですが、ご無理の無いように」
「クリスティーナ様、姫様をよろしくお願いいたします」
私はそれに頷き返すと、目を閉じて精神を集中させていく。程なくしてユフィから多量の魔力が流れ込み、それは始まった。
下着姿のイラストが無い? そんな破廉恥なもの描けませんっ!(笑)