連戦
私が強く言い放った瞬間、身体から光が溢れ出した。その光は風をまとい、暴風となって建物の中を吹き荒れる。私を取り囲んでいた信者達は、たまらず吹き飛ばされ床に転がった。
「聖女だとぉ!? バカな!? ええいっ、ただの小娘相手に何をやっておる!!」
闇の司祭は動揺を見せたものの直ぐに立ち直り、不甲斐ない信者達を叱咤する。
「相手は一人だ! 一斉にかかれば、どうということもない。手足の一本は構わん、生け捕りにしろ!」
「はあぁ――っ!!」
体勢を立て直した信者の一人が斬り掛かってきた。おそらく戦闘の訓練など受けたことも無いのだろう。素人同然の動きに軽く溜息をつく。
「ふう、遅すぎます」
私は最小限の動きで、剣をはじき飛ばすと、返す一太刀で相手の右手首を斬り落とした。
「ぎゃああああぁ―――っ!!」
切断の痛みで絶叫を上げながらうずくまる信者の男。その頭上から私は冷淡に言い放つ。
「その手、直ぐに治療すれば治す事が出来るでしょう。司祭様にお願いしてみたらどうです? 闇に手を染めた聖職者に、回復魔法が使えればの話ですが」
「ほざけぇ―――っ!!」
別の信者達が、次々と襲い掛かって来る。とは言え、先ほどの男と同じく隙だらけだ、私は相手に一合と剣を合わせること無く、次々と信者達を無力化していく。信者達が、瞬く間に数を減らしていく状況に、闇の司祭が苛立ちを隠せない。
「なんと頼りにならん奴らだ! ええいっ、人質の娘を連れてこい!」
「し、司祭様それが…、あの娘が何処にもいません!」
「なんだとぉ!?」
私一人に夢中になり過ぎだ。私が信者達と交戦している間に、認識阻害魔法で姿を隠したユフィが、既にセシリアを連れて外に移動している。
これで何の憂いも無くなった。
「こ、これも貴様の仕業かぁーっ!!」
激昂する闇の司祭、その身体からどす黒い靄が吹き出した。闇属性魔法!!
「危ないっ、クリス!!」
声と共に光属性の結界が球形状に広がり、私の横にユフィが姿を現す。ユフィの張った結界は、見事に司祭の放った闇魔法を弾くと、霧散して消えていった。
「おあいにく様、聖女は一人じゃないのよ!」
ババーンっと、ドヤ顔でかっこ良くポーズを決めるユフィ。つられて私もポーズをとった。 あれ? これって必要?
「こ、これが皇国の誇る二人の聖女か…」
悔しがる闇の司祭、してやったり感はあるけどなんか恥ずかしい! 私はユフィに小声で抗議した。
「ちょ、ちょっとユフィ、やり過ぎ」
「いいじゃない。前から一度やってみたかったのよ」
二人で顔を見合わせながら、思わず吹き出してしまう。無事にセシリアを救出できたからこそ、少しだけ余裕が持てたのだが、おかげで怒り心頭だった私も肩の力を抜く事が出来た。
油断するのはまだ早いが、それでもユフィと隣合わせで戦えるのは心強い。
私達への怒りですっかり冷静さを失ったかに見えた闇の司祭だが、床で苦しんでいる信者を見て様子が変わった。
「ふっ、まあいいでしょう。お優しい聖女様が信者を殺さずにいてくれたお陰で、こんな事も出来ますからね!」
闇の司祭は両手を頭上にかざし、空を仰ぐように魔法の詠唱を始めた。
「偉大なる闇の神、名も無き支配者よ! ここに贄あり、ここに器あり! これなるは我が神に捧げられし供物なり! もって彼の眷属の依り代たらん!」
「し、司祭様、その魔法は!? ぐぁっ!?」
闇の司祭の禍々しい詠唱が終わった途端に、床に倒れていた信者達が一斉に苦しみだした。これは!?
