セシリアの救出①
「聖女ではないだと!?」
だだっ広い部屋に苛立った声が響いている。いったい何があったと言うのだろう? おぼろげに覚醒する思考は、頭に靄がかかったような状態で上手くまとまらず、身体を動かそうとしたところで下腹部に鈍い痛みを感じる。急速に警鐘を鳴らす思考の中、さらに手足の自由が奪われている事に気づいた―――。
"縛られている!?"
血の気の引く感覚と共に、自分が今置かれている状況に思い至った。突如として襲い掛かって来た男達。騎士の悲鳴。掴まれた腕と、下腹部の痛み。
私さらわれたんだ………。そうだ、コゼット、あの子は無事かしら? そもそもここは何処?
冷たい床の感触と、埃っぽい匂いから、どうやら床に転がされているらしい。先ほどから声を荒げている男の他、10人前後の人間が部屋の中央でたむろしている。
「よいか! あの計画の前に何としても聖女2人、少なくとも片方は始末せねばならんのだ!」
はっと、声を発しそうになって思わず口を噤む。慌てて目を閉じて呼吸を整えるが、心臓の音が耳元でバクバク響いて、とてもではないが落ち着けない。
自分が転がされている場所は離れているため、幸いにも意識が戻った事を気づかれてはいない。そして私の緊張をよそに男はさらにまくし立てる。
「あの忌々しいタリスめの暦が始まって1000年が経とうとしておる。教団の伝承通りであるならば、支柱神の力は弱まっている筈なのだ。そう、今こそ我らの宿願を果たす好機なのだぞ! そう思って上級の魔物を送り込んだのだ! それがなんだ? 二人目の聖女!? クリスティーナ・ファナ・ラピスだあー!? どうせ偶然かまぐれで倒したにすぎんのだろうが、我らの計画の一つが二人の聖女の為に潰される羽目になったのだ! 次は無いと思え!」
なおも言いつのる男の声を聞きながら、私は一人戦慄する。闇の教団! それもかなり過激な勢力だ。あろう事か聖女殺害を口にし、誘拐まで企てたのだから。
それに先ほどから話している計画とは何の事だろう? あの闘技場の魔物襲撃もこの連中の仕業? 皇都や聖女を害する為の企てなら、何とかクリスティーナ様達に伝えなければ。
薄々気づいてはいたが、やはり私はクリスティーナ様と間違われてさらわれたんだ。
私とあの方は同じ金髪だ。さらにクリスティーナ様はバザーでの混乱を避ける為、メガネで変装までしていたのだから。
私だけがさらわれて、クリスティーナ様がご無事であるなら何よりだわ。あの方はこの世界の至宝だもの。
私も皇国貴族の端くれ、ダールトン伯爵家の娘として命を惜しみはしない。あの方の足を引っ張るような事はあってはならない。
しかし私の決意をよそに、この時すでに事態は目まぐるしく動いていた。
「しっ、司祭様ぁー!! し、侵入者が!」
おそらく教団信者だろう。一人の男が慌てて室内に転がり込んで来た。
「なんだ!? 皇国軍か? 規模は?」
「こ、皇国軍ではありません、ひ、1人だけ…ですが……」
「ええい、だから何だと言うのだ!?」
的を得ない部下からの報告に、司祭と呼ばれた男は声を荒げる。狼狽した男はしきりに後ろを指差し、 女が、侍女が、と叫んでいる。それって……。
カツーン、カツーン、暗がりから靴音が響き、やがて一人の少女が姿を現した。
年の頃は10代前半、侍女の装いに身を包み、長い金髪を後ろで束ねてメガネをかけている。
おそろしく容姿の整った娘で、こんな寂れた建物の中を歩く様は、まるで現実感が無い。
そのまま、ゆっくりと近づいて来る少女を、教団の信者達は声も無く見つめ、身動きするのも忘れてしまったかのようだ。
やがて信者達の目と鼻の先、すぐにでも飛びかかれる程の距離まで近づくと、その少女、"クリスティーナ様"は笑顔を見せながら口を開く。
「ごきげんよう」




