消えたセシリア
―――セシリア・ダールトン伯爵令嬢誘拐される!―――
衝撃的な情報に、思考が暗転しかける私だったが、そんな場合ではない! 直ぐに立ち直るとコゼットに問いかける。
「コゼットさん、詳しく教えて下さい!」
コゼットは小さく頷くと、言葉に詰まりながらも、事件の事を話し始めた。
「ば、バザーが終わった後、私、お嬢様と馬車に荷物を積み込むお手伝いをしていたのです。そしたらそこに怪し気な男達が襲い掛かって来ました」
「怪し気な男達?」
「はい、街人のような格好なのですか、口元を布で隠していて、人相までは分からないのです。すぐ近くにいた騎士様達が庇って下さったのですが」
騎士は遊撃隊の連中だろうか? だとすれば少々の相手に遅れを取ることはないはず。
「男の一人が、怪し気な術を、魔法を使って、周りが急に黒い霧に包まれてしまいました。真っ暗で身動きの取れない中、騎士様の悲鳴が響いて…、わ、私、本当に怖くなって、お嬢様と座り込んで震えていたのです。そしたら今度は、お嬢様が腕を掴まれて、私、お嬢様の手を握っていたのです。それなのにあっという間に振りほどかれて……ああっ、お嬢様!……」
たまらずに泣き崩れるコゼット。
「ケヴィン! 今から表の馬車を確認します。ついてきなさい!」
「わかった」
「クリス待って! 私も行くから!」
「ユフィ、危なくなったら逃げてよ。それから他のみんなはここにいて。プリシラ、あなたもよ」
当たり前のように自分も行くと言いかねないプリシラに釘をさす。身体強化や、固有の武力を持たない者は足手まといだ。
「……わかりました。お姉様」
「ごめんなさい。その代わりコゼットさんから、より詳しい話を聞いておいてもらえる? お願い」
「わ、わかりました、任せて下さい!」
少し落込み気味のプリシラであったが、役割を振られて直ぐに顔を上げる。この子なりに、セシリアを心配しているのだろう。
プリシラにその場を任せて、私達は襲撃を受けたと言う馬車の所に向う。バザー会場とは目と鼻の先、ここでの騒ぎに気付かないなんて普通では考えられない。怪し気な男達が使った魔法は、結界の役割もあったのだろう。それでも事件を未然に防げなかった事に目眩のする思いだ。
馬車の周りに数人の人影がうずくまっている。やはり私が遊撃隊とした騎士達だ。
「あなた達! 大丈夫!?」
「うう…」
命に別状は無いようだ。倒れている騎士は3人、いや? もう1人…
「ユフィ、回復魔法をお願い」
「わかったわ、任せて」
「か、かたじけありません。任務を全うできぬばかりか、回復の手間まで…」
ユフィの手当に恥じ入る騎士だが、何も出来なかった訳では無さそうだ。
「いいえ、どうやら負傷の甲斐はあったようですよ。おい、そこのお前、意識があるのだろう? 少し付き合えよ」
私は、倒れている内の1人に問い掛ける。なんの事はない、この場に来た時から馴染のある気配を感じていたのだ。それを辿ればこの男だっただけの事。
ゆらりと、緩慢な動作で立ち上がる男の手にはナイフが握られている。直ぐにケヴィンが私の前に出ようとするが、私はそれを手で止めた。
男の口がゆっくりと開く。
「…遅かったな、すでに聖女は、我らの手中にある…」
すでに聖女は? 男の今の言葉で、セシリアが聖女に間違われた可能性が浮上した。
「聖女? おあいにく様。今も目の前でぴんぴんしているよ」
挑発的な私の物言いに、男が僅かに動揺する。
「…う、嘘をつくな、確かに我々は、金髪の娘を…」
「ろくに確認もせず、無関係の人間を巻き込む無能ぶり、闇の教団の人材不足は深刻なようだな」
あえて男口調を続ける私の周りに光の精霊が集まってくる。変装用の伊達メガネを外して、結んでいた髪紐を解くと、目に馴染んだブロンドヘアが豊かに波打つ。光を纏い、輝きを増す私を見て、男が狼狽し始めた。
「せ、聖女、クリスティーナ!? ばかな!」
「ケヴィン! ギレン、マックス両隊長に辺りの封鎖を指示して! さらに隊の一部を孤児院の守備に! 急いで!」
「わかった! それと丸腰じゃまずい、これを使え!」
ケヴィンが預けていた私の剣を投げよこす。私はそれを片手で掴みながら目の前の男に問い掛ける。
「命は取りません。 洗いざらい吐いてもらいましょう」
「……ふふ、ふははっ、は―――っはは、 僥倖! なんたる幸運か! この手で聖女を殺せるなど、わざわざ残った甲斐があったと言うもの!」
突然狂ったように笑い出した男は、懐から何かを取り出した。サークレットの形をしたそれを見て私の背筋が凍る。あれはまさか!?
「魔物召喚のアーティファクト!?」
「顔色が変わりましたね。そう、私も適合者なのですよ。あいにく上級の魔物は喚べませんがね」
そう言った男はためらう事なくサークレットを頭に嵌める。次の瞬間、辺りを黒い靄が包み込み、見るからに禍々しい空気に男が包まれていく。
「ぐっ、がああああああぁぁ――っ!!」
苦しげに胸元を掻きむしる男。そして、徐々にその姿が異形の人でないものに変化していく。
通常の魔物召喚であればそれなりの手続きが必要になるはず。召喚の魔法陣であったり、闇に差し出す対価としての供物、ようは生け贄だ。
メアリから聞いた話では、あのアーティファクトは魔法陣を必要としない。さらに生け贄の死では無く、その身体を対価としているため、より強力な魔物の召喚が可能だと言う。
私の目の前で変貌を続ける男の身体に、駆けつけた騎士達も言葉を失う。身体は倍以上大きくなり、節々は不自然にねじ曲がる、そして手には鋭いかぎ爪。
やがて私の目の前に見知った魔物が現れた。