「く、苦しい…、か、身体がぁ…、あああぁ――――っ!!」
「いやだぁー! 死にたくないぃ――っ!!」
信者達は叫びもがきながら、ある者は巨大化し、ある者は翼を生やし、人では無い異形のものへと変貌していく。
「クリス、これって!?」
「魔物召喚! 魔法陣もアーティファクトも使わずにどうやって!?」
「はっはっはっ、魔法陣など奴等の体に予め刻んでおるわ!」
闇の司祭はしたり顔で私の疑問に答える。最初から彼らは捨て駒だったのだ。
「我らは力を得た! 闇の力は日増しに強大となり、忌々しい支柱神の柱が崩れ去るのもそう遠くはないでしょう。誇張された噂でいい気になっているだけの小娘達が、これだけの魔物相手にどう戦う!?」
「誇張? 別に構いませんが。 ユフィ、援護をお願い」
「まかせて!」
召喚された魔物は、いずれも中級レベルのようだ。中には召喚に失敗して、崩れ落ちている個体もある。数は10体弱と言ったところか? 私は翼の生えた蝙蝠のような魔物を標的にすると、瞬時に駆け寄って愛用の剣に魔力を籠める。鋭いかぎ爪をかいくぐると光の魔法剣を横なぎに一閃した!
ズバァッ!! 胴体を真っ二つにされた魔物は横倒しになり直ぐに絶命する。
「まず一つ!」
続けて左右から大猿が迫ってくるのが見えた。しかしその直後に左の大猿に火球が炸裂する。ユフィの援護魔法だ。おかげで魔物の足が止まり、私は右の大猿に狙いを定める。
大猿特有の長い腕が振り下ろされるが、私は高い跳躍でそれを躱すと、空中で剣を振りかざす。
「はあぁ―――っ!」
ザシュッ!! 私の剣は大猿の左肩から右の脇腹まで、袈裟斬りに両断する。
「二つ目!」
そのままグラついている魔物の上半身を蹴り飛ばそうとして、ふと自分がスカートである事に気が付いた。危ない危ない。私はスカートをガードしながら、不安定な魔物の上半身に器用に着地すると後ろを振り返る。
ユフィの援護で足を止めていた大猿と目が合うと、私はジト目で問いかける。
「見えましたか?」
まだ人間の知能が残っているのだろう。慌てて頭をふる大猿だが、私は左手に魔力を集中させると、超高密度の石弾を生成し、それを高速で発射した。
「これで三つ」
石弾は大猿の眉間を直撃貫通すると、そのまま建物の壁に突き刺さり粉々に破壊してしまった。加減が難しい。
「クリス後ろ―――っ!」
ユフィの声と共に背後から魔物の気配を感じ取る。私は足場にしていた大猿の死体を軽く蹴り、伸身の姿勢で宙返りをした。空中で姿勢を直すと、そのまま魔物の背面に移動する。
私の後ろに迫っていた魔物は、狼男のような獣頭の魔物だった。初めて見る魔物だったが隙だらけだ。背中を取った私は渾身の斬撃を放ち、簡単に魔物の首を跳ね飛ばす。
「四つ目!」
私はもはや歴戦と言って良いのかもしれない。精霊の愛し子としての力はもちろん、剣技を併せた私の実力は、前世で言う所のチート級だ。その後も五つ六つと、魔物を仕留めていき、とうとう最後の魔物に切っ先を向けた。
「バカな…、あれだけいた魔物が、あ、あっという間に………、バケモノめっ!」
闇の司祭がそう言い終えると同時に、私の剣は最後の魔物を文字通りの一刀両断にした。
「あら、淑女に対してバケモノだなんて、失礼な人ですね」
中心に沿って正確に左右に切り裂かれた魔物の身体が、床に叩きつけられ、赤黒い血の雨が建物の内部を濡らしていく。風の結界で汚れを避け、涼やかに微笑む私だが、さぞかし凄惨な光景に見えている事だろう。
私の大切な友人を危険にさらし、自分の部下をゴミのように使い捨てる。この男だけは許さない!
信じ難い現実に、顔を青くして立ちつくす闇の司祭は、屈辱に震えるように声を絞り出した。
「…………み、認めましょう…。我々は確かに聖女の力を見誤っていたようだ。しかし、しかぁし! このままでは終われない! 私とて司祭と呼ばれた身。あの計画のために、このまま終わることだけはぁ―――っ!!」
そう言い放った闇の司祭は、懐から見覚えのあるサークレットを取り出すと、迷う事なく自らの頭にそれを嵌めた。
ラフスケッチは楽でいいなあ。




