セシリアの救出②
セシリアを救出するために一番注意するべき事は、セシリアのその身を盾にされる事だ。人質を人質として扱わせない事、それが作戦の成否を左右する。
今回の事件を未然に防げなかった事そのものは痛恨の極みだが、どうやら教団は私の顔や姿を正しく把握出来ていないらしい。
考えてみれば、この世界は写真技術がまるで発達していない。もっぱら姿絵に頼るしかないのだが、必ずしもそれが本人に似ているとは限らない。おそらく教団側が入手した私の姿絵は、ずいぶん出来の悪いものだったのだろう。その結果、人違いによる誘拐事件にまで発展してしまった。
敵は私の正確な顔を知らない。私はそこに最大限つけ込む事にした。
暗がりの中、私は静かに歩を進める。
扉を守っている男は二人。堂々と真正面から歩いてくる私に、ぎょっとした反応を見せるが、なにせ見た目は小娘メイドである。男達は直ぐに落ち着くと手にした槍を構え、誰何の声を発した。
「こ、小娘! ここはお前のような者の来る所ではない! 直ぐに立ち去れ!」
やはり私の顔から直ぐに聖女と結び付ける事は無さそうだ。私は澄ました顔で微笑むと、それを見た男達は顔を赤くして呆然とする。
「こんばんは、今日は星がよく見えますね」
「あ、ああ……… 」
「ぐっ!? ぐぁっ……!?」
毒気を抜かれたように呆けた顔で返事をした男達だったが、その内の一人が突然苦しみ出した。呻き声を上げたものの、それも直ぐに途切れ、真っ青な顔で首を掻きむしりながらその場に倒れ込む。
「おっ、おい!? どうした!?」
「あら? 突然どうされたのかしら?」
私は男に近づきながら、徐々に魔法で周囲の空気を抜いておいたのだ。空気が無いと言っても真空になる訳ではないが、急速な酸欠はさぞかし苦しかった事だろう。
「早く人を呼んだ方が良いのではないかしら?」
「お、お前…? お前ぇ何をしたあぁ―――っ!?」
目の前で人が倒れておきながら、何事もなかったかのように平然としている私を不気味に思ったのだろう。無事な方の男が手にした槍を私に向けた。
「あら、危ないですよ。怪我をしたら大変です」
”シュンッ” 軽い風切音がしたかと思うと、男の手にした槍の穗、刃の部分が下にずり落ちる。槍の先は、金属音を響かせながら石畳を転がっていった。
「ほぉら、危ない」
興奮して真っ赤だった男の顔は、急速に青くなる。血の気が引くとはこういった感じだろう。
「あああああぁぁ―――っ!!」
男は手に残った槍の柄を半狂乱に振り回し始めた。単純でやみくもな攻撃を私は避けるでもなく、微笑みながら見ている。
バキィンッ! 男の振り回した柄の棒は、私の周囲の風の結界に阻まれ、粉々に砕け散った。
「ひいいぃぃ―――っ!!」
この男の心も砕けたようだ。手にした武器を失い、とうとう丸腰になった男は、信じ難いものを見るような視線を私に向けると、そのまま背中を向け、転げるように建物の中へ逃げ出した。
「あらあら、落ち着きのない人」
せっかく見逃してやったのだ。せいぜい派手に騒いでくれればいい。私が隣に視線を向けると、何も無い筈の空間からユフィの姿が浮かび上がる。認識阻害魔法を使用しているユフィは、彼女より魔力が上の私にしか姿を認識できない。
作戦はいたって単純だ。私が堂々と正面から侵入して騒ぎを起こし、敵を引き付ける。その間に姿を隠した彼女がセシリアを救出する段取りである。建物は護衛騎士のケヴィンと皇国騎士達が封鎖している。増援も呼んであるので、包囲網は直ぐに完成するだろう。
私と目が合ったユフィは軽く頷くと、そのまま闇に紛れて消えていった。
ユフィと離れ、一人建物の中に入った私は周囲を観察する。室内中央にたむろしている信者達、中に指導者らしい男がいる。黒幕だろうか? どうやら待ち伏せはいないようだ。狼狽しながら逃げる男は実にいい仕事をしてくれているようで、敵の注意は私一人に集中している。
「ごきげんよう」
私が微笑みながら挨拶をすると敵の警戒心は緩むようだ。狐に頬をつままれたような顔で何人かの顔が呆ける。ただ一人、先ほど逃がした男だけは死神でも見るかのように短い悲鳴を上げた。
「な、何だ、貴様は!? 下働きふぜいが何故ここにいる!?」
信者達に司祭と呼ばれている男が声高に問いかける。
「何故っと申しましても…、あなた達の方が詳しいのではなくて? あなた司祭様なんでしょう? 聖職者らしくご自分の胸に手をあてて考えてみてはどうかしら?」
どうやら私には喧嘩を高値でふっかける才能があったようだ。自分がバカにされたと思ったのか、司祭はより一層声を荒げた。
「どこの使用人かは知らんが、主の躾がなってないようだな! おいっ! この娘を捕らえろ!」
司祭の指示と共に、教団の信者達が武器を手に私を取り囲む。ああ、本当にうるさいっ!
「お前達はもう許さない」
そう言った私は、我慢していた怒気をもはや隠そうともしない。右の手を目の前に伸ばすと、認識阻害魔法で隠していた愛用の一振りが姿を見せる。それを見た信者達に動揺がは走るが、もう構いはしない。
残った左手で、後ろ髪を結んでいたリボンを解くと、豊かな金髪が光をまとって大きく波打つ。最後に残った伊達メガネを外しながら息を吸い込み、私は言い放った。
「ぼくは怒ってるんだっ!」
毎度遅くてすみません。深夜の投稿です。気合い入れて
カラーイラストを添えました。
(似た調子の「消えたセシリア」にUPしていたラフイラストは
削除させていただいています。ご了承ください。